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待ってくれていた皆様に感謝しています
ようやくファザーの戦闘回です
「私たちが調べる本棚はこのあたりの様ですね」
「うん、がんばろ」
エレミアの手記を探すため、それぞれのペアは索敵担当区域に分かれて進んでいき、ファザー、ジーク、アインハルトの組も、目的地へとたどり着いていた。
壁際には古めかしい書棚が幾重にも並び、その間には華美な装飾が施された椅子や机、細かな彫刻の入った調度品まで置かれている。単に書物を保管するだけの場所ではなく、かつては人々がここに集まり、資料を読み、議論を交わしていたのかもしれない。
ジークとアインハルトは、本棚からいくつか本を抜き、パラパラとページをめくりながら中を確認していく。
「この本棚はクラウスたちが生きていた時代とかなり近いもののようです。じっくり探せば私やあなたの過去に関する情報も出てくるかもしれませんが……」
アインハルトは、手にしていた本をそっと閉じた。
書かれている内容は興味深い。時代背景を知る資料としても価値がありそうだった。
だが、今の目的は古代ベルカの歴史を一から学ぶことではない。エレミアの手記を見つけることだ。
「ウチらが一冊ずつ調べてくんは無理かなぁ」
「ええ」
格闘技の世界で数々の強敵と渡り合ってきた二人であっても、この凄まじい量の本に、流石に気圧されいた。
手当たり次第に調べるだけでは、いくら時間があっても足りないだろう。
「ですので、あの人が一緒に来てくれて助かりました」
「せやなぁ……」
2人が同時に視線を同じ方向に向ける。
その先にいるファザーは、いつものヘラヘラとした笑みも、軽薄な態度も無い。
いつもの不良神父の面影は鳴りをひそめ、おそらく内容が気になったのであろう一冊の本を、真剣な表情でめくっていた。
その周囲では、複数の本が棚から浮き上がり、次々と彼の頭の上へ移動していた。そして、一冊が頭上で止まると、表紙が開き、ページが高速でめくられていく。最後のページまで確認を終えた本は、再び閉じられ、元の場所へと戻っていった。
そして、間を置かずに次の本が頭上へとやってくる。
その繰り返しだった。
手元の本を読み進めながら、並行して魔法で浮かせた別の本も同時に確認する。マルチタスクによって、読書と検索を同時に行っていた。
その手際は、ジークとアインハルトが普段目にしている彼の姿からは想像もつかないものだった。
いつもなら、こちらが真面目な話をしていても軽口を挟み、少し目を離せば煙草を吸いに行こうとするような男である。
それが今は、余計な言葉ひとつ発することなく、古代ベルカの資料と向き合っている。
真剣な眼差しに、二人は思わず見入ってしまった。
普段との落差があまりにも大きいせいだろうか。気がつけば2人の頬は自然と赤くなっていた。
そして2人は、彼の珍しい姿をデバイスの写真に収めていた。
ジークとアインハルトは、撮影したばかりの画像を確認しながら、そっと顔を見合わせた。
「なぁ……ハルにゃん」
「何でしょう……ハルにゃん?」
ジークが何気なく口にした呼び名を、アインハルトがそのまま返した。
2人の間に微妙な沈黙が流れる。
やがて、ジークの顔が見る見るうちに赤くなる。
「あの、それはもしかして私のことでしょうか?」
「「アインハルト」やから「ハルにゃん」って呼んでええ? って聞こうと思ったら、いきなりそっちで読んでもーた〜!!」
ジークは頭をぶんぶんと振り、恥ずかしさを誤魔化すように声を上げた。
「ほら、ハルにゃんの相方は豹の子やろ? たしか……」
「アスティオン……ティオと呼んでいます。ティオ!」
アインハルトは、いつもなら自分のそばにいるはずの相棒を呼んだ。
しかし、返事はない。
「あれ?」
いつもなら彼女にくっついているか、すぐ傍で控えているアスティオンの姿がない。
先ほどファザーの写真を撮影してもらったときには、確かにここにいたはずなのだが。
どこへ行ったのかと周囲を見回したアインハルトは、ようやくその姿を見つけた。アスティオンはファザーの肩の上にちょこんと乗っていた様だ。
