昭和63年4月。
私と羽入、沙都子は真新しい制服に身を包み、揃って高校の門をくぐった。
私はそれほど成績のいいほうではなかったけど、ほとんど圭一の力に頼らずにやりとげたのだから、自分で自分をほめてあげたい。
今度は二人と同じクラスになったから、中学のときよりも楽しくなりそうだ。
背も中学3年間かけてようやく羽入には追いついたし、人は成長するということを実感する私だった。
……胸のほうはさっぱりなんだけど。とほほ。
圭一が上京する日の朝は泣くまいと決めていたのにやっぱり泣いてしまったけど、圭一は私を優しく撫でて、必ず帰ってくるからと約束してくれた。
一緒に見送りに来ていた魅音が冷やかしの声を投げたけど、全然気にならなかった。でも空気読め。
「魅音に聞いたんだ、俺は雛見沢に新しい風を吹かせることを期待されてたんだって。荷は重いと思うけど、それに負けないような力を身につけてくるつもりだ。俺はこの雛見沢とみんなが好きだから、それを俺の夢にしたい。……行ってくるよ、梨花」
そうそう、魅音といえば、昨年の初冬にお魎が逝った。
お魎の遺言により、魅音の大学卒業までは頭首代行の肩書きから代行がとれることはないそうだ。
大学を辞めてでもあとを継ぐと言って泣いた魅音も、茜と詩音の説得をどうにか受け容れた。
けれど自分が肩に負った責任を深く自覚したのも確かなようで、この春、例の相手と結納を取り交わした。
「実際、年貢の納めどきってやつかね。圭ちゃんに対する気持ちがずっと整理しきれてなかったけど、どうにも付け入る隙はなさそうだし。ま、あいつのことも嫌いってわけじゃないからさ……雛見沢と結婚するようなもんだって、自分を納得させてるとこだよ」
ほろ苦さを感じさせる笑みで、そう語ってくれた。
悟史もめでたく穀倉の大学に入り、魅音の後輩になった。
あまり野球に熱心な大学ではないそうで、一応誘われたらしいが執拗なものではなく、地元の高校野球においてはスター選手だった悟史も晴れてただの人となった。
穀倉に安いアパートを借りて住むようになったので雛見沢では彼をあまり見かけなくなったが、魅音によれば人の何倍も熱心に医者になるための勉強をしているのだとか。
努力家の悟史らしいが、本人と話をする機会があったので聞いてみると、決意の裏には過去の撲殺事件があるらしかった。
「僕は雛見沢症候群にかかっていたとはいえ人を殺してしまった。それは一生かかっても消せない事実だ。だからこの先、理不尽な運命に嘆く人を一人でも多く救えたらと思ってる。あのまま終わるはずだった僕をこの世界に引き戻してくれた、監督のようにね」
悟史の罪は法で裁けない。
山狗の工作で別人が被疑者として死亡しているし、もはや証拠も出てこない。
だからこそ、悟史は悟史なりの方法で一生かけて償う覚悟があるようだ。
レナは大学に通いながら、高校時代からのアルバイトをひとつ続けている。
興宮の保育園で、レナの手際の良さや気のつきかたを気に入った園長がぜひ続けてほしいと懇願したそうで将来的には正職員にとの話もあるという。
レナはまだ迷っているらしいが、人に頼られるのはレナらしい。
おっと、悟史との仲も順調に進展中のようで、休日にはよく興宮や穀倉で待ち合わせている。
年季の入ったストーカーの羽入が途中で恥ずかしくなって逃げてきたというくらいだから、きっと幸せなのだろう。
「かぁいい子供たちに囲まれるのは好きだけどね、それをお仕事にしちゃうのもちょっとずるい気がしてるの。でも園の雰囲気も気に入ってるから、どうしようかな、はぅ……☆ あと、羽入ちゃん……今度ダム現場でお話しようか?」
あ、そういえばレナは羽入の気配に気づくレアスキルをもってたっけ……。
「あぅあぅあぅ、ガクガクブルブルなのです!」
あと詩音は、あまり帰ってこないからめったに会えないんだけど、思ったよりも吹っ切れているのだろうか、元気にやっているらしい。
もともと私たちの中では都会的なセンスの持ち主だし、東京の空気に馴染んでいるのかも知れない。
沙都子や魅音とは手紙の遣り取りをしているそうで、彼女もいつかここに戻ってこられるといいな、と思う。
「詩音さんなら大丈夫。梨花が思ってるよりも、ずぅっと強い人だもの。兄さんとのことは残念でしたけど、最後にレナさんの背中を押したのは詩音さん本人。反省はしても後悔なんて、微塵もしてないに決まってる……いつか、笑って戻ってきます」
と、これは沙都子談。
たしかに、綿流し編の惨劇に何度となく苦しめられた私や羽入は詩音を過剰に問題視してしまう傾向がある。
もう彼女はあの頃の詩音ではないのだから、これは余計な心配だったかな。
その沙都子は、高校でもソフトボール部に入って中学時代の先輩や、同じ地区でライバルだった子たちとチームメイトになったと楽しそうに聞かせてくれた。
レナも忙しそうでなかなか北条家にいく時間がとれずにいるが、沙都子ももう鉄平の扱いは慣れたものらしくふたりで仲良く暮らしている。
そういえば、この頃鉄平が身体を壊して検査入院したこともあって、いかにして鉄平の酒の量を制限するかに知恵をしぼっているらしい。
「おじ様にはまだまだ元気に働いていただかないと。お酒もそうですけど、煙草も身体に悪いのに、とりあげるのに一苦労。隠し場所にはトラップを仕掛けているんですけど、長年の経験で最近はトラップをくぐりぬけるようになってまして……はぁ」
ため息混じりではあるが、悟史抜きでもそれなりに楽しく生活できているようで安心した。
詩音と同じく、鉄平関連も私はすこし心配性になってるのかしらね。
……ちょっと不安なのは、明るく物怖じしない性格やリーダーシップ、それに容姿も最近はますます美しくなって高校でも人気のある沙都子がいまだに彼氏を作ろうとしないことか。
まさか鉄平とあらぬ関係になってるとは思いたくないけど……。
「そ、それは考えたこともなかったのです……親友にストーキングするのは、すこし躊躇うものがあるのですが……あぅあぅ」
そう言いながらさっそく非実体化するんじゃないの。
それより圭一の様子はどうなのよ、見てきたんでしょう?
