なにごとも順調とはいかないのが世の常だ。
かつて私が相談し勇気をもらったレナに、今度は私が相談を受ける立場になるとは思わなかった。
でも、レナが悩むのも無理はない……。
なにしろ、彼女の悩みというのは、クリスマスに悟史に告白されたけどどうしたらいいだろう、というものだったのだ。
「悟史くんは詩ぃちゃんと付き合ってるものだとばかり思ってたから、びっくりしちゃって……なんて答えればいいか、全然わからなかったの」
それはそうだ。
私だって、仲間のみんなだって、そう思っていたに違いない。
しかし言われてみれば、悟史が詩音のことを彼女だと公言したことは一度だってない。
詩音がどう考えているかはわからないが、行動力のある彼女もあれで悟史の前ではなかなかに純情だ。
彼女がべったりするのは主に沙都子のほうで、悟史にあれこれアプローチはかけてはいても直接的なことは告げていなかったのだろう。
悟史にしてみれば、失踪前によく関わっていたのは魅音のふりをした詩音で、別人だとわかったのは叔母を殺したあとの話。
発症時の記憶は沙都子にしてもあやふやらしいから目覚めたばかりの頃は魅音と詩音が別人だということをうまく自分の中で整理できずに混乱していた。
自分がいない間沙都子の面倒をみてくれて、それからも北条家に顔を出して兄妹の生活を助けてくれる詩音に好意を抱かなかったわけではないのだろうが……うまくいかないものだ。
悟史の好意は、家族のように接してくれる仲間へのものだった。
分校で1年以上一緒に過ごし同じ高校に進んだ上に、同じクラスになったレナのことを悟史が好きになってしまっても、誰が責められるだろうか。
それで、レナはどうなの?
「どうって言われても……悟史くんと同じだよ。悟史くんのことは仲間として大好きだけど、そんなふうに考えたことなかったもん。詩ぃちゃんのこともあるから、断るべきなのはわかってるんだけど……」
悟史を傷つけたくない、というわけね。
優しいレナだからわからなくはないけど、私の意見を言えば、悟史が傷つくのはしかたのないことだと思うわよ?
「そ、そうかな?」
私だって、沙都子やレナに背中を押されたから圭一に告白したけど、断られて傷つくのは覚悟の上だったもの。
悟史は私なんかよりずっと繊細だし、朴念仁のように見えてもまわりが見えてないわけじゃない。
レナが詩音に気を遣って断る、なんて最初からわかってるんじゃない?
「……言われてみれば、そうかもしれないね」
あくまで推測だけどね。
それでも自分の気持ちに嘘をついて詩音といまの関係を続けるなんて許せなくなったから、断られるのを覚悟で告白したんじゃないかしら。
レナはそこを踏まえて、ちゃんと考えたうえで素直な気持ちを返してあげればいいと思う。
「うん。ありがとう、梨花ちゃん……ちょっと私、混乱してたみたい。梨花ちゃんと話したら、すっきりしたよ」
お互い様よ。
……あのときは、私がレナに助けてもらったんだしね。
後日、レナ自身からちゃんと断ったと聞かされた。
私の予想と違わず、悟史はすでにその結果を受け容れていたようで、大して取り乱しもしなかった。
ただ、もうしばらくはレナを好きでいることを許してほしいと、寂しげに笑ったそうだ。
……レナ、ちょっと泣いてたな。
圭一もこの話は知っていた。
どうやら悟史に相談を受けていたらしい。
「俺はやめとけって言ったんだ」
意外な言葉だった。
圭一ならむしろ、当たって砕けろとでも言いそうだ。
そう思って問いただすと、圭一はからからと笑った。
「思いつく限りのマイナスを並べ立てたよ。詩音が可哀想だとか、魅音もいい思いはしないだろうとか、詩音の気持ちを知ってるレナが無神経だって嫌うかもしれないとか、沙都子も詩音に申し訳なく思うだろうとか。それでも諦めきれないっていうから、俺が許さんって言ってぶんなぐってやった。悟史も殴り返してきたけどさ」
先週階段で転んだとか言ってた怪我はそのせいか。
「悟史の奴、おとなしいようで負けず嫌いだからな。あのくらい否定しまくってやれば、まわりの気持ちとか関係無しに告白できるだろ」
乱暴なやり方だと呆れたけど……確かにそうだ。
悟史はたぶん、圭一にそこまで頭ごなしに否定されなければ自分で勝手に諦めていたかもしれない。
優しい性格の悟史のことだ、曖昧なまま詩音を受け容れて……レナへの想いを引きずっていれば、いつかどこかでもっと詩音を傷つけたかもしれない。
圭一は後先考えないように見えるが、みんなを思ってのことなのはいつもどおりだった。
……にしても、圭一たちも高校生だものね。
そういうトラブルも、必然的に起こるような時期に来ていたわけか。
私も、圭一の身辺に用心したほうがいいかしら?
