『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第17話 守る場所――ルーシィ、妖精の尻尾へ
闇ギルドとの戦いが終わった翌朝。
ハートフィリア家には、奇妙なほど静かな時間が流れていた。
昨夜の激戦が嘘だったかのように、朝日は穏やかに庭を照らしている。
しかし、庭のあちこちには戦いの痕跡が残っていた。
石畳に走った亀裂。
吹き飛ばされた植木。
魔法によって抉られた地面。
そして、壁の一部には大きな傷跡まで残っている。
使用人たちが忙しそうに後片付けをする中、フウマは屋敷の二階にあるバルコニーに立っていた。
手すりに腕を置き、遠くの景色を眺めている。
風が吹く。
銀色の長い髪が、朝の光を受けながら静かになびいた。
「……」
フウマは目を閉じる。
昨夜の出来事を、何度も頭の中で反芻していた。
闇ギルド。
ルーシィを狙った縁談。
ハートフィリア家の血筋。
星霊魔導士としての力。
そして――星喰いの門。
「……まだ終わってない」
小さく呟く。
昨夜倒した魔導士たちは、あくまで実行役に過ぎなかった。
背後に誰かがいる。
それは間違いない。
問題は――。
「どうすれば、ルーシィを守れるか……」
今までのやり方では駄目なのだ。
フウマ個人が護衛としてルーシィの傍にいる。
それ自体は決して間違っていない。
実際、これまで何度も彼女を守ってきた。
だが。
相手が今後も闇ギルドを送り込んでくるのなら。
一人の魔導士が一人の少女を守り続けるだけでは、いずれ限界が来る。
しかも、ルーシィを狙っている理由が分かってしまった。
彼女は単なる貴族令嬢として狙われているのではない。
ハートフィリア家の血。
星霊魔導。
その両方を利用するために狙われている。
「……だったら」
フウマはゆっくりと目を開いた。
その瞳に、一つの答えが浮かんでいた。
「妖精の尻尾に入ってもらうしかない」
それが一番だった。
自分ではない。
妖精の尻尾というギルドそのものが、ルーシィを守る。
仲間がいる場所。
強い魔導士が集まる場所。
そして何より――。
「ルーシィ自身が、自分で戦える場所にもなる」
フウマは静かに息を吐いた。
「……よし」
決意は固まった。
*
「妖精の尻尾に……あたしが?」
朝食を終えた後。
応接室に集まった一同を前に、フウマは自分の考えを話していた。
ルーシィ。
ジュード。
エルザ。
ヴェロニカ。
ガンマ。
そしてフウマ。
ジュードは腕を組み、黙って話を聞いている。
ルーシィだけは、目を丸くしていた。
「うん」
フウマは頷いた。
「正確には、まずは仮加入」
「仮加入……」
「ルーシィを正式な魔導士として活動させることが目的じゃない。今の段階では、妖精の尻尾の保護下に入ってもらう」
「……」
「今までみたいに僕一人が護衛するんじゃない」
フウマはルーシィを見る。
「ギルド全体で、ルーシィを守る」
その言葉に。
ルーシィの瞳が僅かに揺れた。
「ギルド……みんなで?」
「そう」
「……でも、あたしのせいでみんなが危険になるんじゃ……」
「その可能性はある」
フウマは誤魔化さなかった。
「でも、今のままでも同じだよ」
「……」
「むしろ、ハートフィリア家だけでルーシィを守ろうとするほうが危険だと思う」
フウマは静かに続けた。
「昨夜の敵は、屋敷を包囲した。それだけの規模の相手が今後も来る可能性がある」
「……そうね」
エルザが頷いた。
「フウマの言う通りだ」
彼女はルーシィへ視線を向ける。
「妖精の尻尾なら、私たち以外にも多くの魔導士がいる。敵がどこから来ても対応できる」
「ギルドにはナツたちもいるしな」
ヴェロニカが腕を組む。
「それに、あそこは人数だけならそこらの貴族の私兵よりずっと多い」
「それに――」
ガンマが手を上げた。
「フウマさんがいるッス!」
「……ガンマ、それは今の話と関係ある?」
「めちゃくちゃあるッス!」
ガンマは胸を張る。
「フウマさんがいるところが安全ッス!」
「……」
