『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第14話 紅血竜の秘密――集められし滅竜魔導士
夜は深かった。
ハートフィリア家の屋敷を包む闇は、昼間とはまるで別の世界のように静まり返っている。
庭に設置された魔導灯が淡い光を放ち、風に揺れる木々の影を地面へ落としていた。
その庭の一角。
フウマ・レインハルトは、一人で立っていた。
銀色の長い髪を夜風になびかせながら、静かに目を閉じる。
風を感じていた。
冷たい夜風。
木々の葉を揺らす風。
遠くの街から流れてくる人々の声。
そして――。
「……ヴェロニカ?」
風に混じって聞こえてきた足音に、フウマは振り返った。
月明かりの下から、紫色のショートヘアの女性が歩いてくる。
「よぉ」
「こんな時間にどうしたの?」
「お前こそ何してんだ?」
「僕はちょっと風に当たってただけだよ」
「相変わらず風好きだな、お前は」
ヴェロニカはそう言って笑った。
しかし。
フウマは彼女の表情を見て、わずかに眉を寄せた。
「……ヴェロニカ」
「何だ?」
「何かあった?」
「……」
ヴェロニカが止まる。
「どうしてそう思う?」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「うん」
フウマは穏やかに微笑んだ。
「僕たち、長く一緒にいるから」
「……」
「ヴェロニカが何か隠してる時の顔、分かるよ」
「チッ」
ヴェロニカは舌打ちした。
「お前には敵わねえな」
「何か僕にできることがあるなら、言って」
「……いや」
ヴェロニカは視線を逸らした。
「今はまだ話せねえ」
「そう」
フウマは無理に聞かなかった。
「分かった」
「聞かねえのか?」
「話したくないことを無理に聞くつもりはないよ」
「……」
「でも」
フウマは少しだけ真剣な顔になる。
「一人で抱え込まないでね」
ヴェロニカは目を見開いた。
それから、小さく笑う。
「お前は……本当にそういうところ変わらねえな」
「そう?」
「ああ」
ヴェロニカは夜空を見上げた。
「優しすぎるんだよ」
「……」
「だからこそ、俺はお前には余計な心配をさせたくねえ」
「ヴェロニカ」
「今はそれだけだ」
それ以上は言わなかった。
フウマも、それ以上追及しなかった。
だが――。
ヴェロニカの胸の内には、ある重大な秘密があった。
誰にも話していない。
フウマにも。
エルザにも。
もちろんルーシィにも。
妖精の尻尾の仲間たちにも。
それは――。
滅竜魔導士を集めていること。
なぜ集めているのか。
誰のためなのか。
何をしようとしているのか。
その理由だけは、絶対に口にできなかった。
*
「そういえば」
しばらくして、フウマが口を開いた。
「最近、よく外に出てるよね」
「……まあな」
「依頼?」
「そんなところだ」
「一人で?」
「基本的にはな」
「危険な場所にも?」
「俺を誰だと思ってる」
ヴェロニカはニヤリと笑う。
「紅血竜だぞ」
「そうだったね」
「少しくらい心配してくれてもいいんだぜ?」
「もちろん心配してるよ」
「……即答かよ」
「友達だから」
フウマの答えはあまりにも自然だった。
「ヴェロニカが無茶して傷つくのは嫌だよ」
「……」
ヴェロニカは黙り込む。
彼女は普段、誰かに弱みを見せることが少ない。
荒っぽい口調。
強気な態度。
敵を前にしても怯まない。
しかし。
そんな彼女にも、誰にも言えないものはある。
そして今、それを抱えている。
「……フウマ」
「うん?」
「もし俺が――」
ヴェロニカが言葉を止める。
「……いや、何でもねえ」
「?」
「忘れてくれ」
「分かった」
またしてもフウマは追及しなかった。
その優しさが、逆にヴェロニカの胸を締めつける。
――言えない。
まだ。
今は。
この秘密を知られるわけにはいかない。
「なあ」
「何?」
「お前、自分が第二世代の滅竜魔導士だってこと、どう思ってる?」
「どうって?」
「自分の中にラクリマを宿してることだよ」
フウマは少し考えた。
「僕にとっては……もう僕自身の一部かな」
「怖くねえのか?」
「昔は少し怖かったよ」
フウマは静かに答えた。
「でも、今は違う」
「何が違う?」
「この力で誰かを守れるなら、それでいいと思ってる」
ヴェロニカは目を細める。
「……そうか」
「うん」
「お前らしい答えだな」
「そうかな?」
「ああ」
