『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第22話「滅竜魔導士を探せ――氷結竜、敵として現る」
――その日を境に、世界の風向きが変わった。
ハートフィリア家令嬢、ルーシィ・ハートフィリアを巡って繰り返されていた一連の事件。
彼女を狙っていた闇ギルドは壊滅し、貴族たちから持ち込まれていた縁談も、裏に潜んでいた陰謀も、ひとまずは終息した。
そしてルーシィは現在、妖精の尻尾に仮加入している。
最初は護衛対象だった。
だが、今となっては違う。
ギルドの仲間たちは、ルーシィを一人の仲間として扱い始めていた。
本人もまた――。
「ここが……あたしの居場所になるのかな」
ギルドの窓際に立ち、ルーシィは呟いた。
昼下がりの光が、彼女の金色の髪を柔らかく照らしている。
目の前ではナツとグレイがいつものように騒ぎ、エルザがそれを無言で眺めていた。
そして少し離れた席には、フウマがいた。
銀色の長い髪を風に揺らしながら、静かに紅茶を飲んでいる。
「どうしたの?」
フウマが顔を上げる。
「え?」
「ずっとギルドを見ていたから」
「あ、ううん……」
ルーシィは少しだけ笑った。
「なんか……不思議だなって」
「何が?」
「あたし、ずっと妖精の尻尾に入りたかったの」
「うん」
「それなのに、まさかこんな形で入ることになるなんて思わなかった」
ルーシィはギルドを見渡す。
そこには、以前なら憧れの対象でしかなかった魔導士たちがいる。
今は、その中に自分もいる。
仮加入。
まだ正式な仲間ではない。
それでも――。
「……嬉しい」
その言葉を聞いたフウマは、穏やかに微笑んだ。
「そう言ってもらえるなら、僕も嬉しいよ」
「フウマ……」
ルーシィが顔を赤くする。
その瞬間だった。
「――少しいいか?」
低い声が二人の会話を遮った。
フウマが振り返る。
そこにいたのは――エルザだった。
「エルザ?」
「ああ」
エルザは真剣な表情を浮かべている。
その後ろにはグレイもいた。
「何かあったのか?」
フウマが尋ねる。
「マスターが呼んでいる」
「僕を?」
「ああ。それと……私、グレイ、ヴェロニカもだ」
その名前を聞いた瞬間。
フウマの表情から笑みが消えた。
「……ヴェロニカが?」
少し離れた場所。
ギルドの柱に背を預けていた紫髪の女が、ゆっくりと顔を上げた。
「ようやくか」
ヴェロニカ・グレイス。
二つ名――紅血竜。
鋭い青と黄緑のオッドアイが、真っ直ぐにフウマを見つめる。
「話す時が来たみたいだな」
その声には、いつもの荒々しさとは違う緊張が混じっていた。
---
◆
ギルドの奥。
普段なら幹部やS級魔導士たちが集まる場所。
そこに五人が揃っていた。
フウマ。
ルーシィ。
エルザ。
グレイ。
そしてヴェロニカ。
「ルーシィ、お前も残っていい」
マスターはそう言った。
「はい」
ルーシィは緊張した面持ちで頷く。
フウマはそんな彼女を横目で見た。
以前なら、自分が彼女を守る。
それだけでよかった。
だが、状況は変わってきている。
ルーシィを巡る事件が終わったことで、フウマ自身も少し気を抜いていた。
だからこそ――。
「ヴェロニカ」
「ああ」
彼女は腕を組んだ。
「話す」
一言。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……ここしばらく、ある連中を探していた」
「ある連中?」
グレイが眉をひそめる。
「ああ」
ヴェロニカはフウマを見る。
「滅竜魔導士だ」
室内の空気が変わった。
「……滅竜魔導士?」
ルーシィが小さく繰り返す。
「そうだ」
ヴェロニカの声は重かった。
