(明智ハル視点)
トゥルピスが去ってから、事務所の中は重い空気に包まれていた。
「まずは冷静に状況を整理しよう」
俺の言葉に、みくるは深呼吸を一つしてから静かに口を開いた。
「そうだね。まず、今わかっていることを整理するよ」
みくるは推理ノートを机の上に広げ、ペンを手に取った。
彼女はさっき起きた出来事を、時系列順に一つずつ書き出していく。
「トゥルピスが来たのは午後二時。彼女は『邪神教団カオス』の神子だと名乗った。私たちを怖がらせるために呪いのビデオを装った偽のビデオテープを置いていった。そして、三時間後に街に仕掛けた爆弾が爆発すると言って、三枚の紙切れを残して消えた」
みくるのペンが最後の一行を書き終えると、あんなが机の上に身を乗り出した。
強い気持ちが、その大きな瞳をキラキラと輝かせている。
「爆弾の場所、この紙切れからわかるんだよね?」
「そうみたい。でも、その前に……」
みくるは三枚の紙切れを机の上に並べた。
どれも手のひらサイズの不揃いな紙片で、それぞれに細い線が引かれている。
一見すると、子供が適当に描いた落書きのようにも見える。
だが、よく見ると線と線の間隔が一定で、何かの縮尺を思わせる正確さがあった。
「この紙切れ、ただの地図じゃないみたい。線が三枚とも繋がるようになってる」
みくるはそう言って、紙切れを一枚ずつ手に取り、角度を変えながら透かして見始めた。
窓から差し込む弱い光にかざしたり、裏返したり、二枚を重ねてみたりしている。
その横顔は、まさに探偵そのものだった。
さっきまで悲鳴を上げていた少女とは思えないほど、集中している。
あんなも、そんなみくるの隣にぴったりとくっついて、同じように紙切れを覗き込んでいた。
二人の頭がくっつきそうなほど近くて、その光景に、胸の奥が少しだけ和んだ。
「こういうの、推理小説で読んだことある気がする」
みくるが呟くように言った。
「紙を重ねると隠された絵や文字が浮かび上がるやつ?」
「そう、それ。透かし絵とか重ね絵とか呼ばれるやつ。三枚の紙を正しい順番で重ねると、一つの地図が完成するはずなの」
みくるは三枚の紙を慎重に重ね始めた。
最初は二枚。次に三枚目。
すると、それまでバラバラだった線がまるで磁石に引き寄せられるように繋がり始めた。
「あっ」
あんなが小さく声をあげた。
俺も思わず息を呑んだ。
三枚の紙がぴたりと重なった瞬間、そこに浮かび上がったのは──見覚えのある地形だった。
細い線が道路を、小さな四角が建物を、波線が川を表している。
そして、地図には赤い小さな点が三つ。
「「見えた……これが答えだ!!」」
あんなとみくるが、同時に叫んだ。
その声はもう恐怖のかけらもなく、ただ純粋な発見の喜びに満ちていた。
みくるはすぐに新しい白い紙を一枚取り出すと、重ねた紙切れの上にそっと置いた。
そして、紙切れの線をなぞるように慎重に鉛筆を走らせていく。
赤い点の位置も、正確に写し取る。
それを三枚分、同じように写し取ると……一枚の地図が完成した。
「これって……」
俺は完成した地図を覗き込んだ。
それは……毎日のように散歩で通る道だった。
「俺がよく散歩してる時に通る、公園周辺の地図に見えるな」
「おそらくそうよ。この道の曲がり方、川の位置、全部一致してる。そして……爆弾の場所と思われる赤い点はこの三つ」
みくるの指が、地図の赤い点をトントンと叩いた。
「それじゃあ早く爆弾を見つけに行こうよ!!」
あんなが椅子から飛び上がるように立ち上がった。
その勢いで机の上のペンが転がり落ちるが、彼女は気にしない。
もうドアの方へ走り出そうとしている。
「待ってくれ、あんな」
俺は彼女の腕をそっと掴んで引き止めた。
「爆弾を見つけて、それからどうやって解除するんだ?」
俺の問いに、あんなはぴたりと動きを止めた。
その顔に、はっとしたような表情が浮かぶ。
「それは……」
みくるも、ペンを置いて考え込む。
彼女の推理ノートには地図の写しが完成しているが、解除方法については何も書かれていない。
「ジェット先輩に頼るにしても、今日は出かけてるしな」
昨日、遠出するとか言っていた気がする。
「それじゃあ私が連絡してみる」
みくるが携帯でジェット先輩に電話をかけるが繋がらない。
プリキットボイスメモを使ってみたが、そっちでも繋がらないようだ。
「ダメ……繋がらない」
「ここで悩むより、まずはどんな爆弾か見てから考えようよ。私達でも解除できる簡単な仕組みかもしれないし!!」
あんなはすぐに気を取り直して、そう言った。
彼女の切り替えの早さには、いつも感心させられる。
不安や迷いを引きずらず、目の前のことに向き合える。
それが彼女の強さなんだ。
「それもそうだな」
考えすぎても仕方がない。
今は一刻も早く現場に向かうべきだ。
解除方法は、爆弾の種類を見てから考えればいい。
「みくる、念のために確認するけど、これで地図は完成だな?」
「うん、完璧。赤い点の場所は三つ……公園の噴水広場、公園のトイレ、公園の北側にある橋、この場所に爆弾があると思う」
「よし、じゃあ行こう。二人とも準備はいいか?」
俺の問いかけに、あんなとみくるは同時に力強くうなずいた。
