春先のクマはヤバい。
今この世界が春かどうかはわからないが。
「ヴォオオオオオオオーーーーーーー!!!」
「ぎゃああああーーーーー!!」
あのクマさんがヤバいことだけはわかる!
「走れぇぇぇぇ相棒ぉぉぉーーーー!!」
「うわぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
死に物狂いでダッシュする。
とら丸は転生特典の俊敏な動きでサクサクと前を進んでいくが、俺はそうもいかない。
(体が柔らかくなってる分速くなってる気はするが、あくまで人間の範疇!)
人間は、時速50キロメートルを出せる様にはできてない。
「ヴォオオオオオオーーーーーーーー!!!」
「助けてくれぇぇぇーーーーー!!!」
怖くて流した涙で、視界がどんどん悪くなっていく。
先を行くとら丸の姿がぼやけて、だんだんと道なのか木なのかもわからなくなっていく。
「相棒、危ないっ!」
「へぁ? へぶっ!!!」
ボグシャッ!
気づけば俺はまた木の枝か何かにぶつかり。
勢いよく地面にスッ転ばされた。
「相棒ぉぉーーーー!!」
「ヴォオオオオオオオ!!」
遠くから聞こえるとら丸の声が、クマの叫び声に塗り潰される。
(あ、終わった)
その瞬間。
異世界死亡RTA新記録達成のトロフィーを、俺はゲットするのだと確信した。
※ ※ ※
(死因。山の中でいたずらに騒いだ結果の因果応報)
あまりの恐怖に無駄に冷静な思考を巡らせながら目を閉じる。
せめて痛くないようにして欲しい。
そう思っていたのだけれど……。
(あれ? 痛く……ない?)
来るはずの痛みも、衝撃ひとつもやってこない。
「……?」
チラッ。
片目だけ、開けてみる。
すると。
「オアアアアアアアアアッッッ!!!」
「ヴォオオオオオオオ!!!」
とら丸が、クマと戦っていた。
放たれた咆哮が、ほんのわずか、クマを足止めしていた。
「どぅりゃぁぁぁぁぁ!!」
ザンッ!
とら丸が爪を振るえば、それが人間が剣を振るったかのような斬撃を生み、クマを切りつける。
「ヴォオオオオッ!!」
痛みに怯んでクマが数歩のけ反れば、とら丸がこちらを見てすぐ。
「相棒! 諦めるな! 走れ!!」
「!!」
俺を奮い立たせてくれた。
「ああああああっ!!」
痛みをこらえて起き上がり、吐きそうになりながらも無理矢理に足を動かす。
とら丸はすぐに寄り添ってくれた。
「大丈夫か、相棒!」
「ありがげほっ、とらま……がふっ」
「バッカ落ち着け! 相棒さっきノーガードで木と衝突したんだぞ!」
道理で胸が苦しいわけだ。
鼻から息を吸って、無理矢理に呼吸する。
「いけるか相棒? 走れ!」
とら丸が応援してくれるから、まだまだ走れそうだった。
「ヴォオオオオッ!!」
「くっそ、オレの爪じゃまともな足止めにもならねぇか!」
背後から聞こえる咆哮と迫り来る大きな気配。
忌々しげに言うとら丸に、けれども俺は素直な気持ちを告げた。
「さっきクマを怯ませたの、凄くカッコよかったよ」
「にょっ……にゃ……バカ言え!」
「ふふ……」
照れた反応。
それがこんな非常時なのにすごく嬉しくて、思わず俺も笑顔になった。
「……生きよう。とら丸!」
「ああ! オレたち、こんなところで終われねぇぜ!」
とら丸がいる。
だったら俺も、諦めない!
(何か、何か策はないか!?)
無い知恵を絞って必死に考える。
正直言って、手詰まりもいい所だ。
手負いの人間が、あんなにやる気満々なクマさんから逃げられるとは思えない。
(何でもいい! 俺たちが生き残るための一手が欲しい!)
考えて、考えて。
「ヴォオオオオオオ!!」
「うわぁぁぁぁーーーーーー!!」
すぐそこにまで、追いつかれ。
「あ、あ、ああああーーー!!」
頭がパニックになった。
「とら丸! さっきの! さっきのやつ頼む!」
「え? なんだ相棒!?」
「咆えるやつ! もっかい!!」
いっぱいいっぱいになりながら、ただがむしゃらに思いついたことを口にする。
ほんの一瞬でも長く、考える時間が欲しくて。
「お願い! いいから! 咆えて!」
言葉が荒くなるのも構わず、ただただ必死に訴えた。
「とにかく咆えろぉ! とら丸ぅぅ!!」
その時だった。
「お゛お゛っ!!!」
先を行ってたとら丸が、急にその場でぐるんっとジャンプし振り返り。
「んん゛っ!」
ブルルッと全身を震わせ、カパッとその口をクマに向けて開けたと思えば、その直後。
「ん゛に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「どわぁぁぁぁぁぁ!?」
聞いたことのない大声で咆哮した。
「ボヴオオオオオオオオッ!?!?!?」
さらに聞いたことがない声が聞こえて振り返る。
「ヴォァッ! ウヴォッ! オゴッ!!」
見れば、ほぼ真後ろにまで迫っていたクマさんが、とら丸の咆哮に全身を震わせ足を止めていた。
※ ※ ※
「ヴォッ! ヴァッ! ガァッ!」
森全体を揺さぶりでもしたかのような、とら丸による強烈な咆哮。
その直撃を受けたクマさんが、その場に転がりのたうち回る。
「これは、一体……!?」
思わずこっちも足を止め、クマを見つめていたら。
「相棒!」
焦った声のとら丸に呼ばれて、再び前を見る。
茶虎猫の赤茶い瞳が、驚いた様子でこっちを見ていた。
「相棒、オレに何をした?!」
「えっ?」
「なんか、勝手に動いて勝手にすげぇ鳴き声が出たんだが!? 相棒が何かしたんじゃないのか!?」
「俺が……!?」
さっきの咆哮はとら丸が応えてくれたわけじゃない?
俺が何かしたって、俺はただ……。
「……あっ!」
「どうした、相棒!?」
「見つけたかもしれない」
「見つけたって何を?」
「俺たちが生き延びるための、起死回生の切り札……!」
賭けるしかない。
直感的にそう理解する。
けれど。
「おい、相棒! 顔色が悪いぞ!?」
「うぅ……!」
もしも、俺の予想が当たっていたら。
「……ごめん、とら丸。俺、その切り札、使えないかもしれないぃ」
「ええええーーーーー!?!?!?」
俺たちは、詰んでいるかも知れなかった。
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