独自解釈・設定を含みます。
プロローグは長めですが、次話からオリジナル主人公視点の物語が始まります。
(明智あんな視点)
「ねえねえ、みくる!!今日のおやつ、クレープにしない? 私、新作のストロベリーチョコがすっごく気になってるんだよね!!」
私立まことみらい学園の2年生の教室。
放課後の夕日が差し込むなか、私——明智あんなは、友人の小林みくるに話しかける。
「いいわね、私も甘いものを食べて、頭をすっきりさせたいと思ってたところだし」
「よしっ、みくる行こっ!!」
カバンを手に立ち上がろうとしたそのとき、教室のドアが勢いよく開いた。
「小林さん!!明智さん!!」
入ってきたのは、クラスメイトの女の子だった。
肩を上下させ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どうしたの?何かあったの?」
私が駆け寄ると、彼女は震える声で絞り出した。
「妹が昨日の夕方から家に帰ってこないの。警察にも連絡したんだけど、手がかりがなくて!!ふたりが『キュアット探偵事務所』で色んな事件を解決してるって聞いて……お願い、妹を探して!!」
私とみくるは顔を見合わせた。
最近、このまことみらい市で原因不明の失踪事件が多発している。
ニュースでも騒がれていたけれど、まさか身近な人の家族まで巻き込まれるなんて。
「困ってるなら助けるよ、放っとけないし!!」
私の言葉に、みくるも力強く頷いた。
「焦らないで。順番に考えれば大丈夫だから。まずは妹さんの昨日の行動を詳しく教えてもらえるかな?」
依頼人の話をもとに、私たちは街に出て聞き込みを開始した。
失踪事件の現場付近や、妹さんがよく遊んでいた公園を探してまわる。
「うーん……なかなか手がかりがつかめないね」
手がかりのないまま夕刻が迫り、私がため息をつきかけたその時だった。
近くの公園で遊んでいた男の子たちの会話が耳に入った。
「昨日さ、裏山の森の近くで黒いマントを着たヘンな人たちが、ゾロゾロ歩いてるのを見たんだよ」
「えー、嘘だろ?お化けじゃないの?」
「本当だって!!森の中に入っていったんだから!!」
みくるが立ち止まり、顎に手を当てて思考を巡らせる。
「黒いマントの集団……最近の失踪事件とは無関係とは考えにくいよね」
「こういう時は直感で行くのが一番だと思うんだ、きっとその森に何かあるよ!」
「そうだね。行ってみよう、あんな」
私たちは頷き合い、街の外れにある鬱蒼とした森へと向かった。
森の入口に到着した頃には、あたりはすっかり茜色から群青色へと変わりつつあった。
立ち込める木々の影が、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
私たちが足を踏み入れようとした、その時。
「待ちなさい、ここから先は立ち入り禁止だ!!」
鋭い声とともに、一人の警察官が木陰から姿を現した。
制服を着た中年ほどの男で、警察手帳を軽く提示しながら私たちを遮る。
「最近、街で失踪事件が頻発しているのは知っているだろう?危険だから子供は早く家に帰りなさい」
「でも、私たちはいなくなった女の子を探してて……」
私が言いかけると、男は「捜査は警察に任せなさい」と冷たく言い放った。
理屈としては正しい。
みくるも一瞬、引き下がろうと思案する素振りを見せた。
だけど……私の胸の中に、強烈なざわめきが広がった。
(なんだか違和感を感じる)
私は男の雰囲気をじっと観察する。
着ている制服は確かに警察のもの。
だけど、何かがおかしい。
根本的な部分が決定的にズレている。
この男の声からも、その瞳の奥からも、温かみといったものが一切伝わってこない。
それに……。
私は男の目を真っ直ぐに見つめた。
「おじさん、警察官じゃないでしょ?」
みくるが「えっ!?」と目を見開く。
男の眉がピクリと跳ねた。
「な、何を言っているんだ君は。私は正真正銘の……」
「だって、警察官の人なら探してる女の子の特徴くらい『どんな子だ?』って聞いてくれるはずだよ、おじさんは最初から、私たちを追い払うことしか考えてないよね?」
「そ、それは……」
「それに警察手帳を見せたのも一瞬だったし、見張りの警察車両もないし立ち入り禁止のテープもない、そもそも警察官が一人でこんなところにいるのは不自然だよ」
私は違和感を言葉にして、目の前の男に伝える。
