圭一のいない時間は長く感じたが、終わってみれば足早に駆け去ったとも思えるから不思議なものだ。
圭一は大学を卒業後、古手神社と縁の深かった近隣の神社で修行を終え、めでたく古手神社の宮司となった。
私も高校卒業後は通信教育で検定を通り、神職の資格を一応得ているから、長年神職不在のままだった古手神社は正式に復活の運びとなったわけだ。
また、私と圭一の結婚により古手家も再興、御三家の一角に復帰した。
「このたび正階を許され古手神社宮司を正式に仕ります、古手圭一です」
「同じく古手家頭首として古手神社禰宜を仕ります、古手梨花です」
「ご挨拶いたみいります。当方雛見沢を取り仕切らせていただいております、園崎家頭首園崎魅音と申します。ここに村人を代表し古手神社の再興を心よりお慶び申し上げます」
私たちと魅音はそのような堅苦しい儀式の中でも、目を合わせて笑みを交わす間柄だった。
長らく……私に限って言えば本当に長きに渡って、御三家とオヤシロ様の伝説に翻弄されてきた私たちのうち三人もがこうして御三家の側に立ち村を盛り立てる側に回ったのだ。
好きな言葉ではないが、これは雛見沢分校で出会った私たちの運命だったのかもしれない。
そしてあまり時をおかず、私たちは富竹、赤坂からの情報を得てその手腕を振るうことになった。
秘密結社東京の後ろ盾を失い、無期限延期という形で凍結されていた雛見沢ダム計画の再検討が行われることになったのだ。
喜一郎ほか往年の鬼ヶ淵死守同盟の闘士たちはこれを知ると第二次ダム戦争だと気勢をあげたものだが圭一は皆の軽挙を諫め、魅音も既に手は打っていると豪語してみせた。
高速道路の誘致に成功しインターへの幹線整備に既に着手していたことに加え、最近JRと名を変えた鉄道の高速化も交渉は順調に進んでいた。
また、魅音の夫の家が仕切っているこの地方の企業連合による興宮市街の再開発、周辺人口の増加にともなう雛見沢の一部への大規模な宅地造成計画……。
これだけの条件が揃っては、15年以上前に立案されたダム計画を一蹴するのは容易だった。
かつてのダム戦争のような抗争どころか、デモなどの表だった抗議行動もないまま、二度の現地調査と数度にわたる懇談会に対応しただけで、雛見沢ダム計画は正式に中止が発表された。
喜一郎たちは口々に奇跡だと喜びあったが、私たちに言わせればこんなのは奇跡とはほど遠い、雛見沢を愛する仲間達が力を合わせれば当たり前の結果に過ぎなかった。
二度の水没の危機を乗り越えた雛見沢は発展し続けており、住宅地の分譲が順調に進めば人口も十年前の倍に増えているだろう。
十年前。
……そう、この奇跡の立て役者としてたびたび名指しされる圭一がこの雛見沢に越してきたのが、ちょうど十年前のことだった。
「雛見沢もこれから変わっていくんだな……嬉しいけど、すこし寂しい気もするな」
高台から自分の守った村を見下ろし、感慨深げに呟く圭一の手をそっと握る。
ダム戦争回避の功績はほとんど魅音のものに見えるが、圭一の働きもまた大きかった。
広報活動や署名活動には彼のアイディアがいくつも盛り込まれていたし、小さな問題が起こるたびにその調停役として奔走したのは彼だったからだ。
「でも、仲間たちの居場所を守れたことが一番嬉しいぜ」
圭一はそう言って、彼らしい笑顔を見せてくれた。
その仲間たちについてもすこしだけ語っておこう。
魅音は大学卒業と同時に結婚、園崎家頭首として辣腕を振るっている。
彼女の夫は次男であるがゆえに園崎家に婿入りしたのだが、その才は彼の一族でも高い評価を得ており、大学時代に魅音とともに作ったサークル『戦略戦術研究会』のメンバーを時に頭脳として時に手足として、この地方の経済乗っ取りを目標に魅音とともに暗躍している。
……私や圭一から見ると魅音が二人いるようなもので、この地方の将来がすこし心配だ。
詩音は興宮に帰ってきてからは園崎組の後継者と目され、陰から園崎家と魅音を支える立場になろうとしている。
ちなみにダム戦争回避の際には各方面との交渉スケジュールに追われる魅音の代役を務めており、園崎頭首は神出鬼没という風評を作り上げるのに貢献した。
最近は葛西と良い仲のようで、母の茜に冷やかされては大喧嘩をしている。
くすくす、詩音。今回の恋敵も、なかなかに手強そうね?
