英霊召喚『グランドオーダー』 作:新人呪術師マスター
「お前か。五条悟の言っていたという、新人呪術師は」
「あ、はい……」
時はきっと過去。場所は京都。
長野から新幹線を乗り継ぎ、この古都で専用の送迎車で出迎えを受けた、最強に見つかったある少女の英雄譚?
不思議な場所だった。広い範囲に結界が張ってある。
少女の中の無数の英雄達が古都、京都に来たのは理由があると言っている。
正門、だろうか。
大きな施設の前で、仁王立ちする筋骨隆々の制服姿の巨漢。
顔に大きな傷跡のある、言いようのない威圧感を醸し出す漢。
ぱっと見、デッカい。
あと香料でも使ってるのか、爽やかな匂いがする。
見た目、汗臭い感じなのに。気をつけているのか。
「名は聞いている。天戸霞夜。真依の親戚らしいな」
巨漢は腕組みして、こっちを品定めしている。
見下ろされて、気分は弱気だった。
「えーと……一応。多分、その人禪院の人ですよね? うちは戦前、曾祖母さんが禪院から出てったってだけで、親戚の付き合いは全く無いんですけど……」
「血統が優先される呪術師の世界で、御三家の親戚という立場上、ひよっこでも言い逃れは出来んぞ」
「うちは天戸に嫁入りした時に呪術師辞めてるんですよ……」
遠いようで近い、母方の親戚が禪院。
聞いたら千年以上続く呪術師の良家。
そこから戦前逃げ出したある女から派生した事でくっついた、何の関係も無い一般の非術士の家系、天戸。
呪術師とは、血統や伝統を重んじる。
この国をずっと守ってきていた世界の裏側。
治外法権の呪術師界隈。怖い世界に怯えているビビりの新人呪術師、天戸霞夜。
キッカケは些細なことだった。
一ヶ月ほど前、妖怪を見た。
全部込みで呪霊というらしいが、人面犬である。
凄い数の犬が、霞夜の家を囲って遠吠えしていた。
理由はわからない。兎に角人面犬が周囲を取り囲み、夕飯時に家を襲撃してきた。
因みに天戸の実家は長野という田舎町故に無駄に土地が広く、山を一個所有している。
家族は両親以外居ない。
霞夜も両親も人面犬に襲われていた。
心底ビビった。お腹空いたぁ、とか言いながら小型犬程の人面犬が噛みついてきたのは。
咄嗟に持ってたお盆で振り払ったが、古屋の家の中をめちゃくちゃにされた。
吠える犬の群れ。逃げ惑う両親と霞夜。
人里離れた場所にある山の近くにある実家。
そこに来たるは多頭の人面犬。
食われるかと思った。
実際噛まれそうになって散々逃げ回っていた。
両親が心当たりがあって、通報しようという霞夜に、こういうのは呪術師という専門家の連中に知らせないと意味が無い。
そう言われて、直ぐに家から飛び出した。
これが間違いだった。囲まれた状態で外に出れば袋叩きである。
山から下りてくる人面犬、意味のわからない状況下。
こんな妖怪に襲われて死ぬのか、そう思ったときだった。
――問いましょう。貴女は私達のマスターですか?
