猫を拾った。
茶虎の雄猫だった。
雨に打たれて今にも死にそうで、放っておけなくて家に連れ帰った。
猫なんて飼ったことがない。
あれやこれやと世話をする間に、ブラック企業の上司から怒りの鬼電が掛かってきて。
「あ、じゃあ辞めます」
売り言葉に買い言葉な感じで俺は会社を辞めて、猫と暮らすことになった。
再就職やら生活やら、そこからは激動の日々。
不器用な俺に上手くやる術なんてなく、出世もなければ金もない。
毎日時間いっぱい働いて、くたくたになってボロアパートに帰ったら猫の世話。
そうこうしてたら17年。
気づけば俺は金なし趣味なし彼女なしのアラフォーになり、とら丸はヨッボヨボの長老猫になっていた。
それは世間じゃ負け組街道まっしぐらとでも呼ばれそうな日々だが。
「よーしよしよし」
「うにゃにゃ」
それでも、悪くなかった。
ズンッ!!!
「え?」
突然のことだった。
体が急に重くなり、地面に引っ張られるような感覚。
「地震か! ……とら丸!!」
世界が揺れる。
俺はとら丸の上に覆いかぶさり、その場にギュッと縮こまる。
バギィッ!!
何かが砕ける音がして。
そこで……俺の意識は途絶えた。
※ ※ ※
気がつくと、真っ白な場所に座っていた。
「おぅい」
「え?」
誰かに呼ばれて目を向けると。
そこにいたのは茶虎の老雄猫。
「とら丸?」
「おうよ。相棒」
名前を呼ぶと……人の言葉が返ってきた。
「どえええええ!?!?」
「うおおお!? どうした!? どうした相棒!? 虫でも出たか!?」
「え、いや! だって、とら丸お前、喋って!」
「しゃべる? あっ! もしかして話が通じてるのか!? うおおお!!」
二人してわたわたと慌てていたら。
「落ち着きなさい。人の子と我が遠き子孫よ」
今度は上の方から声がした。
「相棒、後ろだ」
「え? うおっ!? でっか!!」
見上げたら、そこにはエジプトの壁画とかに居そうな服を着た、頭が猫の人が立っていた。
5mくらいあった。
「人の子よ。そして我が遠き子孫よ。そなたらの生涯、何者にもなれず、何も果たせず、しかして無意味と切り捨てるにはあまりにも惜しい睦まじさに満ちていた。ゆえに、我に同意してくれるなら、そなたらには異世界にて新しき肉体を得て、再び生きる道を与えたい」
「それって……」
「人の子よ。そなたの知っている言葉で伝えるならば、異世界転生というものである」
「やっぱり!」
猫頭の人……きっと神様だろうその人の言葉に、俺は歓喜した。
「なぁ相棒。どういうことだ?」
「とら丸。この人が言うにはな……」
よくわからないと首を傾げていたとら丸にも説明する。
何かと賢かった覚えがあったが、実際理解も早くて。
「なるほどな。オレと相棒はこれから元いた世界とは違う世界で、第二の人生を歩むってワケだ」
「そういうこと! ははっ! すごいことだぞこれは!」
「うおっ。急に持ち上げるな!」
とら丸を抱き上げ立ち上がり、その場でくるくると回る。
人生のやり直しができるのが嬉しいのはもちろん、とら丸と一緒ってのが最高だった。
「とら丸! 俺はお前と一緒にまた生きたい! お前はどうだ?」
話ができるようになった今。
とら丸が何を考えているのか、どう思ってるのか俺は知ることができる。
そう思ったら聞かずにはいられなかった。
「オレ、は……」
「ああ!」
「オレだって、オレだって同じ気持ちだぜ。相棒!」
とら丸は、ちょっとだけ恥ずかしそうにしながらも、ハッキリと答えてくれた。
「あの日死にそうだったオレを救ってくれたのは、他でもないお前だ、相棒。それからずっと、相棒のおかげでオレは幸せだった!」
「それは……俺だってそうだ。とら丸と出会ったからブラック企業を辞められたし、その後の苦労も乗り越えてこれたんだ」
「相棒……」
「とら丸……」
「答えは、決まったようだな?」
猫神様の呼びかけに、俺ととら丸は一緒に頷く。
「ああ。俺はとら丸と、これからも一緒に生きたい!」
「オレも相棒と、まだまだ楽しく過ごしてぇ!」
二人で見上げた猫神様は、優しく微笑んでいた。
※ ※ ※
「ではこれより、転生転移の術を発動する……」
そう言って、猫神様が長々とした呪文をうにゃうにゃと唱え始める。
とても大掛かりなのか時間がかかりそうだなと思っていたら。
「なぁ、相棒」
腕に抱っこしていたとら丸に声を掛けられた。
「どうした、とら丸?」
「相棒は、新しい人生をどう過ごしたい?」
「どう過ごしたい、か」
言われて、考える。
(前世は前世で悪くなかったけど、やれなかったことは沢山あるんだよな)
趣味がなかった。
恋愛もしなかった。
富もなければ名声もないし、歴史に名を遺すような……誰かの記憶に残るようなことも出来なかった。
「……色々あるなぁ」
「だったらよ。その色々、全部やろうぜ!」
「え、全部?」
「そう、全部! 何でもかんでもやってみて、オレと相棒の人生、パァッとど派手に煌めかせるんだ!」
そう告げるとら丸の赤茶の瞳は、キラキラと輝いていた。
(そうか。全部でもいいのか。どれだけ成功するかはわからなくても、やるだけならやれるんだもんな)
思えば、よく考えもせずに色々なものを切り捨ててきた気がする。
来世ではその辺、もうちょっと考えて、もうちょっと勇気を出して、向き合うのもいいかもしれない。
「……お金、欲しいなぁ」
「金! いいよな! 何でも手に入るぞ!」
「彼女、欲しいなぁ」
「いいな! オレも1年目で去勢されたから、来世じゃ嫁子欲しいぜ!」
「ちやほやされたいよなぁ」
「いいな! 目指すか、テッペン!」
「いいなぁ……!」
「いいぜぇ……!」
二人して、盛り上がる。
「術の準備が完了した」
その瞬間。
俺たちの足元に巨大な肉球めいた魔法陣が展開した。
「そなたらの先行きに大いなる幸のあらんことを。我のめいいっぱいの念を込めておいたぞ」
「ありがとう、ご先祖様!」
「ありがとうございます、猫神様!」
素敵な神様からのエールも貰って準備万端。
「行こうか、とら丸」
「おうよ、相棒!」
俺たちは、神様から教えてもらった術の起動ワードを口にする。
「「猫は液体!!」」
その瞬間。
俺たちの体がずるんとスライムみたいになって、陣へと吸い込まれていく。
「「うおおおおおおお!!」」
叫び声二つ。
すべてが真っ白に染まって……少しして。
「ここが、俺たちが生きる新しい世界!」
降り立ったのが見晴らしのいい山の頂。
晴れ渡る大空を大鷲が飛び、周囲に見知らぬ木々が生い茂る……間違いなく異世界!
風が吹く。
知らない匂いがたくさんある。
遠くに見えるあれは町だろうか。
営みの煙が見えた。
「こいつはすげぇな、相棒!」
「ああ。この世界で俺たちは……新しい日々を過ごすんだ!」
こうして。
俺ととら丸は、異世界で第二の人生を歩むことになったのだった。
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