『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第9話 紅血竜と大地竜――二人の猛者
夜の帳が、ハートフィリア家を静かに包んでいた。
昼間まで穏やかだった庭園は、月明かりに照らされて別の顔を見せている。
木々の影は長く伸び、風に揺れる葉が、かすかな音を立てていた。
屋敷の中では、使用人たちが戸締まりを終え、明かりが一つ、また一つと消えていく。
だが――。
警戒だけは、一切緩められていなかった。
ハートフィリア家を囲むように、複数の人間が配置されている。
その中心にいるのは、二人のS級魔導士。
風神――フウマ・レインハルト。
そして、妖精女王――エルザ・スカーレット。
二人は屋敷の二階、ルーシィの部屋へ続く廊下にいた。
「……静かだな」
エルザが呟く。
「うん」
フウマも周囲を見渡した。
「静かすぎる」
数日前から感じていた。
敵はいる。
闇ギルドが動いている。
それなのに、今夜は何も起こらない。
まるで――。
こちらの戦力を確認しているかのようだった。
「フウマ」
「何?」
「お前も感じているのだろう?」
「うん」
フウマは目を閉じた。
風。
夜風。
木々の隙間を抜ける風。
屋敷の壁に当たり、方向を変える風。
そのすべてを感じ取る。
「……西側」
フウマが目を開く。
「人の気配がある」
「何人だ?」
「六……いや、八」
エルザが腰の剣へ手を伸ばす。
「敵か?」
「たぶん」
フウマは少し考えた。
そして――。
「ヴェロニカとガンマに任せよう」
「分かった」
エルザは意外そうな顔をした。
「二人だけで大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
フウマは穏やかに笑う。
「あの二人なら」
その言葉には、確かな信頼があった。
*
ハートフィリア家、西側。
鬱蒼とした森の中。
「……来たな」
ヴェロニカ・グレイスは、木にもたれながら呟いた。
紫色の短い髪が夜風に揺れる。
鋭い目つき。
青と黄緑のオッドアイが、暗闇の向こうを睨みつけている。
その隣では――。
「……眠いッス」
ガンマ・アトラスが欠伸をしていた。
「お前な……」
「だって夜ッスよ?」
「敵が来てんだぞ」
「それは分かってるッス」
ガンマはのんびりと答える。
「でも、眠いものは眠いッス」
「ったく……」
ヴェロニカは呆れたように息を吐いた。
だが。
次の瞬間。
ガンマの表情が変わった。
「……来たッス」
「おう」
二人が同時に前を見る。
森の奥。
黒いローブを纏った魔導士たちが姿を現した。
一人。
二人。
三人。
次々と木々の影から出てくる。
「八人……」
ガンマが数える。
「こっちの人数を探ってる感じッスね」
「だったら教えてやるか」
ヴェロニカが一歩前に出る。
「ここから先は通行止めだってな」
「妖精の尻尾か……!」
敵の一人が叫ぶ。
「紅血竜と大地竜!」
「知ってるッス?」
ガンマが首を傾げる。
「当然だ! 貴様ら二人が、この屋敷の護衛に加わったことは把握している!」
「へぇ」
ヴェロニカが口元を吊り上げる。
「なら、話が早い」
拳を握る。
腕を赤黒い血が覆い始める。
「俺たちを倒さなきゃ、屋敷には入れねぇぞ」
「行け!」
魔導士たちが一斉に動いた。
「――《大地竜の剛拳》!」
ズドォンッ!!
ガンマの腕が巨大な岩の籠手へ変化する。
迫ってきた魔導士の攻撃を正面から受け止め――。
「重いッスよ」
そのまま拳を振り抜いた。
ドゴォォンッ!!
「ぐああああっ!」
男の身体が吹き飛び、木の幹を何本もへし折って地面へ転がる。
「なっ……!」
「まだまだッス」
ガンマは両腕を岩へ変化させた。
「大地は逃がさないッスよ」
地面が大きく隆起する。
土が波のようにうねり、敵の足元を飲み込んでいく。
「《大地竜の揺篭》!」
ズズズズズ……!
巨大な土の波が魔導士たちを包み込む。
「くっ……!」
「動けねぇ!」
「ガンマ!」
「了解ッス!」
ヴェロニカが飛び込む。
「――《紅血竜の鉄拳》!」
拳に血が集まり、巨大な赤い籠手となる。
「ぶっ飛べ!」
ドォンッ!!
土の壁ごと敵を吹き飛ばす。
「ぐああああっ!」
「まだ終わってねぇぞ!」
ヴェロニカは地面を蹴った。
血の刃が空中へ舞う。
「《紅血竜の飛鱗》!」
無数の血の弾丸が夜空を裂く。
敵の魔法を次々と撃ち落とし、黒いローブを貫いていく。
「くそっ!」
「こいつら……強すぎる!」
魔導士たちが後退する。
しかし。
「逃がさないッス」
ガンマが地面へ手をついた。
「――大地よ」
地面が震える。
「俺の仲間に手を出す奴は、地面に埋まっててくださいッス」
巨大な岩壁がせり上がった。
「なっ……!」
退路を完全に塞がれる。
ヴェロニカが笑った。
「いいぞ、ガンマ」
「へへ~」
「じゃあ、とどめだ」
二人が同時に魔力を高める。
「《紅血竜の――」
「《大地竜の――」
「「咆哮!!」」
――轟ッ!!