フウマは苦笑した。
「まあ、ありがとう」
「どういたしましてッス~」
緊張していたルーシィも、思わず小さく笑った。
だが。
すぐに表情を戻す。
「……あたし、本当に妖精の尻尾に入っていいの?」
その声には迷いがあった。
「だって、あたしは……まだ正式な魔導士ですらないのよ?」
「だから仮加入なんだよ」
「でも……」
ルーシィは俯く。
「妖精の尻尾って、あたしがずっと憧れていたギルドなの」
声が少し震えた。
「小さい頃から、ずっと」
ルーシィの指が胸元で絡む。
「魔導士たちが依頼を受けて、仲間と笑って、時には喧嘩して……それでも最後にはみんな一緒にいる」
「……」
「あたし、そんな妖精の尻尾が大好きだった」
フウマは黙って聞いていた。
「だからこそ……」
ルーシィは顔を上げる。
「そんな場所を、あたしのせいで危険にしたくない」
その言葉に。
フウマは優しく笑った。
「それは、ルーシィが決めることじゃないよ」
「え?」
「妖精の尻尾が決めることだから」
ルーシィが目を瞬く。
「ルーシィが仲間になることを、ギルドのみんなが受け入れてくれるなら」
フウマは穏やかに言った。
「その時は、遠慮しなくていい」
「……」
「妖精の尻尾は、そういうギルドだから」
*
「私は賛成だ」
エルザが即座に答えた。
「え?」
「ルーシィを妖精の尻尾へ迎えることに異論はない」
エルザは真っ直ぐルーシィを見る。
「昨夜、お前は自分の意思で敵に立ち向かった」
「……」
「恐怖を感じながらも逃げなかった。その覚悟を私は認める」
ルーシィの胸が熱くなる。
「ありがとう……エルザ」
「礼は必要ない」
エルザは僅かに微笑んだ。
「仲間になるのなら、当然のことだ」
「……仲間」
その言葉を口にして。
ルーシィは小さく笑った。
「そっか……」
そしてヴェロニカ。
「俺も賛成だ」
「ヴェロニカも?」
「ああ」
ヴェロニカは頷いた。
「お前を狙ってる連中は、今後もっと面倒な奴を送り込んでくるだろう」
「……」
「なら、強い奴が集まってる場所にいたほうがいい」
「それに――」
ヴェロニカは少しだけ口元を緩めた。
「お前が妖精の尻尾にいるなら、俺も遠慮なく暴れられるからな」
「それは理由になるの?」
「なるだろ」
即答だった。
ガンマも手を上げる。
「俺も賛成ッス!」
「ガンマは理由を聞かなくても賛成しそうね」
「もちろんッス!」
ルーシィが笑う。
「ふふっ……」
その時。
ずっと黙っていたジュードが口を開いた。
「……フウマ」
「はい」
「お前の考えは理解した」
室内の空気が変わる。
「ルーシィを一人の護衛に預けるのではなく、妖精の尻尾という組織そのものに預ける」
「はい」
「それが最も合理的だと?」
「そう考えています」
ジュードは目を細めた。
「ならば、一つ確認したい」
「何でしょう?」
「妖精の尻尾は、娘を戦力として扱うのか?」
「いいえ」
フウマは即答した。
「少なくとも僕は、そうさせるつもりはありません」
「……」
「ルーシィを守るための仮加入です」
フウマは真っ直ぐジュードを見る。
「彼女が戦いたいと言うなら、その意思は尊重する。でも、危険な場所へ無理に連れていくつもりはありません」
「……そうか」
ジュードはしばらく黙っていた。
やがて。
「分かった」
短い言葉だった。
「ルーシィの妖精の尻尾への仮加入を認める」
「お父様……!」
ルーシィが驚いて父を見る。
「ただし」
ジュードは続けた。
「私からも条件がある」
「条件?」
「妖精の尻尾が、娘の護衛責任を正式に引き受けること」
フウマが頷く。
「分かりました」
「お前個人にではない」
ジュードははっきり言った。
「妖精の尻尾というギルドにだ」
フウマは一瞬だけ目を伏せ――。
「はい」
力強く答えた。
「そのほうがいいと思います」
*
そして、その日の午後。
ハートフィリア家の執務室。
ジュードは一通の書状を前にしていた。
そこには、妖精の尻尾への正式な依頼が記されている。
内容は――。
ルーシィ・ハートフィリアの長期的な保護。