「ティオったら……」
アスティオンはインテリジェントデバイスだが、ぬいぐるみの外装を持っている。ちなみに雪原豹だが、どう見ても外見は猫だ。
人格型のAIを搭載しているのだが、人の言葉を喋らず猫の鳴き声を発し、普段は猫の様に自由にすごしている。
という、少し変わったデバイスだ。
「あそこが気に入ったんかな? ……ティオにゃんとハルにゃんでええ感じやしどうかなって思ったんよ」
「まぁ、その……そう呼ばれたら私のことだと思う様にします」
「ウチのことも「ジーク」でええよ。みんなそう呼ぶから」
2人がそんな会話をしていると、ファザーが手元の本をパタンと閉じた。
それまで頭上を行き交っていた本が一斉に動きを止める。
彼はそれらを元の棚へ戻すと、調査した場所をデバイスに記録した。作業を終えたファザーは、鋭い眼差しをして、2人の元へやってきた。
「ファザーさん?」
「ウチらうるさかった? ごめんな」
2人は、調査の邪魔をしてしまったのかと思い、少しばつの悪そうな顔をした。
だが、ファザーは答えなかった。
彼の視線は二人を通り越し、その背後にある書棚の隙間を睨みつけていた。
先ほどまで本の内容に集中していたはずの表情から、今度は鋭く警戒をする顔へ。
「出てこい。昨日のネズミだな?」
「「え?」」
ジークとアインハルトが、ほぼ同時に声を上げた。
ファザーの言葉に反応するように、物陰から1人の少女が姿を現した。
物語に出てくる魔女の様な装いをした少女。
インターミドルにも出場していた少女——ファビア・クロゼルグだった。
ミッドチルダでは珍しい「
大会では、一般的な近代魔法とは異なる、独特な古典魔法を扱っていた。
そのファビアが、無表情のまま三人を見つめる。
「アインハルト・ストラトス。ジークリンデ・エレミア。ファザー」
少女は、確認するように三人の名を口にした。
その傍らには、彼女が使役する三匹のプチデビルズと呼ばれる使い魔のようなものが控えている。
『真名認識・水晶体認証終了』
そのうちの一匹、コウモリのような姿をしたそれが、唐突に巨大化した。
大きく開かれた口が、三人を丸ごと飲み込もうと迫ってくる。
『吸収』
巨大な口が三人のいた場所を覆い、彼らがいた場所を纏めて飲み込んでいく。
そして——
「このクソガキがぁぁぁぁぁ!!」
「ガッ!!」
怒声と共に、ファビアは背中を思い切り蹴飛ばされ、吹き飛んだ。
ファビアがさっきまでいた場所に、ジークとアインハルトを抱えたファザーが、怒りの表情で立っていた。
「テメェ……俺に喧嘩売ってきたって事でいいんだな?」
ファザーは二人を片手ずつに抱えたまま、蹴り飛ばしたファビアを睨みつける。
「昨日からそう。あなたはずっと厄介」
ファビアは体勢を立て直しながら、忌々しげにファザーに言い返す。
「徹底的にぶちのめす。2度と俺に逆らえんようにな!」
「くっ……!」
ファビアが歯噛みした直後、別のプチデビルズが動いた。
ガイコツのような姿をしたそれは、爆弾を抱えたままファザーたちへと接近し、三人の少し前方で炸裂した。
派手な轟音とともに閃光が走り、爆発の余波が無重力の書庫へ広がる。黒煙が一気に膨れ上がり、三人を包み込もうと迫った。
「チッ!」
ファザーは舌打ちし、二人を抱えたまま魔法を展開した。三人を覆うほどのバリアが瞬時に形成され、迫りくる爆風と煙を遮断する。
「2人とも外に出るなよ? ただの爆発じゃないぞ」
ファザーの言葉どおり、その爆弾には特殊な効果が仕込まれていた。
爆発そのものだけではない。広がる煙に触れた者の身体を幼くする、厄介な魔法効果が付与されているのだ。
しかし、ファザーの張ったバリアは、その効果を完全に遮断していた。
やがて黒煙が薄れ、周囲の様子が見えるようになる。
そこに、ファビアの姿はなかった。
「逃げたんか?」
「ふん……逃がさん。追いかけてぶちのめす」
ファザーは吐き捨てるように言った。
そして、二人をそっと下ろすと、懐から小さな機械を取り出した。
「それは?」
「俺はちと根に持つ性格でなぁ……。アインハルトちゃんと初めて会った時、君を保護した時に付けられてたせいで管理局のお世話になったもの……つまり発信機だ」
