そこは隠し部屋とも言える地下室。
奥にはテレビとDVDプレイヤー、対面するソファー。
室内は乱雑にものが散らかっている。
そこに転がり込んだ霞夜。
「五条先生じゃない……? おい、お前大丈夫か!?」
悶え苦しむ霞夜に駆け寄るパーカーの少年。
意識が混濁する。清姫の呪いが、霞夜の意思を無視している。
『嘘吐き……』
毛嫌いする、嫌悪する、だから許せない。
グランドオーダーがエラーを起こして更に暴走する。
「誰だこの子……!? 自分の呪力が中で凄いぐちゃぐちゃに流れてる……!」
「すみません、突然申し訳ないのですが、霞夜様の応急処置をお手伝い願えませんか!?」
黒姫がのたうちまわる霞夜を押さえて、少年に言う。
直ぐに了承して、取りあえず押さえ込む。
「ぐぅ……!?」
清姫が暴れるのを抵抗して霞夜の意識が戻ってくる。
丁度その頃。
「何かと思えば。霞夜だったか、結界を壊したの。よく気付いたね。で、居るのは清姫か」
結界の持ち主、五条が驚いたようにいつの間にか室内に居た。
「先生!? この子、いきなり飛び込んできたんだけど……!」
「あー、この子悠仁の同級生だよ。前に言ったろ、長野で悠仁より少し遅れて見つかった呪術師。それがこの子。ずっと京都でゴタゴタ収まるまで預かって貰ってたんだけど、戻ってきたんだよ」
必死に押さえる二人に言った。
ちょっと待ってろ。清姫が怒り狂って、霞夜を支配しているのを阻害する。
降霊の妨害、外部から呪力を流して、押し出す。
寄っていくと、膝を折り霞夜の頭に手を置いた。
「ほら、癇癪もそこまでにしな清姫。霞夜の身体に無理矢理入り込むからグランドオーダーが暴走してる。とっとと出て行けって」
無理矢理、清姫の意識を引っ剥がして術式に戻す。
合意の過程を素っ飛ばして降霊とは、無茶を強いる。
反動で霞夜の意識がフラフラになっている状態。
「霞夜もちょっと英霊のこと信用しすぎだよ。ワガママ通せば自分に降りてくる程度の合意じゃダメだ。少し、君も訓練かな」
注意しつつ、清姫をこじ開ける。
丁寧に引き剥がして元通り。
誤作動の術式も落ち着いた。
「霞夜様、ご無事ですか!?」
「あー……苦しかった。何とか……」
意識の戻った霞夜が、手を離した五条の前で起き上がる。
黒姫が安堵するが、グランドオーダー内部では燻っている清姫に説教をする英霊達が多数、口撃している。
勝手な真似をするな。自分のワガママを押しつけて霞夜が死んだらどうする。
逆ギレの清姫の言動は、ちょっと英霊に任せる。
こっちはいきなりの行動で消耗している。
「ええと……すみません、ご迷惑お掛けしました」
初対面でいきなりぶっ倒れた。介護に感謝。
「いや、俺は何もしてないよ。って言うか、お前大丈夫か?」
「平気です。ちょっと英霊が強引に動いただけなので」
「英霊……? スマン、何それ」
通じない事に少々戸惑う霞夜。
英霊を知らない? 言葉すら?
呪術師なら英霊という言葉ぐらいは知っているのに。
「霞夜、悠仁に呪術師界隈の単語は通じないよ。この世界じゃ素人だからね」
「そうなんですか……」
素人が高専に居るのか。
事情は見えない彼女に本人が言う。
「悪い、俺最近死んでるって表面上なってるから外の情報あんまり分からないんだわ」
「……死んでる?」
待て。最近死んだって言われている相手って。
東堂が言ってた、器とか言う呪術師のこと。
この人だったか。死んだことが知られている。
「あぁ、器とか言う呪術師の……」
死んだことが広まる呪術師。悪名からか?
