こうして、呪いの王はこの世から消え去った。
羂索は縛りの消失で気付く。
原因はグランドオーダー。
あの少女、やはりとんでもない。
誤算に誤算が増えていく。
千年の計画が、ぽっと出のたった一人のイレギュラーによってチャートが崩壊していく。
折れず、めげず、諦めず。
その繰り返しだった彼にとって、この事案は退き際だった。
次の世代に待つか。
少なくとも、宿儺という札は消えた。
天元のための丁度良い肉体も、偶然入手したモノ。
この肉体の保存。死滅回遊の発動。真人の吸収。
五条封印。これも影法師のせいで出来なくなった。
せめて死滅回遊、それさえ出来れば……。
いや、無理か。
次世代に待つには天元の寿命が足りない。
だから天戸霞夜に狙いを絞った。
怪物に成り果てる彼女さえ手に入れば。
或いは、服従出来れば。五条など敵ではない。
彼女に五条を捕食させれば、無下限も六眼も消える。
ORTの力があれば天元と人類の融合など簡単だろう。
と、断片的な情報で楽観視していたから困る。
ORTはそんなモノではないのに羂索も知らない究極の一。
とにかく脹相の逃走で、内通者が高専にバレている。
早速メカ丸に気付いて捕まえる寸前のようだ。
羂索は考えた。もう幸吉は必要ない。
生きていても死んでいても。生きている方が良いか?
霞夜は呪術師だが、とても素直で甘い性格だ。
人質にすればとも思うが英霊夏油が邪魔してくるだろう。
そう思って真人に言う。さっさと治癒して、戻る。
「どういうつもりだ。偽者」
「別に。君はもう必要ない。縛りの治癒をした。京都校のメンバーには手出し無用。こっちも守ったから、もういいよ。帰りたいなら、高専に帰れば?」
「夏油、いいの? って、あんた夏油じゃ無いんだっけ」
某所。隠れていた幸吉は治癒されて健全な肉体を手に入れた。
こんな早期に、内通者が終わるとは。
裏切り者によって、存在がバレた偽者は参ったように腕組みしてぼやく。
「真人さえいれば、まあ何とかなるか」
「マジで? 俺の存在、高くない?」
「そりゃね。宿儺が死んだから、絶望して後追いで裏梅も消えた。復讐するにも、相手はあのグランドオーダーの彼女だ。裏梅が勝てるわけが無いって本人も理解したんだろう」
「あの錯乱して取り乱すの、面白かったよねぇ」
計画は幾つもある。
問題の五条さえどうにか出来れば、どの計画でも問題ない。
霞夜を手に入れるのが最優先。
次点で、真人の経験値稼ぎ。
死滅回遊まではまだ余裕がある。
渋谷で一回決戦を起こすのも良い。
五条に恨みのある呪詛師など腐るほど居る。
情報戦は負けたが戦力は減ってない。獄門疆もある。
或いは、過去の呪術師を使うか。
あとは、現代に刻んだ覚醒出来る一般人。
その封印を真人で解いて。
それも悪くない。霞夜を撃退するには、無為転変で一発で解除するよりも、一個ずつ襲撃者として襲わせる。
一人でも当たれば、霞夜を捕まえることが出来る。
鹿紫雲あたりや石流なども良いだろう。烏鷺も悪くない。
「まあ、そういう事。お疲れさま」
「本当に殺さないの?」
「今までのことが全部バレてるとは言え、現時点での話だ。先のことは知られていない。チャンスはある」
「ふーん……」
幸吉は警戒する。殺さないと言っているが、相手は偽者。
失せろと言われて背を見せたら殺される。
お前らから消えろというと、去って行く怪物達。
数分、黙って緊迫した空気で踏ん張って。
完全に居なくなって、緊張が解けた。
(……俺は生き残った。三輪達に、逢える……)
幸吉は服を着て、近づく気配に参った。
よりにも寄って歌姫だったか。教師に見つかるとは。
