『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第26話「新たな仲間――氷結竜、妖精の尻尾へ」
雪山を越えた頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
長かった戦いの疲労が、ようやく身体に滲み出してくる。
フウマは歩きながら、静かに息を吐いた。
冷たい空気が肺へ入り、白い息となって消えていく。
その隣にはルーシィ。
少し後ろにはグレイとエルザ、そしてヴェロニカ。
そして――。
「……あの」
最後尾を歩いていたアモールが、おずおずと声を出した。
「ん?」
フウマが振り返る。
「あの……僕、本当に……ついてきていいんでしょうか……?」
アモールは何度目か分からない同じ質問をしていた。
そのたびに、フウマは同じ答えを返す。
「もちろんだよ」
「……でも」
「アモール」
フウマは足を止めた。
アモールも慌てて止まる。
「君はもう、誰かに命令されて戦う必要はない」
「……」
「これからは、自分で自分の行き先を決めればいい」
穏やかな声だった。
それでもアモールには、その言葉が何よりも重かった。
自分で決める。
それが、どれほど久しぶりのことだっただろう。
幼い頃。
氷結竜ブリドアイに育てられていた頃には、まだあった。
竜の背中に乗り、雪原を駆け回った日々。
氷を食べることを覚えた日。
魔法を教えてもらった日。
笑った日。
叱られた日。
そして――。
突然、ブリドアイが消えた日。
あの日から、自分の人生はずっと誰かに振り回されていた。
旅をした。
探した。
捕まった。
洗脳された。
そして、戦った。
けれど今。
初めて、自分の意思で歩いている。
「……はい」
アモールは小さく頷いた。
「ありがとうございます……」
「うん」
フウマは微笑んだ。
その様子を見ていたルーシィも、嬉しそうに笑う。
「アモール、そんなに遠慮しなくてもいいんじゃない?」
「え……?」
「だって、あたしたちもう仲間でしょ?」
「な、仲間……」
その言葉を聞いた瞬間。
アモールの足が止まった。
「……仲間」
小さく呟く。
ルーシィは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いえ……」
アモールは俯いた。
「……なんでもありません」
だが、その口元には。
ほんの僅かな笑みが浮かんでいた。
---
それから数時間。
一行はようやく街道へ出た。
遠くに街の明かりが見える。
「よし!」
ルーシィが両手を上げた。
「帰ってきたー!」
「騒ぐな。まだ街の外だぞ」
グレイが呆れたように言う。
「だって疲れたんだもの!」
「俺だって疲れてるっつーの」
「グレイは服を脱ぐから余計寒いんじゃない?」
「余計なお世話だ!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、エルザが小さく笑う。
「ふふ……いつも通りだな」
ヴェロニカも肩を竦める。
「帰ってきたって感じがするな」
そしてフウマは。
少し離れた場所を歩くアモールを見た。
彼はまだ、どこか緊張している。
当然だろう。
これから向かう場所は――妖精の尻尾。
大勢の魔導士が集まるギルドだ。
しかもアモールは、つい先日までそのギルドの敵として戦っていた。
果たして受け入れてもらえるのか。
不安になるのも無理はなかった。
「アモール」
「は、はい!」
「大丈夫だよ」
「……フウマさん」
「妖精の尻尾は、そんなに怖い場所じゃないから」
「……はい」
しかし。
フウマは心の中で一つだけ付け加えた。
――たぶん。
---
そして。
妖精の尻尾のギルド前。
扉の前まで来た瞬間。
アモールは完全に固まった。
「…………」
「どうしたの?」
ルーシィが尋ねる。
「……大きい……」
