カオスの狂気と銀の意志   作:やみすぴ

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05:地下に潜むもの

(明智ハル視点)

 

その日の午後、事務所のドアをノックする音が響いた。俺が掃除の手を止めて顔を上げると、みくるが「はーい」と返事をしながら玄関へ向かう。

ドアを開けた先に立っていたのは、薄いグレーのスーツを着た四十代くらいの男性だった。

眼鏡の奥の目は疲れ切っていて、手に持った書類ケースをぎゅっと握りしめている。

 

「突然の訪問、失礼いたします。私は市役所の土木管理課の佐伯と申します。こちらがキュアット探偵事務所で間違いないでしょうか」

 

「はい、そうですよ。どうぞ中へお入りください。あんな、ハルくん、お客様だよ」

 

みくるがソファへ案内すると、佐伯と名乗った男性は深々とお辞儀をしてから腰を下ろした。

あんなが温かい紅茶を差し出すと彼はほっとしたように一口すすり、それから重い口を開く。

 

「実はここ一週間ほど、まことみらい市のあちこちで正体不明の穴が掘られるという被害が相次いでおりまして、市としても対応に頭を悩ませているのです。最初は公園の片隅に小さな穴が一つ二つという程度だったのですが、日を追うごとに数も規模も増えていき、今では歩道のど真ん中にまで深い穴が開くようになってしまいました」

 

佐伯さんは書類ケースから数枚の写真を取り出してテーブルに並べた。

どれもこれも道路や公園にぽっかりと口を開けた穴の写真で、深さは一メートルを超えるものもあるように見える。

 

「防犯カメラも設置してみたのですが、不思議なことに犯人が映った試しが一度もありません。誰もいないのに突然穴が空くのです。おまけに昨日は小学生の男の子が歩道の穴に落ちて足を骨折する事案が発生しました。幸い命に別状はありませんでしたが、このままではもっと大きな事故につながりかねません」

 

「防犯カメラに犯人が映らないなんて、なんだか変な話だね」

 

あんなが眉をひそめて写真をじっと見つめる。

俺も一枚手に取って観察したが、穴の縁は妙に滑らかでスコップで掘ったような跡が見当たらない。

 

「これって前に私たちが探したラッキーちゃんの時と似てると思わない?あの時も公園に突然深い穴が開いてて、ラッキーちゃんが落ちちゃったんだよね」

 

「そうだね、あの穴も突然現れたものだったし、今回の件と無関係とは考えにくいよ」

 

みくるが机の引き出しから以前の依頼のメモを取り出して、写真と見比べながら冷静に分析を始める。

彼女のこういう素早い行動力と整理能力は、いつ見ても頼もしい限りだ。

 

「お願いします、どうかこの謎を解き明かしてください。市民の安全を守るためにも、これ以上被害が広がる前に原因を突き止めなければならないのです」

 

佐伯さんがソファから身を乗り出して深々と頭を下げた。

 

「佐伯さん、穴の謎は私たちで必ず解決してみせます!!困ってる人がいるなら放っておけないし、これ以上ケガをする人が出る前に絶対に犯人を見つけ出しましょう!!」

 

「ええ、私たちにお任せください。これまでのデータと現場検証を組み合わせれば必ず犯人にたどり着けるはずです」

 

依頼を正式に引き受けた俺たちは、さっそく佐伯さんから提供された資料を元に、最近穴が見つかった場所のリストを作成した。

 

最初は小さな公園の片隅だったものが三日後には商店街の裏路地、五日後には学校の通学路、そして昨日は駅前の歩道と、明らかに穴の発生場所が人の多いエリアへと広がっている。

しかも穴の大きさも回を追うごとに拡大していた。

 

「これは偶然じゃないな。何かが狙って場所を選び、しかも徐々に大胆になっている」

 

俺が資料を指差しながらそう言うと、みくるも神妙な面持ちでうなずいた。

 

「私もそう思う。まるで何かの生きものが成長するにつれて、餌場を広げているみたいな動きだよね」

 

