『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第23話「氷結竜の少年――敵になった滅竜魔導士」
森は、静かだった。
風が木々の葉を揺らし、枝と枝の間から差し込む陽光が地面にまだら模様を作っている。
普段ならば、鳥の鳴き声や獣の足音が聞こえてもおかしくない場所だった。
しかし――。
「……静かすぎる」
先頭を歩いていたフウマが、足を止めた。
後ろを歩いていたルーシィが、その背中にぶつかりそうになって慌てて止まる。
「わっ……! フウマ、どうしたの?」
「……音がない」
フウマは目を細めた。
銀色の長い髪が、森を抜ける風に揺れている。
彼は風を読むことができる。
風そのものを操る魔法を得意とする彼にとって、大気の流れは目に見えない地図のようなものだった。
木々の揺れ。
遠くの鳥の羽音。
獣の足音。
人間の呼吸。
それらすべてが風を通して伝わってくる。
だが――今は違った。
「風の流れが……おかしい」
「おかしい?」
グレイが眉を寄せる。
「何かいるのか?」
「……いる」
フウマは前方を見る。
「でも、生き物の気配がほとんどない」
エルザが腰の剣に手を添えた。
「つまり……」
「何者かによって、森の生態系そのものが変化している可能性がある」
フウマが答える。
「……冷気だ」
その瞬間だった。
――ヒュオオオオオオッ。
森の奥から冷たい風が吹き抜けた。
「っ!」
ルーシィが思わず両腕を抱く。
「寒っ……!」
吐息が白くなる。
木々の葉に霜が付着し、地面に薄い氷が広がっていく。
グレイの表情が変わった。
「……氷か」
エルザも周囲を見回す。
「これほど広範囲に……」
ヴェロニカは黙っていた。
しかし、そのオッドアイだけが鋭く光っている。
「……近いな」
彼女が呟いた。
「ヴェロニカ?」
「間違いねぇ」
ヴェロニカは拳を握った。
「滅竜魔導士がいる」
フウマは前方を見る。
風が冷たい。
いや――冷たいだけではない。
その風の奥から、微かな魔力が伝わってくる。
圧倒的というほどではない。
しかし、確かに感じる。
人間の魔力とは違う。
竜の力を宿した者特有の――異質な魔力。
「……いる」
フウマが呟いた。
「氷結竜の滅竜魔導士が」
ルーシィは息を呑んだ。
「アモール……」
その名前を聞いたヴェロニカの表情が僅かに曇った。
「行くぞ」
フウマが歩き出す。
「待って」
ヴェロニカが呼び止めた。
「何?」
「気をつけろ」
その声は珍しく低かった。
「アイツは……戦うことを望んで戦ってるわけじゃねぇ」
フウマは振り返る。
「どういうこと?」
「会えば分かる」
ヴェロニカはそれ以上を言わなかった。
そして五人は、森の奥へ進んでいった。
---
◆
やがて森が開けた。
そこには巨大な湖があった。
しかし――。
湖は完全に凍っている。
水面だけではない。
周囲の木々。
岩。
草。
すべてが氷に覆われていた。
まるで春の森に、冬そのものが無理やり押し込められたようだった。
「……綺麗」
ルーシィが思わず呟く。
だが、フウマは笑わなかった。
「綺麗だけど……危険だ」
「うん」
エルザも頷く。
「これは自然に発生した氷ではない」
グレイが一歩前へ出る。
「なら、答えは一つだな」
彼が右手を構えた。
「この氷を作った奴がいる」
――パキッ。
その時。
氷の湖の中央で、何かが動いた。
「……!」
全員が一斉にそちらを見る。
氷の上。
一人の青年が立っていた。
薄い水色のボブカット。
灰色の瞳。
身長は170センチほど。
美しい顔立ちをしているにもかかわらず、どこか猫背で、今にも怯えて逃げ出しそうな雰囲気を纏っている。
その身体には氷の魔力が纏わりついていた。
「……」
青年は五人を見る。
視線がフウマで止まった。
「……フウマ……さん?」
小さな声だった。
フウマは目を見開いた。
「……君がアモール?」
「……はい」
アモールは小さく頷いた。
「アモール・グラシエ……です」
ルーシィが一歩前へ出る。
「ねえ、あなた……」
「――来ないでください」
アモールが怯えたように後退する。
「え?」
「来ないで……ください」
その声は震えていた。
「僕は……あなたたちと戦わなくちゃいけないんです」
フウマは静かに尋ねた。
「誰に命令されたの?」
「……」
アモールは答えない。
「闇ギルド?」
沈黙。
「……そうなんだね」
アモールの肩が震えた。
「……ごめんなさい」
その瞬間。
氷の湖全体が震えた。
「――っ!」
巨大な氷柱が一斉に地面から突き出す。
「散れ!」
エルザの声が響いた。
全員が左右へ飛ぶ。
直後。
――ドドドドドッ!!
