卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~   作:露李鈴

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第三十八話 三輪の国:持たざる者の交渉術

「火の巫女は、病を退けるだけにありません」

 

 三輪の神殿の正堂に、

 俺は、大きく言葉を響かせる。

 

 

「病に荒れ、痩せこけた田畑にも、

 火の巫女の理が活かせます」

 

「ほう」

 

 三輪君(みわのきみ)が相槌を打つ。

 だが、その視線は極めて厳しいものだった。

 

 火の巫女の言葉に一定の理解を寄せたが、

 俺には、まだ、なにも信を置いてないという顔だ。

 

「火の理(ことわり)は土を肥やし、畑の実りを増やすのです」

 

 

 正堂の、左右の両陣営がざわめく。

 

「土をだと?」

 

「童(わらべ)にすぎぬのに、今度は、農まで語るか」

 

「さすがに信じられる話ではない」

 

 

 まわりの反発が高まる。

 だが、それまでは想定通りだ――

 

 名張の村でもそうだったが……。

 

 話題が「農」に至ると「反発」は大きくなる。

 

 そもそも、その土地の「農」とは、

 先祖代々の研鑽の賜物である。

 

 そこに口出しをされることに、

 抵抗が生まれるのは当然のことなのだ。

 

 

 そして、イミコの「信仰」は場を和らげる。

 だが、俺の「理」は冷たく固い。

 

 だからこそ反発は強まるし、疑われる。

 

 だがこれでいい。

 今回は、それが役に立つ。

 

 

「信じていただく必要はありません」

 

 間を置かずに言う。

 

「名張では、それをすでに進めております」

 

 大仰に両手を広げてみせながら。

 

「火の巫女の理に従い、腐るもの、灰、

 枯れ葉、土を重ね、寝かせて土へ返すのです」

 

 疑われているということは、つまり、

 説き伏せれば、従わせることができるということ。

 

 

「言葉より、結果で、おみせしましょう」

 

 話を聞いてくれる場が成立し、

 利を説けるのなら、そこに道は生まれる。

 

 すべては、シラガが礼に従い、

 イミコが興味を引き出したおかげである。

 

 

 俺一人なら、まず、ここで、

 理を説く場が成立すらしないだろう。

 

 

――――――――――

 

「ふぅむ……」

 

 三輪君(みわのきみ)は目を細める。

 まわりの者達も奇怪な視線をむける。

 

 童(わらべ)の姿をしながら「理」を説く。

 以前にも誰かに「物の怪」と呼ばれたものだ。

 

 

「火の巫女の、浄化の話だけでもよいものを……」

 

 三輪君(みわのきみ)の目は、

 さきほど、イミコへ向けてたものとは違う。

 

「なぜ、それ以上を説く必要があるのだ」

 

 三輪君(みわのきみ)の深い瞳は、

 俺を、真っすぐ見据える。

 

 俺の言葉の内容ではなく、

 俺の意図に疑いをむけてきた。

 

 やはり、目の付け所が鋭い――

 

 

 俺は、一礼してから、ゆっくりと顔を上げる。

 

「火の巫女の御業が、病を退けて終われば、

 名張の村は長く持たないでしょう」

 

「ぬしの言うとおりなら、名張の村には、

 これから糧が増えるのだろう?」

 

 俺は顔を横に振る。

 

「糧が増えて村が富み始めれば、

 それを狙う手も、また寄ってきます……」

 

「ほう……」

 

 三輪君の唇がゆるむ。

 この時点で、すべてを理解したのだろう。

 

 

「糧を増やしても、人が増えるのには、

 どうしても時間が掛かりますが、

 脅威がすぐに訪れます」

 

「その時、防ぐ手立てを持ってなければ、

 我らは滅ぶしかありません」

 

 つまりは「北からの侵攻」の話である。

 

 

「ゆえに、我らには、三輪と、

 さらに関係を深める必要があります……」

 

