卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~   作:露李鈴

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第二十六話 開拓編:肉の収穫祭

 その夜、名張村には熱気が宿っていた。

 

 火床の「巫女の火」は、いつもより大きく、

 乾いた薪がくべられるたび、ぱちぱちと明るい音を立てる。

 

 肉の焼ける匂いが、煙と混じり、

 村中の腹の底をじりじりと刺激していた。

 

 

 猪一頭。

 

 それだけで、これほど村の空気が変わるのかと、

 俺はあらためて思った。

 

 皆が、肉だけを食っているわけではない。

 

 灰汁(あく)を抜いたドングリを砕いて、

 練った団子が、焼かれ。

 

 別の土器では、

 木の実と、根菜の汁が、ぐつぐつと煮えている。

 

 肉は、そこへ、ほんの少し入るだけ。

 それでも十分だった。

 

 

 焼けた脂の匂いで、村人たちの顔は、

 もう普段とは違っていた。

 

 

――――――――――

 

「にぃに……すごぃ、におぃ……」

 

 イミコが俺の袖を引く。

 

 火床のそばに並べられた肉を見つめ、

 目をまるくしていた。

 

 

 俺と、イミコには、いちばん暖かく、

 火のよく見える村の中心に、自然と席が空けられていた。

 

 誰かが命じたわけではない。

 だが、気づけば、そうなっていたのだ。

 

 

「まだ熱いから、ふうふうして食べな」

 

 女衆のひとりが、柔らかい腹のところを選んで、

 俺達に小さく切り分けてくれる。

 

「……ぁりがと……」

 

 イミコは両手で器を受け取り、

 火に照らされた顔を、少し赤くしていた。

 

 

「ほら、イミナもだよ」

 

 そういうと、俺の前にも椀を差し出してきた。

 

「タケたちと山に入ったんだろ!

 まだ、身体も小さいのに、たいしたもんだ」

 

 ドングリの団子に草の汁。

 そこへ、猪の脂が、ほんのわずかに落ちている。

 

 今夜の贅沢は、その収穫物の一部でしかない。

 

 だが、それがいい。

 

 この村が何を食い、どう生きているのか、

 その現実が、ちゃんとここにある。

 

 

――――――――――

 

 火床の向こうで、

 子どもたちがそわそわしていた。

 

 誰かが背を押し、

 押された子が振り返り、また押し返す。

 

 

「ほら、コイシ」

 

「いけよ」

 

 子どもたちの声が聞こえてくる。

 

 子らの真ん中にいるのは、コイシ。

 以前、病から救った子だった。

 

 今は、すっかり顔色も戻り、

 火床の明かりの中で、ぴんと背を伸ばしている。

 

 だが、前へ出ろと周りから押されるたび、

 肩がぴくりと揺れていた。

 

 

 やがて、コイシは覚悟を決めたように息を吸い、

 後ろに二人の子を引き連れて、こちらへやってきた。

 

「あの……」

 

 コイシが、俺と、イミコを交互に見る。

 

「しし……とってきてくれて……ありがと……」

 

 後ろの子らも、慌てて続く。

 

「ありがと!」

 

「おっきかった!」

 

 ひとりは興奮して、手をぶんぶん振っている。

 ひとりは、イミコばかり見て、なぜか照れている。

 

 

 イミコが、きょとんとしてから、ふわりと笑う。

 

「……ぅん」

 

 それだけで、子どもたちの顔が湧いた。

 

 コイシが、少し得意そうに胸を張り、満足したらしく。

 また、村の子どもたちの輪へ戻っていく。

 

 その後ろ姿を見送りながら、

 俺は、村の未来というものを少しだけ見た気がした。

 

 

「イミコ、もう、だいじょうぶそうだな」

 

「……うん、だいじょぶ……」

 

 その一言は、短かった。

 だが、確かな実感がこもっていた。

 

 

――――――――――

 

 火床を囲む輪は、大きかった。

 

 その多くが、シラガの中心に集まる者たち。

 田を見て、家を守り、子を抱え、冬を越してきた名張(なばり)の者たち。

 

 

 その一方、タケたち那婆理(なばり)の男衆が目立つ。

 中でも、猪を仕留めた七人は、まちがいなく今夜の宴の主役だった。

 

 だが、人数でいえば村の少数派のようだ。

 

 狩りに出た男たちと、その家族をすべて合わせても、

 火床を囲む輪の三分の一にも満たなかった。

 

 

 

 そして、出戻りの者たちは、

 火床から少し離れたところにいた。

 

 まだ、自分たちから輪の中に入ってこれずにいるようだった。

 

 そんな彼らに肉が分けられた時、

 まわりの空気が、少しだけ張った。

 

 誰も口にはしない。

 だが、皆が同じことを思ったのがわかった。

 

 

「おい」

 

 だが、その沈黙を破ったのは、タケだった。

 出戻りの男が顔を上げる。

 

「食え」

 

 タケは切り分けられた肉の皿を、

 顎でしゃくってみせた。

 

「……お、俺達も……良いのか……」

 

「お前たちも、ナバリの土を起こしているのだ、当然だ」

 

 怒鳴りもしない。

 だが、甘やかしもしない。

 

 拒まぬ代わりに、甘やかさない、

 そういう厳しい一線が引かれていた。

 

 

 出戻りの男は、深く頭を下げた。

 それだけで十分だった。

 

 まだ硬さは残っている。

 わだかまりも消えていない。

 

 それでも、同じ火のそばで、同じ肉が回る。

 

 村は一歩進んだのだとわかった。

 

 

 村の子どもたちは、食べ終えると、

 火のそばで眠たげに目をこすり始めていた。

 

 ハヤトは、猟犬の頭を撫でながら、

 その骨まわりの肉を削ってやっている。

 

 タケは仲間と低く言葉を交わし、

 その顔には狩りを成し遂げた満足があった。

 

 

 火床の熱は、人の輪を、ゆっくりと、

 だが、確実にゆるめていった。

 

 

――――――――――

 

「……おいしぃ……やわらかぃ……」

 

 イミコが、肉を頬張って目を細める。

 唇の端に肉汁が光っている。

 

「そうか」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 

 俺は椀を置き、ふと夜空を見上げる。

 冷たい星が広がっていた。

 

 肉は食えば消えるが、

 残せば、明日を支えてくれる。

 

 そのための方法を、ぼんやりと俺は考えていた。

 

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