ヴェロニカは拳を握る。
その言葉を聞いて、改めて思った。
やはり――。
フウマを巻き込みたくない。
少なくとも、今は。
自分が集めている者たち。
彼らもまた――。
滅竜魔導士。
その事実を知れば、フウマは必ず動く。
そして、フウマならきっと最後まで付き合う。
だからこそ。
今は言えない。
*
「……なあ、フウマ」
「何?」
「もしさ」
ヴェロニカは少し遠くを見る。
「自分と同じような力を持つ奴が、何人もいるとしたら……どうする?」
「滅竜魔導士が?」
「ああ」
フウマは驚いたように目を瞬かせた。
「そんなにいるの?」
「仮の話だ」
「そうだね……」
フウマは考える。
「会ってみたいかな」
「会いたい?」
「うん」
即答だった。
「同じ滅竜魔導士なら、色々話してみたい」
「……戦いたい、じゃねえのか?」
「僕はそんな好戦的じゃないよ」
「知ってる」
ヴェロニカは笑った。
「お前は優しいからな」
「ありがとう」
「褒めてねえ」
「そう?」
「褒めてるんだよ」
フウマは笑う。
ヴェロニカも笑う。
ほんの短い時間だった。
だが――。
その笑顔の裏で、ヴェロニカは秘密を守り続けていた。
「じゃあ、そろそろ戻るか」
「うん」
二人が屋敷へ戻ろうとした、その時。
ヴェロニカが突然立ち止まった。
「……!」
「どうしたの?」
「いや」
ヴェロニカは周囲を見回す。
風が止まった。
静寂。
ほんの一瞬だけ――。
遠くから、微かな魔力を感じた。
「敵?」
フウマもすぐに警戒する。
「……違う」
「分かるの?」
「ああ」
ヴェロニカは目を細める。
「これは……」
しかし、魔力はすぐに消えた。
「……何でもねえ」
「本当に?」
「ああ」
ヴェロニカは笑う。
「気のせいだ」
フウマはしばらく彼女を見つめていた。
だが、やがて頷いた。
「分かった」
二人は屋敷へ戻っていく。
その背中を、月だけが照らしていた。
*
深夜。
誰もいない街道を、一人のヴェロニカが歩いていた。
ハートフィリア家から十分に離れた場所。
周囲に人の気配はない。
ヴェロニカは足を止めると、小さな魔水晶を取り出した。
「……俺だ」
通信が繋がる。
『……』
「状況は?」
『……』
「そうか」
短く答える。
その声には、先ほどまでの気楽さはなかった。
「次の場所へ向かう」
『……』
「分かってる」
ヴェロニカは夜空を見上げる。
「だが――まだ、あいつには言わねえ」
誰のことを言っているのか。
それは明らかだった。
「フウマには……まだな」
魔水晶をしまう。
「巻き込むわけにはいかねえ」
風が吹いた。
紫色の髪が揺れる。
「……もうすぐだ」
ヴェロニカは拳を握る。
「俺たちが探している奴らが、全員揃えば――」
そこで言葉を止めた。
それ以上は言わない。
言えない。
その目的は、まだ秘密。
ただ一つ確かなのは――。
ヴェロニカが、何人もの滅竜魔導士を探しているということ。
そして、その行動がやがて――。
フウマたちを巻き込む大きな出来事へと繋がっていくことだった。
*
翌朝。
「フウマさん!」
屋敷の廊下をガンマが走ってくる。
「おはようございますッス!」
「おはよう、ガンマ」
「ヴェロニカさん、昨日遅くまで帰ってこなかったッスよ!」
「うん。ちょっと用事があったみたい」
「そうなんスか?」
「そうみたい」
ガンマは首を傾げる。
「何してたんスかね~?」
「さあ……」
フウマは答えながら、窓の外を見る。
朝の風が吹いている。
その風は、遠くへ流れていく。
まるで、何かを探しているように。
「……」
フウマは何となく、胸騒ぎを覚えていた。
ヴェロニカは何かを隠している。
それだけは分かる。
だが――。
「きっと、話してくれる時が来るよね」
フウマはそう呟いた。
その時。
「フウマさん!」
「ん?」
ガンマが袖を引っ張る。
「朝ご飯できたッスよ!」
「ああ、分かった」
「早く行くッス!」
「うん」
フウマは笑って歩き出す。
しかし、その胸の奥には――。
昨夜のヴェロニカの言葉が、いつまでも残っていた。
――もし、自分と同じような力を持つ奴が、何人もいるとしたら。
その答えを、フウマはまだ知らない。
そして。
ヴェロニカが集めている「滅竜魔導士」たちが、いつか彼の前に姿を現すことも――。
まだ誰も知らなかった。
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