『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第5話 極秘護衛依頼、S級へ
午後のハートフィリア邸。
先ほどまで賑やかだったルーシィの部屋には、今も穏やかな空気が流れていた。
机の上には、ルーシィが書き留めたノートが一冊。
そこには妖精の尻尾の魔導士たちについて、びっしりと文字が並んでいる。
ナツ。
エルザ。
グレイ。
ハッピー。
ミラジェーン。
カナ。
レビィ。
エルフマン。
ラクサス。
そして、新しく加わった二人。
ガンマ・アトラス。
ヴェロニカ・グレイス。
「……ふう」
ルーシィがペンを置く。
「いっぱい聞いたわね」
「うん」
フウマは苦笑した。
「僕もここまで話すとは思わなかったよ」
「だって、聞きたいことがいっぱいあるんだもん」
「そうだね」
フウマは微笑む。
その隣では、ガンマがいつものようにフウマの肩へ寄りかかっていた。
「フウマさんの話なら、いくらでも聞いていられるッスよ~」
「ガンマは僕の話じゃなくても寝てる時があるけどね」
「……それは秘密ッス」
「聞こえてるわよ」
ヴェロニカが呆れたように言う。
「こいつ、フウマが近くにいると露骨に気が抜けるんだよ」
「そうなの?」
ルーシィがガンマを見る。
「そうッスか~?」
「そうだよ」
フウマが笑う。
ガンマは少しだけ頬を膨らませた。
「フウマさんは命の恩人ッスからね~」
その言葉には、冗談ではない重みがあった。
フウマは何も言わず、ガンマの頭を軽く撫でる。
「……まあ、拾ったのは偶然だったけどね」
「それでもッスよ」
ガンマは嬉しそうに目を細める。
そんな二人を見ていたルーシィも、自然と笑顔になっていた。
妖精の尻尾。
そこには本当に、色々な人がいる。
けれど、その誰もが何かを抱えていて、それでも仲間として繋がっている。
ルーシィにとって、その事実はますますギルドへの憧れを強くするものだった。
――しかし。
そんな穏やかな時間の中で。
ふと、フウマが違和感に気づいた。
「……そういえば」
「ん?」
ルーシィが顔を上げる。
フウマはガンマとヴェロニカを見た。
「二人とも、どうしてここにいるの?」
「……」
ガンマが止まった。
ヴェロニカも黙る。
「?」
ルーシィが二人を見る。
「そういえば……」
彼女も首を傾げた。
「確かにそうよね」
フウマは腕を組んだ。
「ガンマは依頼帰りに僕を追いかけてきた……という感じでもなさそうだし」
「……」
「ヴェロニカも、わざわざハートフィリア邸まで来る理由はないよね」
「……まあな」
ヴェロニカが小さく息を吐く。
そして。
「実は俺たち、フウマを探してたんだ」
「僕を?」
「ああ」
「何かあった?」
「それが――」
ヴェロニカが懐から一枚の封筒を取り出した。
妖精の尻尾の紋章。
そして、その上から赤い封蝋が押されている。
それを見た瞬間。
フウマの表情が変わった。
「……マスターから?」
「そうだ」
ヴェロニカは封筒を差し出す。
フウマは受け取った。
封蝋を確認する。
間違いない。
妖精の尻尾のマスター――マカロフからの正式な連絡だった。
「何が書いてあるの?」
ルーシィが身を乗り出す。
「ルーシィ」
ヴェロニカが少しだけ声を落とす。
「悪いが、これはギルド内の話だ」
「あ……」
ルーシィはすぐに引いた。
「ご、ごめんなさい」
「いや」
フウマが首を横に振る。
「大丈夫だよ」
そう言って封筒を開ける。
中には一枚の書類が入っていた。
フウマは黙って読み進める。
最初の数行。
その時点で。
「……」
眉がわずかに動いた。
ガンマが覗き込む。
「何かあったッスか?」
「……依頼のランクが変わった」
「ランク?」
ルーシィが聞き返す。
フウマは紙を見つめたまま答えた。
「この護衛任務」
「うん」
「S級依頼になった」
「…………え?」
ルーシィの口が開いた。
「S級?」
「そう」
「S級って……そんなにすごいの?」
ガンマが説明する。
「妖精の尻尾では、かなり危険な依頼ッスよ」
「どのくらい?」