すると、みくるも私に続いて……。
「よく見たら階級章の位置が左右逆ですよ。そんなの、警察官なら絶対にありえません」
「……」
私たちに違和感を指摘され、男は一瞬沈黙した。
そして……その顔から、警察官らしい表情がスーッと消え失せた。
「くくく……感のいいガキは嫌いだよ」
男の不気味な笑い声が森に響く。
次の瞬間、男は制服の内ポケットから何かを取り出し、私たちに向けた。
黒く光る金属の塊……拳銃だった。
「なっ!?」
みくるが息をのむ。男の銃口が、真っ直ぐに私たちに向けられる。
「子供が余計な首を突っ込むからそうなる。ここで大人しく消えてもらうぞ」
引き金に指がかけられる。
絶体絶命の緊張感が駆け抜けた瞬間……銀色の髪をした少年が私たちの前に現れた。
「危ない!!」
気がついたときには偽警察官の男が宙を舞い、鈍い音とともに地面に叩きつけられていた。
「えっ……ええっ!?」
何が起きたのか理解できなくて、私は固まってしまう。
隣のみくるも目を見開いて、目の前の光景を呆然と見つめていた。
偽警察官は完全に気を失っていて、ぐったりと動かない。
それをやったのは私たちの前に背を向けて立つ一人の少年だった。
「えーと……大丈夫?」
振り返った少年はまるでさっきまで散歩でもしていたかのような穏やかな口調で話しかけてきた。
歳は私たちと同じくらいに見える。
銀色の髪が風に揺れて、夕暮れの薄明かりの中で不思議な輝きを放っていた。
でも……服を着てない。
一糸まとわぬ姿のまま、平然と立っている。
「大丈夫!!大丈夫だから何か服を着てぇ!!」
私は両手で顔を覆いながら叫んだ。
指の隙間からチラリと見えたみくるは耳まで真っ赤にして、あわあわと口をパクパクさせている。
少年はきょとんとした顔であたりを見回すと、足元に倒れている偽警察官に目を留めた。
「これを使えばいいか」
そう呟くと、男の制服を手際よく脱がせて自分で着始める。
上着は肩幅が全然合ってなくてブカブカだしズボンの裾は床に擦りそうなくらい余ってる。
まるで子供が大人の服を着せられたみたいで、逆にそれがおかしくて私の緊張が少しだけほぐれた。
「とりあえず、これでいいか?」
サイズが全然合ってない服を着た少年が、まるで採点を待つ生徒みたいな顔でこっちを見る。
「う、うん……他に着るものもないし、仕方ないよ」
私が苦笑いでそう答えると、みくるも小さくこくこくと頷いた。
「それにしても、さっきは助けてくれてありがとう。偽物の警察官を一発で気絶させるなんてすごいね」
「君のおかげで助かったよ。私は小林みくる。こっちは明智あんな」
みくるの紹介に合わせて、私は「よろしくね」と手を振る。
少年は少し考え込むようにうつむいてから、申し訳なさそうに顔を上げた。
「すまない……自分でも何もわからないんだ。名前も、どこから来たのかも何もかも」
「記憶がないの?」
私の声が自然と小さくなる。
少年は静かに頷いた。
その表情には悲しみよりも、ただ純粋な困惑だけが浮かんでいた。
「気がついたら森の中に倒れていて、それで誰かの声が聞こえたから走ってきた。それだけなんだ」
私の胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚に包まれた。
名前も思い出も、帰る場所すらも失ってしまうなんてどれだけ心細いだろう。
未来から来た私ですら、帰りたいと思う場所があるのに。
それすらも奪われているこの子のことを思うと自然と言葉がこぼれていた。
「ねえ、よかったら私たちと一緒に来ない? ひとりじゃ心細いでしょ。それにこんな時間に森の中で放っておけるわけないし」
少年は少し驚いたように目を丸くしたあと、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう。君たちは優しいんだな」
みくるもにっこり笑って「困った時はお互いさまよ」と言ってくれる。
「そういえば、二人はこんな場所で何をしているんだ?」
少年の問いかけに私はハッと我に返った。
そうだ、私たちには探さなきゃいけない子がいるんだった。
「クラスメイトの妹さんが昨日から行方不明でね。手がかりを探してこの森まで来たんだよ」
「それで怪しい偽警察官に出くわしたってわけ。君と出会えたのは本当に幸運だったよ」