脳内に、突然若い女性の声がした。
マスター? どういう意味か。
再度、問いかけ。返答はどうすれば良い。
取りあえず、多分そうですと必死に答えた。
人面犬に強襲された事で、この時霞夜の素質が開花したと後で聞いた。
問いかけは、術式の契約。縛りという、絶対的な。
この意味は、霞夜の術式を使うかわりの代償。
歴史、過去も未来も引っくるめた人類史のあらゆる影法師を呼び出す代わりに、霞夜の魂を供物に捧げる降臨術。
その代表は、優しく問う。
これは分岐した幾星霜の世界で、人類史が焼かれなかった歴史のレコード。
一つの世界で、不可能な積み重ねを焼かれたことで、それに抗う為に世界が生み出し数多の世界に染み付いた円環の法則。
遠い世界、一つの歴史の人類史は巨大な獣に焼かれて灰も残さず消え去った。
その爪痕は分岐する多くの世界に恐怖を与えた。
抵抗せよ。理は、そう概念を作った。
獣が存在し得ない世界にまで。
だが多くの世界に獣は存在する。
愛の神、爛れた女、原始の母。
これらは一端に過ぎず語れば最低七つも居るという。
人類の獣性が生み出す、自業自得の愛を持って滅する人類悪。
人類が人類である以上、必ず出て来る自滅装置。
自業自得の因果の獣に抗う理はこの世界にも顕れた。
霞夜はその舞台装置に選ばれたのだ。いや、違うか。
『この世界』においての理を実行する為の素質が備わった生け贄。
霞夜は魂を供物に捧げる。
よって空の器は紡がれた影法師の媒介の縛りを得た。
喚べ、術式を。霞夜は、抗いの理を司るモノ。
その名をこの世に刻め。畜生程度に殺されるな。
起動せよ、人類が生き残る為に備えたシステムを。
「術式、起動……」
人面犬に襲われながら、脳内に溢れかえる膨大な情報を処理していく。
区別。召喚、降霊術。
備蓄呪力量、計測。
使用呪力、計算。
英霊相性補完、適合、完了。
術式、起動。
「グランド……オーダー……!」
喚べ、霞夜に適した影法師。
歴史に刻まれた偉業の傑物。
神も、人も、本来なら倒すはずの獣ですら。
霞夜の意思に従うだろう。
魂の契約は履行された。
ならば、応えるのが縛りの対価。
名を、喚べ。
「私が……貴女のマスターです! 来て、シャルロット!」
腕を掲げて天に浮かべる紋章から、ゆっくりと降りてきた女性。
白いドレスに黒いシルクハット、茶髪のボブカットの彼女は微笑みながら降臨する。
「はーい。喚ばれて飛び出て……って、流石に古いですかね。アサシン、シャルロット・コルデー。推参しました」
降り立つ女性は暗殺者と名乗った。
自嘲気味に生涯一度の人殺しで歴史に刻まれた、場違いの一般人。
「ええと、兎に角助けて下さい!」
「分かりました! 正直、英霊と言えどもわたしは最底辺です! 期待はしないで下さいね!」
大きなナイフを取り出すや、飛びかかる人面犬を切り払う。
どうみても明らかに慣れてない、ぎこちない動きだった。
「うわ、怖いですね!? これが日本の呪霊ですか! マスターの知識から見た感じ、妖怪ですね! わたし退魔とか、エクソシストじゃないんですけど!」
逃げ腰でナイフを振り回して威嚇している英霊。
喚べって言ったのに霞夜と同じくビビっている。
人面犬が飛びかかる。慌てて屈んで避ける。
出て来たんだから戦えと言うのに数が多すぎると泣き言を言う。
結局手を引いて逃げ出す始末。頭痛がする霞夜。
「アレだけ壮大な情報を人に流しておいてこれですか!?」
「わたし元々一般人です! 妖怪退治なら、もっと優秀な方が居るかと! 紹介しましょうか!?」
シャルロットは無理無理と速攻拒否った。
自分は相性補完で最も良かった英霊。
つまり、一番上手く付き合える相手に過ぎない。
戦うならもっと、強い英霊を。
人面犬風情に負けるポンコツ英霊で申し訳ないが、シャルロットは何の心得も無い、素人の暗殺者。幸運だけが取り柄である。
『おう、マスター! 大丈夫か! 犬っころ程度に負ける一般人が相性良いからって出しゃばるなよな! 俺を出せよ、俺を!』
『いや、君は先ず有名すぎて彼女に不信感を持たれるぞ。騎士王の後継者』
『あーぁ、にしてもこりゃ酷えや。そこら中犬っころだらけの地獄絵図。マスターには同情するねえ。犬嫌いが出そうだわ』
『おい、んなこと呑気に言ってる場合かロビン!? マスターとシャルロットが死にかけてんのに!!』
『なら、お前さんが行くかいマンドリカルド? この多勢に無勢で、英霊らしくまた散り行くってか?』
『クソ……! 俺なんかで役に立てるのかよ……!?』
『どいつもこいつもこんな有象無象に腰抜かしてるんじゃ、話にならねえ! おいエミヤ、邪魔するなよ!』
『落ち着けモードレッド。君は叛逆の騎士だとマスターに言われたら縛りで召喚できないぞ』
『はぁ!? 今この状況で一番強えの俺だろうが!』
『あーはいはい、円卓の騎士様はご立派ですねえ』
『テメエは黙ってろ卑怯者ッ!!』
『いや、揉めてる場合か! 急いで召喚を! マスター、呪力を回してくれ!』
頭の中でぎゃあぎゃあと揉める声。
混乱する状況下。
歴史に詳しくない霞夜に、自動的に相性の良い相手が選別される。
この場合、喚べる相手は……。
「叛逆の騎士……。モードレッド? 有名な、あの?」
名前がピンとくる相手はモードレッド。
アーサー王伝説の破滅を下した裏切り者。
『おうよマスター! こんな雑魚、瞬殺してやんよ!』
何故女の子の声なんだ?