「普通の魔導士じゃ受けられないくらいッス」
「……」
ルーシィの顔から、少しずつ笑顔が消えていく。
フウマはその変化に気づいた。
「怖がらなくていいよ」
「でも……」
「僕がいるから」
その言葉は、いつものように穏やかだった。
しかし。
フウマ自身も分かっていた。
S級依頼への格上げ。
これは、単なる形式上の変更ではない。
マカロフがわざわざ指示を出してきた。
つまり。
ハートフィリア家令嬢、ルーシィ・ハートフィリアを取り巻く状況が、想定以上に危険になっているということだ。
「理由は?」
ヴェロニカが尋ねる。
「複数の動きが確認されたらしい」
フウマは書類を読みながら答えた。
「昨日捕らえた男だけじゃない」
「……やっぱりな」
ヴェロニカが呟く。
「ルーシィを狙ってる連中が他にもいるってこと?」
「おそらく」
ルーシィが息を呑む。
「どうして……あたしが?」
フウマはすぐには答えなかった。
その質問に答えられるほどの情報は、まだ手元にない。
ただ。
一つだけ確かなことがある。
この依頼は、偶然の護衛ではない。
ハートフィリア家という巨大な財閥。
その令嬢であるルーシィ。
そして、彼女を狙う何者か。
それらが一本の線で繋がっている。
「まだ分からない」
フウマは正直に答えた。
「でも、僕たちが調べる」
「……フウマ」
「大丈夫」
フウマは微笑んだ。
「僕は君を守るためにここにいる」
ルーシィはその言葉を聞き、胸元をそっと握った。
なぜだろう。
怖い話をしているはずなのに。
フウマがそう言ってくれると、不思議と安心する。
「……うん」
小さく頷いた。
その様子を見ていたヴェロニカが、腕を組む。
「だから俺とガンマが来た」
「なるほど」
「マスターからの指示だ」
ヴェロニカは続ける。
「お前一人に任せるには、今回の依頼は危険度が高すぎる」
「僕一人でも――」
「それは分かってる」
ヴェロニカが遮った。
「お前が強いのは知ってる」
「……」
「けどな」
ヴェロニカは鋭い目をフウマへ向ける。
「強い奴ほど、一人で全部背負おうとする」
フウマは黙った。
「お前は特にそういうところがある」
「……」
「だから俺たちが来た」
ガンマも頷く。
「フウマさん一人に任せるなんて、無理ッスよ~」
「ガンマ……」
「僕も戦えるッス」
小柄な身体。
一見すれば、とても戦えるようには見えない。
だが。
フウマは知っている。
この少年が、どれほど強いのか。
「大地竜の滅竜魔導士が一人いるだけでも、かなり助かるよ」
「えへへ~」
ガンマが嬉しそうに笑う。
「それに俺もいる」
ヴェロニカが言う。
「紅血竜の滅竜魔導士として、少なくとも足手まといにはならねぇ」
「頼りにしてるよ」
フウマが笑う。
「任せろ」
ヴェロニカは短く答えた。
すると。
「……ねえ」
ルーシィが三人を見る。
「じゃあ、この依頼って……」
「うん」
フウマが頷く。
「僕たち三人で君を守ることになる」
「三人……」
ルーシィは目を瞬く。
フウマ。
ガンマ。
ヴェロニカ。
妖精の尻尾でもトップクラスの戦力を持つ三人が、自分の護衛につく。
その事実を改めて考えると、妙に実感が湧いてきた。
「……なんか」
「うん?」
「すごく大げさじゃない?」
「僕もそう思う」
フウマは苦笑した。
「でも、マスターの判断だからね」
「だったら……」
ルーシィは少しだけ笑った。
「頼っていいのよね?」
「もちろん」
「じゃあ……お願い」
「うん」
フウマは頷いた。
その瞬間。
屋敷の扉が開いた。
「何の話をしている」
低い声。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは――ジュードだった。
ルーシィの父。
ハートフィリア家当主。
威厳のある姿。
冷たい目。
しかし、その視線はまっすぐフウマへ向いている。
「旦那様」
ヴェロニカが軽く頭を下げる。
「妖精の尻尾からの報告です」
フウマが立ち上がる。
「ジュードさん」
「……聞こう」
フウマは書類を差し出した。