アモールはギルドを見上げていた。
それは彼にとって、初めて見る光景だった。
巨大な建物。
そこから漏れ出す、様々な魔力。
そして――。
中から響いてくる。
「おーい! まだ飲み足りねぇぞ!」
「誰か俺と勝負しろ!」
「うるせぇぞ!」
「お前が一番うるさいんだよ!」
「ははははは!」
喧騒。
笑い声。
怒鳴り声。
食器がぶつかる音。
何かが壊れる音。
「…………」
アモールの顔が引きつった。
「……本当に……大丈夫なんでしょうか……?」
ルーシィが笑う。
「大丈夫よ!」
「そうそう」
グレイも頷く。
「これが妖精の尻尾だからな」
「むしろ静かな方が怖い」
エルザが真顔で言った。
「……なるほど」
アモールは少しだけ納得した。
フウマが扉を開ける。
「ただいま」
その瞬間――。
「おかえりーっ!!」
大量の声が返ってきた。
「フウマさん!」
「戻ってきたぞ!」
「お疲れー!」
「怪我はないかー!」
「ルーシィもいるじゃねぇか!」
ギルド内が一気に沸いた。
「ただいま」
フウマは笑顔で答える。
ルーシィも手を振った。
「ただいまー!」
そして。
その後ろにいたアモールへ視線が集まった。
「…………」
「…………」
アモールの身体が強張る。
過去の記憶が蘇った。
敵意。
怒号。
恐怖。
また拒絶される。
そう思った。
だが――。
「誰だ?」
一人が首を傾げた。
フウマが答える。
「彼はアモール・グラシエ」
そして。
「氷結竜の滅竜魔導士だよ」
「……!」
ギルド内が静かになった。
アモールは俯く。
「……僕は……」
声が震えた。
「以前は……闇ギルドに所属していました」
誰も口を挟まない。
「そして……皆さんと敵対しました」
アモールは拳を握る。
「僕は……あなたたちを傷つけようとしました」
「…………」
「だから……」
アモールは頭を下げた。
「許してもらえるとは……思っていません」
長い沈黙。
その時間が、アモールには永遠にも感じられた。
そして――。
「そんなこと気にすんなよ!」
突然、豪快な声が響いた。
「え?」
アモールが顔を上げる。
「洗脳されてたんだろ?」
「……はい」
「だったら、お前が悪いわけじゃねぇじゃん!」
「……」
「それに――」
別の魔導士が笑った。
「妖精の尻尾じゃ、昔敵だった奴が仲間になるなんて珍しくないぜ!」
「そうそう!」
「気にすんな!」
「歓迎するぞ!」
次々と声が上がる。
「…………」
アモールは呆然とした。
あまりにも――。
あっさりしていた。
もっと疑われると思っていた。
怒られると思っていた。
拒絶されると思っていた。
なのに。
目の前にあるのは。
笑顔だった。
「……いいんですか……?」
アモールの声が震える。
「僕……本当に……ここにいて……」
そこへ。
ギルドの奥から、一人の小柄な老人が歩いてきた。
「もちろんじゃ」
その声を聞いた瞬間。
ギルド内が静まる。
マスター。
マカロフだった。
「アモール・グラシエ」
「……はい」
「お主が何をしてきたか、すべて聞いておる」
アモールの身体が固まる。
「…………」
「じゃが」
マカロフは優しく笑った。
「お主自身が、自分の意思でここへ来た」
「……!」
「ならば、それだけで十分じゃ」
アモールの瞳が大きく見開かれる。
「……マスター」
「妖精の尻尾はな」
マカロフは胸を張った。
「帰る場所を失った者が、帰ってくる場所でもある」
「…………」
「お主が望むなら――」
マカロフは手を差し出した。
「今日からここがお主の家じゃ」
アモールの視界が滲んだ。
「…………っ」
涙が溢れる。
「……僕……」
声が出ない。
何度も口を開こうとする。
しかし。
言葉が出てこなかった。
そんなアモールの肩に。
ポン。
フウマが手を置いた。
「おかえり、アモール」
「…………!」
その一言で。
完全に耐えられなくなった。