「俺はずっと、滅竜魔導士を探している」
「どうして?」
フウマが尋ねる。
ヴェロニカはすぐには答えなかった。
ただ、片目ずつ違う色をした瞳でフウマを見つめる。
「……それはまだ言えない」
「秘密ってことか」
「ああ」
ヴェロニカは頷く。
「お前にも話せない」
「僕にも?」
「そうだ」
フウマは少し驚いた。
ヴェロニカとは何度も共に戦っている。
命を預けられるほどの仲間だ。
だからこそ、その彼女が何かを隠していることが気になった。
「ただし――」
ヴェロニカは続ける。
「一つだけ確かなことがある」
「何?」
「滅竜魔導士を狙っている連中がいる」
エルザの目が鋭くなった。
「闇ギルドか?」
「可能性は高い」
「目的は?」
「分からない」
グレイが舌打ちする。
「分からないことだらけじゃねぇか」
「仕方ねぇだろ」
ヴェロニカは肩をすくめる。
「俺だって全部分かってるわけじゃない」
だが――。
その声には確信があった。
「それでも探す必要がある」
「……何人くらい?」
ルーシィが恐る恐る尋ねる。
「最低でも数人」
「そんなに?」
「ああ」
ヴェロニカは答えた。
「俺が知っているだけでも、風、炎、氷、大地……他にもいる」
フウマの目が細くなる。
「……氷」
その言葉が妙に引っかかった。
風。
血。
大地。
そして――氷。
まるで何かが繋がっているような感覚。
「フウマ?」
ルーシィが隣から顔を覗き込む。
「いや……なんでもない」
そう答えたフウマだったが。
胸の奥には、説明できない嫌な予感が残っていた。
---
◆
「じゃあ、俺たちはその滅竜魔導士を探すってことか?」
グレイが腕を組む。
「そうなる」
ヴェロニカは頷いた。
「だが、簡単じゃない」
「どういう意味だ?」
エルザが尋ねる。
「滅竜魔導士は普通の魔導士じゃない。力を隠している奴もいる。それに――」
ヴェロニカは言葉を止めた。
「……敵に捕まっている奴もいる」
フウマの瞳が揺れた。
「洗脳……という可能性も?」
「ある」
「……」
室内に沈黙が落ちる。
その時。
ルーシィが小さく拳を握った。
「だったら……助けなきゃ」
「ルーシィ」
「だって、同じ滅竜魔導士なんでしょ?」
彼女はフウマを見る。
「フウマだって……もし誰かが敵に捕まってたら助けに行くでしょ?」
「……もちろん」
フウマは迷わず答えた。
「僕は、仲間を見捨てたくない」
ルーシィは微笑む。
「うん」
エルザも静かに頷いた。
「ならば話は早い」
立ち上がる。
「滅竜魔導士を探す」
「エルザ、気が早いな」
グレイが苦笑する。
「こういう時に迷っている暇はない」
エルザは断言した。
「敵が滅竜魔導士を集めているのなら、我々が先に見つけるべきだ」
「……そうだな」
フウマも立ち上がる。
「僕も行く」
ヴェロニカがフウマを見る。
「……やっぱり来るか」
「当たり前だよ」
フウマは穏やかに笑った。
「君が何かを隠しているのは分かってる」
「……」
「でも、今は聞かない」
ヴェロニカが目を見開く。
「どうして?」
「君が話せないって言ったから」
フウマは静かに続けた。
「いつか話せる時が来たら、その時に聞かせてほしい」
「……お前、本当に甘いな」
「よく言われるよ」
ヴェロニカは小さく笑った。
「だからこそ……俺はお前を巻き込みたくなかったんだけどな」
---
◆
その夜。
妖精の尻尾の外れにある森。
月明かりすら届かない深い闇の中を、一人の男が歩いていた。
薄い水色の髪。
灰色の瞳。
猫背気味の姿勢。
その表情には怯えが浮かんでいる。
「……こ、ここで……いいんですよね……?」
男は誰もいない闇へ向かって呟いた。