「いつのまに……」
「さっき蹴り飛ばした直前。コッソリな」
「バレるんやないか?」
「こいつは魔法を使わない100パー機械製の代物だ。ああいう古典的な魔法使いは、こういうもののほうが都合がいい」
ファザーが探知機を見ると、ファビアにつけた発信機が移動しているのがわかる。
「こっちだな、逃げられるかと思うなよクソガキ」
その声には、普段の軽口とは違う、冷えた怒りが込められていた。
ジークとアインハルトは顔を見合わせた。
明確な敵意を隠そうともしていないファザーのあまりの豹変ぶりに、戸惑いを隠せない2人。
もちろん、ファビアが先に襲撃してきた以上、怒る理由はある。
それでも、ここまで露骨に怒りをあらわにする姿は珍しかった。
「さあ、追跡開始だ。あのクソガキに、ちょいと世の中の厳しさを教えてやらねぇとな」
そう言って、ファザーは発信機の示す方向へ飛び出した。
ジークとアインハルトは戸惑いながらも、彼を放っておくわけにはいかず、その後に続くのだった。
————————————————————————
ファザーたちがファビアに追いつくと、今度はヴィヴィオとミウラが攻撃を受けていた。
「
ファビアが手をかざすと、2人の周囲が暗闇に包まれる。
視界を奪われた2人は、周囲の状況を把握できずに動きを止める。
そして、その隙をついてプチデビルズのコウモリの様なものが、先程ファザーたちを襲った時と同様、ヴィヴィオとミウラへと襲いかかった。
だが、攻撃が届くよりも早く——。
ファザーの高速の砲撃が、ファビアへと襲いかかった。
「っ!?」
ファビアはとっさに身をかわす。
その一瞬の隙を突き、アインハルトが暗闇の中へと飛び込んだ。
アインハルトは2人の位置を見定め、素早くその身体を抱えて暗闇の外へと飛び出す。
ほぼ同時に、ジークの拳が巨大化したプチデビルズを殴り倒していた。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「はい〜。ありがとうございます〜」
ミウラは少しばかり驚いた様子だったが、怪我はないようだった。
ヴィヴィオも頷き、周囲を見渡す。
「皆さんはどうしてここへ?」
「先にあの魔女っ子に襲撃されたんや。ファザーのおかげで助かったんやけど……そのファザーがキレて手ェつけられん様になってもうて」
ジークがファビアを警戒しながら答えた。
4人の視線の先には、ファビアと対峙するファザーがいた。
「魔女の誇りを傷つけた者は、未来永劫呪われよ……!」
ファビアが呪詛のような言葉を口にする。
その周囲では、戻ってきたプチデビルズがファザーを狙うように浮かんでいた。
しかし、ファザーはまるで意に介していない。
「効かないねぇ……神父だから」
自分は聖職者、呪いを払う側の人間だと、彼女に皮肉を返す。
ファザーはおもむろに人差し指をファビアに向けた。
その先に魔力が集まり、圧縮されていく。
「あれって昨日の……」
「ダメですファザーさん!」
ミウラが息を呑む。その横で昨日の危険性を思い出したヴィヴィオが声を上げる。
「いえ……昨日ほどの魔力も無く、圧縮比も低い様です」
「せやけど、危険なことには変わらへんで⁉︎」
アインハルトか昨日と見比べて分析をするが、それでもなお、ジークの声に緊張が混じる。
出力が低いからといって、安全な攻撃になるわけではない。圧縮された魔力が放たれれば、その余波だけでも周囲に被害を及ぼす可能性がある。
ファビアも、指先に集まる魔力の異様さを察したらしい。プチデビルズ2匹を、ファザーへ向けて放った。
だが――遅かった。
ファザーの指先から、細い光が走った。
超圧縮された魔力が、一直線にファビアへと迫る。
その砲撃は細く、見た目だけなら大きな破壊力を持つようには見えなかった。
しかし、圧縮された魔力が周囲の空間を揺さぶり、直撃しなくとも周囲を巻き込んでいく。
ファザーへ向かっていた2匹のプチデビルズは、砲撃の余波に巻き込まれ、進路を乱されながら吹き飛ばされた。
ファビアの表情が強張る。
迫り来る砲撃を前に、彼女はとっさに身をひるがえした。
