考えるべきは、告白の時期だ。
……でも、これはすぐに、早ければ早いほどいいという結論に達してしまう。
本当は魅音やレナに対抗できるくらいこの身体が成長してからのほうがいいのはわかってる。
圭一だって、小学生を彼女にするなんて躊躇うに決まってる。ロリコン呼ばわりもされるだろうし、なにより沙都子と違って私なんか決して魅力的とは言えない。
でも、昭和58年6月を超えたいま、成長するのは私だけではないのだ。
魅音やレナはより美しく大人の女性になっていくに違いないし、沙都子だってお年頃になり、圭一への恋心を自覚していくかもしれない。
まして圭一がこの先、雛見沢分校を卒業でもすれば世界が広がり、まだ見ぬ恋敵が次から次へと現れる可能性だってある。
いまこの瞬間でも不利なのは疑いようもないが、時が過ぎれば過ぎるほど不利になるのも間違いのない事実なのだ。
今なら、ライバルはぎりぎりレナと魅音だけ。
……そこで、チキンな私に朗報だ。
第1回前原圭一杯チキンレースの開催期日はすぐそこまで迫ってしまっている。
なにが言いたいかというと……。
「あぅ、一応魅音は受験生なのです。勉強も相当に遅れてますし、真剣にならざるを得ないのです」
は、羽入……いつからいたの?
「自分のことをおじさんなどと呼称する……あたりからです」
それほぼ最初からよね……とほほ、こんなダメ神の気配にすら気づかないのか私は。
「あぅあぅ、ダメ神はひどいのです……そんなこと言うと、買ってきたおやつ分けてあげないのです」
ごめんごめん、謝るから。
……まぁ、羽入には見られて困る内容ってわけじゃないわね。
「そんなのわかりませんのですよ~、僕だって圭一のことは大好きなのですから~♪」
あんたは今回、好きなだけ傍観者に徹してなさいよ。
「む~、僕は傍観者をやめたのです。それより梨花、チキチキマシン猛レースの話なのです」
チキンレースだってば……羽入が言っていたとおり、チキンレースというのは魅音の受験が間近に迫っているということだ。
2年生の圭一に勉強を教わっている状態の魅音だが、呑気にしていられるのはせいぜいがこの夏休みまで。
さすがに魅音だって、気づいているはずだ。
園崎の次期頭首としては、経歴に傷をつけるような浪人など許されるはずがない。
志望校に合格しなかった場合は、そもそも高校にいかせてもらえなくなる公算が高いと思う。
で、いつだったか魅音が主張していたとおり、出席日数さえ足りていれば入れる学校はもちろん存在する。
園崎の権力と財力をもってすれば、私立校なら受け入れ先はいくらでもあるだろうし。
でも、ここで問題になるのは……圭一の数少ない特技のひとつが、勉強だということだ。
受験勉強のスキルなら他の追随を許さない圭一が、わざわざ魅音のレベルに合わせて高校を選ぶだろうか?
……ないとまでは言い切れないが、普通に考えればそんなことはあるまい。
圭一の学力なら、市内で一番の進学校でも余裕でいけるはずだ。
そんな圭一が、魅音に合わせるためだけにレベルを最底辺に落とすなんて、誰よりも魅音自身が許さない。
となれば、いつまでも遊んでいるわけにいかないというのは、魅音の圭一への気持ちを考えれば必然。
そしてその結果がどうあれ、来年の魅音は雛見沢分校にはいられなくなる。
もっとも身近にレナというライバルをもつ魅音にとって、その一年はまさに致命的となる。
「毎日レナとふたりで登校、部活が終わればレナと下校……魅音はひとりで高校に通学なのです、あぅあぅ♪」
魅音自身が気づかなくても、詩音がそれに気づかないわけはないし、気づけば魅音を容赦なく煽るだろう。
結果……、園崎魅音はこの夏、前原圭一に告白する、はずだ。
とりあえず交際という既成事実を作っておかないと、安心できるわけがない。
「この夏に彼氏をゲットして、受験勉強も見てもらえば一石二鳥なのですよ~」
羽入が気づいているくらいだから、レナも間違いなくそこまで洞察しているはず。
彼女の気持ちの整理がどこまでいけるかは微妙だが、この夏はまさしく二人にとって正念場となる。
魅音がそのチキンぶりを発揮して自分の気持ちにブレーキをかけ、夏を過ぎれば自動的にレナの勝利。
だが魅音が先に告白すれば、圭一の性格から考えてOKする可能性は決して低くない。
「あぅ……圭一にほかに好きな人がいなければ、魅音を傷つけたくない気持ちが勝るかもしれないのです」
となると、魅音よりも先にレナが告白しなければ逆に魅音の勝利になってしまう恐れがある。
だが、なにもしなくても魅音の自滅という展開があり得るからこそ、レナだって告白すべきかどうかを迷うはず。
つまり、レナと魅音、どちらが先に告白への決意を固めるかが鍵となるのだ。
勝者は果たして……!?