悟史は興宮の病院で研修医をしているが慢性的に人手不足の入江診療所からラブコールを受けており、本人も強く希望しているので雛見沢に入江の後継者としての北条先生が誕生するのも時間の問題かもしれない。
レナとの仲も円満だが、互いの忙しさにかまけているので結婚するのは2~3年ばかり先になりそうな気配だ。やれやれ。
そのレナが忙しいのは、興宮で保母を続けながらも魅音とともに雛見沢分校の復活を計画しているからだ。
これから人口増加が見込まれることもあって、村の費用負担で新たな校舎を建設すれば市の教育委員会を説得できるところまで来たと喜んでいた。
どうやらレナは知恵の後釜、2代目雛見沢分校教師におさまるつもりでいるらしい。
……生徒をお持ち帰りぃ~☆だけはやめてほしいが。
沙都子は、短大を出てから電撃結婚して周囲を驚かせた。相手は恐ろしいことに鉄平……ではなくて、なんと入江だった。
いつ付き合っていたのか親友の私にも全く気づかせなかったのだから大したものだ。
入江め、変質的な光源氏計画を現実にしてしまうとは……。
結婚式で鉄平が男泣きしてたっけ。
いま沙都子は、診療所の経理係におさまっている。
入江はもちろん入江診療所の所長を務めて多忙を極める傍ら、雛見沢症候群に携わった者として研究活動にも従事して論文なども執筆中らしい。
もちろん少年野球の監督も続けており、悟史をコーチに招いて第二、第三の悟史を育てるのだと張り切っているらしい。
富竹は3年前に鷹野と結婚した。
診療所のスタッフや部活メンバーにはもれなく招待状が届いたのだが、私たちが知ってるのは二人の偽名だったので、本名で書かれた招待状を送られて「誰?」と眉をひそめてしまったのは言うまでもない。
赤坂は相変わらず忙しそうだが、まとまった休暇がとれると年1回あるかないかではあったが妻と二人の子供を連れて雛見沢に遊びに来てくれる。
さすがに圭一の手前、愛人ごっこでからかってやれないのが実に残念だ。
大石も綿流しの時期には毎年のように顔を出し、ダムの監督さんのお墓参りもしているらしい。
彼が来ると私たちも呼ばれて麻雀大会になるので、オヤシロ様の使いというよりもすっかり園崎家主催麻雀大会の使者になってしまった。
知恵は雛見沢分校の廃校からこっち顔を見せないが、ときどき世界のどこから送られてきたのかわからないようなエアメールをかつての教え子たちに送ってくる。
なにをやってるのかは知らないが、たまには遊びに来てほしいものだ。
私は、圭一と結婚した年の冬に長女を出産した。
名前は古手風花(ふうか)、この名は圭一がつけてくれた。
晴れた日に風に運ばれて舞う雪を風花(かざばな)と言うらしい。
この雛見沢に様々な奇跡を運んでくれた新しい風、圭一の娘にはぴったりの名前かもしれない。
そして、羽入は……。
「時が来ました……梨花。僕は、あなたに告げねばなりません」
とある秋の夜、私と圭一は社殿に呼び出された。
厳かな表情で羽入が告げた言葉……それは、私の予感とは全然別のものだった。
「いいかげんに……しろーッ!」
人家が近くにないのをいいことに私の怒声が響き渡る。
圭一が慌てて立ち上がり、羽入を後ろに庇う。
「り、梨花! すまん、悪かった。俺が悪かったから、ものを投げるなっ!?」
怒り心頭に発した私ではあるけど、内心では胸をなでおろしてもいた。
だって、圭一はいまひとたびの奇跡を起こしてくれたのだから。
「あぅあぅ、おなかにあたったら大変なのです! 圭一バリヤー!」
どこかの世界で私の母の結婚を見届けると消えたように、ここ何年かはいつ消えても未練のなさそうな、満ち足りた顔を見せることの多かった羽入。
「ぶほっ!? ひ、ひどっ!」
そんな神様を人の世につなぎとめる、たったひとつの冴えたやり方。
彼女にとって、この世がうたかたの夢ではなくなったことの、それはなによりの証。
「ひどいのは圭一よ! 私という妻がありながら、このぉ……!」
身籠もったという圭一との子が育って独り立ちするまでは、昇天なんて私が許さない。
そして羽入にとって千年前の恋がもはや呪縛ではないことを、心から喜んであげたかった。
「お、落ち着くのです梨花、その拷問器具は、あぅあぅあぅ!」
でも今は、心おきなく大騒ぎして怒りをぶちまけておこう。
多分、羽入のほうも私にそうしてほしくて打ち明けたのだろうから。
「ひいぃっ! 梨花、ワタ流しは堪忍してくれぇえ!」
落ち着いたら羽入の正体と、ここにたどりつくまでの私たちの旅を教えてあげようか。
案外、圭一のことだからなにもかもわかっていて起こした奇跡のような気もするけれど。
「問答無用! 祭神と宮司が揃って罰当たりなんて、どんな神社よ!?」
まぁ、いまのところは騙されておくのもいいだろう。
誰より神様本人が、その甘い罠に望んで引っかかってみせたのだから―――。
「あぅあぅあぅ、梨花、ごめんなさいなのです~!」
時が満ちて、古手神社の境内に満開の花が咲き乱れる頃。
とても幸せな運命を宿して、彼女はこの世に生まれ落ちるだろう。
今度こそは、崇高な罪など背負わなくてすむように。
聞かなくてもわかる。
その子の名は、きっと……
<次回予告>
いらない役をあなたに回そう。
いらない厄もあなたに廻そう。
あなたが無力であることをやめたから、
わたしも無力ではいられなくなった。
ひぐらしのなく頃に~奉納乱舞(圭羽)
↓【厄廻し編】↓
https://syosetu.org/novel/428494/
さぁ、本当のハッピーエンドを目指そう。