「生きものって、みくるはこの穴を何かの動物が掘ってるって考えてるの?」

 

あんなが小首をかしげながら尋ねると、みくるはメモを取り出して、これまでのデータを指差しながら説明を始めた。

 

「穴の形状を見ると、スコップやシャベルのような刃物の跡がまったくないの。それに掘り出された土が必ず穴の周囲に盛り上がっていて、まるで内側から押し出されたような痕跡が残ってる。これって普通の人間が外から掘った穴には見られない特徴なんだよね」

 

「なるほど、それでカメラにも犯人が映らなかったのか。穴の下から掘り進めば地上のカメラには何も映らないからな」

 

俺は資料の写真を改めてじっくりと観察した。

確かに穴の周囲の土はクレーターのように外側に向かって盛り上がっている。

人間がスコップで掘れば、土は穴の縁に積み上げられるはずでこんなふうに放射状に広がったりはしない。

 

「よし、現場を見てみよう!!百聞は一見にしかず、だね」

 

あんなの号令で俺たちは最近穴が見つかったという公園へと向かった。

向かった先は、ラッキーを助け出したあの公園だった。

 

以前来た時は茂みの奥に隠れるように穴があったが、その穴は既に埋められていた。

だが、今度はまた新しい穴が別の場所に開いており、その穴の周辺はロープで囲われて「危険 立入禁止」の看板が立てられていた。

 

「あの時の穴より大きい気がするな。確かラッキーが落ちた時は、もっと小さかったはずだ」

 

俺が穴をのぞき込むと、みくるも膝をついて縁を調べ始めた。

 

「確かに……前回より大きくなってるね。あの時はハルくんがやっと通れるくらいの狭さだったのに、今は大人でも落ちそうなほど広がってる。深さも増してるみたい」

 

「あんな、みくる、プリキットミラールーペを使ってみよう。隠された手がかりが何か見つかるかもしれない」

 

あんなが取り出したのは、ジェット先輩が開発した探偵道具だ。

プリキットミラールーペは普通の目では見えない隠された痕跡を浮かび上がらせることができる。

 

「そうだね、このルーペで穴の周りの地面を調べてみよう。犯人が残した足跡とか、何か手がかりが見つかるかもしれない」

 

あんなとみくるは、それぞれルーペを手に取って穴の周囲を丹念に調べ始めた。

あんなは穴の東側、みくるは西側に回り込んで地面に顔を近づけながらルーペを滑らせていく。

 

「こっちには何もないよ。普通の土と草しか見えない」

 

「私の方も特に変わったものは見当たらないね。あれ、ちょっと待って」

 

みくるの声が急に硬くなった。彼女はルーペをある一点に固定したままじっと地面を見つめている。俺とあんなは急いでみくるの元へ駆け寄り、彼女の指差す先を覗き込んだ。

 

「これ、見て。ルーペを通すと地面に何かが這ったような跡が浮かび上がってるの」

 

俺はルーペを借りて、みくるが指差す地面を覗き込んだ。

肉眼ではただの土くれにしか見えなかった場所にルーペを通すと、確かに太い何かが地面を這いずり回ったような跡が青白く光って浮かび上がっている。

 

それは人の足跡ではなかった。

 

靴底のパターンもなければ、足の指の形もない。

代わりに映し出されたのは巨大な蛇かミミズがのたうち回ったような、うねうねと曲がりくねった不気味な痕跡だった。

 

「なにこれ、人の足跡じゃないよ。すごく太くて長い何かが地面を這った跡みたい」

 

あんなが息を呑んで後ずさりする。

ルーペに映る痕跡は一本だけではなかった。

穴から出た這い跡は途中から何本もの太い線が放射状に広がり、公園の出入り口の方へと続いている。

 

「この太さだと、少なくとも直径は五十センチ以上あるな。こんな巨大な生きものが、まことみらい市の地下を這い回っているっていうのか」

 