「おいおい、怖いこと言うなよ。みんな、俺たちのことは納得してくれてるだろ」
甘い。
まぁ今回私に相談してきたことから考えてレナはある程度割り切ってると思うけど、魅音あたりは怪しいものだ。
あれだけ高校で人気があるのに彼氏ひとつ作らないところから考えても、まだまだ隙を狙っているのではないか。
「な、仲間を信じようぜ……おい」
などと言っていた圭一だが、その年のバレンタインに魅音からもらったタバスコチョコでのたうち回る羽目になった。
なんでも、普通のタバスコじゃなくてわざわざ海外から取り寄せた激辛のチリソースをたっぷりとまぜこんだ特別製だったらしい。
信頼というのは、ときに痛みを伴うものなのよ……くすくす。
詩音はといえば、今年も変わらず、悟史と沙都子に特大のチョコケーキを持っていったそうな。
クリスマスの話を知らないはずはないと思うんだけど、詩音の攻め方は変わらない。
私は惨劇のひとつでも起こしやしないかと心配してたんだけどね。
「梨花、それこそ仲間を信じるべきなのです……」
あら、羽入。悩みは解決したの?
「梨花は本当に意地悪ですね……僕がそう簡単に鷹野を許せるわけも、かといって切り捨てられるわけもないとよく知っているはずなのです」
くすくす、もちろん知ってるわよ。
あなたがどれだけ未熟な神様かってことも、どれだけ優しい女の子かってことも。
その両方だったからこそ、私はあの地獄巡りの旅をするはめになって、その果てにいまの幸せな世界にいるんだからね。
「……子に教えられるというのは、複雑なものですね。僕も老いたということでしょうか」
ちなみに今やってるそれ、犯人はヤスよ?
「あぅ!?……あぅあぅあぅ、余計なことは教えなくていいのですぅ!」
はい泣かない泣かない。
老いたどころか、子供みたいじゃない。
……それでこそ、羽入なんだけどね。
「本当に、ごめんなさい」
春の日、桜の舞い散る古手神社の境内で頭を下げたのは、誰あろう鷹野三四だった。
私と羽入は、戸惑いつつ顔を見合わせる。
「私の復讐に、あなたたちを付き合わせてしまった。いまさら謝っても遅すぎるのはわかってるけど、これだけは心残りだったのよ。祖父が愛して、そして振り返ってみれば私も大好きだった、この雛見沢を離れる前に言っておきたかった」
鷹野によれば、雛見沢症候群の研究に最初に着手した高野一二三という人物は彼女の養父であり、郷土史を調べたり地質などを調査するためにこの雛見沢に立ち入るうちに、すっかりこの土地を気に入ってしまい、幼い彼女に土産話をよくしてくれたのだそうだ。
鷹野がそれを思い出したのは、回復後の気晴らしに富竹と風景写真をとっているうちに祖父が見せてくれた写真と同じ景色を見つけてしまったときだという。
「おじいちゃんが好きだったのは、ただ緑がそこにあるだけの景色じゃない……人の息吹が根付くこの村の穏やかな風景だったっていうのに、ね……」
祖父の名を遺そうとするあまり、祖父の思い出が残った土地を地獄に変えようとしていた自分の行いを省みて、鷹野は涙するしかなかった。
「最後にあなたたちの顔が見られてよかったわ。私に一度も恨み言を投げなかった古手の巫女と、恨みがましい目つきで睨んでくるチビ神さまの顔をね」
「あぅう……余計なお世話なのです」
鷹野のあの言葉、そういう意味だったのね。羽入の正体に気づいてたのか……。
「私は雛見沢郷土史研究の第一人者でもあるのよ? 後世オヤシロ様と呼ばれるようになった古手の最初の巫女の名に気づかないわけがないでしょう?」
ふふんと微笑んでみせる鷹野は、いつもよりもいくぶん優しい目をしていた。
「餞別です、鷹野。……いえ、田無美代子」
はっと目を見開く鷹野の掌に、羽入がなにか小さなものを押しつける。
「そして貴女を赦しましょう。……いつか貴女が、貴女自身を赦せることを祈ります」
それだけ告げて、……恥ずかしいのだろうか、ふわりと姿を消した。
私と鷹野は小さく微笑み合い、石段の下にバスが停まるのを見た。
バスから降りてきたのは運転手姿の富竹と、彼を呼んできたらしい圭一で……鷹野は目を拭うと、私と、その後ろに向けて元気よく手を振った。
「また来るわ、必ず」
まるで少女のような笑顔とともに、そう言い残して石段を駆け下りていった。