なんて不思議なアザーサイド   作:南方に住んでいる作者

2 / 4
第二話 神楽坂翠

呆然とする僕の前に、鬱蒼とした木々の隙間から、一人の人物が音もなく姿を現した。ジャングルの泥や血に汚れた僕とは対照的な、どこか現実離れした洗練された佇まい。

 

その圧倒的な力と、突如として現れた未知の存在に、僕の防衛本能が最大級の警報を鳴らす。僕は痛む体に鞭打ち、すぐさま銃口をその影へと突き付けた。

 

「……誰だ!?」

 

僕が突き付けた大口径の銃口の先で、その少女は少し面倒くさそうに息を吐いた。

 

鬱蒼とした緑の隙間から木漏れ日に照らされたのは、異様なジャングルの光景にはおよそ不釣り合いな、鮮やかな紅白で所々緑が混ざった装束――巫女服だった。

 

黒髪を後ろで一つに結い、どこか気だるげな、けれど凛とした空気を纏った少女。手には身の丈ほどもある木製の和弓が握られており、その弦は今もかすかに微動を続けている。先ほど怪物を吹き飛ばした衝撃波の正体は、彼女が放った矢の風圧だったのだ。

 

彼女は片手で弓を肩に担ぎ直すと、鋭い瞳で僕の銃口を見つめ、サバサバとした口調で言った。

 

「私は神楽坂 翠この辺りを一応管理している巫女よ。とりあえず、その物騒なものを下げてくれないかしら? 私はあんたの敵じゃないわよ」

 

「かぐらざか……すい……?」

 

僕は銃口を向けたまま、彼女の姿を睨みつける。巫女だと? こんな変な奴らが蔓延る未知のジャングルに、なぜ和装の少女が一人でいる。それに、僕の着ている〈機関〉の戦闘服や重拳銃を見ても、驚く風すらなく淡々としている。僕の正体などこれっぽっちも興味がなさそうだ。

 

疑問は尽きなかったが、僕の左肩の激痛が限界を迎えていた。じわじわと流れ出る血が地面を汚し、視界がかすかに揺らぎ始める。

 

「それにしても、ひどい怪我じゃない。あんた、放っておいたらその左肩、腐り落ちてそこの化け物たちの仲間入りをすることになるわよ。この森の異形の呪いは厄介なんだから」

 

翠は僕の怪我を一瞥すると、腰の帯につけた呪符や小瓶に手をかけた。

 

「……僕を助ける義理が、貴方にあるんですか?」

 

「別に義理なんてないわよ。ただ、目の前で人間が化け物に食われそうになってるのを、黙って見てるほどヤバい奴じゃないってだけ。信じるか信じないかはあんたの自由だけど、死にたくないなら大人しくしときなさい」

 

彼女はそう言い放つと、僕の警戒などどこ吹く風といった様子で、ゆっくりと歩み寄ってきた。その時、周囲の茂みが再び「ガサリ」と不快な音を立てて揺れた。先ほどの戦闘の血の臭いに釣られ、新たな異形たちが集まってきているのだ。

 

翠は歩みを止め、音がした闇へと鋭い視線を向ける。そして、再び慣れた手つきで弓を構えた。

 

「ちっ、もう次の有象無象が集まってきたわね。話は安全な場所へ移動してからよ。ほら、まだ動けるんでしょう? さっさとついてきなさい。よし、それじゃあ行くわよ。遅れないでついてきなさい!」

 

翠の言葉を合図に、僕たちは鬱蒼としたジャングルを駆け出した。目指すのは、ここから少し離れた場所にあるという人間の住む里らしい。

 

だが、異形どもがそれを黙って見送るはずもなかった。

左右の茂みが激しく波打ち、肉の擦れ合う不快な音が四方八方から押し寄せる。上空の枝葉からも、人間の手足が何本も生えた醜悪な肉塊が、重力に従ってボトボトと落下してきた。

 

「しつこいわねぇ、有象無象が!」

 

翠は走りながら、手にした和弓に一本の矢を番えた。彼女が弦を引き絞ると、矢じりにパチパチと白面を照らすほどの眩い光が収束していく。

 

――ヒュウゥゥッ!!

 

放たれた一矢は、空気を爆裂させながら直線の閃光となって飛び去った。

凄まじい衝撃波。正面から迫っていた数体の肉塊が、その風圧だけで一瞬にして消し炭へと変わり、後方の巨木ごと何十メートルも吹き飛んでいく。一撃で戦況をひっくり返す、まさに圧倒的な威力だ。

 

「これならどうだ!」

 

僕は彼女の速度に必死についていきながら、右手の重拳銃を構えた。翠が撃ち漏らし、死角から僕たちを挟み撃ちにしようと跳躍してきた犬型の異形。その眉間へ向けて、大口径の弾丸を正確に叩き込む。

 

ドン! ドン!

 

弾頭が怪物の頭部を爆散させ、緑の泥へと沈める。左肩の激痛が走るが、アドレナリンで無理やり感覚を麻痺させた。エージェントとしての意地がある。ただ守られているだけのデクの坊で終わるつもりはない。

 

「へえ、片腕であの反動を抑えるなんて、あんた意外とやるじゃない」

 

「貴方こそ、その弓は一体どうなってるんですか……っ!」

 

「ただの退魔の弓よ。驚くのはまだ早いわ!」

 

前方から、今度は道を塞ぐようにして、数十の人面が折り重なった巨大な肉の壁が立ち塞がった。弓を引き絞る時間はない。

そう思った瞬間、翠は弓を左手に持ったまま、右手を虚空へと伸ばした。

 

「――急急如律令!」

 

彼女の短い呪文と共に、その手の中に目も眩むような光の粒子が集束する。瞬時に形成されたのは、純粋な霊力で編み上げられた「光の剣」だった。

 

翠は一切の油断なく、その光の剣を豪快に振り抜いた。

 

ズバァァァッ!!

 

鋭烈な光の刃が、迫り来る肉の壁を真横から一文字に両断する。断面から溢れ出た汚い血や肉塊は、光の剣が放つ浄化の炎に焼かれ、地面に落ちる前に灰へと変わっていく。

 

彼女は流れるような動作で光の剣を振るい、次々と群がる異形を文字通り「お掃除」していく。

 

「あっちの木の上、狙われてるわよ!」

 

「分かってます!」

 

翠の鋭い指示に即座に反応し、僕は上空の枝に潜んでいた百足型の肉塊へ銃口を向け、残りの弾丸を連射した。

 

ドン、ドン、ドン!

 

撃ち抜かれた怪物が悲鳴を上げて落下する。すかさず翠が振り返りざまに光の剣を突き立て、完全に消滅させた。

 

抜群の連携。僕の的確な援護射撃と、彼女の圧倒的な殲滅力によって、包囲網は確実に切り開かれていく。

 

「見えてきたわ、あの鳥居をくぐれば里よ!」

 

翠が光の剣を消し去り、前方の木々の切れ目を指差した。鬱蒼とした緑の向こうに、古びた、けれど厳かな朱色の鳥居が佇んでいる。あの向こうが、この地獄のようなジャングルから逃れられる、人間の領域だ。

 

僕は痛む体を鼓舞し、彼女の背中を追って最後の直線を駆け抜けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。