機動戦士ガンダムU.C.0094 雀の羽搏く刻 作:デデデルフィ
宇宙世紀94年
一年戦争から13年。
第二次ネオ・ジオン抗争から1年。
地球連邦軍は、かつての大戦で疲弊した地球上の治安維持と、各地に残存するジオン軍残党への対処を続けていた。
大規模な戦争こそ終わっている。
しかし、戦争が終わったからといって、すべての武器が消えるわけではない。
地球には今なお、旧ジオン軍の地下施設、補給拠点、廃棄された基地、そしてそこを根城とする武装勢力が残されている。
その一つが、山岳地帯の外れに存在する連邦軍の小規模な地上基地だった。
正式名称は長く、現場では単に「第六地上防衛基地」と呼ばれている。
規模は大きくない。
滑走路が一本。
MSハンガーが一棟。
簡易的な管制塔と司令部。その中でも多少はまともに見える居住区画。
そしてこの基地があるこの地には、かつてのジオン軍の施設いくつか残されている。そのため基地の周辺には今も時折、残党のMSが出没していた。
基地のMSハンガー。
数機の陸戦型ジェガンが並んでいる。カーキ色を基調とした塗装。
砂埃や泥が付着している機体も多く、いずれも新品とは言い難い。しかし、整備兵たちの手によって丁寧に維持されている。
「一番機、関節部チェック完了!」
「二番機、センサー系問題なし!」
「三番機は?」
「脚部の油圧がまだだ!」
その横を、一人の整備兵が走っていく。ここでは「壊れず、直せて、また出られる」ことが重要だった。
そんな基地に、新しいMSが運ばれてくることになった。
基地上空。
輸送機がゆっくりと降下してくる。管制室では、通信士が着陸許可を出していた。
「輸送機、進入を確認。指定地点へ誘導します」
「了解。新規配備機だな?」
「はい。MS一機と、随伴人員一名です」
「随伴?」
「パイロットだそうです」
司令室にいた基地司令が首を傾げる。
「パイロット一人?」
「はい」
「……ずいぶん少ないな」
輸送機が滑走路へ着陸する。 格納庫の前に停止すると、後部ハッチがゆっくり開いていった。
中から積み荷であるMSが姿を現す。まず目についたのは、薄い灰色と濃紺の塗装となにより
あのガンダムを思わせるシルエット。
しかし、その全身に渡って取り付けられている装備は、一般的なMSのものとは明らかに違っている。
肩、胸、腰、脚部を覆う増加装甲。
巨大なシールド。
大型の専用火器。
そして、背部に背負われた二基の大口径砲。
その装備部分はグレーとカーキを基調としていた。
「……でっか」
あまりの威容に整備兵の一人が思わず呟いた。
「なんじゃありゃ…」
「量産型νガンダムだそうだ」
「ガンダム!?…てか、量産型?」
「らしい」
「量産型っていう大きさじゃないだろ……」
輸送機から降ろされた機体の前で、基地司令が資料を確認する。
「量産型νガンダム・陸戦型HWS……」
「はい」
「フルアーマー…いや、HWSか。そんなものまで付いてるのか」
「陸戦用に再設計された重装備仕様だそうです」
「うちの基地に?」
「はい」
司令はしばらく機体を見上げる。
「……いくらなんでも火力過剰じゃないか?」
そのとき。
輸送機から、もう一人の人影が降りてきた。
軍服を着ているがぶかぶかで細い体格、顔立ちも幼い。
長い髪が大きな瞳と柔らかそうな頬にかかっている。
彼は周囲を見回し、おどおどと緊張した様子で立っていた。
「……ここが…」
その声も体格に違わず小さい。
整備兵が近づいてくる。
「君があのガンダムのパイロット?」
「は、はい…恐らく……」
「恐らくって…名前は?」
少年は少しだけ迷ってから答えた。
「…スズメ………スズメ・シュパッツです」
「スズメ?」
「……はい」
「よろしくな、スズメ」
「……よろしくお願いします」
少年――スズメは、巨大なMSを見上げる。
量産型νガンダム・陸戦型HWS。
