卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~   作:露李鈴

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第十三話 名張の山

「こいつはひどいな」

 

 イワホコが腕を組みながら、

 俺たちの小屋の状態を見まわしていた。

 

 屋根は薄く、あちこち草が抜けている。

 壁の藁は裂け、その隙間からは風が吹き込んでいた。

 

 

「よくまあ、これまで生きてこられたものじゃ……」

 

 シラガが、しみじみと呟いた。

 その声には純粋な驚きに満ちていた。

 

「あはは」

 

 俺は、もう苦笑するしかない。

 

 

「こんな小屋じゃ、

 夜の寒さも辛かったろうになぁ……」

 

 イワホコから同情の声があがる。

 

 

「へいきだよ……にぃにが、いたから!」

 

 イミコは俺の袖を握り、胸を張った。

 

 後ろで何人かの男たちが微笑みを浮かべていた。

 イワホコも鼻を鳴らしている。

 

 これは、ちょっとこそばゆい。

 

 

「ならば、自慢の兄君に恥をかかせぬよう、

 我らの手で、きちんとした家にせねばならんな」

 

 シラガの言葉に男衆の返事が重なる。

 皆、すぐに動き始めた。

 

 

――――――――――

 

「上がれる者は上がれ。草束を寄こせ」

 

 最初に手をつけたのは屋根だ。

 

 村人たちは草束を屋根へ押し上げる。

 古く傷んだ部分を剥がし、新しい草を厚く重ねていった。

 

「縄はこっちだ、抜けたところから先に重ねろ」

 

 イワホコの指示が、矢継ぎ早に飛んでいた。

 

 

「皆、手際がいいですね」

 

「我々のような貧しい村では、

 家は、自分たちの手で直すものですからな……」

 

(我々のような貧しい村では……)

 

 ということは、つまり――

 

「この辺りに、他にも村はあるんですか?」

 

「ふむ、そうじゃのう……」

 

 

 シラガは少し考える様子を見せてから、

 おもむろに山を指をさした。

 

 太陽の位置から考えると、西の方角だ。

 

 

「あの大きな三諸山(みもろやま)の向こうに、

 ひとつ、大きな豪族様の村がある」

 

 三諸山(みもろやま)――

 

(待て……)

 

 頭の中の知識が、静かに火花を散らす。

 

 

「その長は『三輪(みわ)』様と呼ばれ、

 古くから、この一帯の神事を司っておられる」

 

 三諸山(みもろやま)の三輪(みわ)様――

 それは、後の三輪山(みわやま)のことではなかろうか。

 

 奈良にある日本最古の神社の建つ場所。

 卑弥呼の墓と噂される箸墓古墳(はしはかこふん)が出土した場所でもある。

 

 

「そして、むこうの阿我山(あがやま)の向こうにも……」

 

 シラガは北の山を指差した。

 

「『阿閉』と『伊賀』の両氏に管理される村があってのう……」

 

「え、伊賀っ」

 

「なんじゃ、知っておるのか?」

 

「いや、えっと……」

 

 ちり、ちりっと脳が焼けつくように熱い。

 

 

 断片的な単語が、次々に脳裏で繋がり、

 頭にある膨大な知識が強制的に整理されていく。

 

 本来なら、あり得ない量の知識が脳を駆け巡る。

 

 ナバリの村――

 

「つまり、ここは名張(なばり)……」

 

 三重の西部に位置する、山に囲まれた土地。

 

 

「ふむ、やはりなにかあるのか……」

 

 そう言って、シラガが一歩前に出た。

 

 

「我が名は名張臣(なばりのおみ)白髪(しらが)……、

 この名張の地を任されてきた氏族の一人にございます」

 

 格式のある一礼をしてみせる。

 その所作、佇まいには確かな風格があった。

 

「ふっふ、こんな口上を上げるのも、何十年ぶりかの……」

 

 そう笑う表情は、どこか寂しげだった。

 