これが、内通者の終わり。裏切り者の生存。
一方、霞夜の方。京都校のメンバーから連絡が来た。
三輪から、交流戦の打ち合わせでこっちに来るから観光しようと言うお誘い。
東堂と真依も来ているらしい。
嬉しい知らせだった。上層部は揉めている。
脹相の扱いを、無害なのだから呪術師に認定したい五条や人手不足を嘆く上層部と、どうみてもアウトだろうこいつという当たり前の上層部の二極化。
だが上層部の一部は残念ながら羂索の言いなりだ。
最悪、上層部を使って霞夜を捕獲したいが五条がキレて皆殺しがオチだろう。権力を失うのは痛い。
脹相のことも興味なし。どうでも良い。
知られた情報は現在までの事であって、未来のことはバレてない。
先の計画はまだ幾らでも案を練る。
伊達に長年暗躍していない。
楽しいからやっているのでこういう逆境どんと来い。
羂索最強の武器は千年の経験値と愉快に行こうという前向きさ。あと折れない心と挫折に屈しないメンタル。
ともかく、脹相は貴重な呪術師。
羂索一派がオッケーの方に傾いて、五条から懐疑的な目で見られるのを避ける。こういう立ち回りこそ武器。
怪獣五条に出来ない事である。
高専の呪術師に脹相は認定。
まだ虎杖は隠れているが、脹相も呪術師として高専に入って活動を始めた。
霞夜は、後日来た三輪達と高専の正門で再会。
最初は笑顔だった三輪だったが、霞夜を見て一変。
「天戸さん!? どうしたのその身体!?」
激変した彼女に仰天。真依も驚いている。
「随分と印象が違うわね……。まるで改造でもしたみたいな状態じゃない」
「拡張術式で肉体でも弄ったか。最適化とは妥当だな」
東堂は冷静に分析して、聞いてはいたと言った。
乙骨が相談に一報入れたそうだ。
アドバイスなら、まあこの時点で手遅れだから放置。
弄くった肉体は怪物になったのだと。
「五条悟を捕食したらしいな。だから常時奴と同じで防御機能が発動して最低限の呪力で、補填の効く範囲。効率は六眼レベルを全身の体質でカバーしている」
「本気の時の直哉みたいって事よね。って言うか捕食って乙骨と同じ状況をしたのあなた?」
呆れている真依に苦笑いして暴走した結果だと伝える。もう、人ではない。不死身の怪物だけど。
それでも、霞夜は呪術師だから。
呪霊を祓えるなら、死ぬときまで呪術師を続ける。
「化け物ならリカで慣れているから気にするな」
「あいつに比べたら、マシよマシ」
二人はすんなり、乙骨の方が酷かったと返答する。
三輪だけが、切なそうに見ていた。
心配してくれている。大丈夫か問われた。
無理をしてないか。苦しくないか。
「大丈夫です。元々、グランドオーダーの対価で私は」
そう言うと、横槍に東堂が黙らせた。
余計なことを言わず、沈黙しろ。代償はつきものだ。
三輪に無駄な心配をかける要素を言うな。
そういう気遣い。黙ることも大事だと。
「三輪先輩、火之夜藝は大丈夫ですか? 折れたりしてません?」
露骨でも、話題を変える。
三輪も二人の空気で察した。聞かなくてもいい部分。
だから、此処は普通の先輩風を吹かせよう。
「うん、平気だよ。良い感じでね。あれから京都で私もそこそこ呪霊を祓えるようになったんだ」
「流石ですねー」
霞夜も無邪気に慕う。化け物が、人に慕って憧れる。
物語のような、運命のような、神話のような。
そんな光景。
「あ、真依先輩にも盾作ろうと思うんですよ」
「私に? 要らないわよ、銃火器だもの」
折角だし、お土産に即座に降霊して投影する。
小型のバックラー。ファンタジーな見た目だが片手で装備して裏に予備の弾薬を仕込めるスペースを作った。
