カオスの狂気と銀の意志   作:やみすぴ

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15:呪いのビデオは事件のはじまり

(明智ハル視点)

 

その日は朝から雨だった。

 

窓ガラスを叩く水滴の音が、事務所の中に静かに響いている。

あんなはソファで漫画を読み、みくるは机で推理ノートの整理をしていた。

 

俺はというと、窓際の椅子に腰かけて外の雨を眺めながらぼんやりと考え事をしていた。

考えていたのは、あの黒マントの男の言葉だった。

 

『世界を滅ぼすのは「神子」か「邪神」か「恐怖の大王」か……それともまったく別の「何か」か……期待してるよ名探偵』

 

あの時は魚頭の怪物たちが消え、黒マントの男も煙のように消えた。

警察は何も見つけられなかった。

俺たちも、あれ以上追えなかった。

 

「……ねえ、ハルくん」

 

あんなが漫画を閉じて、こちらを見た。

 

「さっきから難しい顔してるけど、まだあの黒マントの人のこと考えてるの?」

 

「ああ……あの言葉が引っかかってるんだ」

 

俺は正直に答えた。

あんなとみくるには、隠すようなことはしたくなかった。

 

「『神子』に『邪神』、それに『恐怖の大王』……あの男は、何か知っているようだった。俺たちが追っている事件の背後に、もっと大きな何かがあるってことなんだろうな」

 

「みこって、神社の巫女さんじゃなくて、たぶん神の子って書くほうだよね。邪神は悪い神様……恐怖の大王は、ノストラダムスの大予言だっけ?」

 

あんなは首をかしげて、思い出すように言った。

 

「でも、あの男は『それともまったく別の何か』とも口にしていた。つまり、その三つのどれかじゃない可能性もあるってことだよね」

 

みくるがペンを置いて、こちらに顔を向ける。

彼女の推理ノートには、あの日の出来事がびっしりと書き込まれているはずだ。

 

「そうなんだ。あの男は、『どれか』ではなく『どれかわからない』と言っていた。まるで……複数の候補を並べて、俺たちの反応を見ているような口ぶりだった」

 

「なんだか嫌な感じだね。まるで私たちが、あの人の手のひらの上で転がされてるみたい」

 

あんなはむくれてソファにごろりと横になった。

その拍子に、テーブルの上のポチタンが「ポチッ」と小さく鳴いて、あんなの腹の上に飛び乗る。

 

「ポチタンもそう思うでしょ?」

 

ポチタンは、あんなの言葉に合わせて小さく鳴いた。

 

ふいにコンコン、と事務所のドアがノックされた。

控えめなのに、どこか急いているようなノックだった。

 

「はい、ただいま開けます」

 

みくるが立ち上がり、ドアの方へ向かう。

俺も椅子から腰を上げた。

こんな雨の日に、依頼人が来るとは思っていなかったからだ。

 

ドアを開けると、そこに立っていたのは一人の女子高生だった。

 

黒くて長い髪。

真面目そうな銀縁のメガネ。

制服の上からでもわかるほど、胸が目立っていた。

 

背筋はまっすぐで立ち居振る舞いには品があった。

年の頃は、くれあさんと同じくらいだろうか。

 

「突然すみません。こちらが、キュアット探偵事務所で合っていますか?」

 

声は落ち着いていたが、その奥に微かな震えがあった。

泣き腫らしたわけではないが、目元には確かに疲労の色が浮かんでいる。

 

「はい、そうですよ。どうぞ中へ」

 

みくるがそう促すと女子高生は深々と一礼してから、事務所の中へ入ってきた。

 

あんながソファから立ち上がり、急いで座布団を整えた。

俺が彼女をソファへ案内すると、みくるが温かい紅茶を淹れた。

 

「ありがとうございます」

 

女子高生は紅茶を一口すすり、それから、意を決したように顔を上げた。

 

「私は、まことみらい高校に通う東雲さやかと申します。実は……呪いのビデオを見てしまったんです」

 

「呪いのビデオ?」

 

あんなが、オウム返しにそう聞き返した。

その顔には純粋な疑問の色が浮かんでいる。

 

「ええ。友人の家で、偶然見つけてしまって……最初は、ただのホラー映像だと思ったんです。でも、ビデオを見た友人二人が、立て続けに行方不明になって……。警察は、家出だろうって言うだけで……。でも私にはわかるんです。あのビデオが原因だって……お願いです、私を助けてください!!」

 