「信じられないけど、ルーペが映し出す痕跡は生きものの這った跡だわ。それも一匹や二匹じゃない。複数の生きものが動いてる……そんな痕跡ね。」

 

みくるがルーペで痕跡を追いながら少しずつ歩き出す。

俺とあんなも後を追いながら、周囲の地面を注意深く観察した。

すると以前カルト教団の倉庫があった森の方に向かっていることに気づく。

 

「この這い跡の方向、前にカルト教団の倉庫があった森に続いてる。あの時、逃げた連中の仲間がまた何かしてるのかもしれない」

 

俺がそう言うと、あんなとみくるは同時に顔を上げてお互いの目を見つめ合った。

あんなの瞳にはあの日の戦いの記憶がよぎり、不安の色が浮かぶ。

 

俺は、あんな達がカルト教団の倉庫で戦った異形の怪物の姿を思い出していた。

 

犬の頭に昆虫の足、背中から生えた透明な翅。

あの時はなんとか、あんなとみくるが倒してくれたけれど今回の痕跡は、あの時よりもずっと規模が大きくて、しかも一匹や二匹じゃない。

地面の下で何匹もの巨大な何かが蠢いている。

 

あんなは強く拳を握りしめて、不安を振り払うように勢いよく顔を上げた。

 

「あの時、私たちはカルト教団と戦って、倉庫で捕まってた人たちを助けて……怪物も倒した。でも、まだ終わってなかったんだね。街にこんな被害が出てるなら、放っておけないよ」

 

あんなは拳をぎゅっと握りしめ、震える気持ちを押しとどめるように言った。

 

「俺も同じ気持ちだ。これ以上誰かがケガをしたり、命を落としたりする前に止めなきゃいけない」

 

みくるは二人の言葉を聞きながら、少しだけ視線を落とした。

 

「……二人とも、行くつもりなんだね。できればハルくんには、危険なことはしてほしくないんだけど」

 

心配が滲む声で、みくるは俺を見つめる。

 

「危険なのはわかってる。でも俺も行く。あんなとみくるの力になりたいんだ」

 

俺が静かに言うと、あんなはそっと俺の手を握った。

 

「ハルくん……ありがとう。でも無茶はしないでね。ハルくんがケガしたら、私、本当に悲しいから」

 

「私も止めない。でも約束して。危ないと思ったらすぐに隠れること。絶対に無茶はしないで」

 

みくるは真剣な瞳で俺を見つめる。

俺は「わかった」と短くうなずいた。

 

三人の視線が重なり、静かな決意が共有される。

 

「よし……三人でこの事件を解決しよう」

 

俺たちは這い跡を追って、森の中へと足を踏み入れた。

 

 

森の中は昼間だというのに薄暗く木々の枝が空を覆い隠してしまっている。

少し進むと、地面はまるで巨大な芋虫がのたうち回ったかのようにぐちゃぐちゃに掘り返されていた。

 

足元に気をつけながら慎重に進んでいると、前方からかすかに人の声が聞こえてくる。

俺はあんなとみくるに手で合図を送り、三人で身を低くして茂みの陰に隠れた。

 

「よし、おまえ達。この街に大地震を起こし、死んだ人間を我が神への生贄に捧げるのだ。地下を空洞だらけにすれば、地面は崩れ落ちて人間どもは生き埋めになる」

 

声の主は黒いマントを羽織った男だった。

フードを深く被っているせいで顔は見えないけれど、その口調には狂信的な熱がこもっている。

男は地面にぽっかりと開いた巨大な穴に向かって話しかけていた。

 

穴の底からは不気味な蠢く音と湿った呼吸音が絶え間なく響いていて、その闇の中に何かが潛んでいるのが、はっきりと感じ取れた。

 

「あの人、穴の中の怪物に命令してるんだ。街の地下を掘り進ませて人工的に地震を起こすつもりなんだね」

 

みくるが声を潛めてそう分析する。

彼女の顔は緊張で強張っていたけれど、その目は冷静さを失っていなかった。

あんなは隣で拳をぎゅっと握りしめ、怒りに震えながらも声を抑えてうなずいている。

 

