『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』   作:パスカルDX

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第2話 護衛対象は妖精の尻尾に憧れる少女

第2話 護衛対象は妖精の尻尾に憧れる少女

 

 

 風が、フィオーレの街を静かに吹き抜けていた。

 

 昼下がりの街には、人々の話し声と馬車の車輪が地面を叩く音が響いている。商店からは焼きたてのパンの香りが漂い、通りを歩く魔導士たちの姿も珍しくない。

 

 その中を、一人の少女が歩いていた。

 

 金色の長い髪を揺らしながら、少女――ルーシィ・ハートフィリアは、どこか浮き足立った様子で街を進んでいる。

 

「妖精の尻尾……」

 

 小さく呟く。

 

 その声には、隠しきれない憧れが滲んでいた。

 

 ルーシィにとって、妖精の尻尾はただの魔導士ギルドではない。

 

 幼い頃から雑誌や噂で耳にしてきた、自由な魔導士たちが集う場所。

 

 依頼を受け、仲間と一緒に冒険し、時には大騒ぎを起こしながらも、最後には笑って帰ってくる。

 

 そんな生き方に、ルーシィはずっと憧れていた。

 

「あたしも……いつか絶対に入ってみせるんだから」

 

 拳を小さく握る。

 

 その表情は、ハートフィリア家の令嬢として振る舞っていた時とはまるで違っていた。

 

 自由を夢見る、一人の少女の顔だった。

 

 そして、その姿を少し離れた場所から見つめる青年がいる。

 

 銀髪の長髪。

 

 白いコート。

 

 青い瞳。

 

 フウマ・レインハルト。

 

 彼は街路樹の影に立ち、ルーシィの様子を静かに見守っていた。

 

 護衛任務。

 

 それが、今回の彼の仕事だった。

 

 ただし、ルーシィ本人にはその事実を知られてはいけない。

 

 ハートフィリア家から依頼された極秘任務。

 

 期間は長期。

 

 ルーシィの身に危険が及ばないよう、彼女の生活を陰から見守る。

 

 それがフウマに与えられた役目だった。

 

「……妖精の尻尾が、本当に好きなんだね」

 

 フウマは小さく笑った。

 

 風が吹く。

 

 銀色の髪がさらりと揺れる。

 

 その風に意識を集中させる。

 

 目で見なくても、周囲の様子がぼんやりと感じ取れる。

 

 人の動き。

 

 馬車の位置。

 

 建物の隙間を抜ける空気。

 

 そして――ルーシィの周囲にいる人間たち。

 

 今のところ、怪しい人物はいない。

 

「……問題なし」

 

 呟くと、フウマは再び歩き出した。

 

 護衛対象との距離を一定に保ちながら、自然に彼女の後を追う。

 

 しかし――。

 

「……あれ?」

 

 ルーシィが突然立ち止まった。

 

 フウマも足を止める。

 

「ここ……」

 

 ルーシィの目の前にあったのは、一軒の魔法用品店だった。

 

 ショーウィンドウに並んでいるのは、鍵や魔法道具。

 

 その中に、星を象った装飾が施されたものがある。

 

 ルーシィの目が輝いた。

 

「星霊魔法……!」

 

 その声を聞いたフウマは、少しだけ驚いた。

 

 ――星霊魔導士なのか。

 

 以前受け取った依頼書にも、ルーシィの魔法について詳しく書かれていた。

 

 星霊魔法。

 

 黄道十二門などの星霊を召喚する魔法。

 

 名門ハートフィリア家に生まれたルーシィが、星霊魔法を学んでいることはフウマも知っていた。

 

 だが――。

 

 本人が魔法を使うところを見るのは初めてだった。

 

「欲しい……」

 

 ルーシィはショーウィンドウを見つめている。

 

 けれど、すぐに肩を落とした。

 

「……高い」

 

 現実的な問題だった。

 

 令嬢とはいえ、家を出て自由に生きようとしているルーシィにとって、魔法道具は決して安いものではない。

 

「まあ、今は我慢かな」

 

 そう言って店から離れようとした時。

 

 ――ガシャッ。

 

 店の奥から大きな音がした。

 

「きゃっ!」

 

 ルーシィが驚く。

 

 次の瞬間、店の中から大量の魔法道具が飛び出してきた。

 