その行動が幸いし、軽く服を掠めるだけにとどまったが、その部分のバリアジャケットは大きく抉り取られていた。
だが、ファザーの攻撃はまだ終わらない。
「弾けろ!」
ファザーがそう叫ぶと、ファビアの後方で、超圧縮砲が花火の様に弾けた。そして、後ろから無数の魔力弾がファビアへと降り注ぐ。
「ううっ!」
背中から無数の魔力弾を浴びたファビアは、地面……下方へと叩きつけられた。
「無駄な抵抗はやめとけ」
「——……————……」
ファザーの忠告も聞かず、叩きつけられたファビアは何やら詠唱を始めた。
すると、その場にいた2匹のプチデビルズと、どこか別の場所に行っていたのであろう、悪魔をデフォルメしたようなもう1匹が飛んできて、ファビアと合体した。
「
そしてファビアは、アインハルトやヴィヴィオの様に、大人の姿へとなっていた。
「ファビアさんも大人モードを⁉︎」
それを見たミウラが、ちょっとズレた感想をあげた。
勿論ファザーの関心は、彼女が大人の姿になったことではない。後からやってきたデフォルメ悪魔の1匹。それが、瓶を幾つか持っていた事だ。
そして、その中にリオ、ミカヤ、エルス、ハリー、ルカ、ミア、リンダが、小人のように小さくなって捕まっていた。何故か裸で。
(すると分かっているパワーアップをさせてやるつもりは無かったが……)
ここで終わらせようと思っていたファザーだが、彼女たちを人質に使われる可能性がある以上、その場合の対策をするのが先であった。
「
ファビアが箒の先の槍になっている部分をかざすと、ファザーの上空に現れた魔法陣からその下方にかけて高重力が発生して、ファザーが地面に叩きつけられた。
「クッ……!」
「這いつくばって潰れなさい」
そして、先程の悪魔の姿のプチデビルズを巨大化させて召喚し、その悪魔の手に持つ三俣の鉾がファザーのいる場所を突き刺した。
「這いつくばるのはテメェらだ」
「ガッ……!」
次の瞬間、ファビアの眼前に現れたファザーが彼女を殴り飛ばした。
「封殺剣」
そしてファザーは巨大な光の剣を生成し、巨大化した悪魔のプチデビルズは体を貫かれて地面に縫い付けられた。
バインドの効果を持った光の剣は実際に体を傷つける効果は無いが、体を貫かれている以上、拘束の効果は絶大だった。
「
「ご名答」
タネが割れてもファザーに動揺は無い。代わりとばかりに、先程殴り飛ばす刹那に奪った人質たちの入った瓶をファビアへと見せつけた。
「いつの間に……」
「えらく可愛くなっちまってまぁ……」
ファザーが瓶の中を見ると、少女たちは慌てて体を隠した。
ファザーはすぐに視線を外し、瓶を安全に保持した。
今、戦闘中のこの場で開放するのは危険だ。まずは彼女たちを安全な場所へ移す必要がある。
「でもそれは連続しては使えない!」
ファビアが再び高重力魔法、グラビティプレスをかける。だが——
「それはさっき見た」
その高重力はファザーには効かなかった。
彼の周りだけ、その高重力が無効化されている。
フィールドと呼ばれる範囲内にある特定の効果や魔力干渉を阻害・無効化するタイプの防御魔法に、瞬時にグラビティプレス……高重力干渉の無効化を組み込んでいた。
その隙にファザーはジーク達の所へ飛んでいき、奪った瓶を預けた。
「任せた」
「ファザー、ここはみんなで……」
だがジークの言葉も聞かず、ファザーは再びファビアの元へ向かっていった。
その背中には、まだ消えることのない怒りが滲んでいた。
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アインハルトたちが視界に入ったことで、ファビアは暗い表情で呟く。
「クラウス——エレミア——オリヴィエ——」
その名を口にした瞬間、ファビアの姿が再び変化していく。
「私は呪うことをやめない! 私を見捨てたあの王たちを、私は絶対に許さないから——!」
ファビアの背中に悪魔を思わせる羽が生えていた。
「そうか……クロゼルグ。シュトゥラの森の民の子孫か」
クラウスたちの名を口にしたことで、ファザーの脳裏に古代ベルカの知識が蘇える。
そして、アインハルトもまた、クラウスの記憶に残されていた過去の断片を思い起こした。