東雲さんの声は次第に震え始めた。

彼女は両手でカップを握りしめ、まるでそれが唯一の支えであるかのように抱きしめている。

 

「呪いのビデオって、昔そんな映画があったような気がするなあ」

 

あんなが、腕を組んで考え込むように言った。

俺は詳しくないが、そういうホラー映画があるんだろう。

 

「ちょっと、あんな。呪いって言葉を軽々しく使っちゃダメだよ……」

 

みくるが、少し青ざめた顔であんなをたしなめる。

みくるは、こういう類の話がとても苦手だ。

 

推理小説は好きだが、それはあくまで論理で解ける謎だからだ。

幽霊や呪いのような、理屈を超えたものは彼女の最も苦手とするところだった。

 

「でも、困ってる人がいるんだよ。なんとかしてあげたいよね」

 

あんなは、みくるの不安を理解しつつも依頼人の方を真っ直ぐに見つめてそう言った。

 

俺は、東雲さんの話を冷静に整理していた。

 

呪いのビデオを見た友人が二人行方不明。

警察は家出と判断。

次は自分の番だという恐怖。

 

そして、呪いから助けて欲しいという依頼。

 

俺は、静かに口を開いた。

 

「……東雲さん。正直に言います。呪いが本当に存在するのであれば、それは俺たち探偵の専門外です」

 

東雲さんの顔が、一瞬で曇った。

それはそうだろう。

藁にもすがる思いで来たのに、専門外と言われたのだから。

 

「ですが……もし本当に呪いなら、寺に行くか、霊媒師に相談した方がいい。俺たちはあくまで事件を推理し、証拠を集めるのが仕事です。目に見えないものを相手にするのは、専門の人がいるはずです」

 

俺の言葉に、みくるが小さくうなずいた。

彼女は俺の判断が正しいと思ったのだろう。

あんなも、少しだけ口をとがらせたが反論はしなかった。

 

「そうですか……あの……このビデオだけでも、調べてもらえませんか?」

 

東雲さんは、そう言って、カバンから黒いビデオテープを取り出した。

ラベルも何もない、ただの黒いテープ。

それが妙に不気味で、嫌な存在感を放っていた。

 

みくるは、そのビデオを見た瞬間、明らかに顔を引きつらせた。

彼女の手が、無意識に俺の袖を掴む。

 

「私、こういうの……本当に苦手なんだよ……」

 

小さな声で、みくるが呟く。

その声は普段の落ち着いた彼女からは想像できないほど、弱々しかった。

 

「かわいそうだよ。こんなに怯えてるんだから……私は力になってあげたい」

 

あんなは、東雲さんの震える手を見てそう言った。

彼女の優しさが、まっすぐに伝わってくる言葉だった。

 

俺は、少し考えた。

呪いが本当にあるなら、このビデオを見るのは危険だ。

だが呪いが偽物なら、このビデオには何らかの仕掛けがあるはずだ。

 

「……わかった」

 

俺は、静かにそう言った。

 

「じゃあ、俺が見よう」

 

「「えっ」」

 

あんなとみくるが、同時に声を上げた。

 

「呪いがもし本当にあるなら、俺が一人で見た方がいい。二人に危険が及ぶのは避けたいからな。推理はあんなとみくるの方が得意だし、危険があるなら助手の俺が引き受けるべきだ」

 

俺は、できるだけ平静を装ってそう言った。

実際には、呪いなど信じていない。

だが、もし何かあった時に、二人を巻き込むわけにはいかない。

 

「そんなのダメだよ!!」

 

あんなが立ち上がり、思わず声を張り上げた。

 

「ハルくんだけ危険な目に合わせられないよ!!私も一緒に見る!!」

 

「あんな……」

 

みくるが、あんなの名前を呼ぶ。

その声はまだ震えていたが、どこか決意のようなものが混ざり始めていた。

 

「……私も見る」

 

みくるは、小さく、しかしはっきりとそう言った。

彼女の顔はまだ青ざめていたが、その目はまっすぐに俺を見つめていた。

 

「無理しなくていいんだぞ。みくるはホラーが苦手だろ」

 

俺がそう言うと、みくるは首を横に振った。

 

「探偵として、見ないわけにはいかないよ。それに……あんなだけに危険な思いをさせるのも、ハルくんだけに任せるのも嫌なの」

 

彼女の声には確かな芯があった。

怖いのに、それでも前に進もうとする強さがあった。

 

「……わかった。じゃあ、三人で見よう」

 

