中学校生活も半年を過ぎる頃には、ちょっと疲れ気味だった。
ひとつは人間関係。
ここ百年で雛見沢の人間ならば知り尽くしている私だけど、さすがに興宮の子供たちまでは守備範囲外だ。
見知らぬ人間と一から向き合うということが今までの私にはほとんどなかっただけに、どうしても手探りでぎこちないものになる。
せめて沙都子が同じクラスだったらよかったんだけど、沙都子と羽入は隣のクラスだから頼れない。
それでも女子の習性として、ある程度はまわりに合わせないとやっていけないから苦労したわね……。
持ち前の明るさで、いまではクラスの中心になっている沙都子が羨ましいわ。
「梨花も頑張ったのです!」
猫かぶりをやめたせいもあって、なにやら同級生にはクールな第一印象を与えたらしいんだけど……私って、肝心なとこで失敗する癖があるのよね。
そんなことを繰り返しているうちに、『クールだけど、たまに不器用でちょっと可愛い』なんて不思議キャラができあがってしまった。
これがクールで完璧ならかえって孤立していただろうし、途方もなくドジだったらいじめの対象になっていただろうから、運がよかったといえばよかったのかもしれないわね。
もうひとつは勉強。
英語とか数学とか、ホントわけわかんないんですけど……。定期的にテストもあるし。
平和な雛見沢分校、カムバーック!
「勉強は僕も苦手なのです……圭一が家庭教師してくれなければ、二人揃って補習組になるところだったのですよ。あぅあぅ」
沙都子はあれでなかなか勉強も頑張ってるらしいわね。悟史と詩音が二人がかりで面倒見てくれてるってのも大きいんでしょうけど。
……鉄平は邪魔してないのかしらね?
「偏見なのです、梨花。鉄平もいまでは結構いいおじさんなのですよ。さすがに勉強を見るようなことはありませんが、沙都子たちが宿題してるときはテレビの野球中継の音を小さくして、邪魔にならないようにひとりで晩酌しているのです」
な、なにか肩身が狭そうね。
ちょっとだけかわいそうになってきたわ。
あとひとつは……やっぱり、部活がたまにしか開催されないことかしらね。
学校がばらばらになったから、連休のときやなんとかみんなで予定をあけた休日に集まるくらいで、夏休み以外は月1回あるかどうか。
夏休みだって、それぞれ学校の部活動や学校の友人との予定も入ってるから、昔みたいに毎日ってわけにはいかなくて、週1回か2回だものね。
罰ゲームで圭一との仲を邪魔をされなくなったのはいいけど、そもそも圭一も学校が穀倉だからやっぱり家以外ではなかなか時間がとれないのも一緒だし……。
「梨花は部活が嫌いになったのかと思ってましたけど……」
そんなことないわよ。
確かに、罰ゲームを口実に圭一との仲を邪魔されるとムカつくけどやっぱり仲間と遊ぶのは楽しいし、集中攻撃程度の逆境ならむしろ望むところよ。
遠慮無しに本気で潰しに来る相手とやりあうからこそ、充実した時間になるんだもの。
「お~、梨花にしては前向きな考え方なのです」
なんていうか、自分の周囲の環境がこうやって変わっていくといつまでも飽いてはいられなくなるのよ。
順応するのにせいいっぱい、ってことかもしれないけど。
「梨花が現実に適応しようとするのは、僕としては嬉しいことなのです♪」
そこまで大層なもんじゃないけどね。
……ま、羽入にしてみれば、私が古手梨花であろうと振る舞うことは、好ましく思えるのも無理はないか。
「あぅ……そうやって僕の親心を見透かすあたりが可愛くないのです」
はいはい、ヒネた娘でごめんなさいね。
ほかに書くことは……ああ、鷹野に頼みこまれて祭具殿を見せてあげたんだっけ。
「僕はあまり気が進まなかったのです……それに、皆殺し編でも見せたことがありましたのですよ?」
まぁ、高級シュークリームをお供えしてくれたんだからいいじゃないの。
「それはそうなのですが……あぅう」
あの猟奇趣味だけは偽装でもなんでもなかったみたいね……物凄い喜びようだったわ。
そういえば、あんたに伝言を言付かってたわね。
「?」
オヤシロ様にまつわる因習とオヤシロ様の神格そのものは関係ないから、あまり気にしないことね……って。
どういう意味かしら?
