アレが、禪院直哉。自称、あっち側。
強かった。凄いと思った。敵わないと思った。
高専に戻り、任務の終わったその日はよく休んだ。
ちょっと心理的に重たかったかもしれない。
身体は休んでいる。眠っている。
なのに、意識は突然覚醒していた。
……金縛り? 何だ、これは。
グランドオーダーが、起動している。勝手に。
『霞夜様、霞夜様! 起きて下さい!! 何かが、何かが術式に記録されています!!』
黒姫の声が聞こえる。慌てている。
『落ち着くんだ、黒姫。これは……グランドオーダーの更新、か? 新たに英霊に誰かが加わっている。なに、私の知る限りグランドオーダーはこうやって英霊が刻まれる。悪いことではないさ』
制止するエミヤの声が聞こえる。
未来の英霊は知っているから。
グランドオーダーの術式の仕様というモノを。
英霊が増える。術式に組み込まれる。
だが……。
『……いやはや、これは参ったな。生前何処から聞いてはいたが、禪院家の遠縁に出る、これがグランドオーダー、か。仮にもマスターの彼女の情報を読み取るに、死んで一年も経過しないうちに英霊に昇華されたとは。私も随分と歴史に名を刻んだモノだね』
その刻まれた本人が、呆れたように、そして残念そうに呟いていた。
『うん? 君は、確か……』
『やぁ、未来の錬鉄の英霊。君は私を知っているだろう? マスターの彼女は、知らないようだけどね』
『……驚いたな。君は、かの百鬼夜行を起こした歴代最強の呪詛師じゃないか。グランドオーダーの歴史に恐怖で刻まれたのか。それにしても、この時代だと去年の話。英霊でも刻まれる速度が最速クラスだぞ』
『どうにも、私の起こした百鬼夜行は余程後世の歴史に影響を与えたらしい。こうして影法師として速攻で組み込まれる程の影響力。私なりの理想を掲げ、敗北したというのに。死んで最速クラスの一年で英霊だ。悪い意味でね。グランドオーダーの中はもう、ザッと見たよ。全く以て恐ろしい術式だ。彼女さえ居れば百鬼夜行は成功していたかもしれないね。高名な神から、名だたる英雄、悪しき獣、はたまた呪霊まで。歴史に刻まれている多くの傑物が勢揃いだ。私も新入りだから強くは言えないが、来てしまったモノは仕方ない』
エミヤと話す、若い男性の声。
誰だろう。聞いたことがない。
けど、謎のイケメン臭がする。
『ハハハッ!! 私にイケメン臭とは、マスター……かな? 君も大概トンチンカンだね。イケメンなら若い頃の悟を思い出すよ。彼も人格は多分変わってるけど、イケメンではあるよ?』
悟? もしや、五条悟?
霞夜の意識が問う。
『そう。君をこの世界に導いた、世界最強の呪術師。私の嘗ての親友だった、と私は最後まで思っている。今でも、彼は最強なんだろう。彼とは道を随分と前に違えてね。最期は呪いあって私は負けた。呪詛師だからね、生前の私は。あぁでも、一つだけ言うなら。駆け出しの呪術師君、私はただ呪術師だけの世界を夢見た、人殺しだ。生前も、大義を掲げて大勢殺した。君のグランドオーダーに暗殺者がいると言うことは、術式に人殺しがいても問題は無いようだね。取りあえず、安心して欲しい。どの口が言うんだと思われるがこれでも常識もあるし、影法師だとしても私はもう一度戻ってきた。少なくともあの呪術師の歴史でも悪名高い蘆屋道満よりはまだマトモだよ。去年まで生きていたからね。今の呪術師の世界を最も知る英霊かな?』
そう言う、脳裏に過るイメージで僧衣に五条袈裟の謎のイケメンが手を振って笑う。
どなたですか? とバカ正直に問う霞夜。
『その前に良いかな。君の情報をグランドオーダーを通して汲み取ったけど、昨日禪院直哉と共闘したんだって? あの私も好きじゃない呪術師と? 素直すぎるのも良くないよマスター。相手は選んだ方が良い。って、私が言えた立場では無いけど』
苦笑する、若い男性。
エミヤが百鬼夜行を起こした呪詛師と言った。
よく分からないが、もしかして悪い英霊系統の人?