「アインハルトさん?」
「はい、改めて思い出しました。クロゼルグ……彼女の祖先はクラウス達と親しくしていました。特にクラウスにはよく懐いていて……でも……」
ベルカの時代に、魔女の力を乞われて城にまで出入りしていた一族。
だが、シュトゥラないし聖王連合と敵対する国の軍によって、一族が住んでいた土地の森を焼き払われてしまった。
その後、歴史資料からクロゼルグ一族の名はほとんど見られなくなる。それを考えれば、クラウスたちと会う機会も失われてしまったのだろう。
その事で、ファビアが話した様に「見捨てられた」と感じてしまっているのも頷ける。
ただ——
「オリヴィエとの別れ。リッドの失踪。クラウス自身の出征が次々と起こった事で、その後会う事が叶わずに、そのまま……」
アインハルトは、記憶の断片をたどりながら静かに語った。
「私が謝るべきなんです。あの子の居場所を奪ってしまったのかもしれないから」
アインハルトの言葉には、クラウスの記憶を受け継ぐ者としての責任感が滲んでいた。
しかし、ジークはすぐに首を横に振った。
「ハルにゃん、それはちゃうで。ウチらはご先祖様ちゃうんやから。……きっとあの魔女っこも」
「何をこだわっているのかお話を聞いて、こんな方法じゃ無くて、ちゃんとわだかまりを解いていきましょう。みんなで」
ヴィヴィオも、先祖の因縁では無く、今の自分たちと今の彼女との関係を築くべきだと主張する。
「……そうですね」
ファザーが言い続けてきた事は、ちゃんと彼女たちに伝わっていた。
受け継いだ過去を否定する必要はない。けれど、それに自分自身を奪われてはいけない。
ただし、その考えを説いてきた本人は、現在進行形で手もつけられない状態になっているのだが。
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「亜人種の特徴は無いな。どうでもいいが……」
ファザーはファビアの姿を改めて観察する。
クロゼルグ一族は猫の様な耳を持った亜人種族だったと記されているが、彼女にはその特徴は受け継がれていない。おそらく長い年月の中で失われたと思われた。
「たとえばお前やお前のご先祖が、その昔辛い目に合わされたんだとしよう……」
森を……住処を焼かれた。
クラウスもオリヴィエもヴィルフリッドも、まるで見捨てたかの様に、その後は会いにくることはなかった。
残された者からすれば、そう感じたのかもしれない。
しかし——
「だからって、今の俺たちにその恨みをぶつけていい理由にはならねぇだろうが! その事と、この俺に喧嘩を売る事とは別問題だ!」
「書物を読んだくらいで、私たちのことを分かった風にいわないで!」
自分たちの過去を、資料を読んだだけの人間に理解されたくない。そんな拒絶が、その声には込められていた。
「過去に囚われ続けるつまらねえ生き方しやがって! こい、タクティカリバー!」
『漸く某の出番ですね、主人殿』
ファザーの胸元のデバイス、タクティカリバーが輝く。
次の瞬間、巨大な黄金の機械剣がファザーの右手に握られていた。
機械仕掛けの大剣。その刀身の内側には、砲門を思わせる構造が組み込まれている。
単なる剣ではない。タクティカリバーが持つ、多様な武装形態の基点となる姿だった
「あれがタクティカリバーの本来の姿……」
「ただの大剣やないね。大剣の中に砲門? 機械剣やな」
ジークたちは初めて目にするタクティカリバーの姿に目を奪われた。
ファザーは右手に握った機械剣を軽く構え直す。
ファビアもまた、彼の手にある武装を警戒するように身構える。
嵐の前の静けさとでもいうのだろうか、無限書庫の静寂の中、黄金の機械剣が鈍い光を放っていた。
先に動いたのはファビアだった。
ファザーに対して突き出す様に手をかざすと、タクティカリバーが花束へと変化した。その一瞬の困惑をついて、手に持った箒を突撃させる。
「箒星」
先端が槍の様に尖った箒が、穂先から火を吹いて加速しながら一直線にファザーへ迫る。
「見た目だけだな」
だが、ファザーは冷静にその花束で箒を切り払った。
視覚的には確かに花束だが、手から伝わる感覚はタクティカリバーそのもの。困惑はあったが動揺はなかった。