更に衝撃を分散して咄嗟の防御に使えるような改造も組み込む。
これなら得物のリボルバーの邪魔にもならない。
「受け取れ、真依。これは純粋にお前の事も信用する後輩の心遣いだ」
「……贈り物、ねぇ。呪術師としての部分に引っ掛かるけど、久しいわね。誰かに好意で贈り物を貰うの」
複雑な顔で、バックラーを受け取る真依。
慕われるのに慣れてない。そういう感じだった。
「さて、お前の用事は終わったか天戸」
一通りやることを終えて、ニヤリと笑う東堂。
今度はこっちのターンだ。
「はい?」
「高田ちゃんの握手会が、今日の午後にある。チケットは奢りにしてやる。全員来い。推し活の時間だ」
「東堂さん、私帯刀してるんですけど……」
三輪に楽巌寺にでも預けておけとだけ言うと、豪快に背を向ける東堂。
既に異議を問わずに決定事項らしい。
溜息をついて、真依は面倒そうについて行く。
近くの関係者に、三輪は楽巌寺に当てて荷物を渡す。
女子三人、ドルオタの巻き添えで握手会に向かったのだった。
その後、凄く晴々しささえ浮かべる東堂、気分転換に寄り道も出来て上機嫌の三輪、高田ちゃんの魅力に陥落した真依、高田ちゃんの一言に急所を貰って観察力にビビる霞夜が帰ってきた。
高田ちゃん曰く、「あなたも東堂君の知り合いで雰囲気も優しいけど、次に来るときはもっと笑顔になってね」という、ぐうの音も出ない正論だった。
笑顔。霞夜は心から笑ってないと、言われたのだ。
そういえば、楽しいという感覚が消えている。
呪術師としての活動に気合いを入れて、自分のストレス発散の趣味や楽しみが失っていたことに気付く。
そもそも呪術師の活動に、ストレスを感じない。
使命感や、義務感はあっても。
「天戸。高田ちゃんの言葉が効いているようだな」
満足げにふんぞり返る東堂が言うに、霞夜はシステムにように呪術師になっている。
呪術師にありがちな矜持や理由が無い。
自分というものは呪術師のパーツ。当然のこと。
機械的に、呪術師を受け入れた。
「お前は素直な奴だ。言われたとおり、呪術師をこなす。だがそれはただの人形だ。お前の意思は基本的に弱い。言われたことをするだけの、典型的な呪術師。上に任せて思考停止、言われたら命令通り。それでいいのか?」
「ええと……別に、役に立てれば良いんですけど」
自我が弱い。意見を言わずに鵜呑みで動く。
我欲の塊の呪術師世界では稀な無欲な存在。
それは利用されるだけの駒にされる。
「己をもう少し、持て。嘗ての乙骨よりもお前は酷い。自分を肯定するために呪術師を選んだあいつと、無意識に自分を持たずに空のまま素直という空虚で動く木偶の坊。お前は後者だ。何故自分の意見をを持てない?」
「よくわからないです……」
意見とか言われても。
こっちのメンツには抵抗感こそ最初はあったが、今は無い。
霞夜は、もしかしたら。
素直という名前の、愚か者なのか。
一般常識に多いその日のことを考えているだけの日和ったタイプの人間。
有象無象の一つ。モブとさえ言える。
「三輪と相性が良いのは、お前らは常識の部分がダブるからだろう。だが三輪は金の為に呪術師をやるという理由があるぞ。なのにお前は言われたからやっている。自分から来ていると思っているようだが、その実お前の感情はほとんど他人に左右されている」
「それはそうね。危なっかしいわよ霞夜」
真依も激励をされて陥落したから言える。
嫌々でもやっているのには理由がある。
この子は、本当に真っ白で誰かの悪意すら知らない。
自分達を含めて周りに恵まれている。そう思う。
