「きーっ、羽入さんに勝負を申し込みますわ!」
そういう年頃なのは、レナや詩音だけというわけでもなかったようで……。
「あぅう、沙都子、僕は全然まったく興味がないのですよ~」
「そんなこと関係ございませんわ! 私自身が納得いきませんのよっ!」
沙都子、興奮しすぎてすっかり口調が分校時代に戻ってるわよ……。
別に、この口調じゃないと沙都子だとわかりにくいからってわけじゃなくてね。
「冷静に言い訳してないで、助けてください梨花~」
しょうがないわね……沙都子、そのへんにしておいたら?
「梨花はひっこんでてくださいます!? これは女の意地をかけた勝負ですの!」
ということで、あとはまかせるから頑張りなさい羽入。
「あぅあぅ……梨花が放り投げたのです」
きっかけは例によってくだらない。
というか、いつだってくだらないことが大騒ぎになるのが私たち部活メンバーの宿命というか習性なのだった。
私と羽入、それに沙都子は中学生になってももちろん親友同士で、たまにお泊まり会なんてものもする間柄だ。
そんなわけで、今日は沙都子が前原屋敷に泊まりに来ている。
……ちなみに前回は北条家で、サマを駆使して鉄平からお小遣いを大量に巻き上げたっけ。
「まずは料理勝負を挑みますわ!」
で、おしゃべりの中で沙都子の好きな人を追及することになった。
というか、私と羽入の答えなんか言うまでもなく「圭一」なので、この話題が出た時点で沙都子だけが追及されるはめになったというのが正しい。
「……すまん、沙都子。やっぱ羽入のが上だ」
「沙都子に教えた梨花の先生は僕なのですから、当然なのですよ……もうやめようです」
沙都子が『好きというほどではございませんけど』と前置きして告げたのはクラスの男の子の名前だった。
クラスの違う私にはまったく知らない相手。
親友の沙都子にも私の知らない生活があるんだな、なんて感慨にふけっていたのだが……。
「くっ……、こ、今度は、羽入さんが種目を選んでくださいませ!」
沙都子と同じクラスの羽入にとっては既知の相手。
それも夏に告白されたけどあっさり振った相手だと口を滑らせてしまったものだから、沙都子の悔しがることったらなかった。
「あぅあぅ……なら、ツインビーで勝負なのです」
「望むところですわ!」
それだけなら可愛いものだと笑っていられたのだが、沙都子にとってはプライドに関わる問題だ。
いまでは回数こそ少なくなったが相変わらず開催されている部活の場では、羽入におくれをとることなど稀なのだから無理もない。
「うぁぁん、ベルが、ベルが取れませんわ! えぇえっ、今度はベルが敵に!?」
「羽入、容赦ねぇなぁ……やりこみ過ぎだろ」
もちろん、私からみたって沙都子と羽入のどちらが可愛いかと聞かれたら即答できないし、いまこの家にいる唯一の男性である圭一に聞いてもそれは同じことだろう。
「な、なら、最後の種目は審判の圭一さんが決めてくださいませ!」
「ん~、勉強でどうだ? ドリル5科目やって3科目以上勝ったほうが勝ちだ」
「あぅう、勉強は僕の苦手分野なのです……」
「うふふふ、羽入さん、敗れたりですわね!」
体型的な魅力にしても、背はわずかに沙都子が抜いているが胸はあまり変わらない。
……というか、羽入は実体化した当初から基本的に成長していないんだけど、いまだに身長でも胸でも羽入に後れをとってる私が焦るべきところなのだろうか、ここは!?