その機体を見ているだけで、胸の奥が少し重くなる。
「……僕が、これに?」
「そういう配属命令になってる」
「……はい」
その様子を、少し離れたところから見ている女性がいた。
カーキ色の陸戦型ジェガン。
そのパイロットである、アリサ・グレイブ。
彼女は腕を組みスズメを眺めていた。
「……随分と小さいな」
「アリサ、貴女より遥かに年下じゃないかしら?」
通信士のミレイが言う。
「そうなのか?」
「資料を見る限りね」
「へえ」
アリサはもう一度スズメを見る。
「……あの子が、あのゴツいガンダムのパイロットか」
その声に気づいたスズメが振り返り、目が合う。
スズメが少しだけ頭を下げた。
「……こんにちは」
「おう」
アリサも手を上げる。
「アリサ・グレイブ。ここのジェガンのパイロットだ」
「スズメ・シュパッツです」
「知ってる」
「……はい」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
二人の最初の挨拶は、それだけだった。
そして、その日の夕方。基地の警戒レーダーが反応した。
「未確認機!」
管制室の空気が変わる。
「数は?」
「MS、五……いや、六!」
「所属は?」
「旧式のジオン系と思われます!」
司令が立ち上がる。
「また来たか……!」
格納庫では、整備兵たちが一斉に動き始める。
「出撃準備!」
「ジェガン各機、出せ!」
アリサはすでにコックピットへ向かっていた。
「スズメは?」
「まだ格納庫です!」
「……新人だからって寝かせとくわけにはいかないな」
アリサが自分の陸戦型ジェガンへ乗り込む。
カーキ色の装甲。
標準的な陸戦型ジェガンとは異なり、彼女が得意とする近接戦闘を意識した改修が施されている。
背部右側には、巨大な武器が固定されていた。ジム・ストライカー用として知られる、ツイン・ビーム・スピア。
二本のビーム刃を展開できる長柄武器だ。さらに両前腕部には新たな装備が追加されている。
炸裂ボルト。
普段は前腕部に収められているが、展開すると拳を覆うように装着される。
「アリサ機、発進!」
陸戦型ジェガンが出撃する。続いて他のジェガンも基地から飛び出していった。
一方、格納庫。スズメは自分の機体を見上げていた。
「……出るんですか?」
整備兵が答える。
「戦闘区域の状況が分からない。君はまだ待機だ」
「……はい」
その直後、通信が入った。
『敵部隊、基地西側へ接近!』
そして別の通信。
『アリサ機、交戦開始!』
スズメが顔を上げる。
「……アリサさんが?」
『敵MS三機、アリサ機と接触!』
スズメは拳を握る。
「……僕も出ます」
「待て、まだ待機だ」
「でも……」
「命令が――」
割り入るように管制から指示が飛ぶ。
『スズメ少尉、出撃許可!』
「……はい!」
スズメはガンダムのコックピットへ向かう。
---
山岳地帯・基地西方。
アリサの陸戦型ジェガンが敵MSへ突っ込んでいく。
敵がマシンガンを撃つ。
アリサは盾を構えながら接近。
弾丸が装甲を叩く。
「そんなもん!」
ジェガンが踏み込む。
背部右側にマウントされていたツイン・ビーム・スピアを右手へ。
ビーム刃が展開する。
「近づけば、こっちの距離だ!」
長大なビームスピアが敵MSのライフルを切り裂く。
そのまま横薙ぎ。
敵MSが後退し回避する。
別の敵が背後から接近。
アリサは振り向く。
「後ろか!」
敵機の腕に握られたヒート・ホークが振り下ろされる。
アリサは一歩踏み込み、姿勢を低くして左腕の前腕部装甲が展開。拳を覆うように、炸裂ボルトがセットアップされる。
「これ、試すぞ!」
ジェガンの拳が敵MSの胴体へ叩き込まれる。
直後。
炸裂ボルトが電撃を伴って起動し、装甲表面で一斉に爆発する。
敵MSが大きくよろめいた。
「効いた!」