「元は氏族とはいえど、

 この名張村、ごらんの通りの凋落振りじゃがのう……」

 

 シラガは自嘲するように呟いた。

 

「こたびの病の流行で助けを求めても、

 各氏族から、早々に見捨てられる有様じゃ……」

 

 

 

 地図が見えてきた――

 

 西に三輪、北に伊賀。

 それ以外は高い山の防壁に囲まれている。

 

 そんな天然の要塞、それが、ここ名張だ。

 

 

――――――――――

 

「して、イミナ……おぬしは物の怪の類か……?」

 

「えっ」

 

 一瞬で、心臓を鷲掴みにされた。

 

 

「……いやだな……そんなこと……」

 

 咄嗟に愛想笑いを浮かべた。

 

 だが、シラガの視線は鋭い刃物となって、

 俺の胸に突き刺さり続ける。

 

 

「…………」

 

 沈黙が落ちた。

 

 あたりで小屋の修復をする男たちの声が、

 ひどく遠くに聞こえる。

 

 そして――

 

 

「まあ、どちらでも構わぬがの……」

 

 不意に、シラガは表情を柔らかくした。

 

「村を救ってくれるのなら構わぬ、

 お主が忌みの子だろうが、物の怪だろうがの……」

 

「は、はは……」

 

 

「だから、これだけは聞かせておくれ」

 

 シラガの真剣な眼差しが、俺に向けられる。

 

「おぬしは、我らの……味方か?」

 

 これ以上にないほどにまで簡素化された、

 非常に重い問いだった。

 

 

「はい」

 

 数日前まで、

 俺が守るのはイミコだけだった。

 

 だが、この村へ関わるうちに、

 俺の中ではもう、この村の皆も守る対象になっている。

 

 だから、これだけは胸を張って言い切れた。

 

 

「それなら良いのじゃ……」

 

 シラガは手を差し出してきた。

 

「あらためて、よろしく頼むの、イミナ殿……」

 

「こちらこそ」

 

 年老いて筋張った手に、

 子供の小さな手を重ねて互いに固く握った。

 

 気がつけば、日は、傾いていた。

 

 

――――――――――

 

「まあ、こんなものか」

 

 イワホコが小屋を見上げる。

 

 まわりの男たちも作業の手を止めて、

 自分たちの仕事まわりを改める。

 

 小屋の修復作業は、いつの間にか終わっていた。

 

 

「これはすごいな……」

 

 屋根は厚く藁が重ねられ、

 屋内から空の色が透けていたのが嘘のようだ。

 

 

 壁の裂け目は、ほとんどが塞がれている。

 

 泥と草で継いだ跡は継ぎはぎのように残っているが、

 その不格好さがよかった。

 

 誰か一人の手によるものではなく、

 皆で、少しずつ手を加えた直した証のようだった。

 

 

「これなら、寒い夜も平気じゃの……」

 

 入口の脇には枝で組んだ簡単な囲いがある。

 正面から吹き込む風を受け流せるようになっていた。

 

 扉と呼べるような立派なものではないけれど、

 あるのと、ないのでは大違いだ。

 

 

「囲炉裏も立派だ……」

 

 炉も、石を寄せて整えられていた。

 これはもう立派な火床と呼べるだろう。

 

 床には乾いた草が敷かれている。

 これなら、横になっても、土の冷たさが直に伝わらない。

 

 

「……きちんと、おうちになった……」

 

 その呟きに、俺も、改めて小屋を見上げた。

 

 これは、ただの家じゃない。

 村からの感謝の象徴だ。

 

 

「にぃに……」

 

 イミコが、きゅっと俺の手を握ってきた。

 

「ん?」

 

「よかったね……」

 

 見上げてくる顔は、

 心の底から嬉しそうだった。

 

 

「ああ、そうだな」

 

 俺は、ようやく、ちゃんと笑えた気がした。

 

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