卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~ 作:露李鈴
名張の広場の空気は、
ぴりっと固く張り付いていた。
村人たちは半円を描くように集まり、
その目は、前へ向いていた。
皆の視線の先には、
ひとりの若い男の姿があった。
「
はっきりした声が広場に響きわたる。
その背筋は一直線に伸び、衣も整っている。
年のころは十代なかばだろうか。
その脇には、以前にも村を訪れた顔ぶれがある。
オシ、ジン、サンの三人だった。
――――――――――
「名張の長、シラガにございます」
シラガが、杖をつきながら、ゆっくりと前に出る。
「このたびは、三輪より正式の言葉をお届けに参りました」
若い使者が一歩進み出て、きちんと礼をしてみせる。
その所作は無駄がなく美しかった。
「火の巫女への敬意と、名張への礼として、
塩、穀、乾物、わずかな布をお持ちしました」
マヒトが、脇の荷へ手を向ける。
広場の端には、小さなソリが二つ。
村人たちが息を呑んだ。
布で包まれた袋には、
粟や稗と思しき穀が詰まっている。
口を固く結んだ小壺からは、干した魚の匂い。
海藻の乾いた潮の気配まで、風に混じって届いていた。
そして白く粗い粒が、壺の口元にわずかに見える。
「……あ、あれは……塩?」
囁きがすぐに広がった。
どれも、この山深い小村にはない、
非情に貴重な品々であった。
――――――――――
「そして、これからが本題にございます」
マヒトは、改めてシラガを見た。
「名張の長シラガ殿、イミナ殿、イミコ殿、
それら、御三方を、三輪へお招きしたく存じます」
村人の間でざわめきが起きる。
「道中の案内も、人足も、ソリも整えております」
背後に控えているオシ、ジン、サン。
静かに顔を上げてみせた。
「加えて……」
その声に、広場の空気がまた引き締まる。
「以前、シラガ殿より願い出のありました、
今年の納めものにつきましても……」
シラガの眉がわずかに動く。
「三輪としては、免ずる用意がございます」
広場が静まり返った。
柔らかな誘い方だった。
脅しではない、礼も尽くしている。
だが、その真意は明らかだ――
それだけ、三輪は、
火の巫女を重く見ているということだ。
――――――――――
「……みわ、に……いくの……?」
イミコが小さく呟いた。
「にぃに……いっしょ……?」
「そう、一緒だ……三輪に行こう……」
「……ぅん……」
イミコは、小さく頷いた。
彼女もわかっているのかもしれない。
ここまで整えられている以上、
断るというのは、三輪を明確に退けることになる。
俺達に「行かない」という選択肢は、
最初から用意されていなかった。
「ずいぶんと丁寧なこった」
タケが低く鼻を鳴らした。
「村のことは、俺らに任せておけ」
イワホコが笑顔を浮かべる。
「名張として、この招きをお受けしよう」
村の長であるシラガが、
その杖を、一度、土へ軽く打ちつける。
「迅速な判断、感謝いたす」
マヒトが、すっと背を正して答える。
すべてが決まった。
――――――――――
火の巫女が、村の外へ出る。
それが、外の世界に、
どのような影響を及ぼしていくのか。
まだわからないけれども――
三野は、名張を下から押さえようとした。
三輪は、名張を上へ引き寄せようとしている。
ならば、今度は、
俺達の方からも三輪を見定めてやる。
「だいじょうぶ、俺がついてるからな」
イミコの手を取る。
小さな手は、少し冷たかった。
「……んっ……」
それでも、ちゃんと、握り返してきた。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございます。
物語の舞台は「名張の小さな村」から「外の世界」へ移ります。
より大きな「三輪の氏」と「土地の政治」に飲み込まれて、
二人の兄妹が、これからどうなっていくのか。
引き続き、お見守り頂けたら幸いです。