「は、はい……ちゃんと……言われた通りにしますから……」
返事はない。
ただ――。
背後から黒い影が伸びる。
男の身体がびくりと震えた。
「……っ」
その首元に、黒い紋章が浮かび上がる。
「妖精の尻尾……」
男――アモール・グラシエは震える声で呟いた。
「……フウマさん……」
その名前を口にした瞬間。
頭の中に激痛が走った。
「――っ!」
アモールは頭を押さえる。
「い、痛い……!」
脳裏に浮かぶ。
炎。
風。
血。
大地。
そして――。
氷。
「……戦え」
頭の中から声が聞こえる。
「戦え」
「……嫌……です……」
「戦え」
「ぼ、僕は……」
「命令だ」
アモールの灰色の瞳から光が消える。
「……はい」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「分かりました……」
その瞬間。
地面から冷気が吹き上がる。
草木が一瞬で凍りついた。
「……僕は……ちゃんと頑張りますから……」
震える声。
「だから……だから……」
アモールの身体を氷が覆っていく。
「……捨てないでください……」
そして。
その姿は闇の中へ消えていった。
---
◆
翌朝。
妖精の尻尾。
「――それじゃあ、出発するぞ」
フウマが言った。
隣にはルーシィ。
そしてエルザ、グレイ、ヴェロニカ。
「本当に行くんだな」
グレイが肩を回す。
「もちろんだ」
エルザが答える。
「まずはヴェロニカの情報を元に、最初の滅竜魔導士を探す」
「……」
ヴェロニカは黙っている。
だが、その表情には僅かな不安があった。
「ヴェロニカ?」
ルーシィが声をかける。
「どうしたの?」
「……いや」
ヴェロニカは首を振った。
「なんでもない」
しかし。
彼女は知っていた。
今回探すことになる人物。
その名を――。
「アモール・グラシエ」
フウマが呟く。
「氷結竜の滅竜魔導士……」
ヴェロニカが顔を上げる。
「そうだ」
「どんな人なんだ?」
「……気弱な奴だ」
少しだけ間を置いて。
「優しい奴でもある」
「じゃあ、きっと助けられるね」
ルーシィが笑う。
その言葉に、ヴェロニカは何も答えなかった。
ただ――。
「……そうだといいな」
小さく呟いた。
そして一行は歩き始める。
風が吹いた。
フウマの銀髪が揺れる。
彼は空を見上げた。
「……嫌な風だ」
「え?」
ルーシィが聞き返す。
「何でもない」
フウマは前を向いた。
だが、その感覚だけは消えなかった。
風が告げている。
何かが近づいている。
それも――ただの敵ではない。
同じ力を持つ者。
同じ宿命を背負う者。
そして。
かつて仲間になるはずだった一人の少年が――。
敵として待っている。
---
その頃。
遠く離れた森の奥。
氷に閉ざされた古い遺跡の中で、一人の青年が立っていた。
水色の髪。
灰色の瞳。
氷の魔力を全身に纏わせながら、彼は静かに目を開く。
「……来る」
アモール・グラシエ。
氷結竜の滅竜魔導士。
そして今は――闇ギルドによって操られた敵。
「フウマさん……」
震える声。
ほんの一瞬だけ、瞳に人間らしい光が戻る。
「……ごめんなさい……」
しかし次の瞬間。
その光は消えた。
氷が爆発する。
「――氷竜の咆哮!!」
轟音と共に、氷の霰と雹を含んだ冷気の奔流が遺跡を吹き飛ばす。
アモールはその中心に立っていた。
「……ここから先は」
震えながらも、確かに敵として言葉を紡ぐ。
「と、通さない……です」
そして――。
風神。
氷結竜。
血。
炎。
大地。
それぞれの滅竜魔導士を巡る物語が、今、始まる。
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