「俺はタクティカリバーの大きさも形も完全に把握している。こんな手品程度で間違うわけがないだろう」
『解析完了』
タクティカリバーの声と共に、ファザーが花束をポンと叩く。すると、タクティカリバーが大剣の姿へと戻った。
「ほら、次はどうする?」
ファザーはタクティカリバーを向けながら、次の手を促す。
彼女の魔法を見極め、その仕組みを理解しながら対処している。
対するファビアは、自分の魔法が一つ一つ無力化されていく事に焦りを覚えていた。
「黒炎」
ファビアの背中に生えた翼から、複数の光弾が放たれる。
ファザーはそれを回避しようと、身体を動かそうとした。だがその直前、彼の動きが不自然に止まった。
「!!?!!?!?」
硬直したファザーに、光弾が迫る。
シールドを展開する余裕はない。
「やべ」
直後、光弾がぶつかり、爆発した。
煙の中から現れたファザーは、タクティカリバーの側面を盾代わりにしていた。咄嗟の判断で直撃を防いだものの、爆発の余波までは完全に逃れることはできなかったらしい。
「まさか味方に刺されるとは思わなかったぞ……」
ファザーの視線の先に、いつのまにか瓶から解放されたミカヤやハリーたちがいた。
どうやら、ジークたちが瓶の蓋を開け、彼女たちを解放したようだ。
……そう、縮小されていた彼女たちが瓶から解放されて元の大きさに戻り、バリジャケットを装着するその一瞬。その一瞬のみ、裸で外に現れた事になる。
ファザーはそちらに目を奪われてしまった結果、隙ができてしまっていた。
『主人殿……戦闘中にレディたちの裸に見惚れて隙を晒すなんて、流石に擁護できませんぞ』
「むしろ健全だ! 何も反応しない方が男としておかしいだろ⁉︎」
そのやりとりを聞いたファビアは再び黒炎を準備すると共に、何かを思いついたかのように自らの服に手をかけた。
「言っておくが、変身魔法で作った偽物には興奮しないからな?」
「…………」
ファビアは服にかけた手をそっと下ろした。
「「あぅぅ」」
なおファザーの言葉は、変身魔法で大人の姿になって戦うヴィヴィオとアインハルトにも効いていた。
「黒炎!」
先程のやりとりをなかった事にする様に、再びファビアが光弾を放った。今度は先ほどよりも数が多い。
「魔力量と爆発範囲の比率は覚えた」
その言葉通り、放たれた光弾だけでなく、その爆発範囲まで計算に入れ、彼は弾幕の隙間を縫うように飛んでいく。
光弾の軌道を見切り、爆発が広がる前にその範囲から抜け出す。まるで弾幕の中に安全な道筋が見えているかのような動きだった。
そして、右手で大剣を振りかぶる。
ファビアが振りかぶった大剣に注視した瞬間、左手で高速砲を撃った。
「隙とはこうやって作るもんだ」
『一応、色気を使った方法も昔から有りはしますが』
「是非俺の前でやって貰いたいね」
『主人殿……』
「お前が言い出したくせに」
これだけ冗談を言う余裕があれば大丈夫だろう。
軽口を言い合う2人だが、その実、先程の黒炎直撃のダメージを互いに確認する裏があった。
「どうした、ネタ切れか?」
「まだっ!」
吹き飛ばされたファビアがなんとか体勢を立て直して答えるが、その顔は明らかに苦痛を浮かべていた。
「なら抗って見せろ、クソガキ!!」
ファザーの怒りの炎は未だ消えることは無かった。
————————————————————————
「あいつ、あんなに怒るようなタイプなのか……?」
ファザーの戦いぶりを見つめながら、ハリーがぽつりと呟いた。
自分以上に怒っているファザーを見て、先ほどまで瓶に閉じ込められていたことへの怒りも、今はすっかり頭から抜け落ちている。
「いや……普段はへらへらしながら、のらりくらりかわすような不良神父なんやけど……」
ジークも困惑した様子で答える。
「お、おう。アイツには容赦ないなお前」
「普段は『お前はお前、先祖とは違う』って宥めてくれる人なんですが……」
アインハルトも、ファザーの態度に違和感を覚えていた。
「君はクラウスじゃ無い、アインハルトだ」「クラウスの記憶に囚われないように」と、何度も言葉をかけてくれたのがファザーだった。