「今回の護衛任務ですが、S級依頼へ変更されました」
ジュードの目が細くなる。
「S級……」
「はい」
「理由は?」
「ルーシィを狙う者が複数存在する可能性が出たためです」
ジュードは黙った。
その表情からは、感情が読み取れない。
「……そうか」
ただ一言。
しかし、その拳がわずかに握られていた。
フウマは見逃さなかった。
「お父様……」
ルーシィが小さく呼ぶ。
ジュードは娘を見る。
「ルーシィ」
「はい」
「お前は何も心配するな」
「……」
「この屋敷にいる限り、安全は私が保証する」
「でも……」
「外へ出る時は、彼らの指示に従え」
ジュードの視線がフウマへ向く。
「フウマ・レインハルト」
「はい」
「娘を頼む」
「……分かりました」
フウマは真っ直ぐにジュードを見る。
「必ず守ります」
ジュードはしばらくフウマを見つめていた。
やがて。
「……期待している」
それだけ言うと、ジュードは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
ルーシィが小さく息を吐いた。
「……お父様」
その声には、複雑な感情が混ざっていた。
心配してくれていることは分かる。
けれど。
冷たい。
いつもそうだ。
大切にされているはずなのに、どこか遠く感じる。
フウマはそんなルーシィの横顔を見ていた。
「……きっと」
「え?」
「お父さんも心配なんだと思う」
「……そうかな」
「うん」
「でも、素直じゃないのよ」
「それは……そうかもしれないね」
ルーシィが少し笑う。
「フウマって、変なところでお父様を庇うのね」
「庇ってるつもりはないよ」
「じゃあ、何?」
「……僕には、そう見えただけ」
「ふふっ」
ルーシィは笑った。
その横でガンマがフウマを見る。
「フウマさん」
「どうしたの?」
「S級依頼になったってことは……」
「ああ」
フウマは頷く。
「これから、もっと危険になる」
ヴェロニカが腕を組む。
「だったら、こっちも気を引き締めねぇとな」
「うん」
フウマは窓の外を見る。
広い庭園。
高い塀。
その向こうにはフィオーレの街が広がっている。
風が吹いていた。
穏やかな風。
しかし。
風は、目に見えない。
どこから来て、どこへ向かっているのか分からない。
それと同じように。
ルーシィを狙っている敵も、まだ姿を見せていない。
「……何かが近づいてる」
フウマが呟いた。
「何か?」
ルーシィが尋ねる。
「うん」
風が銀色の髪を揺らす。
「まだ遠いけど……」
フウマは目を細めた。
「この風が、何かを運んできてる」
ヴェロニカが表情を引き締める。
ガンマも立ち上がる。
「敵ッスか?」
「まだ分からない」
「じゃあ、どうする?」
「警戒しておこう」
フウマは静かに言った。
「そして、ルーシィを一人にしない」
「了解ッス!」
ガンマが元気よく返事をする。
「任せろ」
ヴェロニカも頷いた。
ルーシィは三人を見る。
そして。
「……なんだか」
「うん?」
「本当に妖精の尻尾の仲間になったみたい」
フウマは微笑んだ。
「まだ加入してないけどね」
「分かってるわよ」
ルーシィも笑う。
「でも……」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「あたし、絶対に妖精の尻尾に入る」
フウマは頷いた。
「その日を楽しみにしてるよ」
「約束だからね?」
「約束」
風が吹く。
三人の魔導士と一人の少女。
この日から、彼らを取り巻く運命は少しずつ動き始める。
護衛任務。
それは、ただ一人の少女を守るための仕事だったはずだ。
だが――。
S級へと格上げされたその依頼の裏には、ハートフィリア家を巡る大きな何かが潜んでいた。
そしてフウマはまだ知らない。
この任務をきっかけに。
自分とルーシィの運命が、大きく交わり始めることを。
風はまだ穏やかだった。
しかし、その風の向こうには――。
確かに、嵐の気配があった。
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