「はい、アパートにも慣れたようですし、週に3日くらいは自炊もしているそうなのです。いまのところ女性が出入りしている気配はないのですよ」
ふむふむ、ひと安心ってとこね。
「それに今回、僕の洗面道具や靴や着替えを置いてきましたので、もし女友達を連れてきたとしても彼女がいると解釈されるはずなのです!」
羽入にしてはグッジョブね。
私が行くと馬鹿にならない時間とお金がかかるからね、これからもたまに偵察頼むわよ。
「はい、僕が行ったら圭一も喜んでくれて、街を案内してくれたりしたのです。洋菓子のおいしいお店も見つけてくれていたのですよ、あぅあぅ♪」
……えーと、もしかして私、羽入を一番警戒しなけりゃいけなかったりするのかしら。
「あぅ?」
それってデートよね?
……ねぇ、楽しかった?
「た、楽しかったのですけど……その、梨花、目が怖いのです。例によって」
……はぁ。いいわ、圭一が人恋しさで間違いをおかさない程度にはスキンシップも認めましょう。
彼女代行の任を授けるから、あんた以外の女は近づけないこと!
い・い・わ・ね?
「代行というのはちょっと納得いきませんけど、任務了解なのです!」
なにかいまいち不安で困るけど、ともかく羽入は月1~2回の頻度で圭一の上京生活を見舞うことになった。
こちらでの高校生との生活との二重生活になるけど、東京にいってる間は私以外の人間は古手羽入の存在を忘れてくれるし、戻ってくればその間もいたような気がしてくれる、という便利な特技のおかげで特に問題は起こっていない。
藍子が食事を一人分多く作りすぎたり伊知郎が私にゲームの相手を求めてきたり、沙都子が一日中きょろきょろ何か忘れ物をしたような顔をしていたりはするけどね。
あの子も、ずいぶん長いこと人として生活してる分、みんなと関わりが深くなってるみたいね。
そうそう、私と羽入は相変わらず前原家の居候を続けている。
本当は圭一がいなくなったので二人で本宅に戻ることも考えていたけど、伊知郎と藍子がぜひというのでもうしばらくはお世話になろうと思っている。
私たちが帰宅部なのも相変わらずで、放課後は神社のこまごまとした管理をしたり、境内でおしゃべりしていることが多いのだけど……羽入が東京にいっている間は私一人。
そんなときは図書館で郷土史のコーナーを漁ったり、祭具殿から古文書を引っ張り出して解読したりしている。
もちろん、神社を継ぐにあたってもっと雛見沢やオヤシロ様信仰について知っておきたいということもあったのだけれど……実はもう一つ、差し迫った理由があるのだ。
鷹野がかつて口にした、羽入の名が古手の家系に残っているということ、そして別世界の魔女たる私からヒントのように届けられる記憶の残滓……それらの裏付けが欲しかった。
後にオヤシロ様と呼ばれるようになった鬼、古手羽入。
その異形……これはあの角や特徴的な髪の色のことだろう……ゆえに鬼として恐れられた彼女は、村の神主と結ばれて一児をもうけている。
その子こそが、オヤシロ様伝説において母殺しの罪を負って人々を災厄から救ったという、古手家の始祖ともいえる人物だったのだ。
人の世の罪を一身に帯びて死ぬと同時に、娘に母殺しの罪を負わせた後悔。
そして自分と結ばれたがゆえに人と鬼との争いに巻き込んでしまった愛する人。
この二つがおそらく、雛見沢症候群が撲滅されてなお羽入をこの雛見沢の地に縛り付けている呪縛なのだ。
その彼女を留める力の終焉をも、私は既に知ってしまっている。
私にとっては悪夢とも呼べるあの『罪なき世界』で、彼女は私の母の結婚を見届けて満足し、現世を去ったという。
時がくれば、この世界の羽入もきっと……。
それは、私にとってもう一人の母であり大切な親友である彼女との別れを意味していた。