卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~   作:露李鈴

1 / 6
185年:冬一章「泥まみれの巫女」
第一話【壱】 忌み名と、忌み子


 冷たい――

 

 それが最初の感覚。

 

 頬をなでるは、

 骨の髄まで凍てつく冷気。

 

 背にまとわりつくは、

 湿り、重たい泥のぬめり。

 

 俺は、鉛のように重い(まぶた)を押しあげる。

 

 

「……っ」

 

 視界に飛びこむのは、

 見たこともないほどに澄みきった――

 

 ひどく、寒々しい――

 

 灰色の空だった。

 

 

――――――――――

 

「……くっ」

 

 身体を起こそうとした瞬間。

 全身に、鈍い痛みが走る。

 

 骨がきしみ、筋肉が悲鳴をあげた。

 

 

 横たわるは朽ちた木を寄せあつめ。

 枯れ草を被せただけの粗末な小屋のなか。

 

 地面を掘り抜いた土の床は、冷たく、汚い。

 

 (わら)を敷き詰めた壁からは、

 冷たい隙間風(すきまかぜ)が容赦なく吹き込んでくる。

 

 これでは、住まいというよりも。

 

 獣の巣――

 

 

「……にぃ……に……ぉきて……」

 

 すぐそばから、

 震えるような声が聞こえた。

 

 視線を向けると――

 

 細い腕。

 泥にまみれた()りの粗い貫頭衣(かんとうい)

 

 そして、髪の乱れた幼い少女の、

 今にも泣き出しそうな瞳が、こちらを覗き込んでいた。

 

 

「いみな……ぉきて……ぉねがぃ……」

 

 少女の目の端から、涙がこぼれる。

 

 その雫が、泥に汚れた頬を伝い、

 俺の頬に落ちる。

 

 瞬間――

 

 

「……っ、が、あああぁっ!」

 

 脳天に、楔を打ちこまれたような激痛が走った。

 頭蓋が軋み、世界が歪む。

 

 記憶が、濁流のように流れ込んでくる。

 

 

 * * *

 

 空を穿つ、巨大な塔の群れ。

 光と輝きに満ちた、眩しい街並。

 指先ひとつで多くの知恵をたぐる、薄く光る板。

 

 遠い昔の物語、草木の理、病を癒す術。

 そして、荒ぶる自然を生き抜くための知恵。

 

 押し寄せる知恵の波に、頭の内側が埋め尽くされていく。

 

 だが――

 

 すべての中心に『あるはずのモノ』だけが、

 ぽっかりと抜け落ちている。

 

 俺が、誰なのか――

 

 どこで生き、誰を愛し、

 どんな名で呼ばれていたのか。

 

 それらは白い霧の向こうに散っていく。

 

 己の本当の名は、もう、二度と思いだせない。

 なぜか、そんな確信だけがあった。

 

 * * *

 

 

「……ぃみ……な……?」

 

 俺の声は、驚くほどに幼かった。

 

 そして、

 不意に口にした名前。

 

 イミナ。

 

 それが、この身体の本来の名だと、

 不思議な確信があった。

 

 

「……よかったぁ……いな、いな……なっちゃったかと……」

 

 目の前の少女が、泣き崩れる。

 

 緊張の糸が途切れたかのように、

 俺の胸へ、しがみついてきた。

 

 

「……いみ、こ……」

 

 少女の名は、イミコ。

 

 この身体の記憶に深く刻まれている。

 二人は兄妹だ――

 

 その身体を抱きしめると、

 骨ばった感触が腕に伝わってくる。

 

 鎖骨は浮き上がり、その手足は細すぎるほど。

 

 だが、その必死に(すが)る力だけは驚くほどに強かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。