一般モブでもネームドキャラとの桃色ルートは開拓可能であるか   作:ホシノ記研究委員会

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1.桃色サイクル

 私という人間は、機が熟すのを待つことにかけては人後に落ちない。

 

 待ちすぎて機そのものが腐ることもあるが、それは機の耐久性の方に問題があったと考えるべきである。私は目を閉じ「うむ」と一つ頷き、次の機にそなえるのだ。

 

 思慮深く、懐広く、丁寧。これは臆病や怠惰といったものとは真逆の性質である。

 

 この性分には、きちんとした裏付けがある。「最小限の労力で、最大の報酬を」これは私が省エネ精神と呼ぶところの、絶対不変の大原則である。

 

 労せずして得るが最上、労して得るが次善。労して何も得られぬは、ただの徒労である。絶対にあってはならない。

 

 そのように、常日頃から慎重を旨とし、ひたすら口を開けてご馳走が舞い込むのを待つことを美徳とする私が、なぜ手記などという面倒かつ継続性を要求される営みに着手したのか。

 

 一例を挙げよう。

 

 いわゆる「舞台の主役たち」のやり取りを間近で見たことがあるだろうか。

 

 たとえば、落とし物のハンカチである。

 

 ヒロインAが拾い、持ち主のヒーローBに直接届けた瞬間に何が起きるか。まず世界に静寂が訪れる。そしてあらゆる光源が指向性を獲得し、二人だけを照射する。さらに一陣の風が吹き抜け、やがてヒーローBの甘い台詞が始まる。あとは感極まったAが涙を流してBがそれを指ですくってくんずほぐれつ依々恋々。

 

 今の私は、そういった世界に生きている。

 

 ちなみに私が同じことをした場合は「ああ」で終わる。二文字。スポットライトも風もない。世はこともなし。場合によっては「お前だれだっけ」という顔をされる。この手に報酬は届かない。

 

 好機が不発に、努力が徒労に変わってしまう呪われし属性。人知れず、もがき苦しむ者のことを「モブ」と呼ぶ。

 

 つまり、私はモブなのである。

 

 これは卑下でも謙遜でもない。前世の記憶と、今世における扱いを照合した末に導き出された、極めて冷静な分類である。

 

 モブにだって名前はある。モブだって生きている。モブだって恋をしたい。私はここにいる。

 

 あなたも街中で耳を澄ませてほしい。当たり前のように生い茂る、人という森の木々一本一本が、みな何かしら望みをもって枝を揺らし「私はここにいる」と存在をアピールしている。

 

 しかし、ただの木が枝を揺すったところで、森の主役たる美しいシカや力強いクマが現れれば、とたんに背景となってしまう。

 

 それでも木は獣にかなわないのだろうか。

 

 足を生やし、手を伸ばして、シカやクマと張り合う木がいたってよいのではないだろうか。

 

 そこで私は、自らの言動を記録し、客観的に検討し、必要に応じて改善を加えることで、一般モブでもネームドキャラへ接近し、彼らとの桃色ルートを開拓できるかを検証することにした。

 

 本手記における「桃色ルート」とは、ネームドキャラとの間に、継続的かつ相互的な好意に基づく特別な関係を築くまでの道筋を指す。

 

 平たく言えば、恋愛である。

 

 デートに誘われたり、手を繋いだり、頬についたスイーツのかけらを指先でひとすくい、ペロリと舐め取られ、ウィンクを飛ばされたいのである。

 

 ともかく、記録は客観視を促し、客観視は反省を、反省は改善を、改善はいずれ桃色ルートを生む。

 

 これを桃色サイクルと呼ぶことにする。

 

 無事に桃色ルートを開拓した暁には、本手記は同じ悩みを抱える一般モブ諸君にとって、ひとつの希望となるだろう。

 

 名前を呼ばれず、重要なイベントにも招かれず、背景の一部として生きてきた者たちへ、配役と運命は必ずしも同じではないと、身をもって証明するものである。

 

 もっとも、これは成功者が過去を振り返って記した回顧録ではない。

 

 現在進行形の実践記録である。

 

 ゆえに、私が本当に桃色ルートを開拓できるかは、著者である私にも分からない。場合によっては希望ではなく、一般モブ風情が分不相応な行動に出た末路を克明に伝える、絶望の記録となる可能性もある。

 

 その場合、本手記の教育的価値はむしろ高まる。

 

 先人の失敗は、後進にとって最も費用対効果に優れる教材だからである。失敗というリスクを先人が全額負担しているわけだ。読者はちょっとイヤな気持ちになるだけで済む。

 

 先人たる私にとっては、割に合わないことこの上ない。その際は、ホシノへ何か慰めの品を用意するように。

 

 スイーツが望ましい。

 

 いずれにせよ、本手記を読むこと、信じること、あるいは実践することによって生じたいかなる知的、精神的、時間的損失について、私は一切の責任を負わないものとする。

 

 以上を了承した者のみ、次頁へ進まれたい。

 

 スイーツを欲する著者兼被験者 ホシノ

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