『後世の影響力が、どういう扱いをされたかは未来の彼にでも聞けば良いよ。単純な良し悪しで呪術師は語れない。よく覚えておくといい』
そう言うモノか。分かったと答えると笑い出す。
正直、グランドオーダーで喚ぶのは信用できる英霊が良い。
沢山居る英霊でも、得体の知れない神や獣、呪霊は喚ぶなと楽巌寺から言われている。
『なるほどね。私は恐らく、数少ない現代人の英霊だ。他に居るのは、錬鉄の英霊や盾を持つ彼女程度だと思うよ。現代の呪詛師を信じるかどうかは、君次第だけど。君は呪術師だ。なら、私の忌み嫌う猿とは違う。私は言ってしまえば、呪術師以外の人間が嫌いなのさ。百鬼夜行を起こしたのもそれが理由だしね』
理想を掲げ、テロリストみたいな事をしたようだ。
大規模だったのだろう。だからグランドオーダーに組み込まれた。最新の英霊。
それで、名前は?
『ああ、ゴメンゴメン。死した今でも先輩呪術師として、若い呪術師を見ると入れ知恵したくなる。私の悪い癖だ。私は、夏油傑。この国で四人しか居ない、特級呪術師だった人間だ』
夏油傑。珍しい名前。
サマーオイル。夏にピッタリな名前じゃないか。
『サマーオイルって酷いあだ名を……。君の先輩だよ私。いや、確かに去年は高専に敵対していたけど。今は君の英霊だ。純粋に先輩だからね?』
わかりましたサマーオイル。
何故かこう呼ばないと行けない気がする。
『マスター……君は少し疲れているんだ。よく休んでくれ。悪名高い夏油傑と言えども、後世には最悪で最後の呪術師と名高い悪党だ。あだ名で誤魔化しても過去は消えない』
エミヤが気遣って、というか途方に暮れている。
飛んだ爆弾が来たようでこれどうするか迷っている。
『新たなる英霊……サマーオイル様ですか。申し訳ございません、取り乱して。私、英霊と名乗るには烏滸がましいですが、高梨の黒姫と申します』
『いや、黒姫さん。長野の黒姫山の伝承でしょ? それは知ってる。悪いけど私は夏油だから。サマーオイルって言うの止めてくれる?』
『霞夜様の手前、申し訳ありませんが……』
黒姫は霞夜が言うならサマーオイルと呼ぶ。
『マスター……。私を早々茶化して楽しいかい?』
何てことしてくれたんだ、という表情の夏油。
サマーオイル呼びが英霊達に受けて爆笑されている。
現代の悪行こそあれど、失敗に終わっている以上単なる呪術師で良いだろうとか傑物共は笑った。
兎に角、先輩は高専に居るしサマーオイルは英霊としての実力は高いのだろうと期待しておく。
『あなたは……良くない気配がする。何だ、この邪悪な呪力は……』
遠い世界のアーサー王が似た声で警戒している。
獣に近い、何かを持つと。
『どうだろうねアーサー。まぁ、私が千里眼で見た感じ普通の呪術師だったよ。一般市民が思想が狂って死んだ、つまらない話さ』
また似た声で王を支えたある魔術師が笑う。
霞夜が把握している限り、信用できないペテン師のような、微笑みながらも永遠に幽閉された塔からここを眺める、例外的な何か。
爽やかさが逆に気味が悪い人物。
強いて言うなら、勝手に幸福な結末を好むクソ野郎。
話していても違和感が拭えず、こっちを観察している上から目線。楽巌寺の言う、得体の知れない相手だ。
『散々な言いようだね、かの騎士王に
不愉快そうに夏油が言い返す。
霞夜がグランドクソ野郎に黙れとハッキリ言った。
観測所で勝手に見てろ。口出しするなマーリン。