「その、ちいさな身で、

 よく遠くまで見通しておるわ」

 

 三輪君(みわのきみ)は感心してみせた。

 

 

――――――――――

 

「ならば問おう、名張は、三輪になにを求める」

 

 三輪君(みわのきみ)が問いかけてきた。

 

 

 俺は、シラガに視線を向ける。

 

 名張の村として――

 その言葉を使ってよいのかと伺いを立てる。

 

 シラガは、静かに首を縦に振った。

 

 

「農具を、いくつか融通いただければと」

 

 正堂にざわめきが走った。

 

「今の名張では、土を起こし、畑を広げ、

 積んだ肥やしを回すにも、手が足りませぬ」

 

 

「そらみたことかっ」

 

 東の側、一人が立ち上がり声をあげた。

 この場における二番手、阿倍臣(あべのおみ)だった。

 

「火の巫女の力などではなく、

 農具により収穫高で謀るつもりか」

 

 さすがに切り込みが鋭い。

 

 

「いいえ、見るべきは、

 同じ一区画における実りにございます」

 

 俺は、阿倍臣(あべのおみ)のほうに向かい答える。

 

「つまり、土を肥やした地と、

 そうでない地で、比べればよいのです」

 

「ぬぅ……」

 

 阿倍臣(あべのおみ)は、その場に静かに座る。

 

 

「名張に道具を賜れば、その結果を、

 三輪君(みわのきみ)にお伝えしましょう」

 

「ふむ」

 

「土を肥やしたと言えど、名張の小さな土地では、

 その収穫自体は些細なものです」

 

「なれど、同じことを三輪の全体で用いれば、

 莫大な実りをもたらすことでしょう」

 

 

 そこまで俺が言葉にしたところで。

 

「無形ゆえ、我ら三輪が、

 力ずくで名張から奪うこともできぬし」

 

 三輪君(みわのきみ)は大きく息を吐いた。

 

「さらにその間、名張を外敵から守ってやらねば、

 我らが得られるはずの利、そのものが失われると……」

 

「その通りにございます」

 

 

「ふむぅ、おもしろいことを考えおる……」

 

 三輪君(みわのきみ)の目は、わずかに細めて黙った。

 

 

――――――――――

 

 あたりには沈黙が落ちた。

 

 三輪君(みわのきみ)は、東の者達、西の者達を順繰りに見わたし。

 最後に、俺へ視線を戻した。

 

「よかろう……農具、生活に要る品をいくらか与える。

 加えて、今年の畑起こしのための人も出そう」

 

 

「なんとっ……」

 

 シラガが、おもわず小さな声を漏らした。

 

「ただし、そなたの申したこと、しかと見届けるぞ。

 名張の働きも、土の実りも、すべてな……」

 

「仰せのままに」

 

 俺は、深く頭を下げた。

 そんなことは最初から承知の上だ。

 

 どうせ、これまでも、

 村の外から監視はされていたのだろう。

 

 それなら、内から堂々と見せてやればいい。

 

 今は「まだ」見られて困ることをするつもりはない。

 

 

「ありがとうございます」

 

 横で、シラガも、また頭を下げた。

 

「名張は、必ずや、応えてみせましょうぞ」

 

 シラガの声は、かすかに震えていた。

 

 病に痩せこけた村を、その一身に背負い続けてきた

 ひとりの長としての心の叫びなのだろう。

 

「うむ、励まれよ」

 

 三輪君(みわのきみ)は静かに頷いた。

 

 

――――――――――

 

 火の巫女の神秘で開かれた幕は、

 理を説く言葉によって三輪からの支えを得た。

 

 だが、同時に、三輪の目も抱え込む。

 

 

 それでも、進むしかない――

 

 急いで力を付けなければ。

 これから、先を、生き残ることができない。

 

 名張は、もう。

 

 ただの寒村ではいられない。

 

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