「許せない。人の命を何だと思ってるんだろう。街に地震を起こして、みんなを生贄にしようだなんて絶対に許せないよ」

 

「あんな、みくる、行こう。相手は一人でも、穴の中に何匹怪物が潛んでいるかわからない。油断はできないぞ」

 

俺がそう促すと、あんなとみくるはお互いに目を合わせてから胸元に手を当ててジュエルキュアウォッチを取り出した。

あの日、俺の前で初めて変身した時と同じように、二人の体がまばゆい光に包まれていく。

その光景は何度見ても神秘的で、この二人がただの女の子ではなく誰かを守るために戦う戦士なのだということを強く感じさせた。

 

「どんな謎でもはなまる解決、名探偵キュアアンサー!!」

 

「重ねた推理で笑顔にジャンプ、名探偵 キュアミスティック!!」

 

光が弾けて、あんなはキュアアンサーに、みくるはキュアミスティックへと変身を遂げる。

二人の衣装が森の薄闇の中で鮮やかに輝き、その姿を見ているだけで不思議な勇気が湧いてきた。

 

「ハルくんとポチタンはここに隠れてて。私たちがあいつを止めてくるから」

 

キュアアンサーが振り返って俺にそう言う。

その声は優しかったけれど、その瞳には絶対に俺を危険に巻き込ませないという強い意志が宿っていた。

 

俺は素直にうなずきポチタンを抱きしめて茂みの奥深くに身を潛める。

ポチタンは「ポチッ」と小さく鳴いて、不安そうに俺の胸にすり寄ってきた。

 

二人は茂みから飛び出し、黒マントの男の前に立ちはだかった。

男は突然の侵入者に驚いたように振り返るが、すぐにその顔を歪めて下卑た笑みを浮かべる。

 

「お前たちは、あの時のふざけた格好の小娘どもか……ちょうどいいここで我が神への生贄にしてくれるわ!!」

 

男がそう叫んで腕を振り上げると地面に開いた巨大な穴から不気味な音が轟いた。

湿った土が噴き出し、腐敗した臭気が一気に周囲に広がる。

 

そして穴の中から現れたのは、体長四メートルはあろうかという巨大な怪物だった。

ずんぐりとしたイモムシのような胴体に、イカの触手が無数に生えている。

その触手の一本一本がぬらぬらと粘液を滴らせ先端には無数の小さな牙がびっしりと並んでいた。

 

しかも一匹だけじゃない。

二匹、三匹、四匹。

次々と穴から這い出てきてキュアアンサーとキュアミスティックを取り囲んでいく。

 

「この怪物、前に戦ったやつより、ずっと大きいよ!!しかも四匹もいるなんて!!」

 

「落ち着いてアンサー!!まずは包囲網を突破しよう。囲まれたままじゃ身動きが取れなくなる!!」

 

怪物たちが一斉に触手を伸ばしてきた。

鞭のようにしなる触手が空気を裂き、二人は間一髪でそれをかわす。

 

だが、次の瞬間怪物の口から紫色の溶解液が吐き出された。

地面がじゅうじゅうと溶ける中、ミスティックは即座にミスティックリフレクションを展開する。

光のバリアが展開されるたびに、キュアアンサーはその隙を突いて反撃に転じようとするけれど、四匹の怪物は息の合った連携で次々と攻撃を仕掛けてくる。

 

「きゃっ!!」

 

キュアアンサーが触手の一撃をかわしきれずに、肩をかすめて吹き飛ばされた。

彼女は地面に叩きつけられながらもすぐに立ち上がるけれどその表情には苦痛の色が浮かんでいる。

 

「アンサー!!」

 

キュアミスティックがキュアアンサーを守ろうと駆け寄るが別の怪物がそれを阻むように触手を振り下ろした。

キュアミスティックはバリアで防ぐのが精一杯で、反撃に転じる余裕がまったくない。

二人は徐々に追い詰められ包囲の輪がじりじりと狭まっていく。

 

