カオスの狂気と銀の意志   作:やみすぴ

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05:この景色を忘れない

(明智ハル視点)

 

恋人になって初めての休日。

 

俺とあんなは、まことみらい市にある水族館に来ていた。

 

今日のあんなは、普段の私服や制服姿とはまるで違っていた。

 

白いワンピースに、薄い水色のカーディガン。

髪には小さなリボンのヘアピンがついている。

 

普段は元気いっぱいに走り回っている彼女が、今日はどこか大人びて見えた。

 

「今更だけど……その服、すごく似合ってるな」

 

「えっ!?」

 

あんなの目がまんまるになる。

それから、みるみるうちに頬が赤く染まっていった。

 

「そ、そうかな……ありがとう。頑張って選んでよかった」

 

「その……なんというか、今日は特にかわいい気がする」

 

俺がそう言うと、あんなは「もう、ハルくんってば」と照れくさそうに俯いた。

でも、その口元はしっかりと綻んでいた。

 

水族館の受付でチケットを購入する。

俺があんなの分のチケット代を払おうとすると……。

 

「ハルくん、私の分は自分で払うから大丈夫だよ」

 

「えっ、デート代は男が出すものじゃないのか?」

 

俺が事前に仕入れた知識(テレビ)によると、そうだった気がする。

 

「それって、いつの時代の話? 私たちくらいの年齢なら、デートは割り勘が普通だと思うよ」

 

そう言って、あんなは自分のサイフからお金を取り出し、チケットを購入する。

 

受付の女性が、そんな俺たちを見てにこりと微笑んだ。

 

「今日はデートですか? 羨ましいですね」

 

その言葉に、あんなは一瞬で耳まで真っ赤になった。

 

「え、えっと、その……はい……」

 

消え入りそうな声でそう答えるあんなの横で、俺は受付の女性に尋ねた。

 

「そうです。実はこの水族館に来るのは初めてなんですが、何かオススメのイベントや場所はありますか?」

 

「なるほど……それなら、今日はイルカのショーとペンギンの歩行パレードがオススメですよ。あとは、トンネル水槽やふれあい広場も人気です。特にトンネル水槽は、この水族館で一番大きな水槽で見応えがあります」

 

「ありがとうございます。参考にさせてもらいます」

 

俺は礼を言って、あんなの方へ向き直った。

 

「それじゃあ……あんな、行こう」

 

そう言って、右手を差し出す。

 

あんなは一瞬瞬きをした。

それから、その手を見つめてゆっくりと顔を上げた。

 

「……うん」

 

あんなの手が、そっと俺の手を掴む。

 

小さくて、温かくて少しだけ震えていた。

 

俺はその手をしっかりと握り返して、水族館の中へと足を踏み入れた。

 

中に入った瞬間、俺は思わず足を止めた。

 

「……すごい」

 

頭上を覆うように広がる巨大な水槽。

その中を、数えきれないほどの魚たちが泳いでいる。

 

青、銀、赤、黄色。

色とりどりの魚が光を受けてきらきらと輝いていた。

 

「これが水族館……なのか……」

 

あんなは俺の驚いた顔を見て、なんだか楽しそうに笑っている。

 

「ふふっ……ハルくん、口が開いてるよ」

 

「そ、そうか?」

 

「うん。魚みたい」

 

あんなはそう言って、くすくすと笑った。

俺は少しだけ恥ずかしくなって、空いている左手で口元を隠した。

 

「うっ……初めて見るんだから、仕方ないだろ」

 

「そうだね。私も初めて来たときは同じ顔してたかも」

 

あんなはそう言って、繋いだ手にそっと力を込めた。

 

俺たちは、受付の女性に教えてもらった場所を順番に回ることにした。

 

まずは、イルカのショー。

 

プールの前の観客席は、家族連れやカップルでいっぱいだったが、俺たちは運よく前の方の席を確保できた。

 

ショーが始まると、イルカたちは驚くほど高くジャンプして、観客の歓声を浴びていた。

 

あんなはイルカが芸をするたびに「わあっ!!」「すごい!!」と声を上げて、そのたびに俺の袖を引っ張った。

 

「ハルくん見て!! あのイルカ、ハルくんに似てるよ!!」

 

「えっ……どこが?」

 

「ほら、あの、一番小さくて端っこでくるくる回ってる子」

 

俺はイルカを見て、自分と似てる部分を探すが……まったくわからない。

 

「全然似てないと思うんだが……」

 

俺がそう言うと、あんなは「えー、似てるのに」と言って、また笑った。

 

 

次は、ペンギンの歩行パレード。

 

ペンギンたちがよちよちと行列を作って歩く姿は、確かに可愛らしかった。

あんなはペンギンたちをじっと見つめて、目をきらきらと輝かせていた。

 

「ペンギンって、歩くの遅いね」

 

「ああ……でも、一生懸命歩いてる姿はなんだか応援したくなるな」

 

