カオスの狂気と銀の意志   作:やみすぴ

18 / 19
18:運命のコード

(明智ハル視点)

 

黒い箱の表面には、何も書かれていない。

今までのピンクの箱とは明らかに雰囲気が違う。

 

光を吸い込むような、底の見えない黒さだった。

夕闇が濃くなる橋の下で、その箱だけが異様な存在感を放っている。

 

「えっ!?爆弾は三つじゃなかったの!?」

 

あんなが声を裏返らせた。

さっきまで安堵に緩んでいた空気が、一瞬で張り詰め直す。

 

「トゥルピスの言動を考えると、四つ目があってもおかしくはないと思うけど……制限時間はもう過ぎてるよね?」

 

みくるが携帯で時間を確認しながら言う。

さっきの時限爆弾の時にカウントダウンの三時間は過ぎている。

 

「……箱を開けてみないとわからない」

 

るるかが静かに言った。

彼女は黒い箱の前にしゃがみ込み、じっと表面を観察している。

 

その横顔には、いつものように感情の色はない。

ただ、マシュタンが彼女の腕の中で小さく身を強張らせているのが、この箱の異質さを物語っていた。

 

「ああ、そうだな」

 

俺は頷いて、黒い箱の前に膝をついた。

箱には鍵も何もかかっていない。

 

「……開けるぞ」

 

俺は一度だけ深く息を吸って、蓋に手をかけた。

 

蓋を開けると、中には時限爆弾が収まっていた。

構造はこれまでのものと同じだ。

 

黒いボディに、赤や青の配線。

中央のタイマーが動き始めた数字を表示している。

 

残り時間は――三分。

 

「さ、三分!?」

 

あんなが悲鳴のような声をあげた。

 

これまでの爆弾は制限時間がもっと長かった。

三時間という猶予があったからこそ、俺たちは三枚の紙切れの謎を解き、こうして三つの爆弾を解除してこられた。

だが、今回は違う。

 

三分。

たった百八十秒。

 

コードは四本。

それぞれに『1』『2』『3』『4』と書かれた札がぶら下がっている。

そして、箱の底には一枚の紙が敷かれていた。

 

『明智ハルの運命の相手を選べ』

 

その下に、四つの選択肢が並んでいる。

 

『1:明智あんな 2:小林みくる 3:森亜るるか 4:帆羽くれあ』

 

「えっ……なに、この問題?」

 

あんなが困惑した声を漏らした。

その顔には、怒りとも羞恥ともつかない複雑な感情が入り混じっている。

彼女は俺の顔をちらりと見て、すぐに視線をそらした。

 

「ハルくんの運命の相手って……つまり……」

 

みくるが途中まで言いかけて、言葉に詰まる。

彼女の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。

耳の先まで真っ赤にして、彼女は自分の推理ノートをぎゅっと胸に抱えた。

 

「るるかさんとくれあさんの名前もあるね」

 

あんなが、少しだけ声を潜めてそう言った。

その声音には、自分でも気づかないような、ほんのわずかな棘が混じっていた。

 

るるかは黙ったまま、俺を見ている。

その瞳は、まっすぐに俺を射抜いていた。

 

あなたが選びなさい、と言っているように見えた。

 

あんなも、みくるも、俺に視線を向けている。

 

三人の視線が同時に俺に突き刺さる。

タイマーの数字が、容赦なく減っていく。

 

二分四十秒。

二分三十秒。

 

この箱を置いたのがトゥルピスかどうかはわからないが、犯人の意図は明らかだ。

俺に四人の中から一人を選ばせようとしている。

 

だが、この問題には引っかかりがあった。

運命の相手、という言葉。

 

これが俺の心の問題だと言うなら、正しい答えはない気がする。

きっと、この問題に正解なんてないんだろう。

 

考えている暇はない。

タイマーは止まらない。

 

二分。

残り時間が、刻一刻と削られていく。

 

俺はコードを握りしめた。

その瞬間――頭の中に、イメージが流れ込んでくる。

 

◇

 

――涙を流しながら、俺に別れを告げるあんな。

 

彼女は笑おうとしていた。

でも笑えていなかった。

目尻から零れた雫が、頬を伝って落ちていく。

 

