列車のドアが閉まり、惜別の声が遮られる。
いつもどおりの笑みを浮かべてホームで声をあげる仲間たちに手を振って答えながら、大石蔵人は先日のお別れ会で彼らから贈られた特注のジャンパーを握りしめていた。
子供たちが決して多くはないだろうお小遣いからお金を出し合って作ってくれたそれは多分、大石の残りの人生における大切な一着となるだろう。
そのジャンパーの広い背中には、『HINAMIZAWA 2000』の文字が鈍く光っている。
昨年の初夏に起こったあの事件を知る者でなければ意味のわからない、まるで暗号のようなそのフレーズは……大石にとって、感慨深いものだった。
思えば警察官として過ごした数十年のうちで、最後の数年こそは生涯忘れることさえできないような困難と挫折の連続だった。
S号と呼ばれ、誰もが積極的には関わろうとはしない園崎家。
彼らが毎年起きる陰惨な事件の裏側にいるのだと信じて、父とも兄とも慕った気骨ある親友の死に報いようと、上層部の忠告も、村を嗅ぎ回る刑事を忌み嫌う村人たちの悪意ある視線をもはねのけて、真相を追い続けた数年間。
信憑性のない情報の裏をとる地道な捜査もあれば、汚いやり口で裏から手を回して園崎を揺さぶったこともあった。
それが実を結ぶことなく、思うような結果が得られなかったのは、結局のところ園崎家の暗躍という真相そのものがなかったのだ……と納得できたのはまさに最後の最後。
耳を疑うほどに悪辣な、そして一介の刑事からすれば手に余るような、大きな陰謀を目の前に突きつけられ、大石は幾度も後込みし、躊躇いながらも……参戦を決意した。
かつては生涯の敵と定めた園崎家や、陰謀の中心に置かれ仲間を守りたい一心で立ち上がった村の少年少女たちと肩を並べ、あまりにも強大な敵に立ち向かった。
このジャンパーは、その戦友たちが贈ってくれたもの。
その背に雛見沢住民二千人の尊い命を負い、自らの進退を賭して惨劇に抗った誇り高き男にしか身につけることを許されない……それはまさに、“勲章”だ。
決して平坦とは言えず、清廉ともほど遠かった刑事生活の最後に、信念を全うすることができたあの夏の記憶を……大石が忘れることはあるまい。
「老兵は去ります……あとは、まかせましたよ。皆さん」
既に列車はホームを離れている。
声はもう届かない。
それでも大石は表情を引き締め、背筋を伸ばすと、頬を伝う熱いものを拭うかわりに手をあげ、肘を曲げ、指先をこめかみへ……敬礼の形をとった。
若い戦友たちと、古い因習にとらわれた村には、この先も幾度となく試練が待ち受けているだろう。
けれど、自分が表舞台で戦う必要はもはやないのだ。
あのとき自分が示し、また彼らに教えられもした、運命に打ち勝つ気高い魂はあの地に……、そして彼らの胸に、確かな強さで宿っているのだから……!