俺はそう言って、東雲さんからビデオテープを受け取った。

 

「みなさん……ありがとうございます」

 

東雲さんは少しだけ安心したように微笑み、それから深々と頭を下げた。

 

「東雲さんはどうします?」

 

「私はもう一度、あのビデオを見る勇気はありません……外で待っていてもいいですか?」

 

「わかりました、何かわかったらすぐに教えますね」

 

みくるがそう言うと、彼女は事務所の外に出て行った。

 

東雲さんが出ていき、事務所には俺たち三人だけが残った。

テーブルの上には黒いビデオテープがぽつんと置かれている。

その黒さが、妙に不気味だった。

 

「じゃあ……見るか」

 

俺がそう言うと、あんなは力強くうなずき、みくるは小さく息を呑んだ。

 

俺は、事務所の隅にある古いテレビに繋がれたビデオデッキへ、ビデオテープをセットした。

カチッという音が、やけに大きく響く。

 

再生ボタンを押す。

画面が砂嵐になり、ざあざあという音が部屋中に広がった。

 

しばらく、その砂嵐は続いた。

何も映らない。

何も聞こえない。

ただ、砂嵐の音だけが静かに流れ続ける。

 

「……何も映らないね」

 

あんなが、小声でそう言った。

 

ふいに砂嵐の中に、突然、映像が浮かび上がった。

それはどこかの井戸だった。

 

古びた石の井戸。

周囲は薄暗く、木々の影が揺れている。

 

井戸の中から、白い着物を着た女性がゆっくりと現れた。

黒くて長い髪が、顔を覆っている。

その姿はあまりにも不気味で、思わずみくるが小さな悲鳴を上げた。

 

「ひっ……」

 

みくるの手が、俺の腕をぎゅっと掴む。

 

女性は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 

髪で顔は完全に隠れていて、表情はまったく読めない。

ただ、白い着物だけが闇の中でぼんやりと浮かび、その輪郭が時折、ノイズのように揺らめいた。

 

一歩。

また一歩。

足音は聞こえないのに、

 

“近づいてくる気配”だけが、画面越しにこちらへ迫ってくる。

 

砂嵐が混じり、映像が一瞬だけ乱れた。

そのたびに、女性の位置がわずかに“跳ぶ”。

まるで、コマが飛んだように、距離が縮まっていく。

 

あんなもみくるも、息を呑んで画面を見つめている。

誰も喋らない。

喋れない。

 

そして、女性が画面いっぱいに近づいたその瞬間──

 

画面が一度、真っ黒になった。

その一瞬だけ、砂嵐の音すら消えた。

 

暗転が終わると……

テレビ画面に女性の顔が映った。

 

それは──依頼人の東雲さんだった。

 

彼女は、手にスケッチブックを持っていた。

そこには、こう書かれていた。

 

 

『ドッキリ大成功(笑)』

 

 

「……は?」

 

俺は、思わず声を漏らした。

あんなも、みくるも、ポカンとした顔で画面を見つめている。

何が起きたのか、理解が追いつかない。

 

すると、背後から爆笑する声が聞こえてきた。

 

「あはははははははっ!!」

 

振り返ると、そこには、さっき事務所から出て行ったはずの東雲さんが立っていた。

彼女は、腹を抱えて笑っている。

 

その笑い方は、さっきまでの真面目な姿からは想像もできないほど子どもっぽく、そして妙に意地悪だった。

 

「みんな、真剣な顔で見ちゃってマジうけるんだけど♪そっちの真面目そうな子なんて悲鳴まで上げちゃって、おかしっ……あはははははっ!!」

 

東雲さやかを名乗った女子高生は、腹を抱えたまま笑い転げている。

その笑い声が事務所の静けさに妙に響いて、俺はようやく事態を飲み込んだ。

 

胸の奥で、静かに火が灯るような怒りが湧き上がった。

あんなとみくるを怖がらせたこと。

それが一番許しがたかった。

 

「……一体何のつもりだ?」

 

俺は、できるだけ冷静な声でそう問いかけた。

 

女子高生は、笑いすぎて滲んだ涙を指で拭いながら俺たちを見渡した。

その視線は、玩具で遊んだ後の子供のように愉快で、どこか“試すような”色を帯びていた。

 

「そんなに怒らないでよ、ちょっとした挨拶代わりじゃん」

 

「挨拶って……こんないたずらしかけて、どういうつもり!?」

 

