一人と一匹、第二の人生。   作:夏目八尋

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第03話 一人と一匹、逃走する。

 

 春先のクマはヤバい。

 今この世界が春かどうかはわからないが。

 

「ヴォオオオオオオオーーーーーーー!!!」

「ぎゃああああーーーーー!!」

 

 あのクマさんがヤバいことだけはわかる!

 

 

「走れぇぇぇぇ相棒ぉぉぉーーーー!!」

「うわぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 死に物狂いでダッシュする。

 とら丸は転生特典の俊敏な動きでサクサクと前を進んでいくが、俺はそうもいかない。

 

(体が柔らかくなってる分速くなってる気はするが、あくまで人間の範疇!)

 

 人間は、時速50キロメートルを出せる様にはできてない。

 

 

「ヴォオオオオオオーーーーーーーー!!!」

「助けてくれぇぇぇーーーーー!!!」

 

 怖くて流した涙で、視界がどんどん悪くなっていく。

 先を行くとら丸の姿がぼやけて、だんだんと道なのか木なのかもわからなくなっていく。

 

「相棒、危ないっ!」

「へぁ? へぶっ!!!」

 

 ボグシャッ!

 

 気づけば俺はまた木の枝か何かにぶつかり。

 勢いよく地面にスッ転ばされた。

 

 

「相棒ぉぉーーーー!!」

「ヴォオオオオオオオ!!」

 

 遠くから聞こえるとら丸の声が、クマの叫び声に塗り潰される。

 

(あ、終わった)

 

 その瞬間。

 異世界死亡RTA新記録達成のトロフィーを、俺はゲットするのだと確信した。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

(死因。山の中でいたずらに騒いだ結果の因果応報)

 

 あまりの恐怖に無駄に冷静な思考を巡らせながら目を閉じる。

 

 せめて痛くないようにして欲しい。

 そう思っていたのだけれど……。

 

 

(あれ? 痛く……ない?)

 

 来るはずの痛みも、衝撃ひとつもやってこない。

 

「……?」

 

 チラッ。

 片目だけ、開けてみる。

 

 すると。

 

「オアアアアアアアアアッッッ!!!」

「ヴォオオオオオオオ!!!」

 

 とら丸が、クマと戦っていた。

 放たれた咆哮が、ほんのわずか、クマを足止めしていた。

 

 

「どぅりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 ザンッ!

 

 とら丸が爪を振るえば、それが人間が剣を振るったかのような斬撃を生み、クマを切りつける。

 

「ヴォオオオオッ!!」

 

 痛みに怯んでクマが数歩のけ反れば、とら丸がこちらを見てすぐ。

 

「相棒! 諦めるな! 走れ!!」

「!!」

 

 俺を奮い立たせてくれた。

 

 

「ああああああっ!!」

 

 痛みをこらえて起き上がり、吐きそうになりながらも無理矢理に足を動かす。

 とら丸はすぐに寄り添ってくれた。

 

「大丈夫か、相棒!」

「ありがげほっ、とらま……がふっ」

「バッカ落ち着け! 相棒さっきノーガードで木と衝突したんだぞ!」

 

 道理で胸が苦しいわけだ。

 鼻から息を吸って、無理矢理に呼吸する。

 

「いけるか相棒? 走れ!」

 

 とら丸が応援してくれるから、まだまだ走れそうだった。

 

 

「ヴォオオオオッ!!」

「くっそ、オレの爪じゃまともな足止めにもならねぇか!」

 

 背後から聞こえる咆哮と迫り来る大きな気配。

 忌々しげに言うとら丸に、けれども俺は素直な気持ちを告げた。

 

「さっきクマを怯ませたの、凄くカッコよかったよ」

「にょっ……にゃ……バカ言え!」

「ふふ……」

 

 照れた反応。

 それがこんな非常時なのにすごく嬉しくて、思わず俺も笑顔になった。

 

 

「……生きよう。とら丸!」

「ああ! オレたち、こんなところで終われねぇぜ!」

 

 とら丸がいる。

 だったら俺も、諦めない!

 

 

(何か、何か策はないか!?)

 

 無い知恵を絞って必死に考える。

 正直言って、手詰まりもいい所だ。

 

 手負いの人間が、あんなにやる気満々なクマさんから逃げられるとは思えない。

 

(何でもいい! 俺たちが生き残るための一手が欲しい!)

 

 考えて、考えて。

 

「ヴォオオオオオオ!!」

「うわぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 すぐそこにまで、追いつかれ。

 

「あ、あ、ああああーーー!!」

 

 頭がパニックになった。

 

 

「とら丸! さっきの! さっきのやつ頼む!」

「え? なんだ相棒!?」

「咆えるやつ! もっかい!!」

 

 いっぱいいっぱいになりながら、ただがむしゃらに思いついたことを口にする。

 ほんの一瞬でも長く、考える時間が欲しくて。

 

 

「お願い! いいから! 咆えて!」

 

 言葉が荒くなるのも構わず、ただただ必死に訴えた。

 

「とにかく咆えろぉ! とら丸ぅぅ!!」

 

 その時だった。

 

 

「お゛お゛っ!!!」

 

 先を行ってたとら丸が、急にその場でぐるんっとジャンプし振り返り。

 

「んん゛っ!」

 

 ブルルッと全身を震わせ、カパッとその口をクマに向けて開けたと思えば、その直後。

 

「ん゛に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「どわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 聞いたことのない大声で咆哮した。

 

 

「ボヴオオオオオオオオッ!?!?!?」

 

 さらに聞いたことがない声が聞こえて振り返る。

 

「ヴォァッ! ウヴォッ! オゴッ!!」

 

 見れば、ほぼ真後ろにまで迫っていたクマさんが、とら丸の咆哮に全身を震わせ足を止めていた。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

「ヴォッ! ヴァッ! ガァッ!」

 

 森全体を揺さぶりでもしたかのような、とら丸による強烈な咆哮。

 その直撃を受けたクマさんが、その場に転がりのたうち回る。

 

「これは、一体……!?」

 

 思わずこっちも足を止め、クマを見つめていたら。

 

「相棒!」

 

 焦った声のとら丸に呼ばれて、再び前を見る。

 茶虎猫の赤茶い瞳が、驚いた様子でこっちを見ていた。

 

 

「相棒、オレに何をした?!」

「えっ?」

「なんか、勝手に動いて勝手にすげぇ鳴き声が出たんだが!? 相棒が何かしたんじゃないのか!?」

「俺が……!?」

 

 さっきの咆哮はとら丸が応えてくれたわけじゃない?

 俺が何かしたって、俺はただ……。

 

 

「……あっ!」

「どうした、相棒!?」

「見つけたかもしれない」

「見つけたって何を?」

「俺たちが生き延びるための、起死回生の切り札……!」

 

 賭けるしかない。

 直感的にそう理解する。

 

 けれど。

 

「おい、相棒! 顔色が悪いぞ!?」

「うぅ……!」

 

 もしも、俺の予想が当たっていたら。

 

 

「……ごめん、とら丸。俺、その切り札、使えないかもしれないぃ」

「ええええーーーーー!?!?!?」

 

 俺たちは、詰んでいるかも知れなかった。




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