霞夜ですら不気味に感じる言動を夏油に与えるな。
見ているだけの外野は口を噤め。
『分かったよマスター。本当に君は私を嫌煙するね』
『……マスター。僕が言えることは、マーリンは邪悪では無いんだ。それは信じて欲しい』
あのアーサー王が言っても無理だ。
自嘲するこの男は、多分伝承通り人間じゃない。
人間じゃない奴に、感情も、熱も無い。
そんな信用できない奴とは話したくない。
『まぁ、一度君も休むと良い。顔合わせは、後で済ませよう』
サマーオイルが小言を言いながら、引っ込んでいく。
グランドオーダーが、沈黙した。更新完了。
新たに英霊を迎えた訳だが。
数時間後。昼前に、漸く起きる。
「……何だったんでしょうか」
ベッドの上で、寝ぼけながら呟く。
グランドオーダーの強化が勝手に起こった。
後で東堂にでも報告しよう。
さっさと着替えて、顔合わせに試しに喚ぶ。
「来て、サマーオイル」
紋章を浮かべて召喚する。
本人が出て来た。
「いや、夏油だからね私は」
極悪非道と後世には伝わるらしい、呪詛師。
僧衣に袈裟を着用する、夏油は渋い顔で袖を捲る。
「なるほど、本当に英霊というのは召喚されると生前と変わらない。なのに、術式も記憶も最期の時までそのままか。何だか歴史の影法師の癖に生き返った気分だよ」
「具体的に去年? に、何やったんですか?」
自分の部屋を出ると、夏油を連れて歩き出す。
夏油はテロ行為だとだけ言う。
詳細はどうせ後で嫌でも知るだろう。そう言って。
先輩達のいる教室に向かう。
普通に扉を開ける。挨拶して入った。
見た途端に、皆の血相が変わった。
臨戦態勢になる。
「?」
「だからこうなるって言っただろうマスター……」
肩を竦める夏油に、東堂が静かに問う。
「どういうつもりだ、天戸。何故こいつがここに居る?」
凄まじい怒気を孕んでいる。
仰天の霞夜が、何を怒っているのか理解できずに苦笑する本人に問う。
恨まれているのだ、と夏油は言った。
本人に代わって説明する。
グランドオーダーに今朝新たに刻まれた英霊、呪詛師夏油傑。
後世には最悪の呪詛師と伝わったためにこうして、影法師で復活した。
「去年ぶりだね、京都校後輩の生徒諸君。こっちには遠隔で呪霊を放っただけだから、直接会うのは久々かな」
「貴様がグランドオーダーの一部だと……? ならば、何故俺達に会いに来た」
東堂が返答次第では祓うと脅すが、夏油は首を振る。
「そりゃマスターの英霊だからね。呪詛師と言われても、それは生きている頃の私だ。今の私は」
「転生したら英霊だった。サマーオイル先輩です」
「空気ぶち壊すの止めようかマスター?」
サマーオイルと言うとあの特級呪術師だった夏油にあだ名で接する霞夜に三輪あたりが真っ青になる。
命知らずか、みたいな。
「嘘でしょ? 百鬼夜行やったような奴の影法師まで召喚できるの? 一年しか経ってないのに……」
真依が銃口を向けながら言う。
グランドオーダーの仕様を知らないからそう言えるのだ。
グランドオーダーの呪術師となった夏油が指摘する。
実際の時系列は関係ない。グランドオーダーは歴史に名を連ねる存在を召喚する。
つまり、未来において夏油は悪名高い呪詛師として刻まれた。
故に現段階でのグランドオーダーにも対応して、影法師が現れたのだ。
「現在進行形の英霊が私と言うことだよ。少なくとも、死んでいるのは事実だ。この未熟な呪術師に仕えるのが今の私、夏油傑ということになるね」