「……はい……!」
涙を流しながら。
アモールは笑った。
「ただいま……です……!」
その瞬間。
ギルド内から大歓声が上がった。
「おかえりーっ!!」
「よろしくな、アモール!」
「今度一緒に飯食おうぜ!」
「氷食ってんだって!? どんな味だ!?」
「いや、そこ聞く!?」
笑い声が広がる。
アモールは涙を拭いながら笑った。
「……こんなに……」
ルーシィが隣に立つ。
「だから言ったでしょ?」
「……はい」
「ここ、いいところなのよ」
「はい……!」
ルーシィも嬉しそうに笑った。
その横で。
フウマは静かにギルドを見渡していた。
ここに戻ってきてよかった。
そう思う。
そして。
「アモール」
「はい?」
「一つ忘れてた」
「?」
フウマはアモールの肩を指差した。
「ギルドマーク」
「あ……」
アモールは目を丸くする。
「そういえば……」
「どこに入れたい?」
「…………」
アモールは少し考えた。
そして。
「……ここがいいです」
自分の左胸を指差した。
「心臓の近くに」
「分かった」
マカロフが笑う。
「それでは――」
妖精の尻尾のギルドマークが刻まれる。
青い紋章が。
アモールの胸に輝いた。
「……」
アモールはそれをじっと見つめる。
それは。
今まで自分が持っていなかったものだった。
所属。
仲間。
帰る場所。
そして――。
自分自身で選んだ未来。
「……綺麗ですね」
アモールが呟く。
「これが……僕の……」
指先でそっと触れる。
「妖精の尻尾……」
「そうだよ」
フウマが微笑む。
「君のギルドだ」
「……はい」
アモールはもう一度、笑った。
---
その夜。
宴会が始まった。
当然のように。
「今日は新入り歓迎会だぁぁぁ!」
誰かが叫ぶ。
「おおおおおっ!!」
「飲め飲めー!」
「食え食えー!」
「アモール! 氷は食えるんだろ!?」
「え、ええ……」
「じゃあこれ食ってみろ!」
「それ氷じゃねぇ! ただの皿だ!」
ギルドはいつも以上の騒ぎになった。
アモールは最初こそ戸惑っていた。
しかし。
少しずつ。
少しずつ。
笑うようになっていった。
「ふふ……」
自分でも驚くほど自然な笑いだった。
その様子を少し離れた場所から見ていたフウマ。
ルーシィが隣に座る。
「よかったね」
「うん」
「アモール」
「うん」
「すごく嬉しそう」
「……そうだね」
フウマは穏やかに笑った。
「これで、一つ目の目的は終わった」
「一つ目?」
「うん」
フウマの視線がヴェロニカへ向く。
彼女は少し離れた場所で酒を飲みながら、ギルドの喧騒を眺めていた。
「滅竜魔道士を探すこと」
「……あ」
ルーシィの表情が変わる。
ヴェロニカが言っていた。
まだ他にもいる。
自分たちの知らない滅竜魔導士たちが。
そして。
彼らがどこにいるのか。
なぜ探さなければならないのか。
その答えはまだ分からない。
「これから、もっと大変になるね」
ルーシィが言った。
「そうかもしれない」
「怖くないの?」
「怖いよ」
フウマは正直に答えた。
「でも――」
アモールを見る。
笑っている。
仲間たちに囲まれている。
「守りたいものがあるから」
ルーシィの胸が。
小さく跳ねた。
「……そっか」
彼女は微笑む。
「あたしも手伝う」
「ありがとう」
「当然でしょ?」
そして二人は。
新たな仲間を迎えた妖精の尻尾の喧騒を、静かに見つめていた。
その夜。
氷結竜アモール・グラシエは。
長い旅の果てに、ようやく帰る場所を見つけた。
――妖精の尻尾。
そこは彼にとって。
新しい人生の始まりだった。
そして同時に。
彼らの前には、まだ見ぬ滅竜魔道士たちが待っている。
風。
血。
大地。
氷。
そして――。
まだ誰も知らない、新たな竜の力。
フウマたちの旅は。
ここからさらに大きな物語へと進んでいく。
感想、評価、お気に入り、オリキャラ募集よろしくお願い致します!