「五条悟の影響を受けないのも、周囲を無闇に慕おうとするのも。お前の意思だが、それは黒く染まれば嘗ての夏油のように落ちる。ハッキリしろ、天戸。お前は、何故呪術師をする?」
「…………」
東堂の問いに、俯いて沈黙する。
……言えない。言いたくない。
本当の気持ちなんて敬う先輩にも言ってはいけない。
だって、それが。知ったところで、救いようが無い。
当然のように見抜く東堂が追撃する。
「お前のストレスは誰かに意見を言うことだ。それは、
何故だと思う。教えてやる。お前は、自分の居場所が呪術師しかないと理解しているからだ。失うのが怖いからだ。逆らって、怒らせて、呪術師を出来なくなるのが。もっと言えば、自分のことを化け物だと思っているんだろう。事実、逃げようのない事。それを受け入れたからこそ、しがみつく。どうした、理由ならあるだろうに。化け物に居場所がないのは知っている。ただ機械的に動いて消耗し尽きるまで祓い、それで? 結局お前はどうしたい?」
「東堂さん、止めましょう。天戸さんが……」
正論は刃物のようにグサグサと突き刺さる。
三輪が制止に入るが真依が手で制する。
「……怪物ですよ、私は。グランドオーダーを持つ、不死身の怪物。みんな、優しく受け入れてくれるから。甘えて、ここに居るしか出来ないんです。恩を返す、それしか出来ない私の、呪術師を続ける理由はそれです」
「ノーだ。それはお前の逃げる理由であって、呪術師を続ける真の意味ではない」
否定する東堂。
核心を突く言葉を言う。
「化け物と拒絶されるのが怖いんだろう。俺達が自分を見ても誰も言わないから。だから顔色を窺って、従って従順に適応した。お前の真の意味、奥底の感情は恐怖だ。拒絶されて一人になる恐怖。孤独が怖い。違うか?」
「……そうです」
みんな優しく、良いと言った。
怪物を、呪術師は良いと言ったのだ。
だったら。ここに居るしか、無いのに。
「本音を言ったな。ならば、俺も言おう。……良いか、天戸。お前がどうであれ、呪術師の世界は己を持っているのが呪術師だ。自分が怪物だというなら、開き直れ。怪物として振る舞えばいい。人に尽くす怪物で無くても、俺達は高専の呪術師。知っての通り、俺達はお前を否定しない。単にお前の先を行く、先駆者だ。怯えずに、本当の意味で素直になれ」
「……」
真の意味で、素直に。
怪物として、生きろ。それしか出来ないなら。
誰かに否定される覚悟もしろ。
もう、霞夜に残っている世界に、救いなど無い。
呪霊を超えた化け物、天戸霞夜は呪術師になる。
「……分かりました。私は私の思うように行動します」
顔を上げる。そうだ、グランドオーダーに魂を捧げた時に、終わっている人生だったのだ。
この身は終わりなき術式。
生きるモノを食らいつくインベーダー。
だから、言おう。
「私はインベーダー。呪霊も、現象も、全てを食らう怪物。だから、隠さずに皆さんと共に行きます。本質は呪術師ですらない、化け物ですが……生きるため、この世界でやっていきます」
呪術師の世界で生きるために。
ただ、普通の理由で良い。ありきたりな理由で。
「そうか。腹は、括ったな?」
「はい。気付けが効きました」
不敵に笑い、東堂は告げる。
化け物でも生活があるんだから、それでいい。
一般常識? 呪術師の理屈?
全部腹の中だ。食ってしまった。
理不尽は食らえば良い。もっと霞夜は、正しく素直にあるべきだ。自分の感情に。
「……天戸さん」
「大丈夫よ霞。あの子は、ちゃんと生きていける」
霞夜が高田ちゃんに言われたことを気にしていた、急所を東堂が導いた。
心配は、もう要らない。二人が見ていると。
「……天戸? それに、京都校の皆さん」
恵が、運悪く合流するのだった。