王立魔法学院山岳部遭難事件   作:匿名

8 / 10
第八話 救助は来た

 

 0807-12-20 王立山岳救助隊北部管区。

 ディアトレフ山救難出動記録。

 

【21:13】

 緊急救難魔力波を受信。発信源、ディアトレフ山上部。

 発信器登録番号、CR-19881。

 登録者、セドリック・クロフォード。

 

【21:17】

 救難標識名、《すぐドラ》。登録情報と照合。

 発信位置、南西斜面、標高四千六百二十メートル付近。

 音声応答なし。信号継続。

 

【21:21】

 飛竜第一救難隊、出動準備開始。

 

【21:38】

 三騎出動。

 

 * * *

 

「すぐドラ。あの、竜の絵のやつですか」

 

 ミアが尋ねると、グレゴリーは教材と書かれた袋を出した。中には親指ほどの赤い筒があった。

 

「同型の見本だ。携帯用の位置標識」

「普通の救難魔石と違うんです?」

「普通の信号は山の岩盤や鉱脈で反射する。光った方へ飛ぶと、別の谷へ出る。《すぐドラ》は場所を絞るための器具だ」

「便利じゃないですか」

「そのために作った」

「全員持てばよかったのでは?」

 

 返事は要らなかった。ガルの荷物に通常型が三つ。それとは別に、セドリックはこれを持っていた。

 

「いつから持ってたんです?」

「登録は出発前。だがガルの共同装備目録にはない」

「こっそり、自分だけ?」

「持っていると皆に話した記録は、見つかってない」

 

 ミアは筒へ手を伸ばした。

 

「押せば、本人だって分かるんですね」

「分かるのは番号だ。持ち主が名乗らなくても照合できる。声を出せない状況でも使えるようにな」

 

 筒には蓋があり、その内側に押し子がついていた。誤って触れただけでは押せない。小さな道具だ。これ一つを持たずに登り、持ち込まれた一つは、最後の夜まで押されなかった。

 

「舐めてますね……」

 

 グレゴリーは金属板を先へ送った。

 

【22:04】

 信号位置の南西約三・二キロに到達。

 視程百五十メートル。風速毎秒二十八メートル。

 降雪、強。

 

【22:11】

 第一騎、着氷。高度維持困難。

 

【22:14】

 第二騎、下降気流により急降下。岩壁接触を回避。

 

【22:16】

 隊長判断により接近中止。

 

【22:20】

 全騎帰投開始。信号継続。

 

「……帰った」

「帰投した」

「まだ信号が出てるのに」

「だから飛んだ」

「竜なら、もう少し行けたんじゃ——」

「当時も、そう批判された。魔法を使えば何とかなった、ともな」

「……それ、学生たちと同じ」

「隊長の証言だ。読め」

 

【第一救難隊長・事故調査聴取】

 

——接近を中止した理由を。

 

「相棒が死にかけたからです」

 

——飛竜のことですか。

 

「翼が凍れば揚力が落ちます。風に叩かれれば姿勢を戻せない。視界が利かなければ岩壁も避けられません」

 

——遭難者は、その時点では生存していた可能性がある。

 

「承知しています。だから出動しました」

 

——あと三キロと記録されています。

 

「直線距離です」

 

——接近できる経路はなかったのでしょうか。

 

「別の経路を探している間に第二騎が落とされました。あれ以上の進入はできません」

 

——救助を待っている遭難者について、どう考えていましたか。

 

「待っていてくれ、と思いました」

 

——それでも帰投した。

 

「私たちが落ちれば、次の隊は私たちも捜さなければならなくなります」

 

 地図で指を動かすのとは違う。そのことを、ミアはさっき考えたばかりだった。

 

 翌朝も出動は見送られた。

 

 記録には観測のたびに、同じ判定が並んだ。二十一日、飛行不可。二十二日、飛行不可。二十三日、飛行不可。

 

 二十四日の朝、ようやく雲が切れた。

 

【08:12】

 飛竜六騎、捜索開始。

 

【09:42】

 南西斜面下部に人影を確認。

 

【10:07】

 救助員二名降下。

 

【10:11】

 遭難者一名。意識・呼吸・心拍を認めず。

 

【10:16】

 死亡確認。

 

【10:29】

 所持品により身元確認。

 セドリック・クロフォード。

 

「ここ、信号の位置からずれてますよね」

 

 ミアは地図を引き寄せた。発信地点は斜面の上。遺体は、その下。

 

「崖から、落ちたんですか」

「頭部と頸部に致命傷。ほぼ即死とされた」

「送ってから、足を滑らせたんですか」

「事故調査の結論はそうだ。吹雪での滑落」

 

 ミアは、女性二人の収容地点にも指を置いた。そこから信号の位置まで、直線で七百メートル以上ある。

 

「こんなに離れたところで、見つかったんですね」

 

 新製品の説明をする金髪の青年が、まだ頭に残っていた。彼が最後に発信したとされる信号から、四日後の発見だった。

 

「ガルさんが落ちた時に使えば……」

 

 グレゴリーは何も言わなかった。

 

「知られたくなかったんでしょうか。届を出してないこととか、会社の装備が壊れたこととか」

「そういう説はあった」

「一人になって、やっと助けを呼ぶ気になった」

 

 言い切ってから、ミアは止まった。

 

「……と、私は思いました」

「それでいい」

 

 机の上に、六枚の人物資料を並べ直した。

 

 ガルは滑落。ノアは雪崩。アルベルトは救助中のロープ破断。ヴィオレッタとリナは低体温症。セドリックは信号を送ったあと、滑落。

 

 名前の下に、事故調査で認定された死因が一つずつ埋まった。

 

「六人、全員ですね」

「ああ」

 

 ミアは鉛筆を置いた。

 

「じゃあ、殺人は?」

 

 グレゴリーは椅子にもたれた。

 

「どこにあると思う」

「ありませんよ。昼から登る。ガイドは無視。天気も無視。戻れるときに戻らない。そりゃ死にますよ!」

 

 ミアは両手を広げた。

 

「結局、ただの遭難じゃないですか!」

「そうだな」

「セドリックさんは疑いました。でも、あの人だって救助中だった。魔力の跡だけじゃ、切ったかどうか決められないんでしょう?」

「そうだ」

「それでも警部、誰かが誰かを殺してるって言ったじゃないですか」

「言った」

「どこです?」

 

 ミアは記録の山を押し出した。グレゴリーの返事を待った。

 

「俺も、それだけなら閉じていた」

 

 グレゴリーは裁判記録を引き寄せた。

 

「切れ口の跡を説明できる材料がないか、探していた」

「五年間?」

「お前なら、何を探す」

 

 ミアは人物資料を見た。あの場にいた三人に、今さら聞きに行くことはできない。

 

「誰かが、見たことを書き残していれば……」

 

 グレゴリーは答えなかった。

 

 ミアは机の上を見た。水晶。裁判記録。通信の写し。日誌。救助隊の記録。

 

「これで全部ですか?」

「ああ。見つかっている限りは」

 

 ミアは膝の上に両手を揃えた。

 

「では、私の話をひとつ聞いてください」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。