みくるの説明に、少年は「なるほど」と頷くと、何かを思い出すように眉をひそめた。
「そういえば、ここに来る途中で大きな建物を見かけた。ここから歩いて十分くらいの場所だったと思う。もしかしたら関係があるかもしれない」
「本当!?案内してくれる?」
私が勢いよく身を乗り出すと、少年は穏やかな笑みを浮かべて「もちろんだ」と答えた。
森の中を歩くこと十分ほど。
木々の隙間から、ぼんやりとした灯りが漏れているのが見えてきた。
私たちは身を低くして慎重に近づく。
「あれって……倉庫かな?」
古びたコンクリートの建物が森の開けた場所にぽつんと建っていた。
窓という窓には板が打ち付けられ、まるで何かを隠すような異様な雰囲気を醸し出している。
そして建物の周囲には、黒いマントを身にまとった人影が何人も歩き回っていた。
「生贄が揃ったぞ」
「今夜こそ、神を復活させる」
「我らが長きにわたって待ち望んだ瞬間がついに訪れるのだ」
ぶつぶつと呟かれる不気味な言葉が、夜風に乗って私たちの耳に届く。
背筋がぞくりと冷たくなった。
「生贄って……まさか、失踪した人たちのこと?」
「カルト教団の可能性が高いわね。神の復活なんて、典型的な狂信者の発想だよ」
みくるは声を潛めながら、冷静に状況を分析している。
「……泣き声だ」
少年がぽつりと言った。
私とみくるは耳を澄ませる。
たしかにかすかだけど、建物の中から子供の泣き声が聞こえてくる。
か細くて、今にも消えてしまいそうな声だ。
「俺は……俺はあの中にいる子を助けたい」
少年の声は静かだったけど、その言葉には揺るぎない決意が宿っていた。
記憶を失っていても困っている人を放っておけない優しさが彼の根っこにあるんだと、私は直感で理解した。
「でも相手は十人以上いる大人だよ。正面からじゃ勝ち目がない」
みくるが唇を噛みしめながら言う。
プリキュアに変身すれば、きっと戦える。
でも、少年の前で変身していいものか。
プリキュアのことは秘密にしなきゃいけないのに……。
「おい、そこで何をしている!!」
迷っている間に、私たちは見つかってしまった。
黒マントの一人がこちらを指差し、仲間たちが一斉に振り返る。
その手にはそれぞれ武器が握られていた。
「させない!!」
銀髪の少年が私たちを守るように一歩前に出た。
ぶかぶかの偽警官の服を着た背中がやけに大きく見える。
相手は十人以上の武装した大人たちで少年は記憶も失っているのに、それでも彼は一瞬たりとも迷わなかった。
その姿に私の心が熱くなった。
「みくる、もう迷ってる場合じゃないよ。私たちが守らなきゃ!!」
「そうだね。彼の前で変身するのは気が引けるけど、今は緊急事態だし、やるしかない」
みくるも覚悟を決めた顔でうなずき、ジュエルキュアウォッチを取り出した。
私も同じようにジュエルキュアウォッチを取り出す。
光が弾けて私たちの体を包み込む。
制服が瞬く間にプリキュアの衣装へと変わり、全身に力が満ちていくのを感じた。
「どんな謎でもはなまる解決、名探偵キュアアンサー!!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ、名探偵キュアミスティック!!」
変身が完了すると同時に私は少年の肩に手を置いた。
「後は私たちに任せて、絶対に守ってみせるからね」
少年は驚いたように目を見開いていたけれど、すぐに深くうなずいた。
その表情には戸惑いよりも不思議な納得感が浮かんでいた。
「な、なんだあいつら変身したぞ!!」
「構わん、まとめて始末しろ!!」
黒マントたちが武器を手に襲いかかってくる。
だけど変身した私たちの前では敵ではない。
「せいっ!!」
一人目の攻撃を軽やかにかわして、カウンターの蹴りを決める。
隣ではみくるが……キュアミスティックが冷静な動きで二人を同時に地面に転がしていた。
あっという間に半分以上の黒マントたちが地面に倒れ伏し呻き声をあげている。
「くそっ!!ガキが調子に乗りやがって……こうなれば!!」
一人の黒マントが懐から奇妙な形の笛を取り出し口に当てた。
甲高い音が森じゅうに響き渡り空気がビリビリと震える。
次の瞬間、夜空を切り裂くように巨大な影が降り立った。
「なに……あれ!?」
体長は三メートルはあるだろうか。
犬のような頭部に昆虫を思わせる節足が生え、背中からは羽音を立てる透明な翅が広がっている。