あんなは、何かを決意したような目をしていた。

 

「ハルくん、今までありがとう」

 

その声はいつもの明るさを必死に装っていた。

でも、その奥には深い悲しみが渦巻いている。

 

「私、ハルくんのこと……本当に、大好きだったよ」

 

あんなは最後まで、俺のことを想ってくれていた。

自分の気持ちよりも、俺の幸せを願ってくれていた。

その優しさが、胸を締めつけるように痛い。

 

その涙の音だけが、静かに響いていた。

 

 

◇

 

――動かない俺に、泣きながら縋り付くるるか。

 

彼女はいつもの無表情をかなぐり捨てていた。

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺の冷たくなった手を握りしめている。

 

「約束……約束したのに……」

 

その声は、普段の淡々とした口調からは想像もできないほど、弱々しく震えていた。

 

「私はあなたが何者でも構わなかった……ただ……ただ傍にいてほしかっただけ!!」

 

その声は、涙で喉が詰まったように震えていた。

 

るるかは、いつも感情を表に出さない。

でもその内側には、誰よりも深い想いが隠されていた。

その後悔と悲しみが、彼女の涙になって溢れている。

 

彼女の慟哭が、世界から音を奪っていた。

 

◇

 

――俺の腕の中で、息を引き取るくれあさん。

 

彼女は、最期まで微笑んでいた。

青白くなった唇でそれでも俺を安心させようとしていた。

 

「ハルくん……ありがとう。私、幸せだったよ」

 

その声は消え入りそうなほどか細かくて、それでいて確かな温もりがあった。

 

「あなたに会えて……本当に、よかった」

 

くれあさんの呼吸は、もうほとんど聞こえなかった。

 

くれあさんは、自分の命が尽きるその瞬間まで俺のことを想ってくれていた。

彼女の温もりが、俺の腕の中から少しずつ失われていく。

その感覚が、たまらなく怖かった。

 

温もりが消えていく静寂が、耐えられなかった。

 

◇

 

――倒れた俺に、泣きながら謝罪するみくる。

 

彼女は、自分の推理が間違っていたことを誰よりも悔いていた。

 

「ごめん……ごめんなさい……私が、もっとちゃんと考えていれば……」

 

みくるの目から、涙が次から次へと零れ落ちる。

推理ノートを握りしめる指が、白くなるほどに強く震えていた。

 

「私、探偵なのに……何も、できなかった……」

 

みくるの声は、涙で途切れ途切れになっていた。

 

みくるは、誰よりも一生懸命で努力家だ。

普段は冷静に振る舞っているが、その裏には繊細で傷つきやすい心がある。

彼女は、俺を守れなかった自分を決して許さないだろう。

 

謝罪の声が、静かに途切れた。

 

◇

 

四つのイメージが頭の中を駆け巡る。

 

あんなの涙。

るるかの慟哭。

くれあさんの最期の微笑み。

みくるの謝罪。

 

どの光景も、俺の心を深く抉る。

 

誰を選んでも間違いではない。

誰を選んでも正解ではない。

 

タイマーが、一分を切った。

 

『未来を……選べ……世界を……守れ……』

 

頭の奥で、誰かの声が響いてくる。

 

俺は、コードを握りしめる手に、ぎゅっと力を込めた。

 

(俺が選ぶのは……)

 

胸の奥が、じんと痛んだ。

 

気がつくと、俺はコードを切っていた。

 

プツン、という小さな音が橋の下に響く。

タイマーの数字が、止まる。

爆発はしなかった。

 

「……止まった」

 

あんなが、掠れた声で呟いた。

 

「うん……止まったね」

 

みくるも、ほっと息を吐き出す。

 

「……」

 

るるかは、何も言わなかった。

ただ俺の手の中にある、切られたコードを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて共通ルートは終了となります。

この先はヒロインごとの個別ルートへ分岐します。
 
明智あんな
↓
森亜るるか
↓
帆羽くれあ
↓
小林みくる
↓
?????
 
の順で投稿予定です。
 
現在、各ルートを順番に制作していますので、もう少しだけお待ちいただけると嬉しいです。
 
※R-18について
すべてのルート完結後に投稿予定です。
 
これからも『カオスの狂気と銀の意志』をよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。