私が冷凍睡眠している間にウイルスのせいで世界の男女比が1:100になっていたんだが 作:冬野晴(旧雪野春)
私の名前はローゼス。惑星ミンダスの小国家ボルトランで孤児として生まれ落ちた女だ。私は孤児院に寄付された助成金により科学を学ぶ事ができ、国立研究所で医療研究をしていた。
そのまま研究所に勤めていれば人生は安泰だったが、この国家の医療機関では富裕層ばかりを優先して医療を受けさせて緊急で治療する必要がある中間層や貧困層の人間を後回しする傾向があり、私はその事に納得できなかった。
確かに人は霞を食べて生きる仙人ではなく、人生では衣食住が必要であり、衣食住を得る為の手段として金銭は必要な道具だ。
しかし目の前にある助けられるはずの命を見捨てるのが医療人として正しい事なのか?稼ぎだけを優先して生きるのは果たして正しい事なのか?私は周囲の人々から何と言われようともそれが正しいとは思わない。
葛藤した私は全財産を銀行から引き出して金目の私物を換金して国の辺境にある無人地帯に居を移した。
その際にメインという人工知能を搭載したメイドロボを製作して助手とした。
そして国家で禁止されている行為であるあらゆる生物のクローンを大量に作りリスクの高い新薬や治療法の実験体として使い人間の体を治療する研究を続けた。
居を移して5年が経ち、私も少し年を取った。顔にはまだないが手足にはわずかにシミができ始めている。
「ローゼス様も年を重ねましたね。
私はロボットなのでピカピカですが。」
研究室で椅子に座って右手をじっと見つめている私にメイドロボのメインが話しかけてきた。
無表情のまま発言しているが、心なしかドヤ顔をしているように思える。
私は少しムカついたのでメインに顔面パンチをした。
ゴツンという小さな音が鳴る。
「痛いな。」
私は右手の先をブンブンと振った。
「ローゼス様、私の材質は超合金です。
どんなにイラついても私には傷一つつける事ができません。」
再びメインが無表情で発話する。
私はメインの顔をじっと見つめた。
やっぱり少しむかつくが、この無人地帯では私以外のおおよそ意思と言える物を有しているのはメインしかいない。
イラついて解体した後で一時的に溜飲は下がっても、その後にとてつもない淋しさに襲われる事はほぼ確定事項である。
本当に何で彼女は少し癪に触るような言動を繰り返してしまうのだろう。
制作費用を抑える為に人工知能を中古で購入したのがダメだったのだろうか。
定期的にアップデートしているが、治る見込みはない。
私は科学者だが人工知能をいじるのは少し苦手だ。
「そういえば、私は最近自分を冷凍睡眠する事を考えている。」
「なぜですか?」
「最近は年を重ねて体力の減退を感じていてね。
ベストな状態で研究する為に冷凍睡眠をしたいと思っている。」
「だったら自分の海馬細胞を複製して若いクローンに転写して実験を続ければいいのでは?」
「それはやった事があるんだが、どうにも奇妙な気分になったからやめたよ。
私は生まれついたこの体で様々な病気の治療法を探求していきたいんだ。」
「でも、今から冷凍睡眠をする必要があるんですか?
それに、万が一冷凍睡眠が失敗したらどうするんですか?」
「現存する病の対抗策は作り終わった。後は公表するだけだ。
そうしたら暇になってしまう。
それと、もうクローンで冷凍睡眠の実験は終わっている。
計算ではこの設備で1000年は眠る事ができる。
今までずっと研究詰めだったからいい加減休みたいんだ。」
「なるほど。
では、研究成果を公表した後に冷凍睡眠をしましょう。
それと、どのような時にローゼス様を起こせばいいのでしょうか。」
「では、私が起きるべき事態───例えばパンデミックが起きた時などに起こしてくれ。」
こうして私は施設の地下室に行き、冷凍睡眠をするための、外見は脱出ポットのような装置に入った。
そしてガラス越しにメインにおやすみなさいと語りかける。
冷凍睡眠装置からノンレム睡眠を誘発する脳波が放出されて私は深い眠りに導かれる。
メインは口を動かして何か言っていたが、私にはよく聞こえなかった。
「起きてください!」
冷凍睡眠に落ちてから意識が戻った時、私はメインから両頬をべちべちと叩かれながら起きた。
痛い。痛すぎる。少しは手加減してほしい。
「メイン、私をリズミカルに叩くのをやめてくれ。」
「申し訳ありません。」
メインはピタリと手の動きを止めて引っ込めた。
周囲を見渡してみると、白くて清潔な部屋に何人かの女性がいる事が分かる。
私は首を傾げた。おかしい。私が冷凍睡眠をした場所は自分の研究施設の地下室のはずだ。なぜこのような身に覚えのない場所に私とメインがいる?
部屋にいる女性のうち、白衣に身を包んだ金髪の女性が前に出てローゼスに話しかけた。
「お初にお目にかかりますわローゼス博士。
私の名前はリザ=マートン。
ボルトラン国立研究所の所長です。
以後お見知りおきを。」
リザと名乗る女性は恭しく頭を下げて礼をした。
「これからよろしくお願いいたします。
ところで今は惑星歴何年なのですか?」
「今は惑星歴1100年です。
今からちょうど1年前に博士の手を借りなければ解決が難しい緊急事態が起きたのです。」
リザさんは懐から2枚の写真を取り出した。
1つ目は獰猛な野生生物のような謎の存在の写真と、もう1つはウイルスを顕微鏡で覗いて拡大したような写真だった。
「これはなんでしょうか?」
「この写真は1年前に突如この惑星ミンダスに出現したガンノイドと呼ばれる生物と、そのガンノイドの体に存在するウイルスです。
ガンノイドは無差別に人を襲いウイルスを振りまきますが、ウイルスは男性のみを死に至らしめます。」
「なるほど。ではその2つに対する対抗策を確立すればいいんですね?」
「ええ、あなたの言う通りです。
ちなみに我々は貴女が科学倫理規定であるクローン製造の禁止を破っている事は把握しておりますので、断らない方が賢明ですよ?
証拠である写真や実験体は回収しておりますので言い訳は通用しませんよ?
もし断ったらあなたを逮捕いたします。」
私は顔から冷や汗を流し作り笑いを浮かべ、ちらりとメインの顔を見た。
目が合った瞬間メインは少し視線を外す。
かくして私は弱みを握られガンノイドとウイルスの研究を行う事になった。