「……鷹野め、お賽銭箱の前で会ったのを覚えてるのですね。やれやれなのです」
よくわからないけど……鷹野も雛見沢の住人なんだから、仲良くしてあげなさいよ。
確かに鷹野は、私たちや雛見沢の人たちを皆殺しにしようとした張本人でもある。
でも、ここではないどこかの私から伝わってくる記憶の残滓……それは、鷹野の人生も私や仲間たちに負けないくらい、サイコロの1にまみれているらしいということを教えてくれる。
鷹野はそんな人生を自分に押しつけた神に復讐するために、自らが祟り神になろうとしてあんなことを起こした。
そしてたったひとりで、握りしめたサイコロを世界に叩きつけ、数多の世界で私を殺し雛見沢を滅ぼすほどにまで運命を強固にしていた。
あまりにも悲しい生き様、その果てに辿り着いたこの世界での敗北。
彼女に殺され続けた私がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、せめてもうすこしだけ、この世界が彼女にとっても優しいものであって欲しいと願わずにはいられないのだ。
しかし、運命というのは相変わらず意地の悪いものらしい。
ある日入江に呼び出されて聞かされた話で私は、鷹野がどうしてあんなに祭具殿を見たがったのかを理解することになった。
「……来年の春をもって、入江機関は閉鎖となります」
昭和58年に突きつけられた3年間という研究終了までの猶予期間、それが終わろうとしているのだ。
治療薬もほぼ完成の域に達しており、冬に新型インフルエンザの流行という情報を流した上で全村民に予防薬と偽って投与する計画が進んでいた。
機関の閉鎖に伴い入江をはじめとする構成員には、雛見沢を離れるかどうかの選択が迫っている。
鷹野もそれを知ってこの世界では果たせなかった祭具殿への侵入、その心残りを片づけておこうと思ったのだろう。
入江自身も迷っているらしい。
別の研究機関で別の研究に従事しないかという誘いも来ているが、雛見沢で臨床医としてやってきたことも無にしたくはない。
入江にその気があるなら、診療所は地下部分を閉鎖した上で普通の診療所として運営することも許されているそうだ。
もちろん研究費の助成はないから独立採算でやっていかねばならず、こんな小さな村の開業医には楽な経営など望むべくもないのだろうが。
「でも僕は、入江は雛見沢に残ってくれる気がするのです」
どうかしらね。
そうであってほしいとは思うけど、入江は大人だもの。
それに、入江なりの夢だってあるはずよ。
ここでしがない町医者を続けるのが、入江の人生にとっていいことだとは思わないわ。
「梨花の言うことはわかります。でも、入江はそう思うでしょうか?」
……なるほどね。
私の知る限りでも、入江機関は綺麗な存在ではなかった。
少なくとも私の両親を殺したのは彼らだと思っているし、治療のためとはいえ悟史を拉致し、監禁していたのだってそうだ。
それ以外の連続怪死事件になんらかの形で関与していてもおかしくはない。
入江は善良な男だから、雛見沢の人々への罪滅ぼしのためにここに骨を埋めるつもりかもしれないと、羽入はそう思うわけね。
「はいです。夢を諦め、ここに残ることで罪を償おうとしても不思議ではありませんし、それで入江の心が少しでも軽くなるなら、それは仕方のないことなのです」
そうね……そっちは入江次第、ということね。
「……梨花はもっと反対するかと思っていましたのです」
私自身は、入江はもう雛見沢に十二分に尽くしてくれたと思ってる。
でも、それで納得できるかどうかなんて入江にしか決められないことだし、私は研究の協力者だっただけの単なる子供よ。彼の人生に口出しする権利はないわ。
「どうみても子供の言い草じゃないと思うのですが、梨花の成長は嬉しく思います……入江についてはそれでいいでしょう。問題は、鷹野だと思うのです」
鷹野の心情を理解するのは余計に困難ね。
入江と同じように罪悪感があるとしても、彼女の場合は犯そうとした罪が大きすぎる。
雛見沢の全住民を皆殺しにしようとしたなんて、全人生をかけたって償いきれるものじゃない。
むしろ、合わせる顔がなくて雛見沢から一刻も早く逃げ出したいというほうが理解できるわ。
でも、鷹野はそうしていない。
以前と同じように上辺の笑顔で村人に接し、それでいて治療薬の研究には私から見ても積極的に力を注いでいた。
鷹野がどうするのか、どうしたいのかは、たとえ神でも……ううん、オヤシロ様でも分からないんじゃない?
「梨花が意地悪なのです……あぅあぅ。正直、僕にもわかりません。僕は梨花とは違って、もともと鷹野が好きではありませんし……、彼女のたどってきた人生を知っていてもその罪はなお重いものだと思っています。僕は……あぅあぅあぅ」
羽入……あなたが悩むのも無理はないと思うけど、思い出して。
私の知っているオヤシロ様は、人の世で購えない罪を赦す優しい神様よ。
そして、私は今でもこう信じている。
……この世界に、敗者なんかいらない。
「梨花……」
私に言えるのは、それだけ。
あとは、あなたが考えなさい……羽入。
<雑談>
昨日、XかYouTubeか、どこかで見たんですが、『ひぐらしのなく頃に 雀』のリマスターが出るらしいですね。
いやー、まさか今になって『ひぐらしのなく頃に 雀』のリマスターが出るとは予想もしませんでした。『ひぐらし』は新作の展開も続いていますし、こうして昔の作品まで掘り起こされるのは、ひぐらしファンとして嬉しい限りです。
そして今回の『徒然花』を書いていて、改めて思ったんですが、鉄平って面白いキャラクターですよね。
この作品の鉄平も、業・卒の鉄平と同じように、ほんの少しだけ「綺麗になれる」片鱗を見せているところがあります。完全に別人になるわけではないけれど、ふとしたところで「こいつ、もしかしたら……」と思わせてくれるというか。
原作ではなかなか見られなかった部分だからこそ、こういう鉄平を書くのは個人的にも結構好きだったりします。
あ、それと『神楽舞』のほうでも少し触れていた自分の新作SSですが、とりあえず第一章の半分を書き終えたところです。
全四部構成なので、まだまだ先は長いですが、今のところ順調にモチベーションを保ちながら書けています!
昔は……かなりモチベーションに左右されていたんですが……(笑)
今は以前よりも安定して書けているつもりです。
まだ投稿までは少し時間がかかると思いますが、こちらも気長にお待ちいただければと思います。
では、今回はこのあたりで。