「うううぅぅ、数学と理科では勝ってるのに!」
「国語と社会は僕も好きなのです。暗記物は得意ですし」
「英単語ドリルも羽入の一問勝ちだな……勝者、羽入!」
というわけで、北条沙都子恋の3番勝負は羽入の全勝となったらしい。
「ううう、私には恋をする資格なんてないんですの~……?」
へこみまくる沙都子ではあったが、それほど本気でその子を好きというわけでもないのだろう。
中学生女子としては普通の、恋に恋するお年頃というやつに違いない。
「沙都子、負けてかわいそかわいそです☆」
「ふぁいと、お~だぜ沙都子!」
それにしても羽入に負けるとは、無念だろうなぁ……いや、私も勝てる気がしないけど。
沙都子が相手でも……料理もだいぶ上達してるみたいだから、微妙なところね。
「あぅあぅ……僕は圭一以外に興味ないのです。沙都子は人気あるのですし、告白すればきっとうまくいくと思うのですが……」
「いま、さらりと不穏当なことを聞いた気がしますわ……梨花ぁ、いいんですの!?」
私にふらないでよ……羽入が圭一のこと好きなのは、前から知ってるわよ。
「な、何を平然と……梨花はキャラが変わってもそういうところは変わりませんのね」
呆れたのだろう、力の抜けた様子で肩を落とす沙都子だった。
「あぅあぅ、彼女公認の横恋慕なのです♪」
横恋慕だとわかってるなら自重しなさい、羽入。
と、面と向かえば文句のひとつも出るのだが、羽入が圭一以外のそのへんの男子を好きになったりしたら、そちらのほうが私としては途方に暮れてしまう気がする。
レナあたりに聞かれたら3人まとめて成敗されそうだから、わざわざ吹聴はしないけど。
「梨花たちの関係はよくわかりませんわね……?」
訝しがる沙都子だけど、いくら親友でもこればかりは説明しにくい。
「俺も疑問には思っているんだが、そのうち説明するとしか聞いてないんだ」
「あぅあぅ……ちょっとだけ複雑な事情なのですよ☆」
渦中の圭一にさえ、いまだに話すべきかどうか迷っているくらいなのだから。
「そういうことでしたら、無理にとは申しませんけれど……」
常識人の感性をもつ沙都子の日常を、その必要もないのに掻き乱すつもりはなかった。
夏以降の部活メンバーについても語っておくべきだろうか。
部長、園崎魅音はといえば……目下、受験勉強中だ。
彼女の場合基礎をおろそかにしまくっているので夏休みまではちょくちょく圭一にたよりに来た。
平穏な夏休みに邪魔な存在ではあったが……あの賑やかな彼女を、私も圭一もついでに羽入も好きだから困る。
「いっや~、悪いねぇ。人目を気にせずいちゃつける日々を邪魔しちゃってさ☆」
そういうのをわかってやってるところが、ちょっと頭にくるけどね。
最近こないのは、さすがにもう基礎がどうこう言う段階ではなくなってきているからだろう。
興宮の進学塾に通う関係で遅くなって詩音のマンションに泊まり込み、寝る時間まで一緒に勉強していることも珍しくないらしい。
「お姉もやる気出せば結構やるもんです。魅音必死だな、ってとこですか♪」
詩音によると、経済学だの経営学だのを身につけて将来に役立てるために、ってことで大学行きを納得させたそうだが、そのかわり現役合格できなかったときは最近具合の悪そうなお魎から即座に頭首の座を受け継ぐことになるそうだ。
ただ受け継ぐだけなら魅音も昔から納得してきたことなのだが、春の見合いはこれの伏線だったそうで、頭首を継ぐ場合は例の元生徒会長と祝言になるのだそうだ……。
それなりに仲良くはなっていても結婚相手として納得したわけではない魅音としては、なんとしても合格してとりあえず4年間の猶予期間を手に入れたい……と。なるほどね。
「いっしっし、志望校の同じ学部に通ってるんですけどね、あの彼♪」
行くも戻るも末路は同じ、か……園崎の本気、見せてもらったわ……。
魅音に比べればある程度自由を与えられている詩音だが、彼女は彼女でかなり難しい選択を迫られていることは間違いない。
高校進学のときとは違って、悟史の進路だって現時点では未定なのだ。
地元の大学なら1年は離れなくてすむが、悟史が地元以外へ進めば意味がない。
地元以外なら最低でも1年、悪くすれば5年以上悟史と離れることになる。
「うぅ……この状況でレナさんに勝てる自信、まったくないです……」
レナにその気があるかどうかは私に言わせれば微妙なんだけど、詩音にすれば悟史の気持ちのほうが重要なのだろう。
不安を抱きながらも必死で勉強に打ち込んでいる詩音は、かつての綿流し編や目明し編の彼女よりもずっと立派だと思う。
詩音にはつらい試練になりそうだけど、考えてみれば私も来年は悩むことになりそうだから他人事ではない。
圭一の第一志望は東京の大学で、こればかりは将来を考えると止めようがない。
……というのも、圭一は神職につくための勉強をしに行くからだ。
私としては、私と羽入で神社をなんとか面倒みるつもりだった。圭一には好きな道を歩んでほしいと思っていた。
でも、それは圭一自身が否定した。
「梨花と羽入の気持ちは嬉しいよ。でも、ものにはケジメってもんがある。俺は梨花と付き合うって決めたときからこのことは考えてたし、いまの学校で勉強漬けになっていても平気な理由のひとつは、その目標がはっきりしてるからなんだ」
かつての圭一は同じように勉強漬けになったとき鬱屈した感情を間違った形で吐き出してしまった過去がある。
いまそうならないのは、私と仲間たちの存在も大きいが、過去の圭一にはなかったはっきりした目標があるからなのだと、そう言ってくれた。
「あの夏、魅音や梨花たちと肩を並べて戦ったときから、漠然とだけどさ、この村のために何かしたい、みんなの笑顔を守りたいってずっと思ってきたんだ。古手神社の神主ってのは、その答のひとつだと俺は思ってる」
そこまでの決意をつきつけられて、止められる言葉なんてどこにもなかった。