『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第1話 風神、ハートフィリア家令嬢を護衛する
フィオーレ王国――。
魔法が当たり前のように存在するこの国では、今日も朝から様々な魔法が街を彩っていた。
商人が荷物を運ぶために使う簡単な魔法。
子供たちが遊び半分で使う小さな魔法。
そして、魔導士たちが依頼を受け、危険な仕事をこなすために使う高度な魔法。
そんな魔法文明の中で、魔導士たちはそれぞれギルドに所属していた。
中でも有名なのが――。
妖精の尻尾。
自由奔放。
問題児揃い。
しかし、仲間を何よりも大切にする。
そんな魔導士ギルドだった。
そして、その妖精の尻尾には一人の青年がいる。
銀色の長い髪。
穏やかな青い瞳。
白いコートを風になびかせながら、静かにギルドのカウンターで紅茶を飲んでいる。
青年の名は――。
フウマ・レインハルト。
二十三歳。
第二世代の滅竜魔道士。
体内には、特殊な風竜の滅竜魔法ラクリマが宿っている。
さらに、生来の高い魔法適性によって風魔法にも精通している。
そして、彼には一つの二つ名があった。
――風神。
「……今日は静かだね」
カップを置きながら、フウマが呟く。
しかし、その言葉を聞いた直後。
「おいフウマァァァ!!」
ギルドの奥から怒鳴り声が飛んできた。
フウマが振り返る。
そこにいたのは、金髪の青年だった。
鋭い目。
荒々しい魔力。
肩には白いマント。
そして、その身体から漏れ出しているのは――雷。
ラクサス・ドレアー。
フウマの親友であり、もう一人の二つ名持ち。
――雷神。
「どうしたの、ラクサス?」
「どうしたじゃねぇ!」
ラクサスはフウマの前まで歩いてくる。
「今日の朝からずっと待ってんだぞ!」
「何を?」
「勝負だ!」
「……ああ」
フウマは少し考える。
「昨日もやったよね?」
「昨日は昨日だ!」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ!」
ラクサスが拳を握る。
小さな雷が指の間で弾けた。
フウマは困ったように笑う。
「僕、今日は依頼があるんだけど」
「依頼が終わってからでいい」
「長期になるかもしれないよ」
「なら帰ってきたら勝負だ」
「気が長いね、ラクサス」
「お前が呑気すぎんだよ」
ラクサスは鼻を鳴らした。
フウマは苦笑しながら紅茶を飲む。
――いつもの朝だった。
妖精の尻尾にとっては。
だが。
この日から、フウマの人生は大きく変わることになる。
一人の少女との出会いによって。
---
その日の昼。
ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、いつもの依頼人ではなかった。
黒いスーツに身を包んだ、初老の男性。
身なりが非常に整っている。
ギルドの喧騒を見回すと、わずかに眉をひそめた。
「ここが……妖精の尻尾ですか」
「そうだけど?」
フウマが声をかける。
男性はフウマを見る。
そして一瞬だけ驚いた。
「あなたが……フウマ・レインハルト様ですか?」
「はい。僕です」
「二つ名――風神」
「その呼び方、あまり好きじゃないんだけどね」
フウマは苦笑する。
男性は周囲を確認してから、声を落とした。
「……人目のない場所でお話をさせていただけますでしょうか」
フウマの表情が少し変わった。
普段の柔らかな笑顔は消えない。
しかし、目だけが静かに鋭くなる。
「分かりました」
---
ギルドの二階。
人の少ない部屋。
男は一枚の書類をテーブルの上に置いた。
「これは正式な依頼ではございません」
「極秘?」
「はい」
フウマは書類を見る。
そこに書かれていた名前。
――ハートフィリア家。
フィオーレ王国でも有数の大富豪。
フウマは目を細める。
「ハートフィリア……」
「そのご令嬢、ルーシィ・ハートフィリア様についてです」
「ルーシィ?」
「はい」
男は声を潜める。
「現在、ルーシィ様の身辺には不穏な動きがございます」
「命を狙われている?」
「明確な証拠はございません」
「でも、可能性がある」
「……はい」
フウマは椅子に背を預ける。
「それで、僕に何を?」
男は深く頭を下げた。
「ルーシィ様の――」
一拍。
「長期護衛をお願いしたいのです。」
フウマは黙った。
「期間は?」
「最低でも数か月を想定しております」
「かなり長いね」
「それだけではございません」
男は続ける。
「ルーシィ様は現在、ハートフィリア家から距離を置こうとしております」
「……」
「そのため、護衛対象であることを本人には明かさないでいただきたい」
フウマの眉が僅かに動く。
