01:夢の中だけは、あなたと笑いたい
(明智あんな視点)
その日の夜、私はベッドに寝転がって今日あった出来事を思い返していた。
トゥルピスが来たこと。
偽の呪いのビデオを見せられたこと。
街に爆弾が仕掛けられたこと。
三枚の紙切れの謎を解いて、みくるやるるかさんと一緒に三つの爆弾を止めたこと。
そして最後の黒い箱。
あの箱には、ハルくんの『運命の相手』を選ばせる問題があった。
選択肢は、私、みくる、るるかさん、くれあさん。
あの時、ハルくんは迷わず『1』のコードを切った。
つまり、ハルくんは……運命の相手に、私を選んだ。
「……えへへ」
自然と、笑みがこぼれる。
頬が熱い。
心臓が、さっきからずっとドキドキしている。
ハルくんが私を選んでくれた。
理由は分からない。
でも、少しくらい期待したっていいよね。
そう考えるだけで、顔がもっと赤くなる。
ベッドの上で私は両手で顔を覆った。
指の隙間から、小さな笑い声が漏れる。
「……やったぁ」
誰も聞いていないのに、声に出してしまった。
それくらい嬉しかった。
だって、ハルくんはいつも優しいから。
私にもみくるにも、くれあさんやるるかさんにも、みんなに同じくらい優しいから。
私だけが特別なわけじゃないって、どこかで思ってた。
でも、あのコードを切った瞬間、ハルくんは迷ってなかった。
あの一瞬だけは、確かに私を選んでくれた。
それが嬉しくて、嬉しくてたまらない。
「……ハルくんと、付き合ったら」
また、余計なことを考えてしまう。
一緒に手を繋いで歩いて、休みの日にはデートとかして。
ハルくんが私の頭を撫でてくれる時みたいに、優しく笑いかけてくれて。
私が困った時には、必ず助けに来てくれて。
そんな毎日を想像するだけで、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
その時──。
ふと、別の考えが頭の中に浮かんできた。
私は2027年から来た人間だ。
この時代の……1999年の人間じゃない。
その瞬間、胸の奥がすっと冷たくなった。
いつか、未来に帰らなければならない日が来る。
「……あ」
気づいた瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
ハルくんは、1999年の人間だ。
私は、2027年の人間。
今は、同じ時代に生きているけど、それは偶然が重なっただけ。
いつか、必ず、別れの時が来る。
未来に帰ったら、私はハルくんに会えなくなる。
いや、もしかしたら、未来でまた会えるかもしれない。
でも、その時には私は子供で、ハルくんは……もう、大人になってるはずだ。
そもそもタイムスリップなんて、そんな都合よく何度もできるものじゃない。
ポチタンは私を過去に連れてくるだけで、力を使い切って赤ちゃんになってしまった。
きっと一度帰ったら、もう二度と……。
「……そんなの、やだ」
呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
ベッドの上で、私は膝を抱えた。
さっきまでのぽかぽかした温かさは、もうどこにもない。
代わりに、冷たい不安がじわじわと胸の中に広がっていく。
未来に帰ったら、ハルくんに会えなくなる。
ハルくんは、私のことを忘れてしまうかもしれない。
いや、忘れなくてもきっと、新しい誰かと……。
「……やめて、考えちゃダメ!!」
でも、考えれば考えるほど不安は大きくなる。
ハルくんは、記憶喪失で、自分のことすらわからなくて……。
それでも、一生懸命生きてて。
私や、みくるや、みんなのためにいつもがんばってて……。
そんなハルくんの隣に、私は……。
未来に帰る日が来たら、ハルくんに何て言えばいいんだろう。
「今までありがとう」って、笑って言えるんだろうか。
それとも、泣きながら、別れを告げることになるんだろうか。
……想像しただけで、涙が出そうになる。
だって、私は、ハルくんのことが好きなんだ。
家族としてじゃなくて……。
一人の男の子として。
みくるや、くれあさんやるるかさんに向けるのと同じ優しさじゃなくて、私だけに向けてくれる特別な何かをもっと欲しいと思ってしまうくらい。
そんな風に思ってるのに……。
いつか、別れなければならないなんて……。
「……ずるいよ、こんなの」
未来から来たこと。
出会ってしまったこと。
好きになってしまったこと。
全部、ずるい。
私が、もっと普通の女の子だったら。
この時代に生まれた、普通の中学生だったら。
そんなことを考えても、どうにもならないのに……。
「……ハルくん」
私は、小さく、その名前を呼んだ。
今、同じ家にいるはずの、大好きな人の名前を。
もし、明日、私が未来に帰ることになったら……ハルくんは、どう思うんだろう?
悲しんでくれるかな。
それとも、笑って、送り出してくれるかな。
……きっと、笑って送り出すんだろうな。
だって、ハルくんはそういう人だから。
みんなの幸せを、自分の幸せよりも優先する人だから。
私が未来に帰ることが、私の幸せにつながるなら、きっと笑って背中を押してくれる。
それが、わかってるから余計に……辛い。
「……どうしたらいいんだろう?」
私は、暗い部屋の中でそっと呟いた。
ポチタンが、枕元で丸くなって寝ている。
その小さな寝息が、今はなんだか遠くに聞こえた。
私は、そっと目を閉じた。
眠れそうになかったけど、明日もハルくんに笑顔を見せなきゃいけないから。
泣き顔なんて、見せたくないから。
だから、せめて、今夜だけは……。
夢の中でくらいは、ハルくんと笑い合えますように……そう、願いながら。
私はゆっくりと、意識を手放していった。