今まで戦ってきた怪盗団ファントムのハンニンダーとはまったく違う不気味な存在だった。
人間の理屈では説明できない、おぞましい異形がそこにいた。
「生贄の邪魔をする者どもよ、我が僕に喰われてしまえ!!」
怪物が口を大きく開けると、どろりとした紫色の液体が吐き出された。
「ミスティックリフレクション!!」
キュアミスティックが叫びと同時に光のバリアが展開され、液体は空中で弾けて地面を焼きながら四散する。
じゅうじゅうと煙を上げる地面を見て背筋が凍った。
これが直撃していたらと考えるだけで恐ろしい。
「アンサー、今だよ!!」
「わかってる!!」
バリアが消えるのと同時に私は地を蹴って跳躍した。
怪物の注意がみくるに向いている一瞬の隙を突き、拳に光を集める。
倉庫の中には誘拐された人たちがいる。
そして私たちの後ろには記憶を失ってもなお、私たちを守ろうとしてくれた銀髪の少年がいる。
絶対に負けられない。
「アンサーアタック!!」
光をまとった拳が怪物の胴体を深々と貫く。
耳をつんざくような断末魔の叫びが上がり、怪物の体は内側からひび割れていく。
そして爆発的な光とともに黒い霧となって消滅した。
光が消えた瞬間、広場に静寂が戻った。
怪物が倒されたことで、打ちひしがれた黒マントたちが呆然と空を見上げている。
完全に戦意を喪失しているようだ。
「ふう……なんとかなったね」
「ええ、あの怪物が出てきたときは驚いたけど」
少年が私たちの元へ駆け寄ってくる。
「二人ともすごいな!!」
戦いを終えた私たちに、銀髪の少年が静かな感動を込めた声をかけてきた。
目には純粋な驚きと尊敬の光が宿っている。
「えへへ、ありがとう。でもね、このことは秘密にしてほしいんだ」
「プリキュアだってことは内緒なの、誰にも言わないでね」
私とみくるが真剣な表情でそう伝えると少年は少しだけ考えるような素振りを見せてから、こくりと頷いた。
「わかった……二人がそう言うなら、誰にも話さないと約束する。それよりも早く中にいる人たちを助けよう」
数人の黒マントが逃げたようだったけれど、残りのメンバーはみんな地面に倒れて動けない状態だった。
安全だと判断した私たちは変身を解除し、急いで倉庫の重い扉を開ける。
中は薄暗くカビ臭い空気が漂っていたけれど、確かにそこには十数人の人々が怯えた様子で固まっていた。
そしてその中心には私たちが探していたクラスメイトの妹さんの姿もあったのだ。
「よかった、無事だったんだね」
「もう大丈夫だよ。すぐに家に帰れるからね」
私が小さな女の子を抱きしめると、彼女はわんわんと声をあげて泣き出した。
その温もりを感じながら、間に合って本当によかったと心の底から思う。
みくるが携帯電話で警察に通報し、三十分ほどでパトカーのサイレンが森じゅうに響き渡った。
黒マントの男たちは次々と逮捕されていく。
中には「あの女の子が突然変身して!!」と叫んでいる者もいたけれど、カルト教団の妄言として警察はまともに取り合っていないようだった。
「明智あんなさんと小林みくるさんですね。少しお話を伺えますか?」
警察官の一人が穏やかな口調で事情聴取を始めた。
私とみくるが「キュアット探偵事務所」で活動していることを伝えると、警官たちの態度が明らかに変わった。
これまでの実績からそれなりに名前が知られていたのか、詳しい詮索もされず、比較的あっさりと解放してもらえたのはありがたいことだった。
「あの、さっき銀髪の男の子も一緒にいたと思うんですけど彼は今どこに?」
私の質問に警察官は困ったような顔をして頭をかいた。
「ああ、あの少年ね。正直うちとしても扱いに困ってるんだよ。誘拐された被害者の名簿には載っていないし、彼自身が何も覚えていないと言うから身元の確認ができないんだ」
てっきり彼は今回の事件の被害者で偶然記憶を失っているのかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「このままだと一時保護施設に送られることになるだろうな」
警察官の言葉に私の胸がぎゅっと痛んだ。
それはつまり、名前も過去もわからないまま一人で知らない場所に放り込まれるってことだ。
さっきまで一緒にいて、あんなに優しい笑顔を見せてくれたのにそんなの悲しすぎる。
「だったら……私が彼を引き取りたいです!!」
隣でみくるが目を丸くして私を見つめている。
