王立魔法学院山岳部遭難事件 作:匿名
0807-12-20 王立山岳救助隊北部管区。
ディアトレフ山救難出動記録。
【21:13】
緊急救難魔力波を受信。発信源、ディアトレフ山上部。
発信器登録番号、CR-19881。
登録者、セドリック・クロフォード。
【21:17】
救難標識名、《すぐドラ》。登録情報と照合。
発信位置、南西斜面、標高四千六百二十メートル付近。
音声応答なし。信号継続。
【21:21】
飛竜第一救難隊、出動準備開始。
【21:38】
三騎出動。
* * *
「すぐドラ。あの、竜の絵のやつですか」
ミアが尋ねると、グレゴリーは教材と書かれた袋を出した。中には親指ほどの赤い筒があった。
「同型の見本だ。携帯用の位置標識」
「普通の救難魔石と違うんです?」
「普通の信号は山の岩盤や鉱脈で反射する。光った方へ飛ぶと、別の谷へ出る。《すぐドラ》は場所を絞るための器具だ」
「便利じゃないですか」
「そのために作った」
「全員持てばよかったのでは?」
返事は要らなかった。ガルの荷物に通常型が三つ。それとは別に、セドリックはこれを持っていた。
「いつから持ってたんです?」
「登録は出発前。だがガルの共同装備目録にはない」
「こっそり、自分だけ?」
「持っていると皆に話した記録は、見つかってない」
ミアは筒へ手を伸ばした。
「押せば、本人だって分かるんですね」
「分かるのは番号だ。持ち主が名乗らなくても照合できる。声を出せない状況でも使えるようにな」
筒には蓋があり、その内側に押し子がついていた。誤って触れただけでは押せない。小さな道具だ。これ一つを持たずに登り、持ち込まれた一つは、最後の夜まで押されなかった。
「舐めてますね……」
グレゴリーは金属板を先へ送った。
【22:04】
信号位置の南西約三・二キロに到達。
視程百五十メートル。風速毎秒二十八メートル。
降雪、強。
【22:11】
第一騎、着氷。高度維持困難。
【22:14】
第二騎、下降気流により急降下。岩壁接触を回避。
【22:16】
隊長判断により接近中止。
【22:20】
全騎帰投開始。信号継続。
「……帰った」
「帰投した」
「まだ信号が出てるのに」
「だから飛んだ」
「竜なら、もう少し行けたんじゃ——」
「当時も、そう批判された。魔法を使えば何とかなった、ともな」
「……それ、学生たちと同じ」
「隊長の証言だ。読め」
【第一救難隊長・事故調査聴取】
——接近を中止した理由を。
「相棒が死にかけたからです」
——飛竜のことですか。
「翼が凍れば揚力が落ちます。風に叩かれれば姿勢を戻せない。視界が利かなければ岩壁も避けられません」
——遭難者は、その時点では生存していた可能性がある。
「承知しています。だから出動しました」
——あと三キロと記録されています。
「直線距離です」
——接近できる経路はなかったのでしょうか。
「別の経路を探している間に第二騎が落とされました。あれ以上の進入はできません」
——救助を待っている遭難者について、どう考えていましたか。
「待っていてくれ、と思いました」
——それでも帰投した。
「私たちが落ちれば、次の隊は私たちも捜さなければならなくなります」
地図で指を動かすのとは違う。そのことを、ミアはさっき考えたばかりだった。
翌朝も出動は見送られた。
記録には観測のたびに、同じ判定が並んだ。二十一日、飛行不可。二十二日、飛行不可。二十三日、飛行不可。
二十四日の朝、ようやく雲が切れた。
【08:12】
飛竜六騎、捜索開始。
【09:42】
南西斜面下部に人影を確認。
【10:07】
救助員二名降下。
【10:11】
遭難者一名。意識・呼吸・心拍を認めず。
【10:16】
死亡確認。
【10:29】
所持品により身元確認。
セドリック・クロフォード。
「ここ、信号の位置からずれてますよね」
ミアは地図を引き寄せた。発信地点は斜面の上。遺体は、その下。
「崖から、落ちたんですか」
「頭部と頸部に致命傷。ほぼ即死とされた」
「送ってから、足を滑らせたんですか」
「事故調査の結論はそうだ。吹雪での滑落」
ミアは、女性二人の収容地点にも指を置いた。そこから信号の位置まで、直線で七百メートル以上ある。
「こんなに離れたところで、見つかったんですね」
新製品の説明をする金髪の青年が、まだ頭に残っていた。彼が最後に発信したとされる信号から、四日後の発見だった。
「ガルさんが落ちた時に使えば……」
グレゴリーは何も言わなかった。
「知られたくなかったんでしょうか。届を出してないこととか、会社の装備が壊れたこととか」
「そういう説はあった」
「一人になって、やっと助けを呼ぶ気になった」
言い切ってから、ミアは止まった。
「……と、私は思いました」
「それでいい」
机の上に、六枚の人物資料を並べ直した。
ガルは滑落。ノアは雪崩。アルベルトは救助中のロープ破断。ヴィオレッタとリナは低体温症。セドリックは信号を送ったあと、滑落。
名前の下に、事故調査で認定された死因が一つずつ埋まった。
「六人、全員ですね」
「ああ」
ミアは鉛筆を置いた。
「じゃあ、殺人は?」
グレゴリーは椅子にもたれた。
「どこにあると思う」
「ありませんよ。昼から登る。ガイドは無視。天気も無視。戻れるときに戻らない。そりゃ死にますよ!」
ミアは両手を広げた。
「結局、ただの遭難じゃないですか!」
「そうだな」
「セドリックさんは疑いました。でも、あの人だって救助中だった。魔力の跡だけじゃ、切ったかどうか決められないんでしょう?」
「そうだ」
「それでも警部、誰かが誰かを殺してるって言ったじゃないですか」
「言った」
「どこです?」
ミアは記録の山を押し出した。グレゴリーの返事を待った。
「俺も、それだけなら閉じていた」
グレゴリーは裁判記録を引き寄せた。
「切れ口の跡を説明できる材料がないか、探していた」
「五年間?」
「お前なら、何を探す」
ミアは人物資料を見た。あの場にいた三人に、今さら聞きに行くことはできない。
「誰かが、見たことを書き残していれば……」
グレゴリーは答えなかった。
ミアは机の上を見た。水晶。裁判記録。通信の写し。日誌。救助隊の記録。
「これで全部ですか?」
「ああ。見つかっている限りは」
ミアは膝の上に両手を揃えた。
「では、私の話をひとつ聞いてください」