印象はそうは思えない好青年だが……。
「そう。正式には、呪術師高専一年。俺は虎杖悠仁。お前は?」
「……ええと。一応、先日まで京都校に居ましたが、本来は此方の一年です。天戸霞夜と申します」
自己紹介すると、握手もしておく。
益々、死なれて皆が受け入れる理由が分からない。
「そっか、天戸か。長野って言えば割りと田舎だよな。俺、元々は仙台なんだよ。そっちはどこら辺?」
「うちの実家ですか? 戸隠の方ですけど」
「戸隠! 蕎麦が上手いって言うあの! 良いなぁ」
普通に対話もコミュニケーションも問題ない。
普通の人だ。黒姫も軽く挨拶する。
「えっ? 黒姫ってその英霊なの? 普通の呪術師かと思ってた」
よく言われる。英霊はぱっと見、呪術師に見える。
実体化しているから普通の人にも見えるし、接することも出来る。
そういう術式。
「生憎と、呪術師のような技量は持ち合わせておりません。英霊では珍しくもない武芸を嗜むだけ。逸話も無い、武勲も無い。ただの武家の娘ですので」
「要するに昔の一般人だった感じ?」
「民間伝承の混ざった英霊ですから、そこすら曖昧でして……」
黒姫の民間伝承は混ざっているせいであやふや。
そこはよく分からない。
「霞夜の術式はグランドオーダーって言ってね。僕の無下限とまでは行かないけど、相当強い術式になるんだ」
「先生が強いって言い方するの久しぶりに聞いた」
「滅多に言わないから。それだけ彼女は凄い子だよ悠仁」
随分と評価されているが、決して大それたものじゃない。
最強に太鼓判を押されるのも旧友の主だからだろう。
「そっか。天戸も俺の同級生だったんだ」
「ええ。それで……虎杖君? で、良いです?」
「おう。どうした?」
無邪気に反応する彼に、聞いて良いか前振りして問う。
器とはどういう意味か。
本人が語るに過去の最強の呪術師、宿儺という怪物の受肉体。
指という特級の呪物を食らったせいでこうなって、元々死刑判決が出ていたらしい。
受肉体とは呪物が肉体を得た状態。
つまり生き返った訳である。歴史上最悪の呪術師が。
危機的状況とはいえ人の指を食うとは、虎杖は価値観がおかしい気がする霞夜。
「……自分の意思で?」
「あぁ。あの時はそれがベストだと思った。……ま、焦ってて後先考えてなかったのは認めるし、俺自身上層部の言う判決も妥当だと思う。その内死ぬことに抵抗はない。宿儺は、呪いなんだ。呪霊と同じ、単なる邪悪だ」
険しい顔でそう言い切る、虎杖。
霞夜は理由を聞いた。
その表情には、強い憎しみを感じる。
彼は思い出すように、噛みしめて言った。
最近任務で大事な友人を、呪霊に目の前で殺された。
自分のせい。相手の苦悩に、気付けなくて。
気付くのが遅れて。虎杖が、弱かったせいで。
無力だったから、救えなかった。
任務で、呪霊と宿儺の悪意を見た。
任務で初めて人を、殺した。
どうしようも無かった。殺すしか無かった。
その呪霊は、人間を改造する術式を持ち、玩具のように使い捨てて、友人も笑って殺した。
「……そうですか」
俯いて、歯を食いしばって語ってくれた虎杖。
霞夜は、その経験を共感した。悲痛だったと思う。
激痛だったと思う。だからこそ、結論を出した。
こんな呪いが生きていたら自分の経験が、他の人にも発生する。
だから。出来うる限り指を食らって、何時か死ぬ。
裁かれる理由があるのだ。人殺し。呪術師の世界では日常茶飯事でも、虎杖は自分も宿儺も許したくない。
だから、共倒れでもう一度死んでやる。
それまで救える命は、庇える命は、手の届く範囲なら、救いたい。