「他人事みたいに言っていますが、梨花もエントリーしているのでしょう?」
ぐっ……痛いところを。
確かに、まだ気持ちを固めていないだろう沙都子はともかく、私は傍観などできやしない。
「この夏休みが、まさに勝負どころなのです。あぅあぅ」
アクセルを踏み込みすぎて自滅ってするのも、勘弁してほしいけど……うぅ。
こんなとき、告白してみて結果をみてから前日にループとかダメかしら。
「梨ぃ花ぁ……また悪夢にご招待して欲しいのですか?」
あわわ、やめてやめて。冗談だから。
結論から言えば、告白の決意を真っ先に固めたのは私だった。
羽入が背中を押してくれたし、毎日圭一を視線で追っていたら沙都子にまでなにかあると気づかれた。
「梨花……圭一さんになにか言いたいことでもあるんですの? 悩みがあるなら言ってくださいませ。私はいつだって梨花の味方ですのよ?」
そんなことを言ってくれた。
でも、さすがに沙都子に相談するわけにはいかない。言葉を濁す私に、
「私では力になれないことですのね……でしたらこれ以上は聞きませんけど、必要なときはいつでもたよってくださいませ」
沙都子はすこし寂しそうにしながらも、応援すると約束してくれた。
彼女はいつのまにか、私の予測よりもずっと大人になっていたようだった。
最近、詩音とよく一緒にいるようになった影響もあるのかもしれない。
大切な人が増えたぶんだけ、私や圭一への独占欲は小さくなったのかも。
……それはそれで、寂しいんだけどね。
最後の決め手は結局、レナだった。
「梨花ちゃん、沙都子ちゃんも心配してるよ。レナに、ちょっとだけお話してくれないかな。……かな?」
レナは彼女自身だって思い悩んでいるのに、私の気持ちに気づくと自ら相談に乗ってくれたのだ。
互いに話題の中心をぼかしながらの遠回りな相談事。
私はレナ自身にできるだけ負担をかけないように注意しながらも、勇気の出し方だけを尋ねることにした。
「梨花ちゃんは、いま幸せ?」
その問いには、すぐ答えられた。
幸せに決まっている。
長年越えられなかったものを越えて、仲間達と憧れた夏にいるのだから。
「そっか……なら、頑張らないとダメだよ。幸せってね、大切なものなのにある日突然壊れちゃうの」
レナの幸福有限論は、幾多の世界で聞き知っていた。
ある日突然なくなってしまう日常、それこそが失ってみないとわからない幸せなのだと。
だから今を楽しもう、笑っていよう、それがレナの想い。
けれど、圭一に救われていまの世界にたどりついたレナの答えは、すこしだけ違っていた。
「だから、そう簡単には壊れないように、もっと強く確かなものにするために、もっともっとがんばろ?」
そう、壊れてしまうのは、一人の力では足りないから。
信頼できる仲間達の助けを得て、強固なものになった日常は、あの圧倒的な惨劇を打ち破っていまここにある。
忘れそうになっていた、そのことを。
レナの言葉で思い出した。
沙都子の微笑みで思い出した。
仲間を信じるんだ。
私の想いがかなったとき、惨劇が起きるかもしれない?
くだらない!
この大切な仲間達が、仲間の幸せを祝福できないことなどありえない。
だって、もしもレナや魅音が先に告白して、圭一と幸せになったとしても、私は圭一の幸せを壊したくない。
祝福してあげたい、そう思うに違いないから。
だから魅音やレナだって、きっと同じ。
それから数日後、夏祭りの夜に……。
神社の展望台で、私は、圭一に告白した。