『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第15話 再びの縁談――忍び寄る闇
朝のハートフィリア家は、昨日までとは少しだけ違う空気に包まれていた。
屋敷の外には相変わらず厳重な警備が敷かれている。
庭にはガンマ・アトラスが立ち、周囲を見渡していた。
「……今日も平和ッスね~」
灰色のツナギ姿。
オレンジ色の髪は無造作に伸び、長い襟足が首元にかかっている。
少女のようにも見えるその小柄な少年は、大きく欠伸をした。
しかし、その目は眠そうに見えても決して気を抜いてはいない。
大地竜。
第一世代の滅竜魔導士であるガンマは、大地を通して周囲の僅かな異変さえ感じ取ることができる。
「……まあ、何かあったらフウマさんが何とかするッスよね~」
完全に信頼しきった言葉だった。
その頃――。
屋敷の中では、ルーシィが朝食を終えたところだった。
「ふぅ……」
ルーシィは小さく息を吐く。
最近は毎日が慌ただしい。
闇ギルドから狙われる。
護衛としてフウマが傍にいる。
さらにエルザやヴェロニカ、ガンマまで屋敷に滞在している。
普通なら落ち着いて食事などできない状況だ。
それでもルーシィは、以前より少しだけ心が強くなっていた。
何より――。
「……フウマがいるから」
無意識に呟いた。
「何か言った?」
「きゃっ!?」
突然、背後から声がした。
ルーシィが振り返る。
「フ、フウマ!?」
「おはよう、ルーシィ」
そこには銀髪の青年が立っていた。
長い髪が朝の光を受けて淡く輝いている。
「お、おはよう……」
「どうしたの? 顔が赤いけど」
「な、何でもないわよ!」
「そう?」
「そうなの!」
フウマは首を傾げた。
「ならいいけど」
その穏やかな反応に、ルーシィは胸を押さえた。
――この人、本当に無自覚なんだから。
そんなことを考えていた時だった。
屋敷の玄関から、使用人の慌ただしい声が響いた。
「旦那様! お客様がお見えです!」
「客?」
ルーシィが眉を寄せる。
フウマもそちらを見る。
「こんな時期に?」
「……嫌な予感がする」
ルーシィの胸に、冷たいものが走った。
*
応接室。
重厚な扉が開く。
そこへ入ってきたのは、上質な衣装を纏った数人の男女だった。
中央にいるのは、三十代ほどの男性。
整えられた髪。
高価そうな装飾品。
そして、自信に満ちた態度。
その隣には年配の男性が付き従っている。
ハートフィリア家当主――ジュードは、彼らを冷たい目で見つめていた。
「……久しいな」
「お久しぶりです、ハートフィリア卿」
男は恭しく頭を下げた。
「本日は突然の訪問、申し訳ありません」
「要件を言え」
ジュードの声は低く、威厳がある。
男は一瞬だけ怯んだ。
だが、すぐに笑みを浮かべる。
「実は――」
そこで男は、ルーシィを見た。
「お嬢様に関することで、お願いがございます」
ルーシィの表情が固まった。
「……あたし?」
「はい」
男は微笑む。
「私は――」
名乗りを終えた男は、胸を張った。
「お嬢様との縁談を、正式に申し込みに参りました」
「……っ」
ルーシィの身体が強張る。
また。
またなのだ。
以前にも縁談の話はあった。
しかし、それは単なる貴族同士の都合。
自分の意思など、最初から考慮されていない。
そして今。
闇ギルドに狙われている、このタイミングで。
「……お父様」
ルーシィが父を見る。
ジュードは黙っていた。
その表情から感情は読み取れない。
「ルーシィ」
「はい」
「客人の前だ」
「……」
ルーシィは唇を噛む。
男が口を開いた。
「もちろん、お嬢様の安全についても最大限の配慮をいたします」
「安全?」
フウマが初めて口を挟んだ。
その瞬間。
室内の空気が変わった。
男がフウマを見る。
「あなたは?」
「フウマ・レインハルト」
それだけを告げる。
「ルーシィの護衛をしています」
「……なるほど」
男はフウマを値踏みするように見た。
「噂の風神ですか」
「そう呼ばれてるね」
フウマは穏やかに答える。
「ならば、話は早い」
男は微笑む。
「現在、お嬢様が狙われていることは存じております」
フウマの目が細くなる。
「……どこからその情報を?」
「貴族社会で噂になっているだけですよ」
「そう」
だが。
フウマは納得していなかった。
――情報が早すぎる。
闇ギルドによる襲撃。
妖精の尻尾の魔導士たちによる護衛。
それらは一般の貴族が簡単に知れる情報ではない。
隣にいたエルザも、同じことを考えていたらしい。
静かに男を睨んでいる。
ヴェロニカも壁際で腕を組みながら、鋭い目を向けていた。
「そこで、我が家からの提案です」
男は続けた。
「お嬢様には我が家へ嫁いでいただく」
「……」
「そうすれば、我が家の財力と人脈を使い、お嬢様をお守りできます」
ルーシィの拳が震える。
「……嫌」
「お嬢様?」
「あたしは……嫌です」
声は小さかった。
しかし。
はっきりとした拒絶だった。
「ルーシィ」
男が困ったように笑う。
「これはお嬢様のためでも――」
「嫌です!」
今度は、はっきり叫んだ。
応接室に声が響く。
「……あたしは、誰かに守られるために結婚するつもりなんてない!」
ルーシィは震えていた。
怖い。
