卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~ 作:露李鈴
「この先は、
マヒトが静かな声で言った。
この「倭」の祖となる神の一人といえるだろう。
俺は鳥居を見上げた。
「つまり、ここが
だが、この鳥居の向こうは、さらに上位。
人が治める領域の外か。
「……なんか……へんな、かんじ……」
イミコが、ヒスイの勾玉を握ったまま、
ぽつりと呟いた。
「軽々しく訪れるような場所ではないですが、
必要なら手配しますけど……」
マヒトが、こちらの顔を伺ってきた。
「……にぃに……」
俺の袖を握るイミコの手に、ぎゅっと、力がこめられる。
俺にはわからない、なにかを、
イミコは感じ取っているのかもしれない。
「今日は遠慮しておきましょう。
まだ、その時じゃないようです……」
イミコの感覚に従おう。
――――――――――
「よい心掛けにございますな」
鳥居のむこう、神域のむこうから。
木々の影を割るようにして、
ひとりの男が、こちらに歩いてきた。
黒髪に、口の上には短く整えた髭。
三輪の正堂で見た顔だった。
「
「覚えておられましたか、光栄ですな」
声音から、物腰までやわらかい。
その目も優しく笑っている。
だが、目の奥の瞳が、どこか冷たい。
「こちらへ、おいででしたか」
マヒトが、
「務めがありましてな」
「我ら、祭りごとに関わる阿倍として、
この神域の手入れを怠ることはできませんからな」
それから、俺と、イミコへ向きなおる。
「巫女殿も、何かを感じられますか」
「……ぅん……むねの石、あつぃ……」
イミコは胸元の勾玉を握っていた。
ヒスイの勾玉を目にした瞬間、その表情が固まる。
「その石を、知る者は他に……」
「名張の、限られた者たちのみとなりますが……」
実際には村中の誰もが知っている。
だが、
そのため、俺は、はぐらかした。
「
「ふむ……」
俺の問いに
「確かなことはわかりませぬが……、
それは……あるいは……」
ゆっくりと何かを深く考えながら。
「いえ、今の私から、
申し上げることはできませんな……」
歯切れの悪い言葉だった。
イミコのヒスイの首飾りには、
一体、なにが隠されているというのだろう。
「いずれ、知るときが来るでしょう……」
「その時まで、くれぐれも、
その石を手放すことだけは無きよう」
「……心得ました」
つまらない嘘を言うような相手には見えない。
なにか意味があるのだろう。
「火の巫女と、その兄君か……、
名張のような小さき里から、
「
俺は、少しだけ言葉を選ぶ。
「
男の眉が、わずかに動いた。
「ほう」
「名張もまた、同じ祖を分かつと聞きました。
ならば、もっと北や、東へ、広く連なる筋では……」
「……にぃに?」
横で、イミコが俺を見上げる。
「あ……」
しまった、少し話に踏み込みすぎた。
ヒスイの石の話で、知らないうちに、
俺の中の探求心が煽られていたのかもしれない。
「つくづく、不思議な
その声音は穏やかだった。
だが、やはり、目だけは笑っていない。
「そのような系譜まで心得ておられるか、
実に、面妖なものよ……」
「聞きかじりです」
俺は、わずかに頭を下げる。
「聞きかじりで、そこまで繋げるものでもありますまい」
「阿倍、阿閉、伊賀――
名張もまた、その流れの近くにおる。
祖を同じくすることは、たしかに語れましょう」
「では……」
「ですが、祖を同じくする事と、
今、どこに座するかは別にございます」
「別……?」
「人は流れ、時を経れば、同じ根から伸びた枝も、
それぞれ別の方へ向かうことでしょう」
なるほど。
それは、たしかにそうだ。
同じ祖を掲げても、時を経れば、地縁も利害も変わる。
それを一本の線で結ぶことはできない。
「名張もまた、そうではありませぬか」
「
今は、火の巫女が立とうとしている」
胸の奥がざわつく。
「そなたの里が、これから、
どこへ根を張るのか見させてもらいますぞ」
柔らかい言い方だった。
脅しではない。
だからこそ、かえって重い。
その時だった。
「……にぃに……このひと、こわぃ」
あまりに率直な言葉に、マヒトは目を瞬かせた。
「これは手厳しい、巫女殿には、
好かれておりませぬか」
「……わらってるけど、わらってなぃ……」
イミコは、俺の背へ、
なかば隠れるようにして言った。
「巫女殿の目は、実に澄んでおられるようだ」
ただ、男は鳥居の奥、神域のむこうに視線を向けた。
「人の表と裏、それらを見分けられぬ者が、
神の御心を宿しても、いずれは己が心を壊しましょう」
「ゆめゆめ、気を付けなされ」
俺たちは、なにかに誘われるように、ここへ来た。
大主神を祀る、その鳥居の前に立った。
だが、今はまだ、
その先に踏み込む時ではないようだ。
「行こう、イミコ」
「……ぅん」
小さく頷き、イミコは、
ようやく胸元の勾玉から手を離した。
そう、立ち去りかけた時、
「名張の兄君……」
「不可思議ほど、己を隠したつもりになりやすい、
その点だけは、お忘れなきよう……」
ぞくり、とした。
「……肝に銘じます」
俺は、そう返すのが精いっぱいだった。
ゆるやかに微笑みながら俺達を見送った。
その笑み、奥の冷たい瞳を――
俺は、忘れることがないだろう。
――――――――――
鳥居を離れてもしばらく、イミコは静かだった。
マヒトもまた、あまり口を開かない。
山の空気だけが、三人のあいだを通り抜けていった。
人の理と、神域。
その両方を抱えた土地。
それらを繋げることができれば。
繋がりとなれる存在が、もし、いれば――
いずれ、その答えに、
辿りつくことができるのだろうか。