そんな彼が、自分と同じように過去に囚われているであろうファビアには言葉を使わない。
「いきなり襲われたことが、そこまで腹を立てることだったんでしょうか?」
ヴィヴィオも戸惑いを隠せないでいる。
確かに、ファザーは先ほどからファビアに対して一切の容赦を見せていない。
皆が黙りこくる中、ふいに別の声が割り込んだ。
「助けに来たんだけど……修羅場?」
「ルールー!」
「ルーちゃん」
その場に現れたルーテシアに、みんなが声を上げる。
彼女は一同の無事を確認すると、すぐに戦闘の様子へと視線を向けた。
「ファビアを追ってきたんだけど、なんかあの子のほうが追い詰められてない?」
ルーテシアの言う通りだった。
ファザーは相変わらず、ファビアの魔法を一つ一つ無力化している。
対するファビアは、先ほどまでの余裕を失い、苦しげな表情を浮かべていた。
「ファザーさんがおかしいの!」
「落ち着いてくださいヴィヴィオさん。彼がおかしいのはいつものことです!」
「ハルにゃんも落ち着いて。なんだか徹底的にぶちのめさないと気が済まん、って感じなんよ」
今の彼は相手を説得しようとしているようには見えない。ファビアの攻撃を封じ、反撃を加え、なおも追い詰めようとしている。
「じゃあ詳しい人に聞いてみよっか。ディードとオットーが来ているらしいから」
ルーテシアはそう言うと、通信端末を操作しようとした。
「だけど、通信は妨害されているようだよ?」
外部との通信を試みていたミカヤが告げる。
ファビアの結界によって、襲撃前から外部との連絡が遮断されているらしい。
「だいじょーぶ!」
ルーテシアは気にした様子もなく、結界へと意識を向けた。
「昨日ファザーさんがやったことの応用で……結界に干渉して、私の通信が繋がるように隙間を作って……っと」
彼女の魔法が結界の構造を解析していく。
ファビアの結界そのものを破壊するのではなく、その構造に干渉し、通信の通り道だけを確保する。昨日ファザーが見せた手法を参考にしたものだった。
やがて、ルーテシアの端末に通信が入る。
「ルーテシアお嬢様。うまく中に入れたようですね」
「ご無事ですか?」
通信の向こうに映ったのは、ディードとオットーだった。
「うん。それより大変なことになってて……」
「ディード、オットー! ファザーさんが大変なの!」
ヴィヴィオが慌てて声を上げる。
「陛下もご無事で!」
「ファザーがどうかされましたか?」
ヴィヴィオは、ファザーがファビアと交戦していること、そしてその様子が普段とはまるで違うことを説明した。
ディードとオットーは一通り話を聞き終えると、少しの間、沈黙した。
「なるほど。積み重なった不満に、最後の一押しが加わった。今のファザーは、そういう状態だと考えられます」
「それだけではありません。ファザーが本気で暴力に訴える時は、そもそも相手と話し合って解決するつもりがない時です」
「それじゃあ、どうすれば……」
ヴィヴィオが不安そうに尋ねると、ディードとオットーは通信越しに何やら相談を始める。
「それならアインハルトお嬢様にも一緒に……」
「そうだね、そっちの方が……」
相談を終えたオットーが口を開く。
「陛下。アインハルトお嬢様。ひとつ秘策があります」
ディードとオットーがニヤリと笑う。そして、作戦の説明を始めた。
————————————————————————
ファザーとファビアの戦いは、大勢が決まろうとしていた。
「はぁ……はぁ……うぅっ」
魔法がことごとく効かないファザーに、ファビアは精神的に追い詰められていた。
攻撃を仕掛けても防がれ、魔法を変えても対処される。こちらの手の内を読まれているかのように、次々と手段を潰されていく。
このまま全てを無力化されたら自分はどうなってしまうのか。あの怒り狂った神父になにをされてしまうのか。
いつの間にか、ファビアの目にはファザーが恐怖として映っていた。
「百鬼夜行!」
ファビアが恐怖を振り払うように魔法を唱える。
その声に応じて、三種類のプチデビルズが次々と現れた。
一体、二体どころではない。小さな悪魔たちは群れを成し、無数の影となってファザーへと殺到する。
その光景を前にしても、ファザーは慌てなかった。