「先輩達が怒るって事は凄い悪いことしたんですね。サマーオイル先輩」
「本当に止めようか、今の空気をぶち壊すの」
霞夜は夏油を使役するマスター。
特級呪術師の影法師が、今朝現れたと伝えようと思って連れてきたと言うと。
「……敵意は無いらしい。全員、落ち着こうか。此奴は英霊であって、呪詛師夏油ではない。そいつは確かに死んでいる。腑に落ちないが、事実グランドオーダーで召喚されているのは見ての通りだ」
「信じられない……」
西宮が驚愕で夏油を見る。
嘗ての呪詛師。今は英霊。味方になっている。
東堂も態勢を崩して霞夜に言う。
爆弾を召喚した、と。
「ええと?」
「お前はとんでもない奴を喚び出したと言うことだ。爺さんに言ってくる。天戸、最悪監視下に置かれるぞ」
東堂がそう言うと楽巌寺に伝えに行った。
「保守派の楽巌寺学長か。……さてマスター、覚悟は出来てるかな?」
「何のです?」
事の重大さに分かってない彼女に夏油は教える。
自分という最悪の英霊を連れ出して、呪術師のように振る舞えと言われて誰が信じる?
生前、散々仕出かした呪詛師だと言うことは分からないのは仕方ない。
知らないから。
「天戸さん。この男……夏油傑は、大規模なテロ行為を行っている。それは聞いてるかい?」
「サマーオイル先輩が悪い人だとはグランドオーダー内部で聞きました。具体的には聞いてないですけど」
加茂が言うには、呪術師の世界に戦争をふっかけるテロ行為をやってくれて、大戦争になりかけた。というかなった。
そんなのが、英霊になるとか言うて誰が信じる。
「天戸さんは知らないからこの男をサマーオイルと揶揄できる。だが全貌は、身勝手な選民主義の外道だ」
「そうだね。呪術師以外は猿も同然だと思うよ。今でも」
加茂にそう言う夏油。
霞夜は呆れたように言った。
「そういうの、良くないと思います」
「だけど、私は嫌いなモノは嫌いだからね」
「理由あっての事だと思いますけど、少なくとも先輩達にそういうのは止めて下さい」
尊敬する呪術師に誹謗中傷は聞きたくない。
夏油は呪術師には言わないという。
一般市民は嫌いだから猿で良いよね、と言うが。
「人の好き嫌いに文句は言いません。でも、大っぴらに決めて全部嫌いって言うのも、どうかと思います」
「……」
「せめてキチンと直哉さんみたいに、理由つけて嫌って下さい。ただ漠然と呪術師とそれ以外、みたいな区分は立派な差別ですよサマーオイル先輩」
「……マスターの言いたいことは分かる。綺麗事だと反発したくもなるけど、サマーオイルは止めようか本当に」
遠くから乱暴な足音が聞こえる。
走ってきたのは、歌姫と楽巌寺だった。
飛び込んで来るや、本当に英霊の夏油傑が居て絶句する。
「天戸さん!? これどういう事!? 何で夏油が生き返って……!?」
「よもやこの様な巡り合わせで蘇るか、夏油傑! これも貴様の計算のうちだと! 天戸の術式を逆手に取るとは、卑劣極まる!!」
楽巌寺もギター構えて戦おうとする。
歌姫は困惑する。影法師になった後輩。
楽巌寺はそれも含めての画策と勘繰って。
「あぁ、歌姫先輩。お久しぶりです。あと楽巌寺学長、これは偶然ですよ。どうか落ち着いて」
敵意は無いと夏油は笑って、嘗て敵対関係だった彼等に告げる。
呪術師、夏油傑。ここに天戸霞夜の英霊として、仕えるべく再臨したと。