『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第10話 風神――風魔法だけで
夜のハートフィリア邸。
静寂は、すでに失われていた。
廊下の向こうから現れた黒ローブの魔導士が、禍々しい魔力を放っている。
その背後。
さらに二人の魔導士が姿を現した。
合計三人。
先ほど西側から侵入を試みた者たちとは、明らかに格が違う。
「……本命ってわけか」
エルザが剣を構える。
だが、フウマは右手を軽く上げた。
「エルザ」
「何だ?」
「ここは僕に任せてくれる?」
「……一人でか?」
「うん」
エルザはフウマを見つめた。
フウマの表情は穏やかだった。
焦りもない。
恐怖もない。
ただ静かに、目の前の敵を見据えている。
「分かった」
エルザは剣を下げた。
「ならば任せよう」
「ありがとう」
ルーシィが驚いたようにフウマを見る。
「フウマ、一人で戦うの?」
「大丈夫だよ」
「でも……!」
「ルーシィ」
フウマは優しく笑った。
「僕を信じて」
「……!」
その言葉に、ルーシィは黙った。
以前なら、怖さが先に来ていただろう。
けれど今は違う。
フウマが何をしようとしているのか。
それを見てみたい。
「……分かった」
ルーシィは小さく頷いた。
「信じる」
「うん」
フウマは前を向いた。
黒ローブの男が笑う。
「風神と呼ばれる貴様が、一人で我々を相手にするだと?」
「そうだけど」
「舐められたものだ」
男が手を掲げる。
「ならば、その風ごと――」
魔力が爆発した。
「叩き潰してやる!」
巨大な魔法陣が廊下に浮かび上がった。
炎。
無数の黒い槍。
そして圧縮された魔力弾。
三人の魔導士が一斉に魔法を放つ。
轟音。
屋敷全体が震える。
「フウマ!」
ルーシィが叫ぶ。
だが。
「――風よ」
フウマが静かに呟いた。
次の瞬間。
廊下を、一陣の風が駆け抜けた。
激しくもない。
派手でもない。
ただ、静かな風だった。
しかし――。
飛んできた炎が、軌道を変えた。
「なっ!?」
黒い槍が、壁へ突き刺さる。
魔力弾は天井へ逸れて消えた。
「何だと!?」
敵が目を見開く。
フウマは一歩、前へ進んだ。
「僕は、風の魔法が得意なんだ」
足元から風が広がる。
「だから――」
銀髪が大きく舞い上がった。
「滅竜魔法を使わなくても、十分戦える」
フウマの周囲で、風が渦を巻く。
それは次第に鋭さを増していった。
「《風刃》」
ヒュンッ!
見えない斬撃が走る。
「ぐあっ!」
魔導士のローブだけが切り裂かれた。
傷は浅い。
だが、敵の動きを止めるには十分だった。
「こ、この程度!」
別の魔導士が突っ込んでくる。
フウマは動かなかった。
拳が迫る。
その瞬間――。
「《風壁》」
透明な壁が生まれた。
「なっ――!」
拳が止まる。
男の身体が大きく弾かれた。
フウマはそのまま指を動かす。
風が男の身体へ巻き付いた。
「《風縛》」
「ぐっ……!」
風の縄が身体を締め上げる。
身動きが取れない。
「こんな……風ごときに……!」
「風を甘く見ないほうがいい」
フウマは静かに言った。
「風は、どこにでもあるから」
その言葉と同時に。
屋敷の中を猛烈な風が駆け抜けた。
「うわああああっ!」
三人の魔導士がまとめて吹き飛ばされる。
しかし、黒ローブの男だけは踏みとどまった。
「舐めるなぁぁぁ!」
巨大な魔力を解放する。
床が砕ける。
壁が震える。
「これで終わりだ!」
巨大な魔法弾が形成された。
それは廊下全体を埋め尽くすほどだった。
ルーシィが息を呑む。
「フウマ……!」
エルザも目を細める。
だが。
フウマは逃げなかった。
「……風は」
静かに右手を前へ伸ばす。
「形を持たない」
風が集まる。
周囲の空気が震える。
「だからこそ――」
銀髪が激しく舞い上がった。
「どんな形にもなれる」
巨大な竜巻が発生した。
――ゴォォォォォッ!!