みくるが声を荒げた。

珍しいことだ。

彼女がここまで感情を露わにするのは、本当に腹が立っている証拠だった。

 

「私もいたずらにしては酷いと思う!!」

 

あんなも珍しく怒りを滲ませて、女子高生を睨みつけている。

 

二人とも、俺のために怒ってくれているのがわかった。

ホラーが苦手なみくるが震えながらも俺の袖を掴んで離さなかったのは、きっとそういうことだ。

 

女子高生は、そんな二人の剣幕にも動じず、むしろ楽しそうに目を細めた。

その笑いには、悪戯以上の何かが混じっているように見えた。

 

「そんなに怒らないでよ、プリキュアちゃん♪」

 

その言葉に、あんなとみくるの体が同時に強張った。

 

(こいつ、最初から二人の正体を知っていたのか……)

 

俺は、さやかの言葉の端々に妙な違和感を覚えていた。

 

「まさか、おまえ……怪盗団ファントムか?」

 

俺がそう問いかけると女子高生は一瞬だけ目を丸くし、それからますます愉快そうに笑った。

 

「怪盗団ファントムって……世界を嘘で覆うとか言ってる連中でしょ?あいつらみたいな“まとも”な連中と一緒にしないでよ」

 

「えっ、怪盗団ファントムがまともって……」

 

あんなが呆れたように呟く。

確かに、怪盗団ファントムを「まとも」と評する感性は理解できない。

だが、この女がそう言うのなら、ファントムとはまた別の組織に属していることになる。

 

女子高生は、笑みを深めて自分の胸にそっと手を当てた。

その仕草は、まるで演劇の幕が上がるのを告げるかのように、ゆっくりとそして芝居がかっていた。

 

「私は『邪神教団カオス』の神子、トゥルピス。使えない部下があなた達にお世話になったみたいだから、挨拶に来てあげたの♪」

 

「『邪神教団カオス』ってもしかして例のカルト教団のこと?」

 

みくるが、推理ノートを握りしめながら尋ねる。

彼女の頭の中では、これまでの事件の点と点がつながり始めているのだろう。

 

「そうよ、人を、世界を……この世の全てを憎み、滅べばいいと思ってる最低最悪の集団。それが『邪神教団カオス』」

 

「最低最悪って……自分で言うのか」

 

俺が思わずそう言うと、トゥルピスは肩をすくめた。

その仕草には一片の自嘲も、一片の後悔もない。

ただ、事実を淡々と述べるだけの、乾いた響きがあった。

 

「あなた達も彼らの行動の一部を見てきたんじゃない? だったらわかるでしょ……人間を生贄に捧げて自分たちの『神』を復活させようなんて、どう考えても狂ってるじゃない」

 

あんなが、その言葉に反応した。

彼女の目は、まっすぐにトゥルピスを見つめている。

 

「でも……あなたも、その集団の仲間なんだよね?」

 

トゥルピスは、少しだけ間を置いてそれから静かに頷いた。

その動きは、驚くほど自然でまるで自分の在り方を肯定するかのようだった。

 

「そうよ。だから私も狂っている……生まれたときから、どうしようもないほどね」

 

その瞬間、彼女の目から笑みが消えた。

 

冷たい、冷たい瞳だった。

この世のすべてを憎み呪い、拒絶する。

 

思わず息を呑んだ。

 

だが、それはほんの一瞬だった。

すぐに彼女の顔には、さっきまでの楽しげな笑みが戻る。

まるで、感情を切り替えるスイッチでも持っているかのように、あまりにも自然であまりにも不気味だった。

 

「それであなたは、わざわざ私たちに嫌がらせに来たっていうの?」

 

みくるが、落ち着きを取り戻した声で尋ねる。

彼女は、恐怖を押し殺して探偵としての役割を全うしようとしていた。

 

「ええ、私は人を不快にさせるのが……人の苦しむ顔を見るのが大好きなの♪」

 

トゥルピスはそう言って、くすくすと笑った。

その笑い声は、鈴を転がすように澄んでいるのに、その中身はどす黒い悪意に満ちていた。

 

「だけど、それだけじゃないんだろ?」

 

俺の言葉に、トゥルピスは少しだけ眉を上げた。

その反応は、俺の問いが図星だった証拠だ。

 

「ええ……噂のプリキュアちゃんがどんな子か見に来たけど、こんな簡単に騙されるぺったんこ娘だったなんてガッカリだわ」

 

「「ぺったんこ!?」」

 

