王立魔法学院山岳部遭難事件 作:匿名
王都警察本部の四階。その奥にある《特別記録事件調査室》で、ミアは配属通知を差し出した。
「本日付で配属になりました、ミア・ロウエル巡査です!」
机がふたつ。片方は書類に埋まり、もう片方の机では、五十過ぎの男が眼鏡越しに調書を読んでいた。
「グレゴリー・ハントだ。お前、何か悪いことでもしたのか」
「希望して来たんですけど!?」
「ここを?」
「王立魔法学院山岳部遭難事件を、まだ調べていると聞きまして」
男の手が止まった。
「誰から聞いた」
「採用面接で。私、ディアトレフ山の近くの出身なんです。あの事件のとき、まだ学生で。晴れた朝、捜索の飛竜が何騎も山へ向かうのを見てました」
五年前、王立魔法学院の学生五名と案内人一名がディアトレフ山へ登った。全員死亡。山岳部という名前まで、王国中に知られるようになった事件だ。
「地元じゃ今も『あの馬鹿学生』で通じます。私たちが何を見落としてたのか、知りたくて」
「知って、どうする」
「知りたいだけです」
グレゴリーは隣の机から書類を一抱え、自分の方へ移した。
「座れ」
ようやく空いた机にミアは鞄を置いた。グレゴリーが薄い調書を差し出す。
「どこまで知ってる」
「ええと……王立魔法学院の山岳部員五人が、ハーフフットの案内人を雇ってディアトレフ山の北壁から登山。天候悪化によって遭難して、全員死亡。でしたよね」
「ほかには」
「それと、あのセリフです。『酸素魔法など、王立魔法学院山岳部の恥だっ!!』。新聞に載って、学校でもみんな真似してました」
「お前もか」
「階段で息が切れたときとか……」
グレゴリーは笑わなかった。
「記録を読んだことは?」
ミアは首を振った。調書が机を滑ってきた。表紙の事件概要には、入山六名、帰還なし、遺体収容五名とある。まず一番後ろの頁を開こうとした。
「最初から見よう。山に入ったところからだ」
今度は、表紙から開いた。
「貸切馬車の御者?」
「六人を登山口まで運んだ男だ。事件後の聞き取りで、到着時刻を証言している」
「十二時十三分」
「ああ」
ミアは顔を上げた。
「昼じゃないですか」
「そうだ」
「北壁登山口から六合目の山小屋まで、どれくらいでしたっけ」
「当時の標準で六時間」
六時間。昼に出れば夕方六時。冬の山だ。
「日没は?」
「午後五時四十二分。十二月だぞ」
「間に合わないじゃないですか!」
「そうなる」
「なんで昼から登ってるんです?」
「前夜に王都で壮行会をやり、飲みすぎて寝坊した」
ミアは調書に視線を戻した。
酒が残っているように見える学生もいたという。御者は、登り始める一行を引き止めていた。
『今からでは、途中で暗くなりますよ』
『灯りをつけりゃいいだろ。俺たち、魔法使いだぞ』
ミアは次の行まで読んだ。
『南の巡礼路なら、まだ道も楽ですが』
『安全な道を歩くだけなら、王都で散歩してるよ』
「……スリルを買いに来たんですか、この人たち」
「魔法を使えば、その分は安全になるつもりだったんだろう」
「なのに酸素魔法は恥?」
「そこは登山家の意地らしい」
「使う魔法を間違えてません?」
ミアは調書の次の項目へ目を移した。
「登山届は?」
「ない」
「え?」
「王立登山協会に提出された記録はない」
「学院には?」
「課外活動の申請なし。学院側の公式見解では、山岳部員による私的登山だ」
「いやいや、スポンサーまでついてたんですよね?」
「その通りだ」
「それで私的登山?」
「学院はそう言っている」
「うわあ……」
五年前、ニュースで何度も聞いた言葉を思い出した。
自己責任。
無謀な登山。
魔法への過信。
山を舐めるな。
「これ、やっぱり、山を舐めてたんですね」
グレゴリーは否定しなかった。
「ああ」
ミアは調書を閉じた。
「じゃあ、警部は何が引っかかってるんです?」
「見せた方が早い」
グレゴリーは立ち上がり、背後の書棚へ向かった。
最上段から下ろした箱には、事件番号と事件名が記されていた。
《王立魔法学院山岳部・ディアトレフ山遭難事件》
グレゴリーは箱を机へ置いた。
「あいつらが山を舐めていた。それは間違いない」
「ですよね」
「出発は遅い。届けもない。天候も悪かった。だから六人死んだ」
ミアは頷いた。
グレゴリーが箱の蓋に手をかける。
「——そういうことになっている」
ミアの眉が寄った。
「なっている?」
「ああ」
蓋が開いた。
中には、ひび割れた記録水晶がひとつ入っていた。
「俺はな、ミア」
グレゴリーは言った。
「六人とも事故で死んだとは思っていない」
「……どういう意味です?」
五年前の水晶を持ち上げる。
「この山で——」
男は静かに言った。
「誰かが、誰かを殺している」
グレゴリーは記録水晶に魔力を流した。