王立魔法学院山岳部遭難事件   作:匿名

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第九話 ミアの告白

 

「私、山の麓で育ったんです」

 

 グレゴリーは椅子にもたれたまま、ミアを見ていた。

 

 五年前、飛竜が何騎も町の上を通った。馬車もめったに来ない町へ、記者が来た。知らない人が食堂を埋めた。山から誰かが下りてくるたびに、何か見つかったのかと人が集まった。

 

「すごいことが起きてるんだと思いました」

「……人が死んだんだぞ」

「はい。でも、知りたかったんです。山の上で、何があったのか」

 

 竜も記者も、やがて来なくなった。町には、無謀な学生の遭難事故という説明だけが残った。

 

「一年前、川で手帳を拾いました」

 

 グレゴリーが身体を起こした。

 

「町の外れの、橋の下です。雪解けで水が増えたあと、枝に引っかかっていて」

「誰のものだ」

「名前はありませんでした」

 

 ミアは足元の鞄を持ち上げた。

 朝、配属通知を取り出した鞄だった。

 

 中から布包みを出す。

 グレゴリーは手を伸ばさなかった。

 

「今まで、持っていたのか」

「はい」

 

 布を開くと、黒ずんだ革表紙が現れた。端が反り返り、綴じ糸の一部が切れている。

 

「最初は、ほとんど開けなくて。乾かして、開くところだけ読んだんです」

 

 ミアは一枚の写しを添えた。

 ところどころ、文字の代わりに四角が並んでいた。

 

「読めなかったところです。勝手に埋めないようにしました」

「原物には」

「書いてません」

 

 言ってから、さっき裁判記録に丸をつけようとしたことを思い出した。

 グレゴリーは笑わなかった。

 

「遭難事件に関係するものか」

「おそらくは」

「なぜ届けなかった」

 

 ミアは手帳を見た。

 

「届けたら、持っていかれるでしょう」

「当然だ」

「そうしたら、私には続きが分かりません」

 

 グレゴリーはしばらく黙っていた。

 

「聞けばいい」

「教えてくれますか。拾って届けただけの人に、裁判の記録も、個人の通信も」

「それを決めるのはお前じゃない」

「はい。だから、警察官になろうと思いました」

 

 言ってしまうと、次の言葉が止まらなかった。

 

「一年、毎晩読みました。読めるところだけ、何度も。順番を入れ替えて、また読んで、また入れ替えて」

「殺しの記録だと思わなかったのか」

「思いました!」

 

 声が弾んでいた。

 

「でも、誰が誰に何をしたのか、はっきりとは書いてないんです。助けようとしたのかもしれない。殺したのかもしれない。作り話かもしれない。どれなのか分からないまま、一年です。一年!」

「一年あった」

「一年、考えました。朝も夜も、ずっと。今日なんて、資料が出てくるたびに、一つずつ埋まっていって——」

 

 笑っていることに、グレゴリーの顔を見てから気づいた。ミアは唇を結んだ。

 

「採用面接で事件のことを話したのも」

 

 グレゴリーは眼鏡を外した。

 

「自分で確かめたかったんです」

 

 ミアは写しの、四角が並んだところを指した。

 グレゴリーが眼鏡を机へ置いた。畳まずに置いたので、片方のつるが上を向いていた。

 

「いつ、この事件だと分かった」

「最初は、たぶんそうだろうと。今日、ロープの鑑定を見て。それから、赤い筒の登録者が分かって」

「俺に誰を疑ってるか聞いたのは」

「警部が何を知ってるか、知りたかったんです」

 

 グレゴリーの目を見た。

 

「手帳の人が、最後に待ってたんじゃないですか。あの救助隊を」

「渡せ」

「いやです」

 

 グレゴリーの手が止まった。

 

「ミア」

「一緒に読んでください」

「頼んでるんじゃない。証拠を渡せ」

「渡したら、私を外すでしょう」

 

 返事がなかった。

 

「拾った場所も日付も話します。何をしたかも、全部。だから私にも、全部見せてください」

「条件をつけられる立場か」

「立場なんて、どうでもいいんです」

 

 ミアは手帳を引き寄せた。写しも、その上へ重ねる。

 

「私は、全て知りたいんです」

 

 今日、知らなかったことが次々に分かった。分かるたびに、もっと知りたいことが増えた。

 ここで終わるなんて、ありえない。

 

「渡せ!」

「渡すくらいなら、焼きます」

 

 指先に火が灯った。

 グレゴリーは椅子を蹴って立った。その拍子に眼鏡が落ちたが、拾わなかった。

 

「消せ」

「一緒に読んでください」

「それが何か分かってるのか」

「最後の記録です」

 

 火が革表紙のすぐ下にあった。

 乾いた頁の端が、明るく透けて見える。

 

 グレゴリーが机の端を回ろうとした。ミアは手帳を膝へ下ろした。

 彼はそこで止まった。

 

「一年も、知りたくて持っていたんだろう。それを焼くのか」

「私が読めないまま終わるなら」

 

 ミアは答えた。

 

「警部も、読めないままでいいです」

 

 グレゴリーはミアの顔と火を見比べた。

 ミアは待った。

 

「……分かった」

 

 大きな両手が、ゆっくり机から離れた。

 

「一緒に読み解こう。火を消せ」

 

 ミアは火を消した。

 

「その言葉を待ってました」

 

 椅子を寄せて、手帳を二人の間に開く。

 これで、ようやく続きが読める。

 

「最初はここです。でも次の頁が、途中からで」

 

 ミアが両手を膝へ戻すまで、グレゴリーは手帳に触れなかった。

 白い手袋をはめ、写しと原物を比べる。ミアが横から覗き込むと、グレゴリーは手帳を自分の側へ少し引いた。

 ミアにも見えるところで止めた。

 

「これが、最後の記録か」

 

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