「危ない!」

 

 フウマが反射的に手を伸ばす。

 

 風が走った。

 

 飛び出した道具が、空中でぴたりと止まる。

 

 そして、ゆっくりと地面へ降りていった。

 

「……え?」

 

 ルーシィは目を丸くする。

 

 フウマは何事もなかったかのように微笑んだ。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あんた……今、魔法を……」

 

「うん」

 

「風……?」

 

「そうだよ」

 

 フウマは少し照れたように笑う。

 

「風魔法」

 

「すご……」

 

 ルーシィは目を輝かせる。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 今度は、明らかに魔導士を見る目だった。

 

「もしかして、魔導士?」

 

「一応ね」

 

「どこのギルド?」

 

 その質問に、フウマは一瞬だけ答えを迷った。

 

 極秘任務中とはいえ、所属ギルドを隠す必要はない。

 

「妖精の尻尾」

 

「――えっ?」

 

 ルーシィの声が跳ねた。

 

 フウマは少し驚く。

 

「妖精の尻尾だけど……」

 

「本当に!?」

 

 ルーシィが一歩近づく。

 

「本当に妖精の尻尾!?」

 

「う、うん」

 

「あたし、ずっと憧れてたの!」

 

 今度はフウマが目を丸くした。

 

 先ほどまでの落ち着いた令嬢の雰囲気は完全に消えている。

 

「妖精の尻尾って、どんなところ!?」

 

「え?」

 

「やっぱりすごい魔導士がいっぱいなの!? 仕事ってどんな感じ!? ギルドの中ってどんな雰囲気!?」

 

「え、えっと……」

 

 質問が止まらない。

 

 フウマは困ったように笑った。

 

「そうだね……」

 

 少し考える。

 

「楽しいところだよ」

 

「楽しい?」

 

「うん。騒がしいけどね」

 

 思い浮かぶのは、ギルドで騒ぐ仲間たち。

 

 ナツ。

 

 グレイ。

 

 エルザ。

 

 カナ。

 

 そしてラクサス。

 

「仲間同士で喧嘩したり、騒いだり、壊したり……」

 

「壊す!?」

 

「うん。かなり」

 

「それ、大丈夫なの!?」

 

「……大丈夫じゃない時もあるかな」

 

「えぇ……」

 

 ルーシィが苦笑する。

 

 それでも、その瞳から憧れの光は消えなかった。

 

「でも――」

 

 フウマは続ける。

 

「困っている仲間がいたら、みんな助ける」

 

「……」

 

「誰かが傷ついたら、みんなで心配する。誰かが帰ってこなかったら、みんなで迎えに行く」

 

 風が二人の間を静かに通り抜けた。

 

「そういうところが、僕は好きなんだ」

 

 フウマの言葉に、ルーシィは黙っていた。

 

 そして――。

 

「……やっぱり、いいな」

 

 ぽつりと呟く。

 

「あたし、もっと妖精の尻尾が好きになった」

 

 その笑顔を見て、フウマも微笑んだ。

 

 ――この子なら。

 

 きっと妖精の尻尾に馴染める。

 

 そんな予感がした。

 

 

---

 

 その日の夕方。

 

 二人は街の広場を歩いていた。

 

 正確には、ルーシィが歩いていて、フウマが少し離れて後ろを歩いている。

 

「ねえ、フウマ」

 

「何?」

 

「さっきから、あたしの後ろを歩いてない?」

 

 フウマの足が止まる。

 

 ――気づかれた。

 

 護衛としては、あまり良くない。

 

「……そうかな?」

 

「そうよ」

 

 ルーシィが振り返る。

 

「さっき魔法道具店にいた時もそうだったし」

 

「……」

 

「もしかして……ストーカー?」

 

「違うよ!?」

 

 フウマは珍しく慌てた。

 

「本当に?」

 

「本当だよ」

 

「じゃあ何でついてくるの?」

 

「それは……」

 

 言えるはずがない。

 

 ――君を護衛しているから。

 

 そんなことを言えば依頼そのものが破綻する。

 

 フウマは困ったように笑った。

 

「偶然、同じ方向だったんじゃないかな」

 

「……怪しい」

 

「うん。自分でも苦しい言い訳だと思う」

 

「認めるんだ……」

 

 ルーシィは呆れながらも、なぜか笑っていた。

 