「うん。 頑張れーって言いたくなっちゃうかも……」

 

すると近くにいた子供たちが「がんばれー」と声を上げる。

 

「頑張れー!!」

 

子供たちに影響されたのか、あんなもペンギンたちに向かって声援を送る。

 

俺があんなに視線を向けると「だって、転ばないか心配なんだもん」と言われた。

 

あんなは、その後も子供たちと一緒にペンギンたちに声援を送っていた。

俺は、その姿を見て微笑ましく思うのだった。

 

 

次にふれあい広場に行くと、小さな魚やヒトデなどに触ることができた。

 

あんなは、おそるおそる水に手を入れて小さな魚が指先をつつくと「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて、それから嬉しそうに笑った。

 

「ハルくんも触ってみて!! くすぐったいよ!!」

 

促されるまま、俺も水に手を入れてみる。

 

小さな魚が俺の指の間をすり抜けていく。

その感触は、確かにくすぐったかった。

 

「本当だ。くすぐったいな」

 

「でしょ!!」

 

あんなは、満足そうに何度も頷いた。

 

「こうやって実際に触ってみると、やっぱり図鑑で見るのとは全然違うな」

 

俺はヒトデやヤドカリに指先で軽く触れながら感触を確かめる。

 

「ハルくんって、海の生き物が好きなの?」

 

「好きというか……単純に興味がある感じかな、普段見る事もないし」

 

海の生き物は、陸に住んでいる生き物とは違った形をしていて興味深い。

 

「こうやって生き物に実際に触れられるのは、貴重な体験かもしれない」

 

「そうなんだ、じゃあ、いっぱい触っていかないとね」

 

あんなは、ふれあい広場の生き物に触れる俺を見て、なぜかニコニコしていた。

 

 

それから、トンネル水槽へ移動する。

 

巨大な水槽の下をくぐるように作られたトンネルは、まるで海の中を散歩しているような気分だった。

 

頭上をエイがゆったりと泳いでいく。

その姿は、どこか優雅で見ているだけで心が落ち着いた。

 

「ここ、すごく落ち着くね」

 

「そうだな……時間がゆっくり流れているみたいだ」

 

あんなは、そっと俺の肩に寄りかかった。

 

「どうした?」

 

「なんだかね……少しだけ、こうしたくなったの」

 

そう言って、あんなは照れたように笑う。

 

俺は何も言わなかった。

ただ、その時間が終わらなければいいと思った。

 

俺たちは、しばらくその場に立ち止まって、ただ魚たちを眺めていた。

 

その時、撮影OK(フラッシュ・補助光の禁止)と書かれた看板が目に入る。

 

俺はポケットの中に入れていた使い捨てカメラのことを思い出す。

この間、商店街で買ったものだ。

 

「あんな、一緒に写真を撮ろう」

 

「えっ、ここで?」

 

「ああ。せっかくだから、この景色を背景に記念写真に撮りたいんだ」

 

「いいけど……誰に撮ってもらうの?」

 

俺は、近くにいた水族館のスタッフらしき女性に声をかけて、カメラを渡した。

 

「すみません、写真を撮ってもらえますか?」

 

「はい、いいですよ」

 

スタッフの女性は快く引き受けてくれて、俺たちはトンネル水槽の前で並んだ。

 

あんなは、少しだけ背伸びをして俺の肩にそっと手を置いた。

その温もりが、妙に鮮明に感じられた。

 

「はい、チーズ」

 

スタッフの女性の声に合わせて、俺たちは笑った。

カシャリという軽いシャッター音が聞こえた。

 

「ありがとうございます」

 

俺はスタッフの女性からカメラを受け取る。

 

「うーん……すぐに写真が見れないのは、やっぱり不便かも」

 

あんなが不満そうにカメラを見る。

 

「フィルムを全部使い切ったら、今度現像してみよう」

 

「だったら、もっといっぱい写真を撮らないとね」

 

「それじゃあ、他の場所でも写真を撮ってみるか」

 

その後、食堂でラーメンを食べるあんなを撮ったり、逆にあんなが俺を撮ったり、再び水族館のスタッフに二人の写真を撮ってもらったりした。

 

 

気が付くと、時刻は夕方になり帰る時間になる。

水族館を出ると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 

「今日は、楽しかったね」

 

「ああ、俺もすごく楽しかった」

 

水族館を出てからも、手は繋いだままだ。

 

「あんな……また今度、一緒にどこかに行こうな」

 

「うん!! たくさん行きたいところがあるんだ。今度は、遊園地とか……」

 

あんなは指を折りながら、楽しそうに次に行きたい場所を挙げていく。

 

俺はその笑顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなった。

 

「あっ、でも……また、ここに来るのもいいかもね」

 

「……そうだな、また来よう」

 

俺はそう答えて、あんなの手をそっと握り直した。

 

今日の思い出は、きっとこの先もずっと俺の中に残り続けるだろう。

 

何があろうと、この温もりだけは忘れない気がした。

 

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