卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~   作:露李鈴

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第十話 火の掟

 コイシの命を救った後から、

 また、大変だった。

 

 病の者は他にも大勢居るのだ。

 村が総出となって夜遅くまで湯を沸かし続けた。

 

 苦しむ者には、浄化した水を飲ませ。

 熱を持つ者には、首筋を拭ってまわった。

 

 

 ある程度の手順が、

 村に伝わりきったのを見計らい。

 

 俺と、イミコは、

 村の空いてる小屋で休ませてもらった。

 

 まだ幼い俺達の体は、

 とうに限界を超えていたようで。

 

 小屋で横になった瞬間、

 そのまま、深く意識が落ちていった――

 

 

――――――――――

 

 ナバリの空が明るんだ頃。

 

 目を覚ました俺達は、

 村の、中央広場に案内される。

 

 

 そこには、生死の境を彷徨っていた、

 コイシの姿があった。

 

 弱々しくも確かな笑顔を浮かべている。

 その隣では、母親のアサメが寄り添っていた。

 

 

 その他にも衰弱してた村人たちの姿がある。

 

 誰もが、万全とまではいかなくても、

 格段に顔色が良くなっていた。

 

 

 

「火の、巫女様……」

 

 村の中央広場で、シラガが跪(ひざまず)く。

 パチパチと手を二度打ってから、深く頭を下げた。

 

 畏怖と、尊敬を込めた、

 この村に伝わる最上の礼法なのだという。

 

 

「行こう、イミコ……」

 

「……んっ……」

 

 事前に伝えられてたように、

 俺は、イミコを連れて、一歩前へ進み出た。

 

 村中の視線が集まる。

 

 

「みんな、よく聞いてほしい」

 

 村の広場に声が行き届くように、

 俺は、ちいさな身体なりに声を張り上げた。

 

「水の中には目に見えない魔物が、

 毒を吐いて潜んでいます」

 

「魔物の、毒…………」

 

「やっぱり、水だったのか……俺もそうだと……」

 

 広場の群衆がざわつく。

 

「恐れることはありません。

 この『火の巫女』が宿る火で清めれば、

 魔は焼かれ、水は命を繋ぐ霊薬となるでしょう」

 

 村の中央広場には、大きな石の炉が設置されていた。

 

「水を飲むときは、この火を潜らせてください。

 さすれば、火の巫女様が魔を祓ってくれるでしょう」

 

「ああ、火の巫女さま……」

 

 村人たちが一斉にうずくまる。

 

 

 正確には偽りである――

 

 だが、これは命を守るための理(ことわり)となり、

 多くの命を守ることに繋がるだろう。

 

 

――――――――――

 

「待てええぇっい!」

 

 野太い怒声が、ナバリの広場に響きわたる。

 

 肩幅の広い男たちが前に出てきた。

 

 その顔に刻まれた刺青は色濃く、

 目には、剥き出しの敵意が宿っている。

 

 

「我らが狩りに出ている間に、

 忌み子を、村に引き込みやがって……」

 

 それは低い声だったが、よく通る。

 

「なにが、火の巫女か、

 そんな得体の知れぬものに村を預けられるか!」

 

 ざわり、と空気が揺れる。

 

 

「やめんか、タケ……」

 

 シラガが、村の長として前に出てきた。

 

「おぬしにも話したじゃろ、コイシは助かった。

 苦しんでいた者らも、すこしずつ息を吹き返しとる」

 

「我は信用できぬ、

 神だ、火の巫女だなどの小癪な話……」

 

 タケの後ろにいた者たちが、小さく頷く。

 

 

「無理に、膝を折れとは言わぬ……」

 

 シラガは深く息を吐いた。

 

「じゃが、火を通した水だけは守ってもらう。

 それは、この村が生きるための、新たな掟じゃ……」

 

「村に忌み子を入れないのも、村の掟だろう!」

 

 タケは、俺を睨みつけてきた。

 そして、その視線が、イミコの勾玉と重なる。

 

 