血を含んだ紅いブレスと、岩の刃や土の弾丸が混じった砂嵐のようなブレスが、夜の森を一直線に駆け抜けた。
大地が削れ。
木々が揺れ。
敵の魔導士たちは一瞬にして吹き飛ばされた。
静寂。
やがて。
森には、風の音だけが戻ってきた。
「……終わったッス?」
「たぶんな」
ヴェロニカが周囲を見る。
「フウマたちのところへ戻るぞ」
「了解ッス」
二人は屋敷へ向かって歩き始めた。
しかし。
ヴェロニカは振り返った。
「……妙だな」
「何がッス?」
「敵が弱すぎる」
「……あ」
ガンマも気づいた。
あれほど大人数で来たのに、二人を足止めすることすらできなかった。
まるで――。
「偵察……ッスか?」
「そういうことだろうな」
ヴェロニカの顔から笑みが消えた。
「本命は別にいる」
*
一方。
屋敷の二階。
ルーシィの部屋の前。
「……来ないな」
エルザが呟く。
「うん」
フウマは窓の外を見る。
「でも、ヴェロニカたちが動いた」
「気づいたか」
「風が教えてくれるからね」
すると。
「……二人とも」
部屋の中から、ルーシィの声がした。
フウマが振り返る。
「どうしたの?」
「あたし……起きてる」
「そうみたいだね」
「眠れないのよ」
ルーシィはベッドに座っていた。
窓の外から聞こえた轟音。
何が起きているのか。
分からなくても、不安になる。
「……敵、来たの?」
「うん」
フウマは隠さなかった。
「でも、ヴェロニカとガンマが対応してる」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
フウマは優しく笑う。
「僕とエルザもここにいる」
エルザも頷いた。
「安心しろ。何者であろうと、この部屋へは近づけさせない」
「……ありがとう」
ルーシィは胸元へ手を当てる。
「二人とも……あたしのために」
「君のためだけじゃない」
フウマが言った。
「僕たちは仲間を守るためにここにいる」
「仲間……」
「うん」
ルーシィはその言葉を聞いて、少しだけ微笑んだ。
「……あたしも、いつか」
「ん?」
「妖精の尻尾に入ったら……あたしも仲間になれるかな」
エルザは迷いなく答えた。
「ああ」
「本当に?」
「もちろんだ」
ルーシィは嬉しそうに笑った。
その瞬間――。
フウマの表情が変わった。
「……待って」
「どうした?」
エルザが問う。
フウマは窓へ近づいた。
「風が……」
目を閉じる。
西側で戦いが終わった。
だが。
別の場所。
屋敷の東。
「……一人」
フウマが呟く。
「いや……二人」
エルザが剣を抜く。
「侵入者か?」
「たぶん」
フウマはルーシィを見る。
「ルーシィ、僕たちから離れないで」
「う、うん!」
その直後。
――ドンッ!!
屋敷の外壁が震えた。
「きゃっ!」
ルーシィが驚く。
エルザがすぐに彼女の前へ立った。
「私の後ろへ!」
「はい!」
フウマも窓へ向かう。
風が荒れている。
敵は近い。
だが――。
フウマの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。
「……来たね」
「何?」
「本命だよ」
エルザの瞳が鋭くなる。
「ならば、迎え撃つまでだ」
「うん」
風が渦巻く。
フウマの身体から魔力が溢れ出す。
「ルーシィ」
「なに?」
「怖かったら、僕の後ろにいて」
ルーシィは一瞬だけ震えた。
しかし――。
「……ううん」
小さく首を横に振る。
「あたし、ここにいる」
「ルーシィ……」
「あたしの未来を守ってくれてるんでしょ?」
ルーシィは拳を握った。
「だったら……あたしも、ちゃんと見届けたい」
エルザが微笑む。
「強くなったな」
「え?」
「何でもない」
その時。
廊下の向こうから、足音が響いた。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近づいてくる。
フウマとエルザは、同時に構えた。
二人のS級魔導士。
その背後には、一人の少女。
そして遠くでは、ヴェロニカとガンマが勝利を収めていた。
しかし――。
それはまだ、序章にすぎない。
廊下の暗闇から、一人の黒ローブの男が姿を現す。
「……風神」
男が笑う。
「そして妖精女王か」
フウマの瞳が鋭くなる。
「君は誰?」
「名乗る必要はない」
男の身体から、禍々しい魔力が噴き出した。
「我々の目的は――」
男の視線が、フウマの背後へ向く。
「ルーシィ・ハートフィリアだ」
ルーシィが息を呑む。
フウマが一歩前へ出た。
その瞬間。
屋敷を吹き抜ける風が、大きく唸った。
「……それは無理だよ」
穏やかな声。
けれど――。
その言葉には、決して譲らない強さがあった。
「この子には、指一本触れさせない」
エルザが剣を構える。
「同感だ」
二人のS級魔導士が並び立つ。
風神。
妖精女王。
闇ギルドとの本当の戦いが――今、始まった。
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