アリサはそのままツイン・ビーム・スピアを両手で握り直してから振り抜く。敵MSの武器を腕ごと切り落とす。
「もう一機!」
別の敵が迫る。
アリサはスピアを構え直す。
しかし、そのとき。
遠方から巨大な機影が現れた。
「……なんだ?」
味方も敵も、一瞬動きを止める。
薄い灰色を覆う、グレーとカーキの装甲。
巨大なシールド。
右手に握られた大型の銃。
そして、背部に装備された火砲。
量産型νガンダム・陸戦型HWS。
スズメ機だった。
「こちら……スズメ・シュパッツ」
通信が震える。アリサが叫ぶ。
「遅い!」
「す、すみません!」
「まぁいい、撃て!」
「……はい!」
スズメが照準を合わせようとするが、敵MSが散開する。
「三機、右……二機、左……」
スズメの視線が動く。すると追従するようにレティクルが敵を追う。
右手の大型ヘビーマシンガンが構えられ、轟音とともに
一射、敵MSの脚部を破壊。
二射、別のMSの肩部を撃ち砕く。
三射、逃げようとした機体の装甲を砕いて転倒させる。
「な……」
アリサが言葉を失う。
「この一瞬で……」
スズメ自身は淡々としていた。
「……まだ」
今度は大型シールドの先端が向けられる。
搭載されたメガ粒子砲が火を噴く。先程ヘビーマシンガンを撃ち込まれた敵機に向かい、ハイメガキャノン級のビームが放たれ地形ごと焼き払う。
さらにミサイルが放たれ、複数の弾頭が山肌を越えて敵部隊の上方へ降り注ぐ。
敵MSが回避しようとした瞬間、スズメがもう一度引き金を引く。
大型ヘビーマシンガンが轟くと敵機が吹き飛ぶ。
「すご……」
アリサが呟く。
しかし、まだ一機残っている。敵MSがアリサへ突進してくる。
「アリサさん!」
「分かってる!」
アリサはツイン・ビーム・スピアを構える。
敵の格闘武器と激突。
ジェガンが押される。
「ぐっ……!」
敵機がさらに押し込む。
陸戦型ジェガンの炸裂ボルトが展開。
「これなら!」
拳を叩き込む。
電撃。
炸裂。
敵機の姿勢が崩れる。
その瞬間。
「撃て!今!」
スズメのHWSがヘビーマシンガンを向ける。
「撃ちます!」
アリサが飛び退いた直後、大口径の弾丸の雨が敵MSを穴だらけにする。
敵部隊は戦闘継続を断念。山岳地帯から撤退していく。通信室から歓声が上がった。
「敵、撤退!」
「基地への被害は軽微!」
「各機、帰投してください!」
スズメは息を吐く。
「……終わった」
アリサから通信が入る。
「スズメ」
「はい」
「初陣にしては上々だ」
「すみません……」
「だからなんで謝るんだよ」
アリサが笑う。その直後。
スズメの呼吸が止まった。
「……あぇっ…?」
胸に違和感。
「……っ」
息が吸いづらい。手が震える。悪寒もする。
「スズメ?」
「大丈夫……です」
「おい…」
「……まだ……」
視界が揺れる。
モニターの文字が滲む。
「スズメ!」
スズメは操縦桿から手を離した。
身体が座席に崩れる。
警告表示がコックピットを埋め尽くす。
アリサの通信が響く。
「スズメ! 返事しろ!」
「……だい、じょう、ぶで……」
しかし声は今日聞いた中で一番弱々しい。程なくして彼の声が途切れる。
動かなくなったガンダムを、武装を外してなおジェガン数機掛かりで基地の格納庫に運び込み、整備班と医療班がコックピットを強制解放。
「スズメ!」
少年の身体がシートに力なく座って…いやもたれ込んでいる。
「医務室へ!」
「担架!」
アリサも自分のジェガンから飛び降り、走ってくる。
「何があった!」
医療班がスズメを診察する。そして医師の表情が変わった。
「……これは」
アリサが振り向く。
「どうした?」
医師は一瞬黙る。そして、端末を確認する。
「この子は……普通のパイロットじゃない」
「どういう意味だ?」
「…強化人間です」
アリサの表情が固まる。
「強化…人間?」