父親の前で逆らうことも。
貴族の相手に拒絶を告げることも。
全部怖い。
それでも。
ここだけは譲れなかった。
「あたしは……あたしの人生を、自分で決めたい!」
フウマは黙ってルーシィを見ていた。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「……ルーシィ」
「フウマ……」
「よく言えたね」
「……!」
その言葉に、ルーシィの目が潤む。
自分の味方になってくれる。
そう思えた。
しかし。
ジュードは冷静だった。
「……話はそれだけか」
「ハートフィリア卿?」
「娘の意思は聞いただろう」
「ですが――」
「帰れ」
冷たい一言。
男の顔が引きつった。
「……分かりました」
男は頭を下げる。
だが。
部屋を出る直前。
彼は一度だけルーシィを見た。
その目にあったものを、フウマは見逃さなかった。
――執着。
いや。
それだけではない。
何か別の感情が混じっていた。
*
客人が帰った後。
ルーシィは応接室に残っていた。
「……」
俯いている。
「怖かった?」
フウマが尋ねる。
「……うん」
正直な答えだった。
「あたし、強く言ったけど……本当は怖かった」
「うん」
「また、お父様に逆らっちゃったし……」
「でも、自分の気持ちは伝えた」
「……」
ルーシィは顔を上げる。
「フウマは……あたしが間違ってると思わない?」
「思わないよ」
即答だった。
「ルーシィの人生はルーシィのものだから」
「……ありがとう」
その時。
「フウマ」
エルザが呼んだ。
「少しいいか?」
「うん」
三人は応接室の奥へ移動する。
ヴェロニカも付いてきた。
「さっきの男」
エルザが口を開く。
「どう思う?」
「普通の縁談じゃないと思う」
フウマが答えた。
「私も同感だ」
ヴェロニカが鼻を鳴らす。
「情報が早すぎる」
「やっぱりそう思う?」
「ああ」
ヴェロニカは腕を組む。
「それに、あの男の護衛」
「護衛?」
「あいつら、ただの貴族の護衛じゃねえ」
ヴェロニカの瞳が鋭くなる。
「立ち方、魔力の隠し方、周囲を見る癖……戦闘慣れしてる」
「つまり――」
「何者かに雇われた魔導士だろうな」
エルザが険しい表情を浮かべる。
「闇ギルドか?」
「断定はできねえ」
ヴェロニカは首を振る。
「だが――」
その時。
ヴェロニカが突然、顔を上げた。
「……来た」
「何が?」
フウマが尋ねる。
ヴェロニカは答えない。
代わりに窓の外を見る。
「……嫌な感じがする」
フウマも目を閉じた。
風を読む。
屋敷の周囲。
木々。
道路。
屋敷の屋根。
そして――。
「……!」
フウマの目が開いた。
「複数いる」
「人数は?」
エルザが尋ねる。
「十……いや、十五以上」
「どこだ?」
「屋敷の外」
フウマの表情から穏やかさが消えた。
「包囲されてる」
その瞬間。
屋敷の外から――。
ドンッ!!
凄まじい爆発音が響いた。
「きゃあっ!?」
ルーシィが悲鳴を上げる。
「ルーシィ!」
フウマが即座に彼女の前へ立つ。
エルザは剣を抜いた。
「来たか……!」
ヴェロニカが口元を歪める。
「ようやく動きやがったな」
*
屋敷の外。
煙の向こうから、黒いローブを纏った魔導士たちが姿を現していた。
その数は、二十近い。
「目標を確認!」
「ハートフィリア家令嬢を確保しろ!」
「抵抗する魔導士は殺して構わん!」
闇ギルド。
ついに本格的に動き出した。
その中には――。
先ほど縁談を申し込んできた貴族の姿もあった。
「……やはり、こうなるか」
男は屋敷を見上げる。
「申し訳ありませんね、お嬢様」
その顔から、先ほどまでの紳士的な笑みは消えていた。
「あなたには――我々と共に来てもらいます」
その背後。
闇の中に、一人の魔導士が立っていた。
「予定通りだ」
「はい」
「縁談を利用して屋敷内部の情報を得る」
「そして、妖精の尻尾の戦力を誘い出す」
「そうだ」
男は笑う。
「今夜――風神を含め、全員まとめて潰す」
*
「フウマ……」
ルーシィが震える。
フウマは振り返った。
「大丈夫」
「でも……!」
「僕がいる」
優しい声だった。
「エルザもいる。ヴェロニカも、ガンマもいる」
「……うん」
「だから大丈夫」
フウマは窓の外を見る。
そこには無数の敵。
風が荒々しく吹き始めていた。
銀髪が大きく揺れる。
「……ルーシィ」
「何?」
「少しだけ、僕の後ろにいて」
「……分かった」
ルーシィは頷いた。
そして。
フウマは静かに前へ出る。
その瞳に宿るのは、怒りではない。
ただ一つの決意。
「僕の大切な人に――」
風が渦を巻く。
「手を出したことを、後悔させる」
屋敷の外。
闇ギルドの魔導士たちが一斉に魔法を構えた。
その瞬間――。
「行くぞ」
エルザが剣を構える。
「派手に暴れるとするか」
ヴェロニカが拳を握る。
「了解ッス!」
庭ではガンマが岩の籠手を纏った。
「フウマさん!」
「うん」
フウマが一歩踏み出す。
「みんな、ルーシィを頼む」
風が吹き荒れる。
その中心に立つ青年の姿は――。
まさしく。
風神。
闇ギルドとの本格的な戦いが、今――始まろうとしていた。
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