ただし、依頼主はハートフィリア家。
護衛を担当するのは、フウマ個人ではない。
妖精の尻尾というギルドそのもの。
「これでいい」
ジュードは書状に署名した。
その隣で、ルーシィはじっと見つめている。
「……お父様」
「何だ」
「本当に……いいの?」
「何がだ」
「妖精の尻尾に行くこと」
ジュードは少しだけ沈黙した。
娘を見る。
幼い頃とは違う。
もう自分で道を選び始めている。
「……お前が望むなら」
「!」
「行けばいい」
「お父様……」
「ただし」
ジュードはいつものように冷たい表情を崩さない。
「無茶はするな」
ルーシィは目を見開いた。
「……うん」
「必ず帰ってこい」
「……うん!」
ルーシィは笑った。
その笑顔を見て。
ジュードはほんの僅かに目を細める。
父親として表情に出すことは少ない。
だが。
娘が笑っていることを、決して嫌っているわけではなかった。
*
夕方。
屋敷の玄関。
出発の準備を整えたルーシィは、小さな鞄を抱えていた。
「本当に……妖精の尻尾に行くんだ」
胸が高鳴っている。
怖さもある。
けれど、それ以上に。
ずっと憧れていた場所へ行けることへの期待があった。
「緊張してる?」
隣からフウマが尋ねる。
「そりゃするわよ!」
ルーシィは頬を膨らませる。
「あたし、妖精の尻尾の大ファンなのよ?」
「知ってるよ」
「どれくらい知ってるの?」
「かなり」
「じゃあ、ナツのこととか、グレイのこととか、エルザのこととか――」
「ルーシィ」
「何?」
「質問はギルドに着いてからにしようか」
「……そうね!」
ルーシィが笑う。
その姿を見ながら、フウマも微笑んだ。
「じゃあ、行こう」
「うん!」
屋敷を出る。
その瞬間。
吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎた。
銀髪を揺らす風。
ルーシィの髪を優しく撫でる風。
まるで、新しい場所へ進めと背中を押しているようだった。
「ねえ、フウマ」
「ん?」
「あたし……妖精の尻尾の仲間になれるかな」
フウマは少し考える。
そして。
「なれると思うよ」
「本当?」
「うん」
「どうして?」
「ルーシィだから」
「……!」
ルーシィの顔が一気に赤くなる。
「そ、そういう言い方はずるい……」
「え?」
「何でもない!」
ルーシィは前を向いた。
頬が赤い。
フウマはまた首を傾げる。
「……?」
そんな二人を。
屋敷の門からジュードが静かに見送っていた。
「……」
娘が遠ざかっていく。
その隣には、銀髪の青年。
そして。
少し離れた場所では、エルザ、ヴェロニカ、ガンマも待っている。
ジュードは目を細めた。
「……妖精の尻尾、か」
娘が選んだ場所。
ならば――。
「任せるとしよう」
*
同じ頃。
遥か離れた場所。
薄暗い建物の中で、一人の魔導士が魔水晶を見つめていた。
「……ハートフィリア家から正式な護衛依頼が出たか」
「はい」
「護衛は?」
「妖精の尻尾です」
「……そうか」
男はしばらく黙っていた。
やがて。
「予定が変わったな」
「では、計画を中止しますか?」
「いや」
男は笑った。
「むしろ好都合だ」
「……?」
「ハートフィリア家の令嬢が妖精の尻尾へ入る」
魔水晶に映るのは、フウマとルーシィの後ろ姿。
「ならば――」
男の口元が歪む。
「次は、妖精の尻尾そのものを舞台にすればいい」
闇の中で。
不気味な笑い声が響いた。
ルーシィを守るために選んだ、新しい場所。
妖精の尻尾。
そこは彼女にとって、憧れのギルドになるはずだった。
仲間と笑い。
魔法を学び。
自分自身の力を見つける場所。
しかし同時に――。
闇の者たちにとっても、新たな標的となる。
そして何より。
フウマがまだ知らないところで、ルーシィを巡る事件は、少しずつ妖精の尻尾そのものを巻き込む大きな陰謀へと姿を変え始めていた。
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