『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第16話 闇の終焉――狙われた令嬢、その理由
夜のハートフィリア家。
先ほどまで静寂に包まれていた屋敷は、今や戦場と化していた。
庭を照らしていた魔導灯は爆発の衝撃でいくつかが砕け、石畳には無数の亀裂が走っている。
屋敷の周囲には、黒いローブを纏った魔導士たち。
その数――二十人以上。
闇ギルドの魔導士たちは、ハートフィリア家を完全に包囲していた。
「ハートフィリア家令嬢、ルーシィ・ハートフィリアを確保しろ!」
「邪魔する奴は全員叩き潰せ!」
「妖精の尻尾だろうが関係ねぇ!」
怒号が飛び交う。
しかし。
その中心に立つ青年は、騒ぎとは正反対に静かだった。
銀髪の長い髪を夜風に揺らしながら、フウマ・レインハルトは敵を見つめている。
「……随分と大勢来たね」
穏やかな声。
その隣ではエルザが剣を構え、ヴェロニカが拳を鳴らしていた。
「数だけは多いな」
「まあ、雑魚が何人集まったところで関係ねえけどな」
ヴェロニカが口元を吊り上げる。
少し離れた場所では、ガンマが両腕に巨大な岩の籠手を纏わせていた。
「フウマさん!」
「うん」
「こいつら、全員やっちゃっていいッスか?」
「……ほどほどにね」
「了解ッス!」
ガンマが嬉しそうに笑った。
そして――。
「行けぇぇぇ!!」
闇ギルドの魔導士たちが一斉に駆け出した。
火。
雷。
氷。
風。
無数の魔法が夜空を埋め尽くす。
「ルーシィ!」
「分かってる!」
フウマは振り返ることなく叫んだ。
「僕から離れないで!」
「うん!」
ルーシィは杖を握りしめながら、フウマの背中を見つめる。
その背中は不思議なほど大きく感じられた。
普段は優しく穏やかな青年。
けれど今の彼は違う。
静かな風を纏いながら、敵の前に立つ姿。
そこには――。
妖精の尻尾が誇る魔導士。
そして「風神」と呼ばれる男の威厳があった。
「――来るよ」
フウマが呟いた。
次の瞬間。
無数の魔法が飛来する。
「風よ」
フウマが右手を軽く掲げた。
瞬間。
――ゴォォォォォッ!!
爆発的な風圧が発生した。
「うわああああっ!?」
「な、何だこの風は!?」
「魔法が……押し返される!?」
炎も。
雷も。
氷も。
すべてが巨大な竜巻に呑み込まれ、夜空へと吹き飛ばされていく。
「《風壁》」
たった一言。
それだけだった。
フウマは剣すら抜かない。
拳も振るわない。
ただ風を操る。
「……これで終わりだよ」
手を前へ伸ばす。
「《風竜の旋牙》」
無数の風の刃が生まれた。
それは鋭い牙のように渦を巻きながら、闇ギルドの魔導士たちへ襲い掛かる。
「ぐああああっ!」
「うわぁぁぁ!」
一人。
また一人。
次々と魔導士たちが吹き飛ばされる。
殺傷力を抑えた風の刃。
それでも戦闘不能にするには十分だった。
「な……なんだ、こいつ……」
「風魔法だけで……!」
「第二世代の滅竜魔導士じゃなかったのかよ!」
恐怖が広がる。
フウマは静かに歩き出した。
「僕は風竜の滅竜魔導士だけど」
風が彼の周囲を舞う。
「普通の風魔法も得意なんだ」
次の瞬間。
巨大な突風が吹き抜けた。
敵の身体が一斉に宙へ浮かぶ。
「うわあああああっ!!」
「飛ばされる――!」
「止まれぇぇぇ!」
そのまま数十メートル先まで吹き飛ばされ、次々と地面へ落ちていった。
「……すごい」
ルーシィは思わず呟いた。
だが。
まだ終わっていない。
「フウマ!」
エルザの声。
横から巨大な魔法弾が飛んできた。
「任せて」
フウマが腕を振る。
風が魔法弾の軌道を逸らす。
その瞬間――。
「換装!」
エルザの姿が変わった。
鎧。
剣。
そして――。
「一気に片付ける!」
エルザが敵陣へ飛び込んだ。
「なっ!?」
「速――」
一閃。
二閃。
三閃。
剣閃が夜の闇を切り裂く。
魔導士たちは次々に倒れていった。
「これが……妖精女王……」
敵の一人が震える。
「エルザ・スカーレット……!」
「私たちを相手にした時点で、お前たちの敗北は決まっている」
エルザが剣を構え直す。
*
「こっちは俺に任せろ!」
ヴェロニカが敵陣へ突っ込む。
「紅血竜の鉄拳!」
拳に赤黒い血が渦巻く。
直後。
――ドゴォン!!