「……それは、贖罪ですか。無くなった、ご友人への」
「そうだと良いとは思うのは、身勝手だと思うけどな」
贖罪のために、呪術師を続ける。
友を殺した呪霊もブチ殺す。必ず。
出来うる限り救い、仇討ちは必ずする。
それが、彼の使命だ。
「継ぎ接ぎ呪霊の名前は、真人って言うらしい。見つけたら、絶対に殺す」
「復讐と、償い……」
呟く霞夜に、五条は言う。
呪術師の世界はこう言うことだ。
霞夜のような素直な奴も、虎杖のような誰かを救いたい奴も。
人間性は、向いていない。呪術師は英雄ではない。
呪い合う、単なる醜い人間だ。
「霞夜。悠仁が生きていること、今は余所には黙ってて。表立って動けないけど悠仁は今、心身を鍛えている最中なんだ」
「分かりました。黒姫も、良いですね?」
「承知しました」
悲劇を超えた先にある無力を悔いる気持ちは分かる。
邪魔立てはしない。自分には出来ることもない。
バレた秘密は共有する。時々会いに来るぐらいにしておく。
英霊達も、沈黙は妥当と判断した。
「じゃあ悠仁。今日はもう少し映画見たら休みな。呪力が乱れてる。落ち着いた方が良い」
「ゴメン、先生。思い出す度に、頭が熱くなるんだ」
そう言うと、霞夜も戻る五条に続いて退出する。
ひたすらに強くなる。憎悪と償いの為に。
廊下に出て、結界で隠して元通り。
五条は一度近くの教室で立ち寄り提案する。
夏油にグランドオーダーの強化を頼め。
今回みたいに甘い状態で東京でやっていくには厳しい。
未確認の特級呪霊もいる。東日本は京都よりも混沌。
もっと、術式の解釈を拡張しろ。
グランドオーダーの可能性を引き出せ。
「……分かりました。やってみます」
返事に期待するとそう告げて、去って行く五条。
では早速始めよう。召喚するサマーオイル先輩。
「……やれやれ。悟も気苦労の多い生徒もいたもんだ。虎杖君、か。宿儺の器とは時限爆弾も良いところだよ。上層部が死刑判決を言うのも正しい。悟が邪魔してるから、実行は出来ないと思うけどね」
何時もの袈裟に僧衣の夏油が袖に腕を通して苦く言う。
あんな経験、珍しくもないとも。復讐、償い。
どんな理由であれ、あの手の呪術師には宜しくない。
割り切りの出来ない未熟な呪術師は直ぐ死ぬが、彼は死にそうに無い。事情が事情だ。
そんなのが同級生。共に任務に行くかもしれない。
こっちもキッチリ、メリハリをつけよう。
「さて、マスター。君はどうして、令呪を作ろうとしないのかな」
「……令呪?」
聞き覚えの無い単語。首を傾げる本人に伝える夏油。
主従関係の証で、英霊との縛りだ。調伏の代わりに、他者との縛りで代用するグランドオーダー特有の機能。
マスターの絶対命令権。
一度に三回まで使える、基本理念。
それをしないで適当に合意でやっていたからこうなった。
はっきりさせよう。英霊は、霞夜の下に居る。
それが基本的な立ち位置で、明確な術式の在り方。
この縛りを持たずに良くも京都で生きてきたとさえ呆れている夏油。
周りと英霊の選別が良かっただけで、反意を起こす英霊が居たら殺されていた。
素直に相手を尊重していたから、英霊達も謀反を起こす事も無かった。
だが、これが良くない。上は上、英霊は霞夜の術式。
召喚も降霊も、優先するべきは霞夜の意思だ。
「なんか嫌なんですけど」
拒否る霞夜にそれでもやれと夏油は強く言う。
「そう言うと思ったよ。でもね、グランドオーダーはこうすれば飛躍的に性能が上がる。令呪は縛りだ。何度でも英霊に使える、絶対の縛り。破れば相応の罰が英霊に下る。消えるか、痛みかは分からないがね。他者との縛りは絶対的なルールになるのが呪術。君はグランドオーダーのマスターなんだよ。言わばグランドオーダーは軍の術式。部下に命令するのが指揮官たる君の役目だ」