無数の氷柱が、先ほどまで彼らが立っていた場所を貫いた。
「ルーシィ!」
「大丈夫!」
フウマは風を纏って空中へ飛び上がる。
視線の先。
アモールは震えていた。
「……やるしか……ない」
彼の両手に氷が集まる。
「僕は……ちゃんと……」
声が震える。
「ちゃんと頑張りますから……」
その瞳から涙が一滴落ちた。
「だから……だから……」
アモールは顔を歪める。
「捨てないでください……!」
氷が爆発的に広がった。
---
◆
「――氷竜の鉄拳!!」
アモールの右腕が巨大な氷に包まれる。
鋭い氷の棘が拳から伸びた。
「来るぞ!」
グレイが叫ぶ。
アモールが地面を蹴った。
「速い!」
ルーシィが目を見開く。
氷を纏った拳がグレイへ迫る。
「アイスメイク――」
グレイも迎え撃とうとした。
だが。
「グレイ!」
エルザが割って入る。
――ガァン!!
エルザの剣と氷拳が激突した。
衝撃で氷が砕け散る。
「くっ……!」
エルザの腕が僅かに震えた。
「なんという力だ……!」
「ご、ごめんなさい!」
アモールが叫ぶ。
「でも……止まれないんです!」
「ならば――止めるしかないな!」
エルザが剣を振り抜く。
アモールが氷の壁を作った。
「――氷竜の鉄拳!」
氷壁を砕きながら、拳がエルザへ迫る。
しかし。
その横からグレイが飛び込んだ。
「アイスメイク――ランス!」
氷の槍がアモールの腕を弾く。
「きゃっ……!」
アモールが後退した。
その隙を――。
「アモール!」
フウマが叫ぶ。
「僕たちは君と戦いに来たんじゃない!」
「……!」
「君を助けに来たんだ!」
アモールの動きが止まる。
「……助ける?」
「そうだよ」
「……僕を?」
「ああ」
フウマは風を纏ったまま、ゆっくりと地面へ降りる。
「君は、何かに操られている」
「……違います」
「本当に?」
「……」
「君はさっき、謝った」
フウマの声は優しかった。
「戦いたい人の言葉じゃない」
アモールの瞳が揺れる。
「……僕は……」
「アモール」
フウマが一歩近づく。
「君は本当に、僕たちを傷つけたいの?」
「……違う」
「じゃあ――」
「違うんです!」
アモールが叫んだ。
「僕は……僕は……!」
頭を抱える。
「嫌だ……」
身体が震える。
「戦いたくない……」
その言葉にルーシィが息を呑んだ。
「だったら……!」
ルーシィが叫ぶ。
「あたしたちと一緒に帰ろう!」
アモールが顔を上げる。
「……帰る?」
「そうよ!」
ルーシィは笑った。
「妖精の尻尾に!」
アモールの瞳が揺れる。
だが――。
「……無理です」
「どうして?」
「僕は……闇ギルドの人間です」
「だから何?」
ルーシィは即答した。
「そんなの関係ないよ」
「……」
「フウマだって、あなたを助けるためにここまで来たんだから」
アモールがフウマを見る。
「……フウマさん」
「うん」
「……僕を……助けてくれるんですか?」
「もちろん」
その瞬間。
アモールの表情が僅かに緩んだ。
「……ありがとう……ございます」
――だが。
「――まだ終わってねぇぞ」
ヴェロニカが叫んだ。
彼女の視線は、アモールではなく――森の奥に向けられている。
「……来やがった」
「何?」
グレイが振り返る。
森の奥から、複数の黒い影が現れた。
「アモール!」
黒衣の魔導士が叫ぶ。
「余計なことをするな!」
アモールの身体が震える。
「……っ」
「戻ってこい!」
「嫌……です」
アモールが小さく呟いた。
「僕は……もう……」
その時。
黒衣の魔導士が手を掲げた。
アモールの首元に刻まれた魔法紋が赤く光る。
「――っ!」
アモールが苦しみ始める。
「やめろ!」
フウマが叫ぶ。
「アモール!」
「い、嫌……!」
アモールの身体から大量の冷気が噴き出す。
「また……命令される……」
涙が頬を伝う。
「僕は……僕は……!」
その時。
フウマの目が鋭くなった。
「……そういうことか」
風が渦巻く。
「なら、まず――」
銀髪が大きく舞う。
「君を縛っているものを壊す」
フウマは拳を握った。
「それが僕たちの最初の仕事だ」
エルザが剣を構える。
「異論はない」
グレイも氷を作り出した。
「同感だ」
ルーシィも鍵を握り締める。
「アモールは、あたしたちが助ける!」
そしてヴェロニカは――。
「……ったく」
拳を鳴らした。
「やっぱり闇ギルドってのは気に入らねぇ」
五人が並ぶ。
その先には闇ギルドの魔導士たち。
そして、その中央で苦しむアモール。
新たな戦いが始まろうとしていた。
だが――。
フウマはまだ知らない。
アモールを救うことは、単なる一人の滅竜魔導士を救出することではない。
この事件をきっかけに――。
彼らが探している「滅竜魔導士たち」の存在。
そしてヴェロニカが隠している秘密。
その二つが、少しずつ一本の線へと繋がっていくことを。
風が吹く。
冷たい氷の大地を、銀色の風が駆け抜けた。
「――行こう」
フウマが静かに告げる。
「アモールを取り戻す」
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
――第24話へ続く。
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