「ぐはっ!」
一撃で魔導士が吹き飛んだ。
「次!」
「ひぃっ!」
「逃げんな!」
ヴェロニカが追撃する。
血を刃へ変え、迫り来る魔法を切り裂く。
「紅血竜の飛鱗!」
無数の血の弾丸が夜空を走る。
「ぐあっ!」
「ぎゃあ!」
敵は次々と倒れていった。
「相変わらず荒っぽいッスね~」
ガンマがのんびり呟く。
「お前もな!」
「そうッスか~?」
ガンマは首を傾げる。
そして――。
「じゃあ、俺も行くッス!」
地面を踏みしめる。
「大地竜の剛拳!」
岩の籠手が巨大化した。
「うおおおおおっ!」
その小柄な身体からは想像もできないほどの力。
拳が地面を叩く。
――ズドォォォン!!
地面が隆起し、敵の足元を崩した。
「な、なんだこのガキ!?」
「ガキじゃないッス!」
ガンマがむっとする。
「大地竜ッスよ!」
「そこじゃねえだろ!」
ヴェロニカが思わず突っ込んだ。
*
その頃。
屋敷の正面。
ルーシィの前には、先ほど縁談を申し込んできた男が立っていた。
「……あなた」
ルーシィの顔が強張る。
「どうして……」
「ようやく二人で話せますね、お嬢様」
男は笑った。
その笑顔には、先ほどまでの紳士的な仮面はない。
「最初から……縁談なんて嘘だったのね」
「半分は本当ですよ」
「半分?」
「ええ」
男はルーシィを見る。
「あなたには価値がある」
「……価値?」
「ハートフィリア家の血筋」
ルーシィの表情が曇る。
「そして――」
男は一冊の古びた書物を取り出した。
「あなたが持つ、星霊魔導の才能です」
「……!」
ルーシィは息を呑んだ。
「なぜ、それを……」
「我々は調べたのですよ」
男は笑う。
「ハートフィリア家には、代々受け継がれてきた特殊な魔力がある」
「……」
「星霊界と人間界を繋ぐ力」
男の目が怪しく光る。
「その血を持つあなたなら――」
書物を開く。
そこには、古い魔法陣が描かれていた。
「『星喰いの門』を開くための鍵になれる。」
「……星喰いの門?」
ルーシィの声が震える。
「何、それ……」
「古代魔法です」
男は答えた。
「人間界と星霊界の境界を一時的に歪め、莫大な魔力を引き出す禁断の術」
「そんな……」
「しかし、発動には条件がある」
男が指を伸ばす。
「ハートフィリアの血」
「……!」
「そして、強力な星霊魔導士」
男は笑った。
「あなたです」
ルーシィの顔から血の気が引いた。
「だから……あたしを?」
「ええ」
「縁談も……?」
「あなたを屋敷から連れ出すための口実ですよ」
その言葉を聞いた瞬間。
ルーシィの中で何かが切れた。
「……ふざけないで」
「お嬢様?」
「ふざけないでよ!」
ルーシィは鍵を握りしめた。
「あたしを物みたいに扱って……!」
「大人しくしてください」
男が魔法を発動する。
闇色の鎖がルーシィへ伸びた。
「きゃっ!」
だが。
――ヒュン。
鎖はルーシィの目前で止まった。
風。
一本の風の刃が鎖を切断していた。
「……そこまでにしてくれる?」
静かな声。
男が振り返る。
「……風神」
そこにはフウマが立っていた。
銀髪は風に揺れている。
「ルーシィから離れて」
「……」
「今すぐ」
男が後退する。
「あなたさえいなければ……!」
魔法を放つ。
しかし。
フウマは一歩も動かない。
風がすべてを受け流す。
「な……!」
「もう終わりだよ」
フウマが手を伸ばす。
「《風竜の――》」
「待って!」
ルーシィが叫んだ。
フウマが止まる。
「ルーシィ?」
「あたしが……話す」
ルーシィは震えながら男を見る。
「あなたたちは……あたしの力が欲しいだけなんでしょ?」
「……」
「でも、あたしは渡さない」
ルーシィは鍵を握りしめる。
「あたしは誰かの道具じゃない!」
その声は震えていた。
それでも。
確かな強さがあった。
「この力も、この人生も――」
ルーシィはフウマを見る。
「全部、あたし自身のものよ!」
フウマは微笑んだ。
「うん」
そして前へ出る。
「その通りだよ」
風が吹いた。
「だから――」
フウマの瞳が鋭くなる。
「君を傷つける奴は、僕が止める」
――ドンッ!!
