第1話 序章 デモドリ
私と羽入、そして愛すべき仲間たちはついに昭和58年6月という名の運命の袋小路を抜け出した。
さぁ、固く閉ざされていた夏への扉を今こそ開こう。
……本当の自分を始めるために!
「梨花……それ、声は同じだけど違う人なのです」
ま、そのあとはあまり順調でもなかったのよね……。
自転車で事故を起こすし、羽入にさんざんな悪夢を見せられるしで酷い目にあったわ……。
ほんっとろくなことしないんだから、この祟り神は。
「あぅあぅ、梨花、不敬なのです! 僕は梨花を諭したのです、いいこと言ったのです!」
やかましいっ!
こっちがあの世界でどれだけ途方に暮れたと思ってるのよキムチ。
「からいからいからい! あぅあぅあぅう!」
トラウマになりそうよ……まったく。
「そ、それはこっちの台詞なのですぅ……あぅあぅ」
ともかく、幾多の惨劇を乗り越えて至ったこの世界、存分に楽しませてもらうとしましょう。
あ、申し遅れたけどこのあぅあぅ言ってるのがたいやき食い逃げ娘ね。
「うぐぅ! それも違う人なのです、それだと梨花は魔物とチャンバラなのです!」
はいはい。雛見沢の守り神オヤシロ様にしてまたの名を古手羽入ね。
「なにか投げやりなのです……」
ところで……よく考えてみると、ここから先は私にとってまったくの未知の世界になるわけよね。
正直、なにが起きるか全然わからない世界なんてひさしぶりだから、ちょっと怖いわね……。
「それが普通なのです、梨花はぜーたくなのです」
ほんとに懲りない奴ね……。
ま、これ以上キムチを食べたい気分でもないから許してあげるわ。
「えらそうなのです……ところで、さっきからノートを開いて何を書いているのですか? 宿題ですか?」
羽入に貸してるツケよ……必ず払ってもらうわ。
忘れっぽいからね、メモってるのよ……。
「あぅあぅ、オラオラは勘弁なのです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
オラオラって……むしろ時を止めるのは、あんたの特技じゃなかったかしら?
「そうなのです。原作でもときどき、圭一が我が時の止まった世界に入門してきやがるのです」
DIO様の方なのね……実にどうでもいいけど。冗談だし。
「ではまさかそのノートは……名前を書くと書かれた人に僕と同じ角が生えてくるという『なのですノート』!」
いや、違うし。新世界の神とか興味ないし。
「む~、梨花はノリ悪いのです……じゃあ、なんなのです? 意表をついて羽入×圭一SSでも書くとか?」
もうなにがなにやら。なんで私がそれを書かないといけないのよ。
「確かに、どうせだったら圭梨SSを書くべきでしょうけど……あぅあぅ、まさか梨花×羽入!? なにか危険で甘美な匂いを感じる僕なのです!」
とりあえずSSから離れなさい!?
このノートは……んー、日記とも違うし、覚え書きでもないんだけど……。
気が向いたときに気が向いただけ、思ったことや感じたこと、考えたことを書き留めようかと思ってね。
そのうち見直したら面白そうじゃない?
「なるほど……面白そうですね。どんなことを書くのですか、梨花」
そうね……まずは、あなたの間抜けな顛末を書いてあげようかしら。
「あぅ? なんのことなのですか?」
山狗との戦いを終えた綿流しの夜、羽入はひっそりとこの世から姿を消した。
新参の部活メンバーとして私たちと戦うことを決めて人の身になってみせた羽入ではあったが、役目がすんでしまえば雛見沢の守り神に戻らなければならない。
そうして転校生『古手羽入』は姿を消し、みんなの記憶からも消え去った。
もう、覚えているのは私だけ。
羽入が見えるのも、巫女である私だけ。
……正直、ちょっと寂しい。
そんなふうに思ったのは、どうやら私だけじゃなかったみたいで。
「みなさーん、遅れましたわー!」
「遅いよ~、もう。綿流しが終わったからってみんな、たるんでるよ!」
「あはは、でもでも、これで全員揃ったかな?」
「え、でも一人足りなくないか?」
「え? 圭一さん、足りないって……どなたがですの?」
「我が部はもともと少数精鋭の6人……ん、5人だっけ?……ああ、詩音なら今日は診療所だよ?」
「いや、詩音じゃなくてさ……ん、やっぱり詩音のことかな。でも誰か足りないような……」
「誰のことかな、かな? ちゃんとここに、全員揃ってるよ?」
「そうですわよ。……ですわよね?」
自信なさそうに首をかしげる沙都子や、腕組みをして考え込む圭一、皆を見回して数え直す魅音。
その中で、レナだけはにこにこと笑顔を、私の肩越しの『誰か』に向けていた。
羽入。みんな、忘れてないみたいよ……?
「あぅあぅ、そんなことはないはずなのです……『僕の記憶』は確かに『消した』のですッ!」
なんで荒木節なのかよくわからないけど……、甘いわね。
ここにいる皆が、幾多の世界で奇跡を起こしてきた部活メンバーだって忘れたわけじゃないでしょう?
「それは……」
この連中に一度でも仲間だと思われたら、たとえ記憶を消そうが別の次元に旅立とうが、世界の果てまで追い回されるわよ。ねぇ、『古手羽入』……そう思わない?
「皆には負けましたのです。今一度、梨花の生に付き合うとしましょう……羽入、参上☆」
諦めたように微笑み、羽入は姿を隠すのをやめた。……だからネタはやめれ。
「……やっぱ全員揃ってるな。すまん魅音、俺の勘違いだ!」
「そうだよ~、ほんと圭ちゃんはいっつもわけのわかんないことばっかり!」
「仕方ありませんわ、それが圭一さんですもの!」
「そうだね、だね! ほら、遊びに行こうよ!」
「待ってください、みぃ~☆」
駆け出す皆に、私も走って追いつく。
「あぅ!? せ、せっかく記憶を戻したはずなのに、シカトされまくりなのです!?」
勝手にショックを受けて立ちつくす羽入だが、私もみんなもいっせいに羽入を振り返った。
「ほら、羽入さん。はやくなさいませ!」
「そうだよ羽入ちゃん、置いてっちゃうよ?」
「あるぇ~? なんか羽入見るの久しぶりのような気が……」
「なに言ってんだよ、魅音。羽入は昨日も一昨日もいただろ?」
「そうです、羽入はただ存在感がないだけなのですよ。にぱ~☆」
「……あぅあぅあぅ……扱いが酷いのです」
「あっはは、そんなことじゃ困るよ、羽入。あんたも新人とはいえ、我が部の大事な一員なんだからさ!」
皆の笑顔を向けられて、羽入はすこし瞳を潤ませる。
「いま行きます、いま行くのです!……あぅっ!?」
盛大にコケたから思う存分撫でてやったっけ。かわいそかわいそ、なのです♪
「うぅ……賽殺し編で僕がいるのかいないのか微妙な描写の辻褄を合わせるだけのために、人の恥をさらさないでほしいのです……」
かっこよく消えるつもりが、あっという間に出戻りとはね……世にも間抜けな神様もいたもんだわ。
「ふんだ、いまの僕は神様じゃないのです、梨花と同じ小学生の女の子なのです」
あら、そうなの?
じゃあ富竹が鷹野の回復を願ってお供えしていったこのシュークリームはいらないのね。
「なにを隠そう、小学生兼守り神さまなのです! 我を崇め奉るのですよ、あぅあぅあぅ!」
くすくす。
……でも羽入がいる方が楽しくなりそうよね。いろいろと。
「り、梨花の笑顔が不気味なのです~!」