ポチタンも「ポチッ!!」と鳴いて、やる気満々のようだ。
みくるは推理ノートと地図をカバンにしまい、上着のボタンをきっちり留めた。
事務所を飛び出した瞬間、雨はすでにやんでいた。
厚い雲の切れ間から光が差し込み、濡れたアスファルトがきらきらと輝いている。
あれほど重く沈んでいた空が、まるで俺たちの背中を押すように晴れ上がっていた。
「雨、やんでる……これなら走りやすいね!!」
あんなが嬉しそうに言って、ぴょんと水たまりを飛び越える。
その勢いのまま、彼女は先頭を切って走り出した。
「急ごう。残り時間はもう二時間を切ってるはずだよ」
みくるも地図を片手に、あんなの後を追う。
俺も二人に続いて走り出した。
濡れた路面を蹴るたびに、小さな水しぶきが上がる。
商店街を抜け、住宅街を曲がり、川沿いの道を駆け抜ける。
(頼む……無事でいてくれ)
爆弾が仕掛けられたのは、俺がいつも散歩しているあの公園だ。
あそこには、親子連れや犬の散歩をする人たちが大勢いる。
もし爆発すれば、どれだけの人が巻き込まれるかわからない。
「見えてきたよ!!」
あんなの声に顔を上げると、見慣れた公園の入り口が見えてきた。
あのベンチもあの噴水も、あの遊具も、俺が何度も通って見てきた景色だ。
いつもと変わらない穏やかな公園が、今日はまるで別の場所のように感じられた。
公園の入り口をくぐった瞬間、俺は足を止めた。
「……るるか?」
噴水広場の近くに、森亜るるかが立っていた。
腕の中には、ふわふわしたマシュタンが抱っこされている。
彼女はこちらに気づくと、ほんの少しだけ眉を動かした。
「えっ、るるかさん!?」
あんなが驚きの声をあげる。
みくるも目を丸くして、るるかと俺を交互に見比べた。
「な、なんでここにいるんだ!?」
俺は思わず身構える。
すると、るるかは静かに俺を見つめ返してきた。
その瞳は相変わらず感情を読み取らせない。
「……まさか怪盗団ファントムが絡んでるの?」
みくるが身構えながら尋ねる。
確かに、るるかは怪盗団ファントムの一員だ。
だが、彼女の口から出たのは、予想外の言葉だった。
「……違う」
短いが、はっきりとした否定だった。
「それで、あなたたちはどうしてここに来たの?」
今度はマシュタンが、るるかの腕の中から俺たちに問いかけてきた。
その声は柔らかいのに、どこか警戒を含んでいるように感じられた。
みくるが一歩前に出て、公園に来た理由を話し始めた。
トゥルピスが現れたこと。
三時間後に爆弾が爆発すること。
三枚の紙切れの謎を解いて、この公園にたどり着いたこと。
「……そういうこと」
るるかは、みくるの説明を黙って聞いていた。
そして、すべてを聞き終えると、小さくため息をつきながら言った。
「私がここにいる理由は、これ」
彼女はそう言って、俺たちに一枚の封筒を差し出した。
上品な薄紫色の封筒で、裏には何も書かれていない。
「中を確認していいか?」
俺がそう尋ねると、るるかは「どうぞ」とだけ答えた。
封筒の中には一枚の便箋と、三枚の紙切れが入っていた。
便箋には、こう書かれている。
『森亜るるかちゃんへ。三つの地図を解いて、私のところまでいらっしゃい──あなたの実力、見せてもらうわ。カオスの神子より』
「……トゥルピスからだな」
俺がそう言うと、マシュタンが「そうなの」と頷いた。
「私たちも、その地図の謎を解いてここに来たの。そうしたら、あなたたちが来たからびっくりしちゃったわ」
マシュタンの説明に、みくるが納得したようにうなずく。
「そういえば……トゥルピスが『プリキュアちゃん達の実力を見せてちょうだい』って言ってた気がする」
あんなが、思い出したように言った。
「そっか、るるかさんもプリキュアだからこの場所に呼び出されたのね」
「なるほど……そういうわけ」
るるかは、みくるの言葉に小さくうなずいた。
それから、少し考えるような仕草を見せる。
そして、マシュタンと目を合わせると静かに口を開いた。
「……仕方ない、今回だけ手伝ってあげる」
その言葉に、あんながぱあっと顔を輝かせた。
「ほんと!?ありがとう、るるかさん!」
「よかった……るるかさんがいてくれたら心強いよ」
みくるも、ほっとしたように微笑む。
正直なところ、俺もるるかがいてくれるのは心強い。
彼女の戦闘力はもちろんだが、爆弾の解除という未知の状況で、戦力は一人でも多い方がいい。
そう思っていたら、るるかがすっと俺の目の前にやってきた。
彼女は、俺の顔をじっと見上げてくる。
その距離は、思わず後ずさりしてしまいそうなほど近かった。
「……私の足、太くない」
彼女は、俺にだけ聞こえるような小さな声でそう言った。
「えっ……」
俺が言葉を失っていると、るるかはそれ以上何も言わずに、さっと俺から離れていった。
マシュタンが、くすっと笑いをこらえるような顔をしている。
(……あれ、まだ気にしてたのか?)
あの時の「足が太い」発言は、彼女の中にしっかりと根を張ってしまっているらしい。
今は爆弾のタイムリミットは刻一刻と迫っているし、ここで蒸し返すのは得策じゃない。
「と、とにかく、爆弾を探そう。時間がない」
こうして俺たちは、るるかと一緒に地図の示す場所へ向かった。