あんなとみくるが、同時に叫んだ。

二人とも、顔を真っ赤にしてトゥルピスを睨みつけている。

 

「だって、どこからどう見てもぺったんこでしょ」

 

トゥルピスはそう言って、自分の豊満な胸をこれ見よがしに強調した。

その仕草は、明らかに二人を挑発するためのものだ。

女としての自信を、無遠慮に誇示している。

 

胸の奥で、静かに何かが切れた。

 

二人がどんな思いで戦っているか。

二人がどんなに努力しているか。

二人がどんなに優しいのか。

 

それを知らずに、見た目だけでバカにするこの女を俺は許せなかった。

 

「おまえなんかより、二人のほうが体も心もずっと魅力的な女性だ」

 

俺の言葉に、事務所の空気が凍りついた。

 

「えっ!?」

 

みくるが、驚いたように俺を見る。

 

「ハ、ハルくん!?」

 

あんなも、耳まで真っ赤にして俺の顔をまじまじと見つめている。

 

トゥルピスはその言葉を聞いて、笑みを完全に消した。

とてもつまらなそうな、呆れたような顔で俺たちを見渡す。

 

「はぁ……あほくさ。今日は挨拶だけのつもりだったけど気が変わったわ。せっかくここまで来たんだし、もっと楽しませてもらおうかしら」

 

そう言うと、彼女は制服のポケットから小さなスイッチのようなものを取り出した。

黒いプラスチック製の、赤いボタンがついたスイッチだ。

そして、迷うことなくポチリと押した。

 

カチッ、という軽い音が静かな事務所に響く。

 

「はい、三時間後に街に仕掛けた爆弾が爆発しまーす」

 

「は?」

 

みくるの口から、間の抜けた声が漏れた。

その声は、理解が追いついていない証拠だった。

俺も、一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

背筋がひやりとした。

 

「ちなみに、警察に連絡したらすぐに爆発させちゃうからね♪」

 

トゥルピスは楽しそうに、そして残酷にそう付け加えた。

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

あんなが、我に返ったように叫ぶ。

その顔には、焦りと怒り、そして恐怖が入り混じっていた。

 

「ちゃんとヒントもあげるから、安心していいわよ?」

 

トゥルピスはそう言って、机の上に三枚の紙切れを置いた。

それは、普通のコピー用紙を適当に破いたような不揃いな紙片だった。

 

「これを解いて爆弾を見つけられるかどうか、プリキュアちゃん達の実力を見せてちょうだい……それじゃあね♪」

 

「待て!!」

 

気づけば、体が勝手に動いていた。

俺は、事務所から出て行こうとするトゥルピスを追いかけた。

 

彼女を捕まえれば、爆弾の場所を聞き出せるかもしれない。

 

だが、事務所のドアをくぐろうとしたその瞬間……見えない壁に叩きつけられたような衝撃が走り、体が後方へ弾き飛ばされた。

 

「ぐっ……!!」

 

背中から床に叩きつけられる。

衝撃で息が詰まり、視界が一瞬白む。

 

「ハルくん!!」

 

心配したあんなとみくるが、駆け寄ってくる。

その足音が、やけに遠くに聞こえた。

 

俺は、床に倒れたまま、ドアの向こうを見た。

 

トゥルピスは、振り返りもせずに歩いていく。

その背中が、みるみるうちに小さくなっていき……追いかけることすら許されない距離になっていった。

 

「ハルくん、大丈夫!?」

 

あんなが、俺の顔を覗き込む。

その瞳は、不安で揺れていた。

 

「……大丈夫だ。心配するな」

 

俺は体を起こしながら、二人にそう答えた。

それよりも、自分の無力さが悔しくてならなかった。

 

トゥルピスの姿は、もうどこにもなかった。

開け放たれた事務所のドアから、冷たい雨の音だけが静かに流れ込んでくる。

 

「……みくる、あんな」

 

俺は、立ち上がりながら二人の名前を呼んだ。

 

「時間がない。早く爆弾を見つけ出さないと……」

 

二人は、同時に頷いた。

その顔には、もう迷いはなかった。

恐怖も、怒りも、すべてを飲み込んで今やるべきことを見据えている。

 

俺は、机の上に置かれた三枚の紙切れを手に取った。

 

これが、トゥルピスの残したヒント。

これを手がかりに、街に仕掛けられた爆弾を見つけ出す。

残された時間は、三時間……いや、二時間五十五分だった。

 

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