自分でも驚くほど自然に言葉が出ていた。
みくるは少しの間何かを考え込むようにうつむいていたけれど、やがて真剣な眼差しで私を見つめた。
「あんな、彼を引き取るのは簡単なことじゃないよ。責任が持てる? 彼の生活もこれからのことも、全部あんなが背負うことになるんだよ」
みくるの言葉は冷たいわけじゃない。
むしろ私のことを心配してくれているからこそ、あえて厳しい現実を突きつけてくれたんだと思う。
でも私の答えは最初から決まっていた。
「うん、わかってる……でもね、私にできることなら、なんでもしたいんだ。あの子は記憶をなくして一人ぼっちで、それでも私たちを助けてくれた。放っておけるわけないよ」
私は未来から来た。
気がついたら知らない時代の知らない街に一人放り出されて、どれだけ心細かったか今でもはっきり覚えている。
そんな私をみくるとジェット先輩が受け入れてくれて、居場所をくれたから、今の私がいる。
だから今度は私が誰かに居場所をあげる番なんだ。
みくるは私の目をじっと見つめていたけれど、ふっと表情を和らげて微笑んだ。
「じゃあ、私もあんなと一緒に責任をとるよ。一人より二人の方が心強いでしょ。それに彼は私たちを守ろうとしてくれたんだから、今度は私たちが彼を守ってあげる番だと思うの」
「みくる、ありがとう!!」
嬉しさが爆発したみたいに私はみくるに抱きついた。
みくるはちょっと照れくさそうにしながらも優しく受け止めてくれる。
本当に、私にはもったいないくらいの最高のパートナーだ。
その後、みくるがジェット先輩に連絡すると、色々言われたが最後には了承してもらうことができた。
警察の人にその旨を伝えると、担当の警官は穏やかな笑顔で頷いてくれた。
「キュアット探偵事務所の方なら問題ないでしょう。地域でも信頼されていますからね。ただ、念のためご本人の意思を確認してください。最終的に決めるのは彼自身ですから」
私たちは警察に案内されて、パトカーの後部座席に座っている銀髪の少年のもとへと向かった。
彼は窓の外をぼんやりと眺めていたけれど私たちの足音に気づくと静かに顔を向けて微笑んだ。
「さっきは本当にありがとう。二人のおかげでみんな助かったよ」
「ううん、お礼を言いたいのはこっちの方だよ。それでね、私たちから提案があるんだけど……」
私は一度深呼吸をしてから真っ直ぐに少年の目を見つめた。
夜空に浮かぶ星みたいな綺麗な瞳が、不思議そうに私を見返している。
「記憶が戻るまででいいから、私たちと一緒に暮らさない?キュアット探偵事務所っていうところで私たちと生活するの。一人で施設に行くより、ずっといいと思うんだ」
私はゆっくりと手を差し伸べた。
少年は驚いたように目を見開き、それから少しだけ視線を落として考え込む。
ほんの数秒の沈黙がやけに長く感じられた。
そして彼はもう一度私を見上げると、その瞳に宿っていた戸惑いがふわりと溶けていった。
「いいのか?俺は何者かもわからないし、迷惑をかけるかもしれない」
「そんなの気にしなくていいんだよ。私たちが一緒にいたいって思ったから誘ってるんだよ」
少年は私の言葉をかみしめるように、何度かまばたきをした。
そしてそっと、恐る恐るといった仕草で私の手に自分の手を重ねてきた。
その手は少し冷たくて震えていたけれど、確かに私の手を握り返してくれている。
「ありがとう。二人の優しさに、どう言葉にすればいいかわからないけど……よろしくお願いします」
少年の声はかすかに震えていて、でもそこには確かな温もりが込められていた。
こうして私たちの探偵事務所に新しい家族が一人増えることになったのだ。
銀髪の少年は私とみくるに連れられて『キュアット探偵事務所』へとやってきた。
玄関を開けると、いつものようにポチタンがぴょんぴょん跳ねながらお出迎えしてくれる。
「ポチッポチッ!!」
ポチタンは新しいお客さんに興味津々といった様子で、少年の足元をくるくると回り始めた。
少年は最初こそ驚いたように目を丸くしていたけれど、すぐにしゃがみ込んでそっと手を差し伸べる。
「君がポチタンか。さっきあんなから聞いたよ。よろしくな」
ポチタンは嬉しそうに「ポチッ!!」と鳴くと、ぴょんと跳ねて少年の腕の中に飛び込んだ。
そのまま胸にすりすりと頬を寄せるものだから少年はくすぐったそうに目を細めて、そっとポチタンの頭を撫で始める。