茂みの陰でそれを見ていた俺は気がつけばポチタンを地面にそっと下ろして立ち上がっていた。

 

頭の中に声が響いてくる。

 

『守れ……守れ……』

 

胸の奥が熱くなり、何かが弾けるように叫び出した。

そうだ……俺はあの二人を守りたい。

あの二人が傷つくのを、ただ見ていることだけは絶対にできない。

そう強く思うと……体から不思議な力が溢れてくる。

 

「うおおおおっ!!」

 

俺は茂みを飛び出すと一直線に戦場へと駆け出した。

目指すはあんなを狙っている一体の怪物。

 

奴は今、触手を振り上げて──あんなに、とどめの一撃を加えようとしている。

俺は走る勢いをそのままに思い切り地面を蹴って跳躍した。

空中で体をひねり、渾身の力を込めた飛び蹴りを怪物の胴体に叩き込む。

 

「はあぁぁぁぁっ!!」

 

足の裏に伝わったのは、ぶよぶよとした異様な感触だった。

だが俺の蹴りは確かに怪物の巨体を捉え、その衝撃で怪物はまるでボールのように吹っ飛ばされて近くの大木に激突する。

 

バキバキと枝が折れる音が響き、怪物はぐったりと動かなくなり、黒い霧になって消滅した。

自分でも信じられないほどの力だった。

 

「えっ……えぇぇぇぇ!?」

 

黒マントの男が信じられないものを見たかのように叫び声をあげる。

彼の目は驚愕に見開かれ、口がぱくぱくと開閉を繰り返している。

他の三匹の怪物たちも仲間が一撃で倒されたことに困惑しているようで、触手の動きが止まりお互いに顔を見合わせるように蠢いている。

 

「今がチャンスだ!!奴らは混乱している。一気に叩くんだ!!」

 

「ハルくん!?……ありがとう!!ハルくんが作ってくれたチャンス、無駄にしないよ!!」

 

キュアアンサーは驚きの声をあげながらも、その顔には感謝と決意が混ざり合った力強い笑みが浮かんでいた。

キュアミスティックもまた一瞬呆然としていたけれど、すぐに我に返って戦闘態勢を立て直す。

 

キュアアンサーは力強く地面を蹴った。

彼女の拳に光が集まりまばゆい輝きが森の中を照らし出す。

 

「アンサーアタック!!」

 

光をまとった拳が混乱している一体の怪物の胴体を深々と貫いた。

怪物は耳をつんざく断末魔の叫びをあげると、体が内側からひび割れて黒い霧となってゆっくりと消滅していく。

これで二匹目だ。

 

「ポチタン!!」

 

キュアミスティックが叫ぶと、茂みの中からポチタンが勢いよく飛び出してきた。

小さな体を懸命に羽ばたかせて二人のもとへと駆けつける。

 

キュアアンサーとキュアミスティックは素早くプリキットミラールーペを取り出すと、そこにマコトジュエルをセットした。

ルーペが輝きを増し、二人の周囲に虹色の光の粒子が舞い始める。

 

「見て……」

 

「感じて……」

 

「「ナゾを解く!!」」

 

「「これが私たちのアンサーだ!!」」

 

「「プリキュア・フライング・スペクトル!!」」

 

プリキットミラールーペから放たれた二つの閃光が一つに収束し巨大な光の鳥へと姿を変えた。

その鳥は翼を大きく広げると、残りの二匹の怪物に向かって一直線に飛んでいく。

 

怪物たちは逃げようと触手を蠢かせたけれど光の鳥は圧倒的な速さでその巨体を貫いた。

貫かれた怪物たちは断末魔の悲鳴をあげる間もなく、黒い霧となって四散していく。

 

「「キュアット解決!!」」

 

そう言って、キュアアンサーとキュアミスティックが俺の方に振り返る。

 

「バカな……バカなバカなバカなバカなぁぁぁぁ!!神子様から授かった僕が、こんな小娘どもにぃぃぃぃ!!」

 