「な、なんだこれは!?」
魔導士の魔法弾が竜巻に飲み込まれる。
「消えろぉぉぉ!」
さらに魔力を注ぎ込む。
しかし。
フウマは一歩も動かない。
「無駄だよ」
風がさらに強くなる。
「《風嵐》」
轟音。
竜巻が一気に膨張した。
敵の魔法を包み込み、押し返し、そして――。
「う、うわああああああっ!」
三人の魔導士をまとめて吹き飛ばした。
屋敷の廊下を抜け。
開け放たれた窓から外へ。
そして庭へ叩き落とされる。
――ドォンッ!
地面が大きく揺れた。
静寂。
フウマはゆっくりと手を下ろした。
銀髪が静かに元へ戻っていく。
「……終わった」
そこには、倒れた闇ギルドの魔導士たち。
三人とも意識を失っていた。
フウマは――。
最後まで、風魔法しか使っていなかった。
滅竜魔法を一度も使っていない。
エルザが感心したように息を吐く。
「見事だ」
「ありがとう」
「まさか、ここまで通常の風魔法を使いこなしているとはな」
「滅竜魔法だけに頼りたくないからね」
フウマは穏やかに笑った。
「風魔法も、僕にとって大切な力だから」
その時だった。
「……」
返事がない。
フウマが振り返る。
「ルーシィ?」
「…………」
ルーシィは立ったまま、フウマを見つめていた。
「どうしたの?」
「……すごい」
「え?」
「すごい……」
頬が赤くなっている。
瞳が輝いていた。
「フウマ……めちゃくちゃ格好いい……」
「……」
フウマが固まる。
エルザは隣で小さく笑った。
「どうやら見惚れているようだな」
「えっ!?」
ルーシィの顔が一気に赤くなる。
「ち、違うわよ!」
「そうか?」
「違わない……じゃなくて! 違う!」
慌てて両手を振る。
「あたしはただ、その……!」
言葉が出てこない。
戦っている時のフウマ。
普段の穏やかな姿とは違っていた。
銀髪を風に舞わせながら、圧倒的な力で敵を制圧する姿。
それなのに。
最後まで冷静だった。
怒鳴ることもない。
相手を必要以上に傷つけることもない。
ただ、風を操り、敵の力を受け流し、無力化した。
「……綺麗だった」
「ルーシィ?」
「風が……すごく綺麗だった」
ルーシィは小さく呟いた。
「あたし、風ってこんなに格好いいものだと思わなかった」
フウマは少し照れたように笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「……」
また、ルーシィは見つめる。
その胸の鼓動が、少しだけ速くなっていることに気づいていた。
けれど、それが何なのか。
今の彼女には、まだ分からなかった。
*
しばらくして。
庭ではヴェロニカとガンマも合流していた。
「おーい、フウマさん!」
ガンマが手を振る。
「こっちも片付いたッスよ!」
「お疲れさま」
「いや~、結構いたッスね」
ヴェロニカが肩を回す。
「こっちの連中は大したことなかったな」
そして、地面に転がる敵を見る。
「……こいつらが本命か?」
「ううん」
フウマは首を横に振った。
「たぶん違う」
「やっぱりか」
ヴェロニカの顔が険しくなる。
「じゃあ、今回の襲撃は?」
「僕たちの戦力を測るため……かもしれない」
エルザが頷く。
「そして同時に、ルーシィを追い詰めるための牽制」
「嫌な連中ッスねぇ」
ガンマが眉を下げる。
その時。
フウマの視線がルーシィへ向いた。
「でも、もう大丈夫」
「……うん」
ルーシィは頷いた。
そして、少しだけ笑う。
「あたし、もう怖いだけじゃないから」
「そう?」
「うん」
ルーシィはフウマを見る。
「だって……」
先ほどの戦いを思い出す。
風を操る銀髪の青年。
その姿は、まるで風そのものだった。
「こんなに頼りになる護衛がいるんだもの」
「……」
フウマは少し困ったように笑った。
「それは、褒めすぎだよ」
「本当のことよ」
ルーシィは胸を張った。
その笑顔を見て、フウマも笑う。
しかし――。
誰も気づいていなかった。
倒された魔導士の一人が、懐に小さな通信魔水晶を隠していたことを。
その魔水晶から、かすかな声が漏れる。
『……確認した』
『風神は、滅竜魔法を使わなかった』
『通常の風魔法だけで、我々を圧倒した』
暗闇の向こう。
何者かが静かに笑った。
『なるほど』
『ならば――』
通信が切れる。
そして、別の場所。
一人の男が椅子に座り、魔水晶を見つめていた。
「風神……」
男は口元を歪める。
「面白い男だ」
月明かりが、その顔を照らす。
「ならば次は――」
その目が、冷たく光った。
「風では守れない場所から攻めるとしよう」
ハートフィリア家を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。
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