「……ちっ、行くぞ……」

 

 吐き捨てるように言うと。

 タケは、背後の数人を連れて踵を返す。

 

 どこかに姿を消すわけでもなく、

 広場の端に立ち、不満気な表情を浮かべていた。

 

 村の長であるシラガの顔を立て、

 一旦、退いてくれたのだ。

 

 

――――――――――

 

「お見苦しいものを見せましたな……」

 

 シラガは、苦々しそうな表情を浮かべていた。

 

「この村には、古い掟を重んじる者らもおり、

 タケは、その筆頭でのう……」

 

 村とはいえ、人が集まれば、

 一枚岩といかないのが世の常である。

 

「じゃが、村の大多数は、

 そなたたちに大きな恩を見ておるのだ」

 

 まわりに居る村の者たちが、皆、静かに頷いてみせた。

 

 

「村の掟とはいえ、年端もいかぬおぬしらに、

 これまで酷いことをしてきた……」

 

「許せとは言わぬが……、

 せめて、これからの協力をさせてほしい」

 

 そう言って、シラガは頭を下げてくる。

 

 

「イミコは、どう思う?」

 

 一番つらい思いをしてきたのは、

 イミコなのだから。

 

「……ぇ……?」

 

 いきなりの問いかけに、

 一瞬、考えてみせたあと。

 

「……みんな、わらってた……うれしかった……」

 

 イミコは静かに微笑んだ。

 

「ありがたき……まさしく、火の巫女さま……」

 

 イミコが許すというなら、

 俺の身体の、イミナも許すことだろう。

 

 きっと、そのはずだ――

 

 

――――――――――

 

 それから。

 

 山の小屋に帰る支度をしていると、

 村人たちが、次々と贈り物を差し出してきた。

 

「火の巫女さま、ほんの気持ちですだ……」

 

 山盛りの栗と、ドングリ。

 新しく織られた白い麻の貫頭衣。

 

 水を汲むための土器、火起こしの弓錐一式、縄、乾いた草束。

 

「にぃに……! こんなに、いっぱぃ……!」

 

 イミコが、目を丸くして声を弾ませていた。

 

 

「後ほど藁や縄、土器も、もう少し整えて持たせますじゃ。

 山の上で暮らすには、足りぬものも多かろう」

 

「さすがにそんなには……」

 

「孫の命を救ってもらった個人的な礼と、

 せめてもの罪滅ぼしと思ってもらえれば……」

 

 村長シラガは、申し訳なそうな表情を浮かべていた。

 

「そういうことなら、もらっておきますね」

 

「……ありがと、じぃじ……」

 

 イミコも笑顔で答えていた。

 荷の篭には、数日分の食料が詰まっている。

 

 それは村からの感謝、そのもの。

 これはまさしく本当の気持ちだろう。

 

 だが、そこで、ひとつの疑念がよぎる。

 

 掟の「忌み子」に対する拒絶感の異常さだ。

 

 

 * * *

 

 貧しい村が、よそ者を嫌うのは分かる。

 

 だが、タケと呼ばれた古い男たち。

 彼らの「忌み」への恐れ方は、どこか違う。

 

 怒りや、嫌悪というより、もっと根の深いなにか。

 

 まるで「忌み子」という存在、そのものが。

 

 この土地の過去に刻み込まれた、

 古い「禁忌」にでも触れるかのような――

 

 * * *

 

 

「みんな、あったかいね」

 

 イミコが笑顔を浮かべていた。

 数日前まで、煤(すす)と、泥にまみれていた少女。

 

 それが今では白い衣に身を包み、

 胸元には、ヒスイの緑を輝かせている。

 

 まるで、長い冬を抜けて咲いた、

 一輪の野花みたいに。

 

 

「そうだな、あったかいな」

 

 考えても分からないを考えるのはよそう。

 

「これから、もっともっと、

 みんなで温かくなっていこうな」

 

「……にぃに、ありがと……」

 

 

■【185年:冬】二章「人里の村」 ~完~

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