カオスの狂気と銀の意志   作:やみすぴ

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02:いつか別れの日が来るとしても

(明智ハル視点)

 

次の日、あんなの様子がいつもと違うことに気づいた。

 

朝、事務所のリビングで顔を合わせたとき、あんなは一瞬だけ俺を見て、すぐに視線をそらした。

 

「おはよう、あんな」

 

俺が声をかけると、「お、おはよう」と小さく返して、そのままみくるの隣に座ってしまった。

いつもなら、真っ先に俺のところに来て「今日は何するの?」と聞いてくるのに。

 

朝食の席でも、あんなはみくるとだけ話していた。

俺の方は一度も見なかった。

 

学校から帰ってきても、ずっとあんなは俺と目を合わせなかった。

 

俺が話しかけても返事はする。

でも、どこかよそよそしい。

 

まるで、俺を避けているみたいだった。

考えても、思い当たる節がない。

 

昨日の爆弾事件の後、俺は何か変なことをしただろうか?

 

いや、何もしていない。

少なくとも、俺の記憶の中では……。

 

夕食の後、俺はあんなと話そうと思って彼女の部屋に向かった。

だが、俺が廊下に出たところで、あんなはすれ違うように自分の部屋に入り、扉を閉めてしまった。

 

「あんな……」

 

ノックをしようとしたが、その手が途中で止まる。

もしかしたら、今は話したくないのかもしれない。

そう思うと、無理に扉を叩く気にはなれなかった。

 

俺は廊下に立ち尽くして、しばらくあんなの部屋の扉を見つめていた。

 

「……ハルくん」

 

背後から、静かな声が聞こえた。

 

振り返ると、みくるが立っていた。

手には、二つのマグカップ。湯気が立ち上っている。

 

「よかったら、一緒に飲まない?」

 

みくるは、そう言って、リビングの方へと歩き出した。

俺は黙って、その後に続いた。

 

リビングのソファに並んで座り、みくるが淹れたココアを一口飲む。

 

温かい。

でも、胸の奥はまだ冷たいままだ。

 

「……あんな、今日、変だったね」

 

みくるが、静かにそう切り出した。

 

「ああ……何か、あったんだろうか」

 

「……本当にわからないの?」

 

「えっ?」

 

みくるは、マグカップを両手で包み込むように持ってしばらく黙っていた。

その顔は怒っているような、呆れているような、そんな顔だった。

 

それから、意を決したように俺の方を見た。

 

「ねえ、ハルくん。ハルくんは……あんなのこと、好き?」

 

「好きだよ。家族として、大事に思ってる」

 

俺がそう答えると、みくるは静かに首を振った。

 

「そうじゃなくて……」

 

みくるの目が、俺をじっと見つめている。

 

「一人の女の子として、好きかどうかって聞いてるの」

 

その瞳は、いつもの探偵の目じゃなかった。

もっと、真剣で……。

もっと、切実で……。

 

「黒い箱のコードで……ハルくんは、あんなを運命の相手に選んだ、それはどうして?」

 

その言葉に、俺は息を呑んだ。

 

「それは……」

 

あの時、俺は気づいたらあんなのコードを切っていた。

それはなぜか……改めて、考えてみる。

 

俺があんなのことを、どう思っているのか。

 

頭の中に、あんなの笑顔が浮かぶ。

 

「はなまる!!」と元気よく笑う顔。

 

俺に頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細める顔。

落ち込んだときに、それでも誰かのために頑張ろうとする健気な横顔。

どれも、鮮やかに浮かんでくる。

 

そして、気づく。

 

俺は、あんなが笑っていると嬉しい。

あんなが悲しんでいると、胸が痛い。

あんなが他の誰かと楽しそうに話していると、ほんの少しだけ寂しい。

 

これは、家族に向ける感情じゃない。

 

答えは、すぐに出た。

 

「好きだから……だから、あんなを運命の相手に選んだ」

 

みくるは、一瞬だけ悲しそうな顔をした。

 

「そっか……まあ、わかってたけどね」

 

そして、すぐにいつもの表情に戻った。

落ち着いた探偵の顔に。

 

でも、その声だけは、ほんの少し震えていた。

 

「あんなの話、ちゃんと聞いてあげて」

 

みくるは、そう言った。

 

「あんな、きっと何か悩んでるんだと思う。ハルくんにしか話せないこと、あるんじゃないかな」

 

「みくる……」

 

「私が言えるのは、それだけ。あとは、ハルくんがちゃんと自分の正直な気持ちを伝えてあげて」

 

みくるは、そう言ってマグカップを机の上に置いた。

俺も、マグカップを置いて立ち上がる。

 

「わかった。ありがとう、みくる」

 

その場を離れようとして、俺は足を止めた。

振り返って、みくるの顔を見る。

 

「俺は、みくるのことを大事な家族だと思ってる」

 

その言葉に、みくるは少しだけ目を丸くして、それからふわりと微笑んだ。

 

「うん。私もだよ」

 

その笑顔は、優しい笑顔だった。

俺はもう一度「ありがとう」と伝えて、リビングを後にした。

 