凄まじい風圧。
男は抵抗する間もなく吹き飛ばされた。
「ぐあああああっ!」
そのまま庭へ転がる。
そこではエルザとヴェロニカ、ガンマが最後の敵を倒したところだった。
「終わったか」
エルザが剣を収める。
「みたいだな」
ヴェロニカが周囲を見る。
闇ギルドの魔導士たちは全員倒れている。
夜の庭に、ようやく静寂が戻ってきた。
*
「……星喰いの門」
戦いが終わった後。
応接室には、フウマ、ルーシィ、エルザ、ヴェロニカ、ガンマが集まっていた。
机の上には、敵が持っていた古文書。
「こんなものが……」
ルーシィが呟く。
「ハートフィリア家の血筋が狙われていた理由は分かった」
エルザが言う。
「だが、まだ謎が多いな」
「ああ」
ヴェロニカが頷く。
「こいつらが本当に欲しかったのは、ルーシィ本人じゃねえ」
「……あたしの魔力」
ルーシィが答える。
「そして、ハートフィリア家の血」
「そういうことだ」
フウマは古文書を見る。
だが。
彼の胸には一つの疑問が残っていた。
「どうして今になって……」
ハートフィリア家を狙った。
そして。
なぜ、これほど大規模な闇ギルドが動いたのか。
「……裏に、もっと大きな組織がいるのかもしれない」
フウマが呟く。
ヴェロニカは黙っていた。
「……」
その横顔には、何かを知っているような雰囲気がある。
しかし。
彼女は何も言わない。
滅竜魔導士を集めていること。
その目的。
その理由。
それは、今も彼女だけが胸の奥に秘めている。
*
「フウマ」
「ん?」
ルーシィが呼ぶ。
「……ありがとう」
「ううん」
「今日も……守ってくれた」
ルーシィは胸元に手を当てる。
「正直、すごく怖かった」
「うん」
「自分の血や魔法が、そんなことに使えるなんて知らなかった」
「……」
「でも」
ルーシィは顔を上げる。
「もう逃げない」
フウマは目を細めた。
「ルーシィ……」
「あたし、自分の力をちゃんと知りたい」
「うん」
「そして――」
ルーシィは強く鍵を握る。
「あたし自身の力で、大切な人たちを守れるようになりたい」
フウマは少し驚いた。
それから。
優しく微笑む。
「……それなら、僕も手伝うよ」
「本当?」
「もちろん」
「じゃあ、よろしくね!」
「うん」
ルーシィは笑った。
その笑顔を見て。
フウマの胸の奥に、温かなものが広がる。
守りたい。
ただ依頼だからではない。
ハートフィリア家の令嬢だからでもない。
――ルーシィだから。
そう思い始めている自分に、フウマはまだ気づいていなかった。
そして。
夜空の彼方。
遠く離れた場所では――。
一人の男が魔水晶を握りしめていた。
「……失敗したか」
その声に、別の男が答える。
「はい。妖精の尻尾の魔導士たちに阻まれました」
「構わん」
「ですが、ルーシィ・ハートフィリアには我々の目的が知られました」
「それでも構わん」
男は笑った。
「鍵の場所は分かった」
「鍵……?」
「ああ」
男が手にしていた古文書には、赤い印が一つ。
そこには――。
『星喰いの門』
という文字が記されていた。
「次は――」
男は暗闇の中で笑う。
「妖精の尻尾そのものを動かす」
こうして。
ハートフィリア家を襲った闇ギルドとの戦いは終わった。
だが。
それは本当の戦いの終わりではなかった。
むしろ――。
ルーシィ・ハートフィリアを巡る、より大きな陰謀の始まりだった。
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