指先で耳の後ろを優しくかくとポチタンは「ポチッ♪」っと嬉しそうな声をあげて、ますます少年に懐いてしまった。
「すごい、もうすっかり仲良しだね」
「ポチタンがこんなにすぐなつくなんて……よほど気に入ったみたいだね」
私とみくるが顔を見合わせて笑っていると、奥の部屋から足音が聞こえてきた。
「二人とも帰ったか、新しい同居人が増えるって聞いたけど……なるほど、キミがそうか」
現れたのは、自称天才博士のジェット先輩だ。
少年はポチタンを抱っこしたまま立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。
「初めまして。お世話になります」
「おっ、礼儀正しいじゃないか……ところで名前はもう決めたのか?」
「実はまだ決まってなくて……」
みくるがそう答えると、ジェット先輩が私の方を見る。
「そうなのか、じゃあ、あんなが拾ってきたんだし苗字は『明智』でいいんじゃないか?」
「え、私の苗字?」
予想外の提案に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
だけどジェット先輩はいたって真面目な顔で「何か問題でもあるのか?」と首をかしげている。
「だって、私と一緒の苗字ってことはその、家族みたいになっちゃうし……彼が嫌がるかもしれないじゃない?」
私がそう言いかけたその時だった。
少年がポチタンを抱きしめたまま、静かに口を開いた。
「俺は、あんなと同じ苗字がいい」
「えっ?」
「あんなは俺を助けてくれて、こうして居場所まで用意してくれた。だから俺はあんなの苗字をもらいたい」
少年は穏やかな声だったけれど、その瞳には揺るぎない意志の光が宿っていた。
まるで、これだけは絶対に譲れないとでも言うような、不思議な強さを感じる。
「そう言われちゃうと、断れないよ……じゃあ、今日からあなたは明智くんだね」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
その笑顔があまりにも柔らかくて、つられて私も笑顔になる。
隣に立つみくるも「よかったね」と言わんばかりに優しい目をしていた。
「よし、苗字は決まったな、それじゃあ次は下の名前だ」
ジェット先輩にそう言われ、どんな名前がいいか考える。
髪が銀色だからシルバーとか?
いや日本人の名前っぽくないし、それじゃあギンジとか……なんだか彼のイメージとは違う気がする。
「ねえ、『ハル』っていうのはどうかな?」
「ハル?」
「うん。春って書いてハル。今日みたいに寒くて暗い夜でも、必ず春はやってくるでしょ。どんなに辛いことがあってもいつか記憶が戻って、本当の自分に出会える日が来る。そんな希望を込めてハル」
みくるは少し照れくさそうに、でもしっかりとした声で説明してくれた。
彼女のこういうところが、私は本当に大好きだ。
いつも冷静でそれでいて人の心にそっと寄り添える優しさを持っている。
ハルという名前には、みくるのそんな人柄がそのまま表れている気がした。
「いい名前だな。気に入った」
彼はポチタンをそっと床に下ろすと、みくるの方を向いて深々とお辞儀をした。
「みくるが考えてくれた名前なら、俺はそれでいい。ありがとう」
「そ、そんな……大げさだよ。私が勝手に提案しただけで……」
みくるは耳まで真っ赤になって両手をばたばたと振り回している。
その必死な様子が可愛くて、私は彼女の肩をポンと叩いた。
「みくる、私も素敵な名前だと思う!!」
「あんなまで……なんだか恥ずかしくなってきちゃった」
みくるは照れて真っ赤になっていたが、その口元は嬉しそうに緩んでいた。
こうして銀髪の少年の名前は『明智ハル』に決定したのだ。
「それじゃあ、改めてよろしくね、ハルくん!」
「ええ、よろしくお願いします。ハルくん」
私とみくるが声を揃えてそう言うと、ハルくんは少しはにかんだような表情で頷いた。
「ああ、よろしく。あんな、みくる」
その瞬間、ハルくんの銀色の髪が事務所の灯りに照らされてきらきらと輝いたような気がした。
ポチタンが「ポチッ!!」と嬉しそうに鳴いて、ハルくんの足にすり寄っていく。
ジェット先輩も「悪くない名前だ。春は新しい始まりの象徴だしな」と微笑んでいる。
今日からこの事務所に一人仲間が増えて、きっともっと楽しくなるに違いない。
そう確信できる、素敵な夜の始まりだった。