あんなの部屋の前に立つ。

静かな廊下に、自分の鼓動だけがやけに大きく響いていた。

 

深呼吸をひとつして、ノックをした。

 

「あんな、俺だ。話したいことがあるんだ」

 

しばらく返事がなかった。

扉の向こうであんなが迷っているのがわかった。

 

「……今、ちょっと」

 

「ちゃんと話したいんだ。お願いだ、開けてくれ」

 

もう一度ノックをする。

すると、しばらくして扉がゆっくりと開いた。

 

あんなは、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。

部屋の中は、小さなスタンドの灯りだけがついていて、薄暗い。

 

「……どうしたんだ、こんな暗い部屋で」

 

「別に……」

 

あんなは、俯いたまま小さな声で答えた。

俺は、そっと部屋に入り、ベッドの端に腰を下ろした。

 

「今日……一日中、あんなは俺を避けてたよな。何かあったのか?」

 

あんなの肩が、ぴくりと震えた。

 

「ごめん、避けてたわけじゃないの。ただ……」

 

言葉がそこで途切れる。

あんなは、膝を抱える腕にぎゅっと力を込めた。

 

「話してくれ。俺でよければ、ちゃんと聞くから」

 

俺がそう言うと、あんなはしばらく黙って、それから意を決したように顔を上げた。

その目は、うっすらと赤くなっていた。

 

「私ね……ハルくんのことが、好きなの」

 

その言葉は、まっすぐに俺の胸に届いた。

 

「家族としてとか、そういうのじゃなくて……一人の男の子として、ハルくんが好き」

 

あんなは、そこで一度言葉を切り……深く息を吸った。

 

「でもね……気づいちゃったんだ。未来から来た私は、いつか2027年に帰らなきゃいけない日が来るって」

 

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 

あの黒い箱を開けたとき、頭の中に流れ込んできたイメージ。

涙を流しながら別れを告げるあんなの姿。

 

あれは、きっと……あんなが未来に帰るときの別れのシーンだったんだ。

 

「いつか、必ず別れなきゃいけないの。それなのにハルくんのことを好きになって……私、ずるいよね。こんなのハルくんを困らせるだけなのに」

 

あんなの声が、震え始める。

 

「だから、避けてたの。これ以上好きになっちゃいけないって思って。でも……無理だった。一日中、ハルくんのことばっかり考えてた」

 

あんなの目から、涙がこぼれ落ちる。

その涙を見て、俺の中の何かがはっきりと決まった。

 

俺は、ベッドの上であんなの体をそっと抱き寄せた。

 

「ハルくん……!?」

 

あんなが驚いたように身を固くする。

でも、俺は腕を緩めなかった。

 

「俺も、あんなが好きだ」

 

その言葉を聞いた瞬間、あんなの目が大きく見開かれた。

 

「……ほんと?」

 

小さな声だった。

まるで、自信がない子供みたいな声。

 

「本当だ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「私でいいの?」

 

「俺は、あんながいい」

 

その瞬間、あんなの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 

「家族としてじゃない……俺は一人の女の子として、あんなが好きなんだ!!」

 

あんなは目を見開いたまま固まっていた。

信じられないものを見るような顔。

 

「だ、ダメだよ!! 私、いつか帰らなきゃいけないんだよ!? ハルくんを置いて、未来に……」

 

あんなが俺の胸の中で、泣きながら叫ぶ。

 

「そんなの、ハルくんが可哀想だよ!! 私と付き合っても、ハルくんはいつか私と別れることになるんだよ!?」

 

「……それでもいい」

 

俺は、はっきりとそう言った。

 

「いつか別れの日が来るとしても、俺はあんなの傍にいたい」

 

あんなの肩が震えている。

 

「後悔するよ……絶対に……」

 

「絶対に後悔しない」

 

俺は、あんなの頭をそっと撫でた。

 

「あんなにも後悔はさせない。俺と付き合ってよかったって、二人で一緒にいてよかったって……絶対に思わせてみせる」

 

あんなの泣き声が、少しだけ小さくなった。

 

「だから、あんな……俺と付き合ってくれ」

 

俺は、あんなの体をそっと離して……その顔をまっすぐに見た。

涙でぐしゃぐしゃになった顔。

 

鼻の先が赤くなって、まつげが濡れている。

それでも、俺の目を見ようとしている。

 

「私も……」

 

あんなの声が震えながら、でもはっきりとそう言った。

 

「私も、ハルくんと一緒にいたい。たとえ別れる日が来るとしても……今、この瞬間だけはハルくんの傍にいたい!!」

 

あんなはそう言って、小さな体で俺に抱き着く。

俺は、その体をしっかりと抱きしめた。

 

「俺も、同じ気持ちだ」

 

「ハルくん大好き……私を、ハルくんの彼女にして」

 

あんなの声はまだ少し震えていたけど、確かな決意が込められていた。

俺は、腕の中の温もりをしっかりと感じていた。

 

ポチタンが、いつの間にかベッドの上に来ていて、俺たちの様子をじっと見ていた。

 

「ポチッ♪」

 

その鳴き声は、なんだか嬉しそうだった。

 

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