「つまり、僕が普通の魔導士として彼女の近くにいる?」
「その通りです」
「護衛だと知られたら?」
「依頼失敗と判断されます」
フウマは書類を見つめる。
少し考えてから――。
「分かりました」
即答だった。
男が驚く。
「よろしいのですか?」
「困っている人を放っておけないからね」
「……ありがとうございます」
フウマは微笑む。
「ただし、一つ条件があります」
「なんでしょう?」
「ルーシィさん本人が嫌がることは、できる限りさせないでください」
男は少し黙った。
「……分かりました」
「それなら引き受けます」
こうして――。
フウマ・レインハルト。
二十三歳。
風神。
その新しい依頼が始まった。
---
数日後。
ハートフィリア家。
巨大な屋敷の一室。
窓際に一人の少女が立っていた。
金色の長い髪。
茶色の瞳。
整った顔立ち。
白い肌。
少女の名は――。
ルーシィ・ハートフィリア。
「……妖精の尻尾……」
机の上には一冊の雑誌。
そこには魔導士ギルドの記事が掲載されていた。
ルーシィはそれを大切そうに眺めている。
「あたし……絶対に入るんだから」
幼い頃から憧れていた。
自由に生きる魔導士たち。
依頼を受けて、仲間たちと冒険する。
危険な目に遭っても、最後には笑って帰ってくる。
その中心にいるのが――。
妖精の尻尾。
「いいなぁ……」
ルーシィは雑誌を胸に抱く。
「いつか、あたしも……」
その瞬間。
背後から声がした。
「お嬢様」
「わっ!」
ルーシィが飛び上がる。
振り返ると、使用人が立っていた。
「何よ、急に!」
「申し訳ございません」
「ノックくらいしてよね」
「失礼いたしました」
使用人は頭を下げる。
「旦那様から、お話がございます」
「……お父さんが?」
ルーシィの表情が曇った。
最近、父との関係は良くない。
自分の人生を自分で決めたい。
それなのに、家はそれを許してくれない。
「行きたくない……」
「お嬢様」
「分かってるわよ」
ルーシィは雑誌を閉じた。
そして、小さく息を吐く。
「……行けばいいんでしょ」
---
その夜。
ルーシィは一人で部屋にいた。
窓の外には夜空。
月明かりが屋敷を照らしている。
「……妖精の尻尾」
もう一度、その名前を呟く。
「絶対……入ってやるんだから」
そして翌朝。
ルーシィは屋敷を出た。
---
その少し離れた場所。
街路樹の下。
一人の青年が立っていた。
銀髪。
長いコート。
青い瞳。
フウマ・レインハルト。
今回の任務が始まってから、彼はルーシィの行動を遠くから見守っていた。
「……あれが、ルーシィ・ハートフィリア」
風が吹く。
フウマの銀髪が揺れる。
彼は微笑んだ。
「ずいぶん元気そうな子だな」
ルーシィは街を歩きながら、時折周囲を見回している。
その顔には期待が浮かんでいた。
そして――。
突然、立ち止まった。
「……え?」
ルーシィの視線の先。
街角に掲げられた一枚の看板。
そこには――。
妖精の尻尾の紋章。
「……!」
ルーシィの目が輝く。
「妖精の尻尾……!」
思わず駆け出す。
「ここに魔導士がいるの!?」
フウマは少し離れた場所からその姿を見ていた。
「……あんなに嬉しそうな顔をするんだ」
その時だった。
強い風が吹いた。
街路樹の葉が一斉に舞い上がる。
一枚の葉がルーシィの目の前を横切る。
「わっ!」
ルーシィが目を閉じる。
そして――。
その葉を、フウマが風で静かに受け止めた。
銀色の髪を揺らしながら、彼が歩いてくる。
「大丈夫?」
「え?」
ルーシィが顔を上げる。
そこにいたのは――。
見たことのない青年だった。
銀髪の長髪。
優しい青い瞳。
柔らかな笑顔。
ルーシィは思わず見つめる。
「……誰?」
「僕?」
フウマは笑う。
「フウマ・レインハルト」
そして、手に取った葉をルーシィへ差し出した。
「風が強いから気をつけてね」
「……ありがとう」
ルーシィが葉を受け取る。
その瞬間。
二人の視線が重なった。
これが――。
風神フウマ・レインハルトと、星霊魔導士ルーシィ・ハートフィリア。
二人の最初の出会いだった。
しかし、この時のルーシィはまだ知らない。
目の前の青年が――。
後に自分と共に数え切れない冒険を経験することも。
そして、いつしか自分にとって――。
かけがえのない存在になることも。
フウマもまた、知らなかった。
この少女が。
自分が長期にわたって守ることになる少女が――。
やがて自分にとって、
「帰りたい場所」そのものになることを。
ただ、この時の二人にとっては。
まだ――。
始まりに過ぎなかった。
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