黒マントの男は膝から崩れ落ち両手で地面を叩きながら、わめき散らしている。

彼の声には怒りと絶望と、信じがたい現実を受け入れられない戸惑いが入り混じっていた。

もう彼に戦う力は残っていないようで、そのままがっくりとうなだれて動かなくなった。

 

 

警察が到着するまで、そう時間はかからなかった。

みくるの通報から十五分ほどで、赤いランプを回したパトカーが森の入口に横付けされ制服姿の警官たちが物々しい足取りで現場へと入ってくる。

 

黒マントの男は地面に座り込んだまま、うつろな目で虚空を見つめていた。

あれだけ狂信的な叫びをあげていた男が今はまるで魂が抜け落ちた人形のようにぐったりとしている。

逮捕の瞬間も、男はただされるがままになっていて、反抗する気力すら残っていないようだった。

 

「この男が一連の穴掘り事件の犯人です。地面に巨大な穴を開けて、街の地下を空洞だらけにしようとしていました」

 

みくるが冷静に状況を説明する。

 

「穴の中からは、正体不明の巨大な生物も現れましたが、男を捕まえると、どこかに逃げていきました」

 

俺はみくるの隣でそう補足する。

本当はあんなとみくるがプリキュアに変身して倒したのだが、それは言えない。

 

警官の一人は「そうですか」とだけ短く答え、手帳に何かを書き込むと、それ以上は何も聞いてこなかった。

怪物の話をしているのに、まるで想定の範囲内であるかのような、奇妙なほど淡白な反応だった。

 

 

 

帰り道、俺たち三人は森を抜けて夕暮れの街へと戻ってきた。

 

商店街には買い物帰りの主婦たちが行き交い、遠くの踏切からは電車の警笛が聞こえる。

ついさっきまで命がけの戦いを繰り広げていたことが嘘のように、街はいつも通りの穏やかな日常を取り戻している。

だが俺の胸の中には、しこりのような違和感が残ったままだ。

 

「なあ、二人とも。さっきの警察の対応どう思う?俺たちが怪物のことを話しても、まるで取り合わなかった。あれだけの被害が出ているのに……どうにも釈然としないな」

 

「警察が何も聞いてこなかったのは、確かに変だよね。普通なら正体不明の怪物が現れたなんて言ったら、もっと詳しく事情を聞かれるはずだもの」

 

みくるは歩きながら顎に手を当てて、しばらく考え込んでいた。

髪が夕風に揺れて彼女の真剣な横顔をさらりと撫でていく。

やがて彼女は何かを確信したような表情で顔を上げた。

 

「警察にも、話せないことがあるんだと思う。私たちが知らないだけで、この街ではこういう不思議な事件がもっと前から起きていたのかもしれない。だから、怪物が出たと聞いてもそれを表沙汰にできない事情があるんじゃないかな」

 

みくるの言葉に俺もあんなも言葉を失った。

警察が把握しているのに公にできない何か。

 

それはつまり、この街にもっと大きな秘密が隠されているということで、今回の事件は氷山の一角に過ぎないのかもしれない。

三人の間に重たい沈黙が降りて、しばらく誰も口を開かなかった。

 

「そんなことより、ハルくんだよ!!」

 

突然、あんながパンッと手を叩いて大声をあげた。

その勢いがあまりにも唐突で、俺もみくるもびっくりして立ち止まってしまう。

 

あんなは目をキラキラと輝かせて興奮した様子で俺の目の前に飛び込んできた。

さっきまでの沈黙が嘘のように、彼女の声は弾んでいてそのギャップに思わず笑みがこぼれる。

 

「ハルくんって、プリキュアじゃないのに、すごいキック力なんだね!!あの大きな怪物を一撃で吹き飛ばしちゃうなんて、普通の人間にできることじゃないよ。まるで特撮のヒーローみたいだったよ!!」

 

あんなは両手をぶんぶん振り回しながら、身振り手振りで俺の蹴りの再現をしようとしている。

その無邪気な姿に、さっきまで感じていた胸の重みが少しだけ軽くなった気がした。

 