 その時だった。

 

 フウマの表情が変わった。

 

 風が――変わった。

 

 周囲を流れる空気。

 

 その中に、わずかな異物が混じっている。

 

「……」

 

 フウマが足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「少し待って」

 

 ルーシィを背中側へ下げる。

 

「え?」

 

「動かないで」

 

 穏やかな声だった。

 

 だが、その瞳から優しさが消えている。

 

 風神。

 

 その名に相応しい鋭さが宿っていた。

 

 路地の向こう。

 

 一人の男がこちらを見ている。

 

 黒いローブ。

 

 顔は見えない。

 

 男が一歩下がる。

 

 フウマの魔力がわずかに膨れ上がった。

 

「……ルーシィ」

 

「な、何?」

 

「僕の後ろにいて」

 

 男が走り出した。

 

 フウマも同時に動く。

 

「えっ!?」

 

 銀髪が風に舞う。

 

 一瞬。

 

 フウマの姿が消えた。

 

「――風神・瞬天」

 

 次の瞬間。

 

 男の前にフウマが現れた。

 

「なっ!?」

 

「ごめんね」

 

 フウマは静かに告げる。

 

「でも、君を逃がすわけにはいかない」

 

 男が魔法を発動しようとする。

 

 しかし――。

 

 風が腕を絡め取った。

 

「ぐっ!」

 

「風縛」

 

 男の身体が地面へ叩きつけられる。

 

 ルーシィは遠くからその光景を見ていた。

 

「……すごい」

 

 フウマは男を拘束すると、すぐにルーシィのもとへ戻った。

 

「怪我は?」

 

「ないけど……」

 

「よかった」

 

 その笑顔は、先ほどの戦闘をした人物と同じとは思えないほど穏やかだった。

 

 ルーシィは彼を見つめる。

 

「……フウマって」

 

「うん?」

 

「本当に強いんだね」

 

「まあ……それなりには」

 

「それなり?」

 

 ルーシィは呆れた。

 

「今のどこが『それなり』なのよ」

 

「……そうかな?」

 

「そうよ!」

 

 ルーシィは笑った。

 

 その笑顔を見て、フウマも自然に笑う。

 

 だが――。

 

 拘束された男の懐から、一枚の紙が落ちた。

 

 フウマが拾う。

 

 そこには一つの名前が書かれていた。

 

『ルーシィ・ハートフィリア』

 

 フウマの目が細くなる。

 

「……やっぱり」

 

 これは偶然ではない。

 

 ルーシィを狙っている者がいる。

 

 そして今回の極秘護衛依頼は、決して大げさなものではなかった。

 

 フウマは紙を握りしめる。

 

「ルーシィ」

 

「何?」

 

「今日から、しばらく僕が近くにいるよ」

 

「……どうして?」

 

 フウマは一瞬迷った。

 

 そして、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「君が妖精の尻尾に行きたいって言ってたから」

 

「え?」

 

「僕もそこへ帰るからさ」

 

 それは嘘ではなかった。

 

 ただし――。

 

 本当の理由を隠しているだけ。

 

「だから、何かあったら僕を頼って」

 

 ルーシィはしばらく彼を見つめた。

 

 そして、ふっと笑った。

 

「……分かった」

 

「うん」

 

「あたし、フウマを頼る」

 

 その言葉に、フウマは微笑む。

 

 だが彼はまだ知らない。

 

 この少女との出会いが、自分の人生を変えていくことを。

 

 そしてルーシィもまだ知らない。

 

 自分の隣にいるこの銀髪の青年が――。

 

 フィオーレでも屈指の実力を誇る、

 

「風神」

 

と呼ばれる魔導士であることを。

 

 その夜。

 

 街の上空を、一陣の風が吹き抜けた。

 

 銀色の髪を揺らしながら、フウマは静かに空を見上げる。

 

「……長い依頼になりそうだな」

 

 その隣で、ルーシィが空を見上げる。

 

「あたし、絶対に妖精の尻尾に入るから」

 

「うん」

 

 フウマは笑った。

 

「その時は、僕がギルドを案内するよ」

 

「約束だからね!」

 

「約束」

 

 二人の間を、柔らかな風が通り抜ける。

 

 それはまるで――。

 

 これから始まる長い冒険を祝福するようだった。




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