険しい表情のシャルロットは言う。
有名な叛逆の騎士。自分勝手な理由で大事な人を裏切って、破滅した元凶。本当に良いのか。
強さは本物。でも性根は、騎士と呼べるのか。
『あぁ、そうだな! そこの一般人の言うとおり、呪術師なんざ銅貨一枚も救ってやる価値なんぞねえよ! だがこいつはまだ単なる子供。窮地に陥る、無力な民。それに契約の時点でこいつのなりは分かってる。本当にただの抗う方法の無い相手。それを見過ごすほど俺は落ちぶれていねえ! それでも信用するかは此奴次第だ!』
……無力な子供。呪術師? というのは守る価値などない。
神話の騎士がそういうのなら人に失望しているのか。
……助けてくれる気持ちは嘘じゃない?
『俺は助けてやるって言ってるだろ!』
「はい。なら……信じます! 来て、モードレッド!」
もう一度腕を掲げて紋章を浮かべる。
そこから立派な甲冑を着た、騎士が舞い降りる。
宝剣を片手に、兜で顔を隠して。
「おう、お前の信用、確かに受け取ったぞ! よく喚んだ! ったく、畜生程度に追い込まれてるんじゃねえよ、
騎士は強気に、誇り高く、豪快に言い切った。
そして宝剣を構えるや、
「害獣駆除の時間だオラァ!!」
一瞬で残像を残して人面犬の群れに突っ込んでいった。
赤い雷撃のような苛烈さと、獅子を思わせる猛攻。
文字通り、有象無象を蹴散らしていく。
シャルロットも霞夜と棒立ちして呆気にとられる。
これが神話の騎士。畜生では勝てない、本物の英雄。
「強いですね……。これがかのアーサー王伝説、円卓の騎士……」
「その伝説に終焉を招いた本人ですよ。油断しないでください、マスター。一時の信用はしても、真に信頼はするかはよく考えて。あの手の人物は王になると迷走して暴君になる。経験上、わたしはその手の類を嫌悪するので」
騎士が蹴散らす間に事情を聞く。
シャルロット曰くこの術式は『グランドオーダー』。
数多の世界の人類史に残った存在の影法師を喚ぶ術式。
その契約は重く魂が生け贄になり、霞夜は術式、グランドオーダーの媒介になった。
つまり、自分から手順を踏まずに土壇場で呪術師になってしまったのだ。
「呪術師……。確か、うちの誰かがそんなこと言ってたような……?」
霞夜がシャルロットに問う。
呪術師など、遠い世界の話では無いのか?
事実、向こうで両親がなんか知らぬ間に来ていた誰かに救助されていた。
「あっれー? あそこの場違いのファンタジー、受肉体かと思ったらガチで実体化してんのか。もしかして、これグランドオーダー? わお、懐かしいねー」
……いつの間にか、隣にその向こうで両親を救助してきた黒服の目隠しの男性が突っ立っていた。
シャルロットが絶句する。
英霊である自分の認識を超えて動いた。
英霊並みの速度で動ける人間だと。
「はい?」
誰この人。霞夜がシャルロットに聞くが、知らない。
「天戸の家はもう呪術師廃業してんのに、何でまたこんな化け物術者が誕生しちゃうかなー。誘うしか無いじゃん。そもそも上が黙ってないね、こりゃ」
「あの、どなた……?」
霞夜が本人に聞く。
本人はヘラヘラ笑って答えた。
「僕? そうだね。強いて言うなら世界最強の呪術師。グランドオーダーにもきっと名を刻む、その名も五条悟!」
サムズアップの目隠しが言った。
五条悟。グランドオーダー。
これが、霞夜の始まりの開幕。
モードレッドが暴れている最中に五条悟に言われたこと。
「君、明日から呪術師ね。決定事項。東京は今ゴタゴタ起きてるからおじいちゃんいる京都行ってちょっと報告してきて」
「ここ、長野ですけど?」
「要は速攻荷造りよろしく!」
「いきさつの説明は?」
「のちほど!」
という軽いノリであった。
どうしてこうなった。
そして本当に京都に送られて、冒頭に戻るのだった。