「キャノンだ」
『OK. Cannon Form!』
ファザーの短い声にタクティカリバーが反応する。
まず、刃が中央から縦に二つに割れ、それぞれが外側へと展開した。大剣の内部に収められていた砲門が露わになり、そこから砲身が伸びていく。
続いて、側面へ向けられた二枚の刃が、砲身を包み込むようにコの字型に再び接続された。
タクティカリバーの機構が展開し終えると、砲門に魔力が集まり始めた。
ファザー本人の魔力だけではない。周囲に存在する魔力までもが、砲口へと引き寄せられていく。
「これって、
その光景を見て、ミウラが声を上げた。
ブレイカー。つまり収束系魔法。
周囲の魔力を一点に集め、さらに圧縮して一気に放つ大技。周辺に散らばった魔力に術者が自身の魔力を上乗せする事で、極めて高い威力を引き出す。
一方で、使用後に魔力を再利用する技術は物凄く難易度が高いことで有名だ。
同じく『抜剣』という——こちらは近接型であるが——収束系魔法持ちであるミウラだから、その異常性がわかる。
ブレイカーは本来、魔力を集束するためのチャージ時間が長く、その間は身動きがほぼ取れないことが弱点だ。だがファザーの収束は、それが弱点とならないほど異常に早かった。
プチデビルズの群れが迫る前に、すでに必要な魔力が集まり、瞬く間に砲門が十分な魔力で満たされた。
砲口が迫り来るプチデビルズの群れへと向けられる。
「骨まで消し飛べ!」
『Genocide Breaker!』
次の瞬間、収束された魔力が砲門から解き放たれた。
放たれた砲撃は、押し寄せるプチデビルズの大群を正面から薙ぎ払っていく。
小さな魔物たちが次々と光の中に呑み込まれ、その群れに大きな穴が開いた。
しかし、それだけでは終わらない。
ファザーはそのままタクティカリバーの砲身を動かす。それに合わせて火線が追従し、砲撃の軌道が大きく変化した。
光の奔流が、残ったプチデビルズを次々と巻き込みながら、逃げ場を塞ぐようにファビアへと迫っていく。
「おかしいです……収束砲だからって、こんなに持つはずありません」
大量の魔力を使用するのがブレイカーだ。だからといってこれほど長く続けられるものでは無い。
ブレイカーを良く知るミウラだからこそ、ファザーの『ジェノサイドブレイカー』の異常性に気付く。
「うん、集めた魔力を放つだけならこんなに持たない。でもよく見て。撃ちながら魔力を集め続けてる」
ルーテシアがじっと様子を観察しながら答える。
自分でもおかしなことを言っているのはわかっている。だが、目の前では確かにそれが起きていた。
「あ、あり得ません。撃ってる間にも集める⁉︎ 真逆の行為ですよ!」
「でもそのあり得ない事が起きてる。……本当に常識が通じない人ね、ファザーさんは」
放出して散った魔力をすぐさま集めるだけで無く、光に飲み込まれて消滅した大量のプチデビルズたちの魔力すら回収して、ブレイカーを打ち続けている。
周囲に大量のプチデビルズが存在し、次々と魔力が散っていく。この状況だからこそ可能な、荒技とも神業とも呼べるものだった。
「ファビアさんは……」
「あれに飲み込まれたら流石に決着かなー?」
そして、火線がファビアを追いかけつつ、周囲のプチデビルズをあらかた片付けると、ファビアに迫る速度が上がった。
光が迫り、ファビアに恐怖と涙が浮かぶ。
思わず目をつぶった。
——呑み込まれる。
そう思った瞬間。
ヴィヴィオがファビアを庇うように立ち塞がった。
そのためブレイカーの砲撃が止まる。
「もうやめてください、ファザーさん!」
「ヴィヴィオちゃん。退きなさい」
ファザーは放出を止めたが、タクティカリバーの砲門は尚もファビアに向けたままだ。
そしてその声は、まだ冷たいままだった。
タクティカリバーの大剣の形状はタクティカルアームズそのものです。
キャノンフォームはアークビートルの頭部っぽい形状で、中央に砲門があると考えてください。
アスティオンはダウンしていないのでそのまま一緒に来ています。
ルーテシアの見せ場は犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな。