『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第3話 風神、ハートフィリア家のお世話係になる
フィオーレ王国。
その中でも、ハートフィリア家の屋敷はひときわ大きく、そして静かな場所に建っていた。
広大な敷地。
整えられた庭園。
白い石造りの建物に、何本もの柱。
屋敷の周囲には高価な魔導具による警備設備まで備えられており、一般の貴族では到底手が届かないほどの財力と権力を感じさせる。
そんな屋敷の正門前に、一人の青年が立っていた。
銀色の長い髪。
青い瞳。
白いコートを風になびかせながら、青年――フウマ・レインハルトは、目の前の屋敷を見上げていた。
「……大きいな」
思わず、そんな言葉が漏れる。
妖精の尻尾に所属する魔導士として、様々な場所へ依頼に出向いてきたフウマだったが、ここまで立派な屋敷に入るのは久しぶりだった。
ましてや今回の目的は依頼の報告ではない。
護衛対象である少女――ルーシィ・ハートフィリア。
その彼女の自宅へ、正式に招かれたのである。
もっとも。
フウマ本人には、なぜ招かれたのか完全には理解できていなかった。
「……護衛についての話をするだけ、だよね」
そう呟きながら、フウマは小さく息を吐いた。
昨日、ルーシィを狙っていた男を捕らえた。
その一件を受けて、ハートフィリア家から正式な呼び出しがあったのだ。
当然、依頼主との話し合いだと思っている。
ところが――。
「フウマ様ですね」
門の前で待っていた使用人が深々と頭を下げた。
「はい」
「旦那様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
フウマは軽く頭を下げ、屋敷の中へ入っていった。
廊下には高価そうな絵画が並び、壁には豪華な装飾が施されている。
磨き上げられた床には、フウマの姿が薄く映り込んでいた。
歩くたびに、静かな靴音だけが響く。
妖精の尻尾の騒がしいギルドとは、まるで別世界だった。
「……静かだな」
その呟きが聞こえたのか、案内役の使用人が少しだけ微笑んだ。
「妖精の尻尾とは、随分と雰囲気が違うでしょう」
「ええ。あそこは……もう少し騒がしいです」
「存じております」
使用人の口元がわずかに緩む。
どうやら妖精の尻尾がどんなギルドなのか、ハートフィリア家にも知られているらしい。
やがて、一つの大きな扉の前で足が止まった。
「こちらです」
コンコン。
「旦那様。フウマ様をお連れしました」
「入れ」
低く、落ち着いた声が返ってきた。
使用人が扉を開く。
フウマは一歩、室内へ入った。
そこにいたのは、一人の男だった。
年齢は四十代ほど。
整えられた髪。
仕立ての良い服。
椅子に座っているだけだというのに、部屋全体を支配しているような威圧感がある。
その男こそ――。
ハートフィリア家当主。
ジュード・ハートフィリア。
ルーシィの父親だった。
「……君がフウマ・レインハルトか」
「はい」
フウマは一礼した。
「初めまして。妖精の尻尾所属、フウマ・レインハルトです」
ジュードはしばらく何も言わなかった。
鋭い目で、フウマを観察している。
まるで値踏みされているようだった。
やがてジュードは口を開く。
「風竜の滅竜魔導士……だったな」
「はい」
「二世代目」
「そうです」
「風を食らうと聞いている」
「魔力を補充するためなら」
淡々と答えるフウマ。
ジュードは目を細めた。
「妙な男だ」
「よく言われます」
フウマが苦笑する。
しかしジュードは笑わなかった。
「昨日、娘を襲おうとした男を捕らえたそうだな」
「はい」
「なぜだ」
「依頼を受けていますから」
「それだけか?」
その問いに、フウマは少しだけ考えた。
そして静かに答えた。
「……それだけではありません」
「では?」
「目の前で誰かが傷つけられようとしていたら、止めるのが普通だと思っています」
ジュードの眉が、ほんのわずかに動いた。
だが、それ以上何も言わなかった。
しばらくの沈黙。
そして。
「君に頼みたいことがある」
「護衛についてでしょうか?」
「違う」
「……?」
フウマが首を傾げる。
ジュードは机の上に一枚の紙を置いた。
「ルーシィの世話をしてもらいたい」
「……はい?」
フウマは思わず聞き返した。
「護衛ではなく?」
「護衛も含めてだ」
「お世話……というのは?」
「生活面全般だ」
「…………」
フウマは固まった。
生活面全般。
その言葉を頭の中で何度も繰り返す。
食事。
身支度。
外出。
安全確認。
場合によっては勉強の手伝い。
まさか――。
「……僕がですか?」
「そうだ」
即答だった。
「なぜ僕が……?」
「娘は最近、屋敷を抜け出すことが増えた」
「……」
「そして妖精の尻尾に入りたいと言っている」
ジュードの声が少し低くなる。
「私は認めていない」
その言葉に、フウマは黙った。
やはり。
ルーシィと父親の間には、何か複雑な事情がある。
第1話でルーシィが妖精の尻尾について語っていた時。
その瞳には、強い憧れがあった。
しかし――。
父親であるジュードは、その道を望んでいない。
「ですが」
ジュードが続ける。
「私が何を言っても、あの子は聞かない」
「……」
「だからこそ、君に任せる」
「僕に?」
「ああ」
ジュードは椅子から立ち上がった。
その姿には、ハートフィリア家当主としての威厳があった。
「娘が外へ出るなら、君が同行しろ」
「はい」
「危険な場所へ行くなら止めろ」
「分かりました」
「食事を抜こうとしたら食べさせろ」
「……はい?」
「夜更かしをしたら寝かせろ」
「……」
「無茶をしたら叱れ」
フウマは思わず目を瞬いた。
「僕は護衛ではなく……家庭教師か何かでしょうか?」
「似たようなものだ」
「…………」
どうやら冗談ではないらしい。
その時だった。
バンッ!
突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お父様!」
少女の声が響く。
金色の髪を揺らしながら、ルーシィが入ってきた。
「……え?」
彼女は部屋の中にいるフウマを見つける。
そして。
「あっ!」
顔がぱっと明るくなった。
「フウマ!」
「こんにちは、ルーシィ」
「どうしてここにいるの?」
「それは……」
フウマが答える前に、ジュードが口を挟んだ。
「ルーシィ」
「なに、お父様?」
「今日からしばらく、彼がお前の世話をする」
「…………」
ルーシィの動きが止まった。
「……え?」
「護衛も兼ねる」
「ええっ!?」
屋敷中に響き渡るような声だった。
フウマは思わず耳を塞ぐ。
「ちょ、ちょっと待って!」
ルーシィはジュードに詰め寄る。
「なんで!? あたし、もう子供じゃないんだけど!」
「お前は無茶をする」
「しないわよ!」
「昨日も勝手に街へ出ただろう」
「それは……!」
ルーシィが言葉に詰まる。
ジュードは淡々と続けた。
「そして昨日、危険人物に狙われた」
「……」
ルーシィの表情が少し曇った。
確かに昨日のことを思い出せば、反論しづらい。
ジュードはフウマへ視線を向ける。
「彼なら信用できる」
「……」
ルーシィもフウマを見る。
銀色の髪。
穏やかな青い瞳。
優しそうな表情。
昨日、自分を守ってくれた青年。
ルーシィはしばらく彼を見つめていた。
そして。
「……フウマなら」
小さく呟いた。
「いいかも」
「え?」
フウマが驚く。
ルーシィは頬を少し赤くしながら笑った。
「だってフウマ、優しいし」
「ありがとう」
「それに強いし」
「ありがとう」
「妖精の尻尾の魔導士だし!」
「そこが一番大きいんだね」
「当然でしょ!」
ルーシィは胸を張った。
「妖精の尻尾ってだけで、あたしにはポイント高いんだから!」
「そうなんだ……」
フウマは苦笑する。
するとジュードが静かに咳払いした。
「話は終わりだ」
「え?」
「フウマ・レインハルト」
「はい」
「今日から娘を頼む」
「……分かりました」
フウマは深く頭を下げた。
「僕にできることなら、できる限り」
ジュードはそれだけを確認すると、再び椅子へ腰を下ろした。
「では、下がっていい」
「はい」
フウマが部屋を出ようとする。
その後ろをルーシィがついてくる。
扉が閉まった。
廊下に出た瞬間。
「ねえ、フウマ」
「どうしたの?」
「お父様って……怖いでしょ?」
「……少し」
「やっぱり!」
ルーシィは苦笑した。
「昔からあんな感じなの。何を考えてるのか分からないし、いつも難しい顔してるし」
「お父さんとしては心配しているんじゃないかな」
「……そうかな」
ルーシィが足を止めた。
「お父様は、あたしが妖精の尻尾に入りたいって言うと、いつも嫌な顔するの」
「……」
「危ないからやめろって」
ルーシィは窓の外を見る。
庭園の木々が風に揺れている。
「でも、あたしは諦めたくない」
その声には、強い意志が込められていた。
「妖精の尻尾に入りたい」
「うん」
「絶対に」
フウマは静かに頷いた。
「なら、頑張ればいいと思うよ」
「……フウマは反対しないの?」
「どうして?」
「お父様は反対してるから」
「僕は君のお父さんじゃないからね」
フウマは微笑んだ。
「君の人生は、君自身が決めるものだと思ってる」
その言葉に。
ルーシィは少しだけ目を見開いた。
そして、ふっと笑った。
「……やっぱり、フウマって優しいね」
「そうかな」
「うん」
その笑顔は、昨日よりずっと近かった。
その後。
二人はルーシィの部屋へ向かった。
扉が開いた瞬間。
フウマは目を丸くする。
「……」
「どうしたの?」
「いや……」
部屋の中には、本が大量に積まれていた。
魔導書。
星霊魔法に関する本。
ファッション雑誌。
街の情報誌。
妖精の尻尾について書かれた記事の切り抜き。
そして――。
「これは……」
壁一面に貼られた妖精の尻尾関連の記事。
フウマはしばらく言葉を失った。
「……好きなんだね」
「大好き!」
即答だった。
ルーシィは胸を張る。
「いつか絶対に入るんだから!」
「そっか」
フウマは部屋を見回す。
そして一つの机に目を止めた。
「……まずは片付けようか」
「え?」
「このままだと危ないよ」
「え、ちょっと待って!」
フウマは風魔法を使った。
ふわり。
室内に優しい風が生まれる。
床に散らばっていた紙が舞い上がる。
本が一冊ずつ浮かび上がり、棚へ戻っていく。
「わぁ……」
ルーシィは目を輝かせた。
「すごい!」
「風を使えば、掃除くらいなら簡単だよ」
「そんな使い方する魔導士、初めて見た……」
「便利だからね」
「戦うより?」
「掃除の方が好きかもしれない」
「嘘でしょ!?」
ルーシィが笑う。
その笑い声を聞きながら、フウマも微笑んだ。
やがて部屋は綺麗になった。
しかし。
「さて」
フウマは時計を見る。
「そろそろ昼食だね」
「え?」
「何か食べたいものはある?」
「……パンケーキ」
「分かった」
「えっ」
ルーシィが驚く。
「作ってくれるの?」
「厨房を借りてもいいなら」
「やった!」
彼女は子供のように喜んだ。
そして二人で厨房へ向かう。
料理人たちは最初こそ驚いていたが、フウマが丁寧に頭を下げると快く場所を貸してくれた。
小麦粉。
卵。
牛乳。
砂糖。
材料を並べる。
「フウマって料理もできるの?」
「簡単なものなら」
「万能すぎない?」
「そうかな」
「そうよ」
ルーシィは隣で腕を組みながら見守っていた。
やがてフライパンから甘い香りが漂い始める。
「……いい匂い」
ルーシィの目が輝く。
「まだだよ」
「分かってるって」
しかし、ルーシィは皿を持って待機している。
「早く!」
「はいはい」
完成したパンケーキを皿に盛り付ける。
蜂蜜をかける。
ルーシィは椅子に座り、目の前のパンケーキを見つめた。
「いただきます!」
一口。
「……!」
目を見開く。
「おいしい!」
「よかった」
「フウマ!」
「うん?」
「これ毎日作って!」
「毎日は無理かな」
「なんで!?」
「仕事もあるから」
「あ……」
ルーシィは少し残念そうな顔をした。
だが、すぐに笑う。
「じゃあ、帰ってきた時は作って!」
「それなら」
フウマは頷いた。
「約束」
「やった!」
その瞬間だった。
厨房の入り口から、低い声が聞こえた。
「……楽しそうだな」
二人が振り返る。
そこにはジュードが立っていた。
ルーシィの笑顔が少し固まる。
「お、お父様……」
「食事中か」
「う、うん」
ジュードは二人を見た。
そしてテーブルの上のパンケーキを見る。
「……そうか」
それだけだった。
冷たい声。
だが、その視線にはほんの僅かに何かがあった。
フウマには、それが心配なのか、寂しさなのか分からなかった。
ただ一つだけ。
ジュードがルーシィを見ていることだけは分かった。
娘に対して無関心なのではない。
むしろ――。
深く気にかけている。
ただ、その感情を上手く表に出せないのかもしれない。
ジュードは何も言わず、その場を去っていった。
「……お父様って、本当に不器用なのよ」
ルーシィが小さく呟いた。
フウマは何も答えなかった。
ただ、静かに窓の外を見る。
風が庭園を抜けていく。
自由に吹き抜ける風は、どこへ行くのか誰にも分からない。
けれど。
その風は、いつか必ずどこかへ戻ってくる。
フウマはまだ知らない。
自分がこの屋敷で過ごす時間が、単なる護衛任務では終わらないことを。
ルーシィの笑顔を守ること。
彼女の夢を見届けること。
そして――。
いつか彼女と共に、妖精の尻尾という場所へ帰ること。
それが、自分にとっても大切な意味を持つようになることを。
「ねえ、フウマ」
「どうしたの?」
「午後、街に行かない?」
「また?」
「だって!」
ルーシィは満面の笑みを浮かべる。
「あたし、妖精の尻尾のことをもっと知りたいんだもん!」
フウマは少しだけ困ったように笑った。
「じゃあ、行こうか」
「ほんと!?」
「ああ」
「やった!」
ルーシィは嬉しそうに笑う。
その姿を見ながら、フウマも微笑んだ。
こうして。
風神と呼ばれる青年の、少し変わった護衛生活が始まった。
――ただし。
本人はまだ知らない。
この日からしばらくの間、自分が「護衛」ではなく、「ルーシィのお世話係」として扱われることになるとは。
そしてそれを、一番楽しんでいたのが――。
他でもないルーシィ本人だったことを。
感想、評価、お気に入り、オリキャラ募集よろしくお願い致します!