軍に例え、命令権があるのが当たり前だという。
仲良しグループとは違うのだ。
和気藹々とやればいざとなる時に死ぬだけである。
「……霞夜様、サマーオイル様の言うとおり、令呪を作りましょう。正しい術式の在り方に、私は間違いとは思いません」
黒姫も賛成。令呪を必要ないと思うのは英霊を尊重していたからだが、過剰すぎる。
メリハリをつける事で、正しい術式になるのだから。
「君は英霊を酷使しないことはグランドオーダーの多くの英霊が知っている。だから、君はもっと堂々とするべきだ。マスターを名乗るに相応しい呪術師に」
「……」
別に術式の上下関係や主従関係に抵抗があるという訳ではない。平等が普通だと思っていただけで。
自分に不似合いだと思うだけで。悪い点がそこなのだと言われたら正論だった。
グランドオーダーは軍なのだというなら、指揮官の霞夜がキッチリするのが道理だろう。
大きく息を吸って、頷いた。
夏油が言うなら、必要なことだと割り切ろう。
術式の基本的な部分を放置していたので、夏油に習って弄くる。
グランドオーダー起動。その後、あれこれ調整する。
すると右手の甲に赤いアザみたいな模様が出て来た。
これが、令呪。三つある、絶対命令権。
放置で使っても回復するから、安心して使えという。
「君は英霊を部下として見た方が良い。令呪さえあれば、これまで危惧して喚べなかった英霊も御せるだろう。尤も、私はグランドオーダー内部でとんでもない化け物を一体、見つけてしまったけどね」
こいつさえ居れば、霞夜は五条を超える無敵の捕食者になれる。
グランドオーダーに刻まれた、本体では無く歴史の影法師、残滓だから御せる可能性のある存在。
「何ですか?」
「分からない。生き物、ではある。少なくとも呪霊じゃない。一応、多分。でも騎士王の言っている、人類悪の獣でも無い。薄っぺらい一部分だけ残っている、何かの記録の残骸とでも言えばいいかな」
曖昧に言う夏油は、ある盾を持つ少女から得た情報を開示する。曰く、彼女は戦ったことがあるらしい。
但しそいつも本体ではないし、ぶっちゃけ超越者のような存在で到底適うハズの無い神すら超えた化け物。
「彼女が言うのは、正式名称はOne Radiance Thing。直訳すると、輝ける唯一の存在。略して、ORTと言うらしい」
「ORT……?」
オルト。聞いたことがない。
そんな化け物が、グランドオーダーの内部に居る。
こいつが、霞夜の切り札?
「私が試しに慎重に調べた限り、幸いなことに自我が欠損している。やっぱり如何に元々が強大でも影法師だからかな。性質は機械に近いね。それに彼女曰く、人類が御せるほどには大幅に弱体化しているそうだよ。スペックはとんでもない代物だけど、これなら降霊という形で君にも扱える。最強マシンのパイロットだ」
「なるほど。五条さんにぶつけてみますね」
令呪の必要も無い。
空っぽの残滓なら、乗り込んで使える。
「私がキチンと調査しておいた。空の英霊なら問題ないはずだ。他の英霊は余程嫌な記憶があるんだろう。近寄りもしないけど、こいつは中身が無い。使えるモノは使おう。呪術師の世界で、生き残るために」
夏油のアドバイス通りにしよう。
ORTは召喚できない。自我が無いから。
代わりに降霊にのみ使える決戦兵器。
だったら先ずは世界最強の五条に挑んでみる。
懺悔と復讐を誓う一年生と、インベーダーの能力を纏う一年生。
その物語が、始まる。