「確かに、あのキックは普通の人間の力とは思えな……」

 

みくるも同意しようとして、はっとして口を閉じた。

彼女は一瞬だけ俺の顔をちらりと見て、それから慌てたように視線をそらす。

あんなは「?」と小首をかしげているけれど、俺にはわかる。

 

「みくる、気を遣ってくれてありがとう。でも大丈夫だ」

 

俺は立ち止まって二人の顔を順番に見つめた。

あんなの大きな瞳には純粋な好奇心が輝いていて、みくるの目には心配そうな光が揺れている。

 

二人とも俺のことを思ってくれている。

そのことが何よりも嬉しかった。

 

「確かに俺は、普通の人間ではないのかもしれない。あれだけの力がどこから出てきたのか自分でも説明がつかない。自分のことなのに、わからないことだらけで時々自分が何者なのか怖くなることもある」

 

俺がそう言うと、あんなとみくるは心配そうな顔で俺を見つめた。

あんなは先ほどまでの興奮が嘘のように、しゅんとする。

みくるは唇を噛みしめて、何か言いたそうにしながらも言葉を探しているようだった。

 

「でも、この力があったから、あのとき二人を助けることができたんだ」

 

俺はできる限りの笑みを浮かべて二人を見つめた。

 

あの時、怪物の触手が二人を襲おうとした瞬間に迷わず飛び出せたこと。

それがどれほど俺にとって意味のあることだったか、ちゃんと伝えたかった。

記憶がないことも普通じゃないことも、この力を役立てられたという事実の前では大した問題じゃないと思えた。

 

「もし俺が普通の人間だったら、二人が傷つくのをただ見ているしかできなかった。そう思うとこの得体の知れない力にも感謝したいくらいだ。俺は、自分の力でお前たちを守れたことを少しも後悔していない」

 

俺の顔に浮かんだのは迷いのない静かな笑みだった。

自分でも驚くほどに、そこには一片の後悔も曇りもなかった。

 

「ハルくんが何者であっても、もう私たちの大切な仲間だよ」

 

みくるが一歩前に進み出て真っ直ぐに俺の目を見つめながらそう言った。

彼女の声は静かだったけれど、一言一言を噛みしめるような確かな響きがあって、その言葉の裏にある強い決意がひしひしと伝わってくる。

 

「そうだよ、ハルくんは私の……私たちの大事な家族なんだから!!」

 

あんなはそう叫ぶと、顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

その笑顔は夕暮れの街の中でひときわ輝いていて俺の胸の奥をじんわりと温めてくれる。

 

「ポチッ、ポチッ、ポチタンッ!!」

 

あんなのポシェットから飛び出してきたポチタンが、ぴょんと跳ねて俺の胸に飛び込んでくる。

 

小さな体を精一杯に押し付けてすりすりと頬を寄せてくる。

その温もりが、言葉よりも雄弁に「仲間だ」と伝えてくれていた。

 

俺はポチタンをそっと抱きしめながら、二人に向かって深く息を吸い込んでから心の底から溢れ出る言葉を絞り出した。

 

「俺は記憶もなくて自分が誰かもわからない。でも、みんながいてくれるから自分を見失わずにいられる。みんなが仲間だと言ってくれるから、ここが俺の帰る場所になったんだ。本当にありがとう」

 

俺の声は少しだけ震えていたかもしれない。

でもそれは悲しみではなくて、胸の奥から込み上げてくる温かいもので満たされていた。

 

みくるはそっと目を細めて優しく微笑み、あんなは「えへへ、どういたしまして」と照れくさそうに鼻の頭をかいている。

ポチタンは俺の腕の中で「ポチタン」と満足げに鳴いて、すっかりくつろいでしまった。

 

三人と一匹で歩く帰り道は来たときよりもずっと温かくて、街灯が灯り始めた夕暮れの道がどこまでも優しく輝いているように感じられた。

 

 

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