「正式には、過剰適応型の調整処置を受けています」
「何だそれ……」
「脳とMSの情報処理速度を異常なレベルまで引き上げる処置です」
医師が端末のモニターを見る。
「その代償として、神経系と循環器系を主として肉体に極端な負荷がかかる」
「それって……」
「戦闘中は強い。しかし、身体がその性能についていけない」
アリサは眠ったままのスズメを見る。
先ほどまで巨大なガンダムを操り、敵MSを正確に、しかし冷徹に撃ち抜いていた少年。
その身体は、驚くほど小さい。
医師が静かに続ける。
「記録上の識別番号は――」
画面に、一つの文字列が表示された。
S-17
アリサはそれを見る。
「……S、17?」
医師は頷く。
「この子が、どういう経緯で強化処置を受けたのかは……我々にも詳しいことは分かりません」
沈黙。
アリサは搬送されていくスズメを見つめる。
そして小さく呟いた。
「……スズメ、か」
その名前を聞いた瞬間。
眠っている少年の指が、ほんの少しだけ動いた。
まるで、その名前だけは聞き逃さないように。
そうして、宇宙世紀0094年。
一人の強化人間の少年と、一機のガンダムが、地上の小さな基地へ配備された。
それが後に、基地の人々にとってかけがえのない存在となる少年――
スズメとアリサの物語の始まりだった。
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第一話 登場人物
□スズメ・シュパッツ
本作の主人公。
地球連邦軍に所属する若いMSパイロット。小柄で非常に気弱な性格をしている。
一方、MS操縦時の射撃能力は極めて高く、初戦から敵MSを正確に撃ち抜き破壊した。
その正体は、特殊な調整処置を施された『強化人間』。ただし、本人は自身の過去について多くを知らない……
強化人間としての識別番号は《S-17》。
□アリサ・グレイブ
陸戦型ジェガンのパイロット。
スズメより経験豊かな先輩で、気が強く、行動力もある。
射撃戦よりも近接戦闘を得意とし、ツイン・ビーム・スピアと炸裂ボルトを駆使する。
スズメとは、この日が初対面。
□ミレイ・ハース
基地の通信・電子戦担当。
冷静な性格で、戦況やMSのデータを担当する。
今回も基地から各MSへ戦況を伝達した。
□基地司令
第六地上防衛基地の司令官。
大規模な戦力を持たない基地をまとめている。
新たに配備されたHWSの巨大さと火力には、少々困惑している。
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第一話 登場MS
□陸戦型ジェガン
地球連邦軍の地上戦用MS。
この基地ではカーキ色に統一された数機が配備されている。
宇宙用装備を簡略化し、地上での整備性や運用性を重視した仕様。
□陸戦型ジェガン(アリサ機)
アリサが搭乗する近接戦闘仕様。
背部右側にツイン・ビーム・スピアをマウントしている。
さらに両前腕部には、本機独自の炸裂ボルトを装備。これは拳を覆うように展開し打撃を加えた後、打突部表面に配置された炸薬入りボルトを電撃と同時に爆発させる近接戦闘用装備である。
アリサの格闘戦能力を最大限に引き出すための現地改修機。
□量産型νガンダム・陸戦型HWS
スズメの搭乗機。
量産型νガンダムを地上戦向けに再設計し、HWS(ヘビー・ウェポン・システム)を装備した重装甲・重火力型MS。
大量のミサイル、メガ粒子砲、大型ヘビーマシンガン、対艦用散弾レールガン、膝部燃焼散弾射出機などを搭載し、MSでありながらその性格はむしろ『移動する重砲陣地』に近い。
圧倒的な火力を持つ反面、重量と装備量の多さから近接戦闘には可能ならこなしたくない。
そして何より、この機体の性能を引き出すスズメ自